通信衛星コンステレーションビジネスとは~参入企業、市場規模、課題と展望~
SpaceX、Amazonと注目企業が続々と参入する通信衛星コンステレーションについてその概要と展望をまとめました。
SpaceX、Amazonと、昨今宇宙ビジネスを賑わす企業が参入する「通信衛星コンステレーション」というものがあります。国内でも、ソフトバンクや楽天がこの「通信衛星コンステレーション」の構築を狙う企業に出資しています。
通信衛星コンステレーションとは一体どのようなもので、なぜ名だたる企業が参入するのか。通信ビジネスの基礎から通信衛星コンステレーションの概要と参入企業、課題、可能性までまとめて紹介します。
(1)通信ビジネスの現状
1.通信ビジネスの概要
本章以降、携帯電話などの移動体との「通信」、家庭の電話など固定体との「通信」のような、電気的な情報のやり取りである「通信」について扱っていきます。
※ここで扱う「通信」を定義すると、電気通信事業法において「有線、無線その他の電磁的方式により、符号、音響又は影像を送り、伝え、又は受けること」と定義されている「電気通信」のことを指します
通信の国内市場規模としては、総務省によると2017年度で約14兆円の売上となっており、近年はほぼ横ばいで推移している巨大な市場です。
海外においては、TCAのレポートによると米国では約20兆円(約1830億ドル)、英国では約4.2兆円(303億ポンド)、ドイツでは約5.1兆円(408億ユーロ)などとなっています。
※1ドル:106円、1ユーロ125円、1ポンド:139円換算
2.通信衛星ビジネスの概要、市場規模は1兆円越え!
次に、本記事において取り扱う通信を行う「人工衛星(以下、衛星)」について説明させて下さい。
衛星のうち、地上の2点間の通信を中継するために打ち上げ、運用されている衛星を通信衛星と言います。このような衛星は民間企業によってビジネスとして運営されているものもあります。
通信衛星ビジネスの歴史は古く、国内では1967年にKDD(現KDDI)が太平洋上空にある静止衛星インテルサット2号を使って商用サービスを開始したことが始まりです。現在では民間企業であるスカパーJSATがアジア最大の17機の衛星を保有、運用されているのを初め、日常的に私たちの生活の中で使われるようになっています。
通信衛星の市場規模は、NSRのレポートでは2015年時点で約1.5兆円(約140億ドル)とされており、2020年時点においては約1.7兆円(約160億ドル)にまで達することが想定されています。
(2)既存のビジネスを破壊する!? 通信衛星コンステレーションとは
1.通信衛星コンステレーションとは
次に、本記事のメインテーマとなる、通信衛星コンステレーションについて説明します。
コンステレーション(constellation)とは星座を指す単語で、通信衛星を複数機協調させて機能させるシステムを通信衛星コンステレーションと言います。
ちなみに、衛星コンステレーションには通信衛星以外にも、日本の宇宙ベンチャーであるアクセルスペース社やsynspective社が計画しているような、リモートセンシング衛星のコンステレーションも存在します。
リモートセンシング衛星とは人工衛星から地球上を撮影し、その画像を提供する衛星です。通常、リモートセンシング衛星は軌道上をグルグル回っており、1機の衛星が特定の地点を撮影してから次に戻ってくるのに1日以上かかります。そのため、リアルタイムでの画像入手は単機では難しいのですが、複数機でセンシングすることによってフレッシュな画像を入手できるようになるなどのメリットがあります。
本記事ではここから、通信衛星コンステレーションについて解説しながら、ビジネス観点での今後の展開の可能性を探っていきたいと思います。
2.通信衛星コンステレーションのメリット
まずは、通信衛星コンステレーションの実現によりどのようなメリットがあるかについて、「静止軌道上通信衛星のデメリットの解消」「既存のネットワークのバックアップ」の2つに分けて以下紹介します。
■静止軌道上通信衛星のデメリットの解消
上述の通り、通信衛星は1960年代から存在しましたが、地上約36,000kmの静止軌道上に位置するために主に以下3つのデメリットがありました。
・通信の遅延
・通信速度が遅い
・特定の地域において通信できない
一方で、通信衛星コンステレーションは低〜中軌道上に存在するため遅延が小さく、通信速度も静止軌道上通信衛星と比較すると速くなります。また、全ての地域に対してサービスを提供できると言う利点があります。
具体的な数値としては、例えばOneWeb社のコンステレーションからのサービスにおいて、遅延を表すレイテンシは50ms未満、通信速度は最大595Mbps(ソフトバンクの説明ではダウンリンク:200Mbps アップリンク:50Mbps)とOneWeb創業者のグレッグ・ワイラー会長は言及しています。これは、youtubeがHD 720p 動画の視聴のために推奨している速度2.5Mbps、筆者自宅のインターネット通信速度3.8Mbps、ロード済みのレイテンシ55ms(Fast.comで計測)と比較しても通信速度は十分であるといえそうな水準です。
また、静止通信衛星と比較すると、日本で受信可能なInmarsatの船舶・航空機向けサービスの通信速度はダウンリンク:50Mbps、アップリンク:5Mbpsで、一般的な静止衛星ではレイテンシが500msであることと比較すると、OneWeb社の方が性能が良いことが分かります。
どのような地域においてもブロードバンド(高速で大容量の情報が送受信できる通信網)級の通信が可能になる、ということは、デジタルディバイド(情報通信技術の恩恵を受けることのできる人とできない人の間に生じる経済格差)の解消にもつながり、経済的な効果が見込まれます。
さらに、通信衛星コンステレーションの実現により、あらゆる場所での高品質通話・ビデオ会議、遠隔医療の提供、航空機内の高速通信も可能になると言われています。
また、ブロードバンド環境が整っていない地域において、インターネットを介した高度な教育が提供できるようになるなど、社会的な意義もある取り組みだといえます。
■既存のネットワークのバックアップ
通信衛星コンステレーションは、地上の環境に影響されないので、地上の回線のバックアップとしての活用も期待されています。
例えば、災害や、その他原因における通信障害時において、地上の設備がダウンした際など、衛星による通信をバックアップ回線として機能させることができます。災害時において、情報の伝達は減災に重要であるため、通信衛星コンステレーションは人命を守るための非常に重要な役割を担うこととなります。
3.通信衛星コンステレーションビジネスを阻む壁の存在
通信衛星コンステレーションはターゲットとする市場(世界中の、ブロードバンドが十分に整備されていない地域の住民等)は約30億人と言われており、また、既存のネットワークに冗長性を持たせられるなど、非常に期待されていますが、この構想の実現のためには様々な課題が存在し、過去にも多くの企業が挑戦・失敗を繰り返しています。ここでは、それらの課題について説明します。
■費用が莫大であること
衛星の製造から打ち上げまでの費用が高額で、過去の計画の多くも資金難で頓挫しています。また、小型衛星の寿命は数年であるため、交換も頻繁に行わなければならずランニングコストも膨大です。
■電波干渉問題
近接した場所に周波数が近しい電波が通ると、お互いが干渉し、正常な通信ができなくなってしまいます。そのため、電波は地域、周波数ごとに使用できる主体が決まっています。つまり、電波は限られた資源であり、通信衛星コンステレーションが稼働するためには、地上間の通信や静止衛星で用いられている周波数帯との調整が必要となります。
■スペースデブリ問題
小型の衛星を大量に投入してコンステレーションを構築した後、それら衛星の寿命は数年後、特段の対処をしない場合は大量の廃棄物が発生してしまいます。
■オペレーションの難易度
静止衛星と異なり、複数の管制局で衛星を捕捉・操作しているため、局間の切り替わりの際のオペレーションにおける課題が存在します。
■天文観測における写りこみ
天文観測において、多数の衛星が軌道上に存在し写りこみやすくなってしまうことが指摘されています。
次章では、これらの課題にも立ち向かい、通信衛星コンステレーションの商用化に挑む(もしくは挑んだ)企業を紹介します。
(3)通信衛星コンステレーションの実現を計画する企業
1.既存の通信衛星コンステレーション運営企業
■Iridium Communications
Iridium Communicationsは、すでに通信衛星コンステレーションを用いたサービスを提供しています。ただし、前述のような高速な通信ではなく、ダウンリンク:最大1.5Mbps、アップリンク:最大512kbpsです。
サービスの歴史は古く、1998年から開始しています。当初は巨額の設備投資と比して売上が伸びず、開始1年も経たずに米国破産法第11条を申請することとなりました。しかし、既に米国の防衛省が使用し、不可欠なサービスになっていたことから、米政府の後押しを受けて現在のサービスが継続しています。
既にサービス開始当初の衛星は寿命を迎えており、2019年には第二世代であるIridium Nextにリプレイスされています。この衛星を用いて、日本では現在、第一世代同様にKDDIからサービスが提供されています。
2.通信衛星コンステレーションビジネスへの参入を計画している企業
■SpaceX(Starlink)
テスラ社の創設者で知られるElon Musk氏率いるSpaceXも、現在はロケットの打ち上げを主力事業にしながら、当該市場への参入の準備を進めており、最終的には約1万2千機の小型衛星を軌道上に配置し、それらの衛星からインターネット通信の提供を計画しています。
すでに約420機以上の衛星を打ち上げ済みで、打ち上げ済みの衛星を用いて行ったテストでは、航空機内で約600Mbpsの通信速度が確認されています。
Deployment of 57 Starlink satellites confirmed pic.twitter.com/myKxr3QSTu
— SpaceX (@SpaceX) August 7, 2020
SpaceXが世界中にインターネットを届けるStarlink(スターリンク)とは!? 通信速度や市場規模まで徹底解説
■Amazon
Jeff Bezos氏率いるAmazon.comも、世界中の38億人と、アメリカの固定ブロードバンドにアクセスできない2,130万人への通信サービスの提供を掲げ、FCC(連邦通信委員会:アメリカの放送通信事業における規制監督を担うアメリカの独立機関)に通信衛星コンステレーションに関する申請を行なっています。
■OneWeb
デジタルディバイドの解消を掲げ、全世界にブロードバンドサービスの展開を目指しているスタートアップです。ソフトバンクグループが筆頭株主となり、通信衛星コンステレーション構築を目指すスタートアップの代表格でした。
しかし、新たな資金調達ができず2020年に米国破産法第11条を申請をしました。
※当該法は民事再生と近い部分であり、会社がなくなるものではありません
事業承継の競争入札の結果、インドのBharti Globalと英国のビジネス・エネルギー・産業戦略省のコンソーシアムが落札し、今後も事業が存続されることとなりました。
■Viasat
すでに静止衛星を打ち上げ、サービスを提供しているViasatについても、通信衛星コンステレーションのためにFCCに許可を申請しており、MEO(中軌道)に衛星24機の配置を予定しています。
ただし、MEOは高度がLEO(低軌道)と比較して地上からの距離が高い分、単機による電波がカバーする地上の範囲が広く地上全体をカバーするのに必要な衛星が少ない一方、通信速度や遅延の面ではLEO衛星に劣ってしまうという欠点を持っています。
■SES(O3b)
ルクセンブルグの通信衛星会社のSESも通信衛星コンステレーションを構築するO3b計画を推進中です。O3bとはOther 3 billionの略であり、世界中にいるインターネットに繋がっていない30億人の人をインターネットに繋げようとするものです。
2019年までに20機の衛星が打ち上げられ、既にサービスが開始されています。創始者Wyler氏はO3b Networksを設立したのち、OneWebに移籍。O3b Networksは現在SESが買収し、今後は2021年から2024年にかけて衛星の打ち上げを計画しています。
■その他
上述していない企業のうち、GAFAの一角であるFacebookの子会社も通信衛星の申請をFCCに行なったことが一部メディアで報じられています。
同じくGAFAの取り組みとしては、Googleもデジタルディバイド解消についての取り組みを進めています。衛星ではありませんが、気球を用いて遠隔地に通信環境を提供するLoonプロジェクトを展開しており、ケニア等でサービス提供に関する政府の承認待ちとなっています。
GAFA以外の著名企業としては、Boeingが通信衛星コンステレーションの構築に参入することを表明していましたが、その後開発が中断しているとのコメントを出しています。
また、通信衛星コンステレーションの構築を目指すスタートアップも幾つか存在しているが、著名だったLeosatは資金難により2019年11月に操業停止しています。同じく通信衛星コンステレーションの構築を目指していたスタートアップAudacyも2020年1月に破綻しています。
他には、北極圏にインターネットを届けるSpace Norwayや、IoTサービス用の通信衛星コンステレーションの構築を目指すKepler、フランスの企業でありリモートセンシングとIoTネットワークの両方を実現するTheiaも存在します(うち、TheiaのみFCC未承認)。
(4)事業化に対する展望
1.最大の難関である資金調達について
通信衛星コンステレーション構築にあたり、最大の難関は初期投資に耐えうる資金の調達でしょう。多額な初期投資を必要とする一方で、資金の回収は通信サービスの利用料金になると考えられるため地道なユーザー拡大が不可欠であり、投資回収するまでの継続的に資金を調達するまでのハードルは高いと考えられます。
Amazonが計画するコンステレーションの実現のためには、1兆円以上の投資が必要であると言われています。1兆円と聞くとかなりの規模のように思いますが、楽天が国内の通信キャリア参入にあたって、日本全国で5,000億円〜6,000億円の地上の設備投資を行い通信網を構築していること考えると、全世界に通信網を提供することを考えれば意外にリーズナブルであると言えます。
2.業界全体の方向性について
ここまで様々な主体が通信衛星コンステレーションの構築に取り組んでいると紹介しましたが、現在ブロードバンドが行き届いていない地域、人にサービスを提供する主体は絞られてくると考えます。
なぜなら、巨額の投資・メンテナンス費用を回収しながら通信衛星コンステレーションを運営するためには一定程度のユーザーを確保する必要があり、多くの企業がその条件を満たすことは難しいと考えられます。現にLeosatの破綻などでプレイヤーが絞られる段階に入っています。
レイテンシの少ないLEOにおける通信衛星コンステレーションの構築について、現状はSpaceX、Amazon、破産申請を出したOneWebがリードしていると言って問題ないと考えますが、それらの企業個別の展望について考察します。
■SpaceX(Starlink)
自社で打ち上げの技術を持っており、小型衛星の量産の技術を持っていると見受けられるため、相当程度のコストの圧縮が可能であると考えられます。資金の調達力も高く、ブロードバンド通信衛星コンステレーション構築・サービス開始に最も近いのではないでしょうか。
■Amazon
AmazonはSpaceXよりも後発での参入となりますが、もちろん勝算を持ってのことだと考えられます。Amazonは通信衛星コンステレーションの構築と相性の良い事業であるオンライン購買プラットフォーム及びAWSを運営しており、ブロードバンド通信にアプローチできる人が増えることでそれらの収益も増えるという効果が期待できます。
また、Amazonは衛星と通信を行う地上設備である地上局の運用を行うサービスAWS Ground Stationを既に提供しており、AWSや通信衛星コンステレーションと合わせることで、通信インフラの垂直統合が実現します。垂直統合することで中間マージンの削減によるコストメリットの享受を得られ、Amazonが世界中に、非常に安価に通信環境を提供する日が来るかもしれません。
■OneWeb
一度破綻したOneWebですが、英国の政府によって買収されています。英国政府はEUを離脱したことにより、EUが運営する測位衛星システムであるガリレオ(アメリカでいうところのGPS)計画から離脱したため、独自の位置情報、ナビゲーション、計時システム構築のためにOneWebの衛星コンステレーションを利用したいという思惑があるそうです。
そのため、当初のデジタルディバイドの解消という目標達成に対して方向性が変わったという見方もできます。
3.通信衛星コンステレーションを用いたビジネスチャンス
構築された通信衛星コンステレーションがどのようにビジネスに利用されていくか?という問いに対しては、OneWebに投資を行なっているコカ・コーラの事例が参考になります。
コカ・コーラの狙いとしては、ネット接続がまだ限られている領域でインターネットアクセスを提供し、デジタルディバイドを解消し、自社製品へのリーチの拡大を企図しています。既に隔地の農村地域を含め、世界中に2500万の販売および流通拠点があり、OneWebターミナルをコカ・コーラのスナックバーの上に置けば、両社の利益に貢献することができます。
このように、通信にアクセスする人が増えれば、Webからリーチできる範囲が増えるため多くの企業、人にチャンスが訪れることに加え、様々な社会課題の解決も可能になると考えられます。
上記の日用品・小売業の他にも、例えば下記のような業界でもビジネスチャンスがあると想像できます。
●金融
デジタルディバイドが在る地域におけるネットの接続による電子決済・仮想通貨などの普及により、銀行口座などを持てない貧困層でも携帯などで決済することができます。
●教育
インターネットを介した教材の提供や遠隔での授業の開催による、教育の格差の是正が可能になります。
●医療
インターネットを通じたオンライン診療、または遠隔での機器の操作による手術の実現、医療格差の是正が可能になります。
●エンタメ
サファリをロボットが周遊し、その目線の映像をリアルタイムで見られるテレイグジスタンスによるエンタメの開発、サービス提供が可能になります。
●クラウドソーシング
約30億人の人がインターネットに接続することにより、業務のアウトソーシングのための新たな労働力の確保が可能になります。
●農業
IoT技術を用いることによる効率化や、情報の非対称性の解消によるフェアトレーディングが実現します。
通信衛星コンステレーションが実現した際にどのようなビジネスチャンスがあるのか、宙畑編集部で検討した結果の一例を紹介しました。
(5) まとめ
通信衛星コンステレーションの意義や参入障壁について記載すると共に、通信衛星コンステレーションの構築を目指す企業を紹介し、最後に事業化に対する展望として参入の障壁や構築された際のビジネスチャンスについて紹介しました。
実際の事業化に際しては、各国との調整など、技術的な部分以外の課題も在ると予想されます。しかし、技術的な部分でいえば、SpaceXなどは既に衛星の打ち上げを着々と進めており、サービス開始も2020年末頃に予定されており(数百機でサービス開始、順次追加で打ち上げを予定。)実現は間近となっています。
SpaceXやAmazonと同様に通信衛星コンステレーションの構築を目指せる企業は多くありませんが、構築後、デジタルディバイドが解消された際には、その影響は2社のみにとどまらず、様々なビジネスチャンスが出てきます。
インターネットの誕生と共に、それこそAmazonのような様々なサービスが生まれ、生活が便利になったように全世界にインターネットが行き届いた際にも、多くのサービスが生まれるかもしれません。
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