宙畑 Sorabatake

衛星データ

世界遺産登録を目指す「阿蘇」の草原保全にデータ活用検討!~データ確認編~

熊本県の野焼きの進捗を衛星データで確認できるのか。宙畑で確認してみた結果を熊本県庁の方に確認いただき、出てきたコメントとは

2022年2月1日、「佐渡島の金山」(新潟県)を世界文化遺産に登録するよう、ユネスコ(国連教育科学文化機関)に推薦する方針が閣議で決定し、推薦書がユネスコに提出されました。

既に日本には姫路城、屋久島、知床など、世界文化遺産登録されたものが複数ありますが、今回の「佐渡島の金山」のように、世界文化遺産登録されていないが、それに相当する候補は日本にまだまだ存在します。そして、熊本県の阿蘇カルデラもその一つ。

2021年11月、宙畑は阿蘇の世界遺産登録を目指す熊本県庁の文化企画・世界遺産推進課 世界遺産推進班の方に、阿蘇の草原維持・管理に衛星データが使えるのではないかとお話を伺ったところ、使い道があるかもしれないので、実際にどのように見えるのか見てみたいとのこと。

そこで、今回は実際に衛星データ解析を行ってみた結果をもってお話を伺った第2回目の打ち合わせの内容を紹介します。

(1)阿蘇の野焼きを衛星データで見てみた

阿蘇の草原維持管理を確認するために見るべきは、毎年2月~4月に実施される野焼きが各牧野組合で定められている区画で行われているか否かです。野焼きを定期的に行わない場所はどんどんと草木が伸びて森林となってしまいます。(参考)

詳しくは「1000年以上守り続けた美しさ。世界遺産登録を目指す「阿蘇」の雄大な景観保護にデータ活用検討!」で話を伺っているのでこちらをご覧ください。

では、さっそく衛星データで野焼きはどのように見えるのかを確認してみましょう。今回確認したのは、無料で使用できる欧州の衛星データのひとつ「Sentinel-2」の衛星画像です。2~4月に野焼きが行われて、徐々に草木が戻ることを考えると、野焼き前の1月と野焼き中の3月と野焼き後の5月の衛星画像を比較すると野焼きされた場所が分かるだろうと当てをつけて、衛星画像から探してみました。

Credit : Europian Union contains modified Copernicus Sentinel data 2022 processed with EO Brouser

並べて比較してみると、たしかに5月には草原となっている場所の中にも、野焼きの影響か3月に黒くなっている範囲があることが分かります。野焼きをしたかしていないかは、黒い箇所が野焼きした場所であると仮定すれば、定期的に観測を行っている地球観測衛星のデータから目視でも確認できそうですね。そして、野焼きをされたであろう箇所を解析し、マスクしたデータがこちらになります。

Credit : Europian Union contains modified Copernicus Sentinel data 2022 processed with EO Brouser
Credit : Europian Union contains modified Copernicus Sentinel data 2022 processed with EO Brouser

熊本県庁の方にお話を聞く前の解析であるため、どのように衛星画像を見れるかについてはお話を伺ってからアップデートしたいところですが、ある程度野焼きしている場所を抽出できているのではないでしょうか。

また、Sentinel-2の場合は、回帰日数(同じ場所を撮影できる頻度)が10日。2月から4月にかけて徐々に野焼きを行っていくことを考えると、撮影日が曇りだった場合は野焼きの状況が分からず、草原全体が漏れなく野焼きをされるかどうかの進捗を確認するには少し心許ないようにも思います。

※野焼きをした場所は2週間ほどしたら新たな草が芽吹くそうです

アクセルスペース社のAxelGlobeのように、2日に1回撮影できるような衛星を用いたり、雲があっても地上の状態を把握できるSAR衛星のデータで草原の状態が分かるようになれば、草原管理に衛星データ活用をするという可能性がグッと現実的になるでしょう。

(2)熊本県庁の最新の提案書に地球観測衛星という文字が!

衛星データを宙畑編集部で確認・解析したところで、いざ熊本県庁様との2回目の打ち合わせに臨みます……と、意気込んでいた打ち合わせの2日前、前回お話を伺った熊本県庁の福田さんより以下のご連絡を宙畑編集部宛にいただきました。

先週、文部科学省と文化庁に阿蘇の要望活動と併せて、提案書を提出したこと、
ご報告いたします。全面改定した新しい提案書を掲載しています。
https://www.pref.kumamoto.jp/soshiki/22/122503.html

ご連絡いただいたサイトの中に掲載されている「世界遺産暫定一覧表追加資産に係る提案書 資産名称:『阿蘇カルデラ-草地とともに生きてきたカルデラ農業景観』」を見ると、そこには地球観測衛星の文字が…!

「ボランティアの高齢化も課題となっており、半自然草地の維持に欠かすこ
とのできない担い手を地域内外でどう確保していくかが課題である。今後、
企業とのパートナーシップの構築による野焼きの担い手確保による「関係人
口の創出」、ドローン、地球観測衛星等の先端技術を活用した野焼き作業の
省力化等を検討
し、草地の維持再生の取組みを進めていく」

勝手な思い込みではありますが、前回の打ち合わせを通して地球観測衛星に何らかの可能性を感じていただけたのかもしれません。

それでは、前置きがとても長くなってしまいましたが、第2回目の打ち合わせの内容を会話形式で紹介していきます。

(3)衛星データによる草原管理モニタリングは世界文化遺産登録の好材料になり得る?

宙畑:阿蘇の世界遺産暫定一覧表追加資産に係る提案書についてお話を伺えればと思います。提案書の中に「地球観測衛星」という文字を見つけたのですが、前回のお話を通して、衛星データになんらかの可能性を見出していただけたということでしょうか?

福田:そうですね。まずは衛星データについてお話する前に提案書についてお話しできればと思います。

私たちは、2年間かけて阿蘇の価値付けをしっかりと磨き込み、阿蘇の価値を4つの構成要素に落とし込みました。

Credit : 熊本県

阿蘇は、世界で類を見ない普遍的な価値を持った場所であると私たちも自負しています。一方で、世界文化遺産の登録がなされた後、資産の保護と保全管理がとても重要になるのですが、この部分はこれから検討を進めていく必要があります。

伊津野:重要な構成要素の保全、つまり、良好な状態で次世代につないでいくことも求められます。実際にどうやってモニタリングをしていくか?ということが道半ばというのが正直なところです。

福田:その点、衛星データは、世界文化遺産登録された後の資産の保護と保全管理を行う上でとても有用だと考えています。

宙畑:実際にどのような点に魅力を感じていただいていますか?

福田:世界文化遺産に登録された場合、何年かおきに保全状況をユネスコ(国際連合教育科学文化機関)に伝える必要があります。当然ユネスコの審査を担当する方は全員が日本に来るわけではなく、提出書類を審査する人もいます。

その際に管理体制を説明して「(人手によって主観的に)きちんと管理しています」というよりも、衛星データを用いて(客観的に)報告できた方が、より分かりやすく、きちんと理解していただけるのではないかと思います。

宙畑:世界文化遺産登録をするための材料として衛星データが使えるのではないかと宙畑では考えていたのですが、世界文化遺産登録を外されないためにも衛星データが使えるということですね。

伊津野:その通りで、維持し続けることもとても重要なのです。

福田:外国の方が審査されるので、現地に来ずともきちんと理解される、分かっていただけるデータというのはとてもありがたいですね。

宙畑:ありがとうございます。それでは、さっそく宙畑で準備した衛星データを見ていただきたいと思います。

(4)使い道は?アップデートするなら?

宙畑:まず、衛星データで阿蘇山の草原を見ると、どのように見えるのかということを直感的に知っていただくためにこちらの画像を準備しました。

Credit : Europian Union contains modified Copernicus Sentinel data 2022 processed with EO Brouser

宙畑:こちらが野焼きが行われている時期であろう2021年3月の衛星データをキャプチャしたものになります。そして、5月の画像がこちらになります。

Credit : Europian Union contains modified Copernicus Sentinel data 2022 processed with EO Brouser

宙畑:また、1月の衛星画像を見ると以下になります。

Credit : Europian Union contains modified Copernicus Sentinel data 2022 processed with EO Brouser

宙畑:1月の衛星画像では3月の衛星画像に見られる焦げ茶色の部分がなく、薄い茶色の場所がまんべんなく広がっています。そのうえで、草原であるところは基本的には野焼きしなければならない場所であると考えると、5月は緑になっていて、3月の衛星画像では焦げ茶色になっているところが、野焼きをされていたであろう場所と推測できます。

さらに、人の目で野焼きされたであろう場所をつぶさに見ていくというのは大変だと思いますので、私たちの方で、野焼きをされたであろう場所を機械学習を用いて解析して色をつけてみたのが以下になります。

Credit : Europian Union contains modified Copernicus Sentinel data 2022 processed with EO Brouser

宙畑:さらに、2021年の野焼きエリアと2017年同時期の野焼きエリアを比較してみたものがこちらです。

Credit : Europian Union contains modified Copernicus Sentinel data 2022 processed with EO Brouser

宙畑:こちらを見ると、2021年の方が2017年よりも野焼きの進捗が良いことが分かります。前回の打ち合わせでもお伺いした2016年の熊本地震の影響だと思われます。

今は衛星データだけで判断していますが、実際に地上の野焼きの実施可否やドローンの画像と合わせることで、より精度を高く野焼きの箇所が分かるようになると思います。

この画像をご覧いただいて、何か気になる点や、肌感とあっているかどうか、また、こういった使い道ができそうだな、などとあらためて感想などをいただけますか?

成瀬:これまでは野焼きをしていたが、今年から止めてしまったという牧野組合があった場合、この部分の野焼きを休止していることが一目で分かるということですよね。野焼きの管理をしている、また、再開していきたいと思っている地方自治体にとっては、今後の野焼き支援に繋げていけるのではないかと思います。

伊津野:野焼きをしづらい所というのは、人が入りづらいところ、つまり、急な傾斜があるところなんですよね。

国土地理院の傾斜量図。地表面の傾きの量を算出し、その大きさを白黒の濃淡で表現したもので、ドローンで計測したものはさらに詳細なものが作成できるのではないかと推測されます。 Source : 国土地理院ウェブサイト

成瀬:衛星データから野焼きをしていない場所を把握できたら、傾斜情報と合わせて、このエリアであれば野焼き再開できるのではないかという提案に使えそうだなと思いました。

宙畑:ありがとうございます。先ほど作成した衛星データに、傾斜地のデータを重ね合わせれば、野焼きが行われなくなった理由も分かってきそうですね。

福田:また、衛星データがあれば、野焼きを行っている牧野組合の方々も肌感覚で分かっている現状を衛星データで客観的に把握できて管理に活かしていただくことはできるかもしれませんね。

伊津野:地方自治体で、牧野組合の方と衛星データを一緒に見ながら話すことで「全体の野焼きを再開するのは難しいけれど、この部分だけならもう少し頑張れば野焼き再開できるんじゃない?」といった話ができると良いですね。

福田:今後、県民の方とも協力しながら阿蘇の景観を守っていかなくてはならない段階だと考えています。その際に、一緒に確認できるデータがあるという点でも衛星データは役に立つと思います。

(5)いざ、野焼きへ

以上、阿蘇の草原維持管理に衛星データを使えないかを検討する、熊本県庁さまとの第2回の打ち合わせの内容をご紹介しました。傾斜地は野焼きがしづらい、実際に野焼きをする方はどのようなポイントを見たいのか……など、衛星データを見るだけでは分からないことも多く伺えた貴重な打ち合わせでした。

次回、コロナウイルス感染症の状況次第ではありますが、実際に阿蘇の野焼きを取材に行ってみたいと思います! 現地で野焼きを担当されている方のお話を聞くことで、さらに衛星データ活用のイメージも膨らむはず。阿蘇の草原維持管理に衛星データ!は引き続き検討を続けてまいります。次回以降の記事もお待ちいただけますと幸いです。