世界遺産登録を目指す「阿蘇」の草原保全にデータ活用検討!~野焼き見学編~
熊本県の阿蘇草原の維持管理に衛星データ活用の可能性を感じた宙畑編集部。春に行われた野焼き後の草原を実際に訪れました。
阿蘇の草原維持・管理に衛星データが使えるのではないかと、阿蘇カルデラ世界遺産登録を目指す熊本県庁の文化企画・世界遺産推進課に話を伺った宙畑編集部。
これまでの草原管理取材
①阿蘇草原の維持管理に衛星データが活用できるのではないかと熊本県にヒアリング(記事を見る)
②実際に衛星データを解析し、その結果を熊本県にお見せし、活用可能性を検討(記事を見る)
そして、今回は阿蘇草原の現地調査に訪れました。
今回は、2022年4月12日に行われた阿蘇グリーンストック主催の草原管理セミナーに参加し、現地を実際に見て感じた衛星データ活用の可能性を紹介します。
※残念ながら前日の天候の影響で予定されていた野焼き見学はできませんでしたが、野焼き後の草原を間近で確認することができました
野焼きの様子については、ぜひ以下の動画をご覧ください。
(1)阿蘇草原管理保全活動センターへ
セミナーに参加するために訪れたのは、阿蘇草原管理保全活動センターです。この施設は阿蘇の草原を学ぶことができる場であり、草原をめぐる様々な活動の拠点として建てられたもの。中に入ると、阿蘇カルデラの全体を把握できる立体地形図があるほか、草原管理の基本を学ぶ展示を見ることができます。
セミナーは、まず阿蘇の草原管理について専門家の方から座学形式で学び、その上で、野焼きが終わった後の草原を直接観察しに行くというものでした。
見学した草原は阿蘇の外輪山と呼ばれるエリアです。標高の高いところから阿蘇一帯を眺められるため観光客も多く訪れる大観峰がある場所になります。
※以下、黄色いピンの立っている場所が大観峰。左側が草原が茂っているとき、右側が野焼き後の阿蘇の衛星画像です
座学では、野焼き管理がこれまでにどのように行われてきたのか、また、野焼きはいつから阿蘇で行われてきたのかといったお話を学びました。
なかでも面白かったのは、(確固たる証拠はないということでしたが)阿蘇に草原が残り続けた理由です。草原は熊本阿蘇に限らず日本全国様々なところにあったはずですが、拡大造林の影響で他の地域からどんどんと姿を消していったそうです。
それでも阿蘇に草原が残ったのは、畜産と結びついていたほか、稲作の肥料を生産するためにも草原資源を活用していたことから、今現在も多くの人にとって美しいと思える草原が維持されているのではないかと考えられています。
また、野焼きは動物を追い込んで狩るためにも用いられていたそうで、源頼朝が野焼きの手法を学びに来たという逸話もあるのだとか。
様々な歴史や理由が折り重なって、現在の阿蘇の風景や風習が残っていると考えるととても興味深いですね。
その他、阿蘇の草原について、詳しく知りたい方は、ぜひ環境省の発行する草原管理についてのパンフレットや宙畑のこれまでの記事をご覧ください。
(2)野焼き後の阿蘇草原で見た景色
では、実際に野焼き後の阿蘇草原はどうなっているのか。野焼きから約1ヵ月ほど経過した現地を訪れて撮影した写真と、衛星データを織り交ぜながら紹介します。
大観峰に到着してさっそく目にしたのは、野焼きの影響で一部が変色した樹。
実際に燃やす予定ではなかった場所にも影響が生じていることから、野焼きは危険と隣り合わせの作業であると再認識することができます。
続いて、ガイドの方が「あっ!」としゃがみ込み、指をさした先にあったのは黄色い花「キスミレ」でした。
写真をよく見ると、キスミレの周りはまだ野焼きの影響で黒くなっていることが分かります。阿蘇草原には600種類を超える草花があり、大昔に九州と大陸が陸続きだったことを示す、日本では見かけなくなった植物もあるそう。1年に1回の野焼きは、草原を維持するだけでなく、これらの草花が新しく芽吹く環境を守ることにも繋がっています。
大観峰駐車場から少し歩くと、草原一帯を広く眺めることができる場所にたどり着きます。
しばらく歩くとガイドの方がとある方向を指さして「あー、あそこは野焼きが出来てないな。野焼き出来ていないところ見ると、今すぐにでも野焼きしに行きたくなる」とのこと。
帰宅してから衛星データを照らし合わせてみると、確かに当日確認できたエリアは他の場所が野焼きしていた時期(2022年3月12日)に野焼きが行われていないことが分かります。
※阿蘇の草原の野焼きを把握するためにはSWIRという植物や土壌に含まれる水分量が分かる波長を用いるとわかりやすかったので、その推移をタイムラプス化しています。植物がある場所は緑色です。
では、今回見つけた野焼きのやり残しの箇所が過去も野焼きされていない箇所かと言えばそうではないようです。下記は過去5年間の当該箇所の同時期の衛星画像を並べたものgifです。
以前、熊本県庁の方に取材させていただいた際に、熊本地震の影響で野焼きを行えない年もあったという話を伺いました。たしかに、2018年は野焼きができていない箇所が多くあると分かります。一方で、2022年野焼きできていた場所は、2018年、2020年、2021年は野焼きできていることが分かります。
続いて、大観峰の展望所に行くと野焼きをしていないエリアへと延焼しないように作られる輪地を確認することができました。
衛星データを見ると、無料の衛星データでも輪地が作られていることを確認することができました。
輪地は500~600km(国際宇宙ステーションがあるのは地上400km……!)で、毎年それだけの距離の輪地を作っていると考えるとすごいですね……。
現地に行き、輪地がある場所を実際に確認できたことで衛星データと照らし合わせることができました。今後、輪地の場所を地理空間情報のデータとしてプロットすることが出来れば、衛星データを用いて、毎年の輪地の管理ができるかもしれませんね。
また、野焼きを行えなくなってしまった草原エリアに樹々が現れている箇所も確認できました。
当該箇所を衛星データで確認してみると、2019年までは野焼きができていたであろう場所が、2020年から野焼きがされず、樹々が生え始めていると分かります。
ガイドの方に後日教えていただいた話では「野焼きを止めた場合の植生の変化は一概に何年でこうなるとは言えない部分もある。場所によっては早かったり、時間がかかったり、また、そこに成立する森林(初めはヤブや低木ですが)も同じではないだろう。」とのことでした。
今回の草原管理セミナーを通して、阿蘇の草原管理にどのような衛星データ活用が考えられるのか、ここまで紹介した内容と重複しますが、3つの可能性を以下のように整理してみました。
①毎年の野焼きエリアの確認
まずは熊本県庁さまに取材を打診させていただいた当初から考えていた野焼きエリアの確認です。この点については、これまでにも衛星データを確認してきた通り可能であることは間違いないでしょう。
その上で、現地調査を行ったことで得た新たな気づきは、5ヵ年の衛星データを見ることで、野焼きができていない場所は1年できなかったら翌年も野焼きが行われない場所ではないということ。つまり、年によって出来ている年とそうでない年がある草原地帯もあるということです。
本来野焼きがなされるはずの場所で、なぜ野焼きができなかったのか、今後も野焼きができない場所なのかを探る第一歩としても衛星データは活用できるでしょう。
②輪地が毎年同じように作られているかの点検
続いての衛星データ活用案は、輪地の点検です。輪地は野焼きを行うにあたって、望まない延焼を防ぐための重要な要素のひとつ。毎年同じように輪地が整えられているか、また、輪地の周辺で野焼きの事故につながる可能性のある変化は起きていないかなどを確認するために衛星データの活用ができるかもしれません。
そのためにも、理想的な輪地の形をGIS上に表現できるような準備が整備できるととても良いように思います。
③野焼きが出来ずに樹々が生え始め、森林化しているエリアを管理
最後の衛星データ活用案は、森林化の監視です。しばらく野焼きができないエリアは森林化が進むということも現地ではっきりと確認できました。
衛星データを見ると、2年間野焼きが行われないと樹々が生えてきてしまっているように思います。森林化の進行を確認する手段としても衛星データは有効でしょう。
(4)次回予告
以上、現地見学付きの草原管理セミナーを受けて感じた衛星データ活用の可能性を紹介しました。
次回は、今回のセミナーを主催されたグリーンストックの方に、今回整理した衛星データ活用案をもとに、実際に輪地切りや野焼きを行う上でどのように衛星データを活用できそうか、お話した内容を紹介予定です。