宙畑 Sorabatake

ビジネス事例

JICAがカンボジアの田舎で水力発電! 電気はどこまで届いた?衛星で見たらスゴいことになっていた

JICA評価部では海外で行なった支援の効果を測る「評価」の部分でも衛星データを活用しているんだとか。はたして評価部が取り入れている衛星活用のアイデアとは?

世界各国に約90ヶ所の拠点をもち、150を超える国や地域への支援を行なっている日本の「国際協力機構(JICA=ジャイカ)」。ユネスコ平和賞などを受賞された緒方貞子さんが理事長を務められていたことでも知られます。

そんなJICAは今、宇宙航空研究開発機構(JAXA=ジャクサ)とともに、世界中で深刻な問題となっている森林の違法伐採、あるいは船の違法操業を発見するため、衛星データをもととしたサービス開発に力を入れています(詳しくはこちら)。

同時に、JICA評価部では海外で行なった支援の効果を測る「評価」の部分でも衛星データを活用しているんだとか。はたして評価部が取り入れている衛星活用のアイデアとは?

JICAのミッション!カンボジアの田舎に電気を届けよう

今、日本と発展途上国との架け橋として、さまざまな支援活動を行っている「国際協力機構(以下、JICA)」。日本の政府開発援助(ODA)を行う機関として、医療やインフラ(水、電気、交通などの社会・経済的基盤)の整備、教育、農業、工業技術、パソコン技術など、さまざまな支援を行なっています。

カンボジアの北東部にある「ラタナキリ州」も、JICAが支援したエリアの一つ。ここはカシューナッツやコーヒーが有名で、多くの山岳民族を含む約20万人の住民が暮らしています。

電気はおとなりのベトナムから買うのが常ですが、電気の価格が変動して、高額になることもしばしば。電力は常に不足し、停電で生活家電はもちろん、パソコンやインターネットなども使えないのが普通。ラタナキリ州の人々は、「自分たちの州で電気を作りたい!」と強く望んでいました。

このニーズに応えて、2013年、JICAは州内の池の水を使った発電プロジェクトに着手。池の水を落下させることによって電気を作る小水力発電所の建設を始めました。

小水力発電所「オチュム第一発電所」の取水塔の様子(写真提供/JICA)

州内を走る送電線網もぐんと伸ばして、2015年には念願の2つの発電所が稼働をスタート! こうしてプロジェクトはひとまず完了したのでした。

電気はちゃんと届いたのかな?「評価部」の目がキラリ

さて、JICAでは、プロジェクトごとに必ず「評価」のステップが入ります。

・そのプロジェクトがニーズにマッチしていたか?
・あらかじめ立てた目標をちゃんと達成できたか?
・現地にどんな変化がもたらされたか?
・資源の投入は効率的に進んだか?
・協力が終わった後も効果は持続しているか?

こうした評価軸をもとに、一つのプロジェクトが出した結果を詳しく分析し、最終的にA〜Dの4ランクで総合評価をつけます。こうすることで、有効だったものとそうじゃないもののデータを蓄積し、次のプロジェクトを実施する際の知見につなげるのです。

カンボジア・ラタナキリ州で行われた小水力発電プロジェクトの事後評価を担当したのは、JICA評価部の石本樹里さんです。

JICA評価部(取材時)の石本樹里さん。世界中の「農業」と「電力」に関するプロジェクトの評価を担当しています。

石本さん:ラタナキリ州のプロジェクトを評価する上で大切なのは、「これまでよりたくさんの人にちゃんと電気を届けられたのか?」「電気を届けたことで、経済は活性化したのか?」ということです。そこで、現地のデータを集め、事業のスタート前とスタート後の変化を比べることで評価することにしました。

このような大規模のプロジェクトの場合、JICAは評価を専門とする外部コンサルタント(外部評価者)に評価を依頼します。石本さんは、いつものように外部評価者に調査をお願いしたのですが…。

アクシデント発生! このままでは効果がわからないかも…

経済の向上度を知りたいときは、普通は対象地域の「域内総生産(GRP)」を調べるのが一般的。GRPデータの入手に動き出しましたが……。

石本さん:現地調査の結果、データがないことがわかりました。ラタナキリ州はGRPのデータが公表されていなかったのです。外部評価者からは「かわりに公共施設数(学校や病院など)の推移を指標としてはどうか?」とのご提案もありましたが、それだけで十分に経済状況を語れるかどうか……。

頭を抱えた石本さんでしたが、なんと、たまたま参加したグーグルアースエンジンのセミナーに突破口があったといいます。

「あっ、これだ!」夜間光は経済指標になりうる

石本さん:グーグルアースエンジンのセミナーで、「夜間光のデータが経済指標と高い相関関係にある」と聞いたんです。あっ、これだ! と思って、すぐに上司に相談し、衛星データの活用を決めました。

宙畑メモ 夜間光とは

例えば下記のような夜の光のこと(詳しくはこちら にも!)。衛星の中には、夜間であっても地上の明かりを撮影できるものがあるのです。

Suomi NPP衛星によって取得された夜間光を示した世界地図 Source : NASA地球観測所/アメリカ海洋大気庁 国立地球物理データ・センター

そこから、夜間光をめぐる石本さんの猛勉強の日々がスタート! もともと大学院では「インパクト評価」なる定量的な評価手法を学んできた石本さん。衛星のデータを扱うのははじめてだったと言います。

そんな初心者の石本さんに衛星のデータの取り方や使い方を教えてくれたのは、メトリクスワークコンサルタンツと共同でJICA評価部を業務支援している上智大学の倉田正充先生でした。

石本さん:倉田先生の指導のもとで、夜間光の衛星データのほかにも、オープンデータからラタナキリ州の地図データを作りました。そのデータの上に、発電所で生み出された電気がどのルートを通っているかがわかる送電線網をシェイプファイルで作成し、地図にマッピングしたんです。

これがそのマッピング結果。発電所の稼働が始まった翌年にあたる2016年(グリーン)に送配電網がぐんと長く伸びていることがわかります。

宙畑メモ シェイプファイルとは

図形情報と図形の属性情報(性質・特徴・数値など)をもった地図データファイルのこと。

石本さん:もう、自分でシェイプファイルを作るのがこんなに大変だとは! 小さいエリアながらも7日間はかかっちゃいましたね。この一年でグーグルアースエンジンをめちゃくちゃ勉強しました(笑)。

プロジェクトは大成功!なんと80%の人が電気を使えるように

「これまでよりたくさんの人にちゃんと電気を届けられたのか?」「電気を届けたことで、経済は活性化したのか?」――はたして、実際の結果はどうだったのでしょうか?

石本さん:まずは夜間光のデータを純粋に比較してみました。もともと山奥で未発展のエリアなので、電気が見えにくいのですが、比較すると夜間光がちゃんと拡大しているのがわかります。

衛星によって取得された夜間光を示した地図データ。左が2014年、右が2018年のもの。2018年のデータの右下に光の粒が大きく増えています!

石本さん:続いて、夜間光の増加率を作成したマップに重ねてみました。夜間光がぐんと増えた地域ほど、濃い赤色で表現しています。

とくに送配電網がわーっと伸びていった南部が真っ赤に!

石本さん:この事業の効果は、発電所の周辺だけじゃなく州全体に広がっていることがわかります。この結果を見た瞬間はやっぱり感動しました! 

これは夜間光の平均値。事業を開始する前である2012年に0.021だったものが、事業完了後の2018年には0.194と約10倍にまで増加!

石本さん:発電所が完成し、電気がいよいよ使われ始めたのが2015年。その年にエルニーニョ現象が起きたため、その影響で雨季の雨量が減少し、貯水池の水量が一時的に減りました。結果として発電量が減り、合わせて夜間光の明るさもやや減りましたが、2017年には水位が戻ったことで発電量が増え、明るさも急上昇しました。まさに発電所が本格稼働しはじめた好影響といえそうです。

さらに石本さんは、国際連合が出している「WorldPop」から、無料の人口統計データを取得して、地図データに掛け合わせることで今回の事業の有効性を評価することにしました。送配電網の近くにいる人の数を算出できれば、電気が届いたと思われる人の数が具体的にわかると考えたのです。

「WorldPop」のデータは、地図データと重ねやすいようにグリッドになっており、そのグリッド内の人口がわかるのです

石本さん:この「WorldPop」の人口統計データを組み合わせてみると、こんな結果が出たんです。

送電線ラインからの距離にして、およそ5000m圏内にいる人数は、6万9215人(2013年)から16万237人(2018年)に増加しました

石本さん:送配電線から5000m圏内のエリアで人口の推移を見ると、州内の40%だったところから81%まで伸びました。これは数字による推測。81%の人に“確実に届いた”というより、これだけの人に電気に“アクセスできる可能性が出た”というのが正確かもしれませんね。とはいえ、5人に4人が電気を使える可能性が生まれたならば、大きな進歩と言って良いのではないでしょうか。

こうして、今回の評価は衛星データを活用できたことで、プロジェクトがラタナキリ州の社会や経済にもたらした効果を明確に示すことができました。総合評価は、プロジェクトの“成功”を表す最高ランクの「A」。発電所は今も大切に管理され、電力を生み出し続けています。

石本さん:ラタナキリ州の皆さんが電気を使えるようになれば、生活水準が上がるのはもちろん、工場やお店も増えて、経済が活性化するチャンスがぐっと増えるはずです!

「評価部」の石本さんが考える衛星データの魅力4つ

1.結果をビビットに可視化してくれる!

石本さん:今回、自分で手を動かしてみて、これまで見えてなかったものを可視的にできることのすばらしさを実感しました。文字や数字だけでは伝わりにくいことも、こうしてビビットに可視化できるのは衛星データのいいところですね。

2.治安が悪いところでも、現地の様子がわかる!

石本さん:JICAでは、中東エリアなど治安情勢が悪くて現地データを取りに行けないこともよくあります。そうした場合にも、衛星データなら安全にデータが収集できます。

3.無料データの活用でコスト削減!

石本さん:通常は現地調査を行ってデータを収集します。実際に現地を見たり、住民の声を聞いたりすることも大切な調査なのですが、人件費が大きくかかる部分でもあります。今後、衛星データで取れる無料データを併用できれば、データの質は下げないまま、うまくコスト削減につなげていけるはず。結果的にプロジェクトの質も上げていけると思うのです。

4.広い範囲が一目で見える!

石本さん:プロジェクトの中には、広い地域を対象に灌漑施設を50~100箇所などたくさん作るケースもあります。でも、評価時にこれらのすべてを調査することは時間的にも予算的にもむずかしい。そこで、無作為にピックアップして調査を行うのですが、今後、衛星データを使えるようになれば、作った施設をすべて一目でチェックすることが可能に。今まで以上に調査の質が上がると思いますね。

JICA評価部が衛星データにみる夢

農業、医療、などの分野において、世界中でさまざまな支援を行なっているJICA。主に農業を担当してきた石本さんは、衛星データの活用に大きな期待を寄せているといいます。

石本さん:農業のプロジェクトでは「灌漑面積」「栽培面積」「作付け面積」がどのくらい増加したかということが大切な評価の一つになるのです。こうした面積のデータは衛星でも取れる範囲なので、ぜひ活用したいですね。今はまだ難しいとされる「収穫量」も、衛星データで推測する研究も進んでいるようなので、今後に期待です!

上図は、ケニアで2012年から約4年にわたって行われた「半乾燥地持続的小規模灌漑開発管理プロジェクト」で新しく灌漑を建設したエリア(水色)。たくさん作られた灌漑の「数」や「面積」に関するデータ収集は、まさに衛星の得意分野!

石本さん:衛星データの活用は、夢のような話であると同時に課題もあります。最も悩ましいと思う点は、解析に長けた人材が足りないこと。衛星データの活用に詳しい専門家とタッグを組んで、分析方法にアドバイスをもらえたらうれしいですね!

編集後記
夜間光から人口、地図まで、無料データを上手に利用していたJICAさん。海外支援に限らず、どんなプロジェクトにも欠かせないのがPDCAサイクルの検証です。とくに野外でのプロジェクトでは、C(チェック)の際に衛星データが活躍する可能性を感じました。活用法をもっと学んでみたい!

関連記事