宙畑 Sorabatake

衛星データ入門

超低高度衛星技術試験機「つばめ (SLATS)」-超低高度軌道の課題と期待

ISSが飛ぶ高度は地上400km。それよりももっと低い高度を利用した衛星技術を確立するため、技術試験機「つばめ(SLATS)」が打ち上がります。低い高度を利用するためのメリットとその課題とは

超低高度衛星技術試験機「つばめ(SLATS)」軌道上外観図 Credit : JAXA

愛称は「つばめ」、超低高度衛星技術試験機「SLATS」とは

2017年12月23日に宇宙航空研究開発機構(JAXA)の人工衛星が2機打ち上がる予定。一つは気候変動観測衛星「しきさい」(GCOM-C)、もう一つが今回ご紹介する「つばめ」(SLATS)だ。

「SLATS」はSuper Low Altitude Test Satelliteの頭文字をとったもので、日本語にすると超低高度衛星技術試験機。これまで長期間の活用に適していなかった高度300km以下の超低高度を飛び、超低高度に存在する微量の大気が衛星やセンサにどのような影響を及ぼすのか調べることで今後の超低高度衛星に必要な技術を確立するための試験衛星である。

では、なぜ今まで低い高度が使われてこなかったのか、また低い高度を飛ぶメリットとは何だろうか。

人工衛星の軌道と高度

人工衛星の軌道はその衛星の目的に合わせていくつかある。まずは代表的な軌道を以下に紹介しよう。

極軌道(太陽同期軌道):高度約600~800km

極軌道は、高度約600~800km、赤道に対してほぼ90度の北極と南極を通る人工衛星の軌道である。

この高度だと、人工衛星は約90~100分ほどで地球を一周するが、その間に地球は自転しているため、人工衛星は何周か回っている間に地球のほぼ全体を観測することができる。

また、1日の中でほぼ同じくらいの時間に同じ地域の上空を飛ぶ。

地球観測衛星と呼ばれる衛星は全世界を観測でき、日ごとの変化を比較しやすいこの軌道を飛んでいるものが多い。「しきさい」もこの軌道を飛ぶ。

極軌道のイメージ Credit : JAXA

静止軌道:高度約3万6000km

静止軌道は、赤道上空の高度約3万6000kmを飛ぶ軌道である。静止軌道は地上からは人工衛星がずっと同じ場所にいるように見えるため静止軌道と呼ばれる。

地球の自転と同じ速さで人工衛星が地球の周りを回っているためである。

常に同じ場所を観測する必要がある気象衛星「ひまわり」や、常に安定した通信を行う必要がある通信衛星「きずな」は静止軌道を飛んでいる。

静止軌道のイメージ Credit : JAXA

このほか、準天頂衛星「みちびき」は、日本の上空に長く留まる準天頂軌道(高度約32,000~40000km)。
※みちびき3号機は静止軌道

国際宇宙ステーションは、北極や南極を通る必要はないが、打ち上げ発射場から物資を輸送しやすい軌道で約400kmの比較的低い高度を飛んでいる。

軌道の種類について詳しくはこちら:http://spaceinfo.jaxa.jp/ja/types_orbits.html

「つばめ」が飛ぶ超低高度軌道は高度180~300km

高い軌道だと3万km以上、低いと数百kmと衛星の軌道は様々である。そして「つばめ」が飛ぶのは、約180~300kmの超低高度となる。

この超低高度軌道での衛星を利用の可能性を開拓するべく「つばめ」は打ち上げられる。

超低高度軌道の課題

そもそもなぜ、超低高度軌道が使われてこなかったのか、それは高度を維持することが難しいからである。

地上から高度約100km以上は大気がほとんど存在しない宇宙とされているが、実は高度数百kmでもほんのわずかに大気が存在している。

高度約400kmを飛ぶ国際宇宙ステーションもそのわずかな大気の影響を受け、高度が徐々に下がってしまうため、定期的に燃料を使って高度を調整している。高度が低ければより大気の影響は大きくなる。

地球観測衛星でよく使われる高度600~800kmと超低高度の180~300kmだと大気の量は1000倍近くあり、軌道維持のために燃料をたくさん人工衛星に積まなければならず、長期的に運用する必要がある人工衛星には適していなかった。

また、大気による人工衛星の本体やセンサの劣化も超低高度で衛星を運用する課題の一つである。

超低高度を利用可能な軌道にする技術「イオンエンジン」

「つばめ」は超低高度でも長期間高度を維持するために、イオンエンジンを搭載している。

イオンエンジンは推進力は弱いものの、微量の大気の影響を補うには十分利用できると考えられている。また、ガスジェットエンジンに比べ10倍使用効率がいいことも特徴である。

このイオンエンジンを使って、超低高度で長期間人工衛星の運用を可能とし、人工衛星の観測機器や本体にうける影響を調べることで、今後の超低高度衛星の開発に繋げる。

高度と大気密度のグラフ Credit : JAXA

高度が下がると大気密度が高くなり、「つばめ」はイオンエンジンを使って大気抵抗を補う。

超低高度衛星に期待されること

では、なぜ低い高度を開拓する必要があるのだろうか?それは、搭載する観測機器のコストを抑えつつ、観測精度を高められる可能性があるからである。

例えば、ある被写体をカメラで撮影するとする。遠いところからより細かい部分まで写すためには、カメラの性能を上げるしかないが、近寄って撮れれば同じカメラでも細かい部分まで写すことができる。

同じように人工衛星も今までの高度からより観測精度を高めるには観測機器の性能を上げるために、よりコストをかけたり、機器を巨大化させたりさせたりする必要が出てくるのだが、超低高度が利用できるようになれば、観測機器にかけるコストを抑え精度の高い観測データが取れるかもしれないのだ。

(左)高度と光学センサの分解能を表すグラフ
(右)高度と合成開口レーダ(SAR)の出力電力を表すグラフ
高度が下げられれば、センサを小型化・省電力化しても高精度の観測が可能になる。 Credit : JAXA

S-Boosterで大賞を獲得したアイディアも超低高度軌道の可能性に期待

2017年10月30日に日本初の民間宇宙ビジネスアイディアコンテスト「S-Booster2017」の最終選抜会が行われ、大賞に輝いたアイディアは人工衛星を用いた地球上層風の観測による効率的な航空機の運航管理だった。

この人工衛星による地球上層風の観測にも超低高度軌道衛星に期待が寄せられているのである。風向・風速を人工衛星によって精度よく観測し、燃料を1%でも削減できれば、世界規模での経済効果は3000億円以上とされている。

超低高度軌道を長期利用できる軌道に開拓することで人工衛星の可能性を広げ、衛星ビジネスへの可能性が広がるかもしれない。「つばめ」が開拓する人工衛星の新しい未来に期待しよう。

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