宙畑 Sorabatake

解析ノートブック

貨物船衝突事故発生、衛星データでオイルの漏出を確認できるのか

10月初旬に地中海で発生した貨物船衝突事故。大きい船舶同士の衝突現場とオイルの漏出を衛星画像で確認できるのか調査してみました。

先日、貨物船同士(UlysseとCLS Virginia)の衝突事故がコルシカ島北端(フランスの南)で発生しました。

※参考
仏コルシカ島沖で貨物船同士が衝突、海洋保護区へ燃料が漏出 @afpbbcomさんから

非常に大きな船同士の衝突、その上流出した燃料は広域に渡っているようです。

そこで、SentinelやLandSatと言った低分解能な衛星写真からでも、海域がどのようになっているのか確認できるのではないか?と考えました。

今回は「衝突した船舶を衛星データから見つけられるのか」「オイルの漏出も衛星データで分かるのか」の2点について宙畑の調査結果をご紹介します。

※本記事は宙畑メンバーが気になったヒト・モノ・コトを衛星画像から探す不定期連載「宇宙データ使ってみた-Space Data Utilization-」の第6弾です。まだまだ修行中の身のため至らない点があるかと思いますがご容赦・アドバイスいただますと幸いです!

(1)衝突した貨物船とオイル漏出の調査結果

まずは結果から2つの調査についてまとめてご紹介します。調査の結果、衝突した貨物船は無事発見でき、オイルの漏出についてもそれらしき拡がりを確認することができました。

以下、その衛星データキャプチャになります。

【貨物船の衝突現場】

Credit : Copernicus Sentinel data

【オイルの漏出の拡がり】

Credit : Copernicus Sentinel data

では、実際にこれらの衛星データにどのようにしてたどり着いたのか、その手順はこれからご紹介します。

(2)調査手順①:貨物船の衝突場所を調べる:AIS

まずは貨物船が衝突した場所、地中海沖をEO Browserで確認してみました。衝突した場所の住所というものがあればすぐに目的のポイントに辿り着けるのですが、海上だとそうもいきません。

Credit : Copernicus Sentinel data

目視で探そうとすると……海は広く、船はあまりにも小さい。そのため、「目視で貨物船や燃料の漏れた範囲を探すのは手間」と考え、貨物船の航海ルートをまず調べてみます。

貨物船などの大型船には、AISという位置情報を発信する装置の搭載が義務付けられているため、船舶の名前が分かれば、該当の船舶がどのあたりにいるのかを把握できるのです。

今回はMarineTrafficというアプリケーションを利用してみました。大型の船舶には位置情報を発信する仕組み(AIS)が搭載されているのです。

このAIS情報は、海岸や衛星を経由して集約されています。こちらはウェブブラウザ上で操作が可能となっていて、船舶の位置や公開履歴の情報や、海上風速などが確認できます。まずは現場付近であろう箇所に移動します。

Credit : MarineTraffic

ちなみに、左タブの風マーク(Weather)をクリックすると風速情報が表示されます。

Credit : MarineTraffic

各風マーク上にカーソルを合わせると、どちらの向きにいかほどの風が吹いているのか、それは何時に計測された情報なのか、という情報を確認できるのです。風向きは船舶の動きやオイル漏出の際の重要な情報になるので、覚えておきましょう。

Credit : MarineTraffic

さて、本題に戻ります。Density Mapsをクリックすることで、船舶の交通量を確認できます。衝突したということは航海ルート上であろうということで、密度の高いところで船舶の名前を確認してみましょう。

Credit : MarineTraffic

ニュースに記載のあった名前を見つけることができました。

Credit : MarineTraffic

該当箇所をズームしていくと、貨物船の形状が分かり、かつ衝突している様子も見て取れます。右上に記載されているように、今回の衝突箇所は43.251°/9.472°の座標で生じたことが分かります。

Credit : MarineTraffic

なお、船舶名や港名をクリックすることで、詳細情報を確認することができます。船舶名をクリックしてみると、船舶の仕様や外観、どのような状態だったのか、他に関連ニュースが分かります。Latest Positionを見ると、停泊している座標や、状況が記載されています。下部のIn the Newsには、今回の事故のことも記載されていますね。

Credit : MarineTraffic

今回の場合は、船舶の名前も事前にわかっていたので、Search Mapsのボタンをクリックし、Find a Vessel or Portに、船舶名を記載することで、船舶の位置を特定することも可能です。

また、Layersをクリックし、Show Vessel Namesをクリックすることで、船舶名を載せることもできます。

Credit : MarineTraffic

ズームしていくと、複数の船舶が重なって表示されていることが分かります。救助のために向かった船舶も表示されていますね。

Credit : MarineTraffic

例えばイタリアから救助に向かった船舶をクリックし、Past Trackを押すことで、この船舶の過去の履歴を確認できます。

Credit : MarineTraffic

船舶の周辺を回遊しており、オイルの流出具合を確認していたことが示唆されます。

Credit : MarineTraffic

また、こちらのフランスの船舶がどのようなルートで航海してきたのか確認してみると…

Credit : MarineTraffic

以下のようにコルシカ島から救助に向かっているのが分かりました。

Credit : MarineTraffic

(3)調査手順②:衝突した貨物の状況を調べる:光学画像(Sentinel-2)

さて、探すべき場所が分かったところでEO Browserに戻ります。宙畑が試した範囲では緯度経度情報を右上の検索窓に入れても反応がなかったので、以下のようにURLに緯度経度情報を直で入れることで該当の場所を確認できました。

https://apps.sentinel-hub.com/eo-browser/?lat=43.3472&lng=9.4633&zoom=10
※ぜひこちらご確認ください(別タブで開けます)

該当する範囲で、衝突事故のあった前後の日付(10/1~10/11)の衛星写真を確認します。まずは光学画像で状況を把握したいため、Sentinel-2を選択します。

Credit : Copernicus Sentinel data

True Colorで確認してみます。海の色が暗いこともあり、このままでは見にくいですね。

Credit : Copernicus Sentinel data

海の中に人工物が浮かんでいるわけですから、水分に関する指数で表示されるようにすれば、見つかりやすいかな?と考え、
・正規化水指数(NDWI:Normalized Difference Water Index)
・短波長赤外放射計(SWIR:Short Wave Infrared Radiometer)
・正規化積雪指数(NDSI:Normalized Difference Soil Index)
・湿潤示数(Moisture Index)
で船舶を探してみました。どの画像が見やすいでしょうか? 個人的にはNDSIで探すと、背景が赤に対して船舶が黒く見えるため見つけやすいように感じました。

Credit : Copernicus Sentinel data

ズームしていくと……見えました。垂直に当たっていることが見て取れます。ただし、油の流出範囲はこの画像からは見えませんでした。

Credit : Copernicus Sentinel data

(4)調査手順③:衝突した結果、周辺がどうなったか調べる:SAR画像(Sentinel-1)

次に、合成開口レーダ(SAR)でこの海況付近を撮影した結果を、EO BrowserでSentinel-1を選択して確認してみます。

太陽光の反射を観測する光学衛星とは違い、SAR衛星では能動的にレーダを発してその反射を観測します。そのため、周辺と反射特性が異なる場合には、その差が見やすいという特徴があります。打ったレーダ(V)の反射をどのように受信するか、というのでV(垂直)とH(水平)の2種類あります。

Credit : Copernicus Sentinel data

観測結果にVVとVHの2種類があるので、それぞれで見てみると、VVで貨物船の位置に白い輝点があることが分かります。

海はレーダを反射しないため衛星に返ってこない中で、人工物である船舶は反射して衛星に返ってくるために、白い輝点として目立つのです。

SARについて詳しく知りたい方は衛星データのキホンについてご紹介している記事をご覧ください。先ほどの光学写真に比べると、貨物船の位置特定が容易いですね。

貨物船の状況を調べたいのでズームしてみると、VVでは貨物船の形が分かりません。

Credit : Copernicus Sentinel data

VHで見てみると、以下のように貨物船の形状がなんとなく見えます。

Credit : Copernicus Sentinel data

より見やすくするために、補正をしているVHdB – orthorectifiedで確認すると、貨物船の状況がより詳細にわかりますね。

Credit : Copernicus Sentinel data

ただし油の流出状況は相変わらず分かりません…そこで、補正後にコントラストが見えやすくなる、ということを活かして、VH[dB] – orthorectifiedで広域に確認してみると…白い輝点から黒いモヤが出ているのが見えます。どうも貨物船からの油の流出が見えているようです。

Credit : Copernicus Sentinel data

EO Browserでは、タイムラプスで写真を確認することも可能です。実際に見てみると、10/7の衝突事故前にはなかった黒いモヤが、その後に発生しているのが見えています。

Credit : Copernicus Sentinel data

なお、MarineTrafficにて海上の風向きを確認すると、実際にSAR画像で見えている黒いモヤと同じ方向であることが分かります。このことからも、黒いモヤは油の流出跡が見えている、と考えられます。

Credit : MarineTraffic

(5)検証(おまけ):風向・風速から妥当性を検証する:風散乱計

先ほどMarineTrafficのデータから得られる現場の風向きデータを示しましたが、
海上の風向・風速を取得しているような衛星もあります。
例えば、ヨーロッパが開発したMETOPという気象衛星があります。
この衛星はMETOP-AとMETOP-Bの2機で編成されていて、
これに搭載されているASCAT (Advanced Wind Scatterometer)という風散乱計で風向・風速を取得できます。

風向・風速データもオープンフリーで公開されていて、例えばNOAAのサイトで確認できます。

実際に衝突事故のあった7日-8日に取得されたデータがこちらになります。

NOAAから引用し宙畑が作成 Credit : sorabatake

METOP-A/Bそれぞれが若干異なる軌道を通っていることから、同時刻帯でも観測箇所が若干異なるのが分かるかと思います。
観測結果から、衝突時の海上風は10ノット前後、つまり風速は約19 km/時間であることが分かります。
*1ノットは1.852 km/時間なので、10ノットだと約19 km/時間

さて、海上風の速度が分かったところで、油の流出距離を求めてみます。

下記に示すEO Browserの画像の取得日時が9日の17:14頃なので、
衝突のあった7日7:30頃から約58時間後の計測結果になります。
実際に流出範囲を算出しようとすると、波の高さやうねりなどなど、色々と考慮しないといけない項目はあるのですが、今回は詳細に計算したいわけでもないので、一般に利用されている風係数(0.03)から、どの程度油が流出しそうか求めます。

経過時間×風速×風係数で流出範囲を求められるので、各値を入れると、
流出範囲=58時間×海上風19km/時間×風係数0.03で33kmほど。
(北方に18kmほど流れていますがここは無視すると、)
西方に流れた油の距離は44 kmほどなので、算出結果と同じオーダーですし、妥当と考えてよいかと思います。
このような検証から、油の流出方向も流出範囲も妥当と考えられるので、この黒いモヤは油と判断してもよいのだろうと考えられます。

Credit : sorabatake

余談となりますが、詳細に求めたいけど計算方法が分からないな、などという場合には、海流を可視化してくれるサイトもあるので、このようなところから距離を算出するのも良いでしょう。

(6)まとめ

今回は、10/7に生じたタンカー船同士での衝突事故を受けて、AIS、光学画像、SAR画像で何ができそうか、確認してみました。まとめるとこのようになります。

コペルニクス/マリタイムトラフィックから引用し宙畑が作成 Credit : sorabatake

今回の結果で注意しなければならないのが、実際には黒いモヤが見えているから必ず油の流出である、というわけではないということです。

SARで観測することで、周辺との差が何かしら生じているのは分かりますが、それが何を意味しているのか、はやはり光学衛星もしくはその場に行って観測しないと分かりません。

そのため、SAR画像を利用する場合には、その場に行く(グランドトゥルース)、もしくは光学画像と組み合わせることが非常に大切になってきます。

Credit : Euroconsult

実際にEuroconsultの資料を見ると、今後、光学衛星とSAR衛星を組み合わせる計画が多くあることが分かります。

なお、「おまけ」で簡単な検証もしてみましたが、このようなことがどうしてもできない場合には、周辺データから妥当かどうか裏付ける考察をすることも大切です。

以上、第6回「宇宙データ使ってみた-Space Data Utilization-」では貨物船衝突を題材に、光学画像とSAR画像を組み合わせて見てみましたが、その他の対象も見比べてみると、新たな発見があるかもしれません。ぜひいろいろと衛星データを触ってみてください。

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