宙畑 Sorabatake

衛星データ

草原保全に衛星データを活用する可能性検討! 野焼きボランティアを行う阿蘇グリーンストックに聞いてみた

阿蘇の草原保全に衛星データが利用できるのではないかとこれまで3回にわたってインタビューを続けてきた宙畑編集部。これまでのヒアリングを元に考案した衛星データの利活用案について、プロに評価いただきました。

阿蘇の草原維持・管理に衛星データが使えるのではないかと、阿蘇カルデラ世界遺産登録を目指す熊本県庁の文化企画・世界遺産推進課に話を伺い、前回は阿蘇への実地調査まで行った宙畑編集部。

今回は実際に野焼き支援ボランティアを受け入れて支援が必要な牧野組合に派遣する阿蘇グリーンストックの方にお話を伺いました。

果たして、宙畑が検討した衛星データ利活用案は、阿蘇の草原維持に役立ちそうなのか?率直な意見と、宙畑が思ってもいなかった活用アイデアを逆に提案いただきました。

これまでの草原管理取材
①阿蘇草原の維持管理に衛星データが活用できるのではないかと熊本県にヒアリング(記事を見る
②実際に衛星データを解析し、その結果を熊本県にお見せし、活用可能性を検討(記事を見る
③野焼き後の阿蘇を訪れ、現地の状況と衛星データを比較し、衛星データ活用の可能性を3パターンに絞る(記事を見る

本記事では阿蘇グリーンストックの事業内容と合わせて、上記結論に至るまでの阿蘇グリーンストックの増井さん、木部さんの見解、そして話を進める中で見えてきた野焼きを行う際に衛星データが役に立つかもしれない利用案を紹介します。

増井太樹さん
(公財)阿蘇グリーンストック 部長
鳥取大学大学院農学研究科を修了ののち、(株)プレック研究所に入社、その後岐阜大学連合農学研究科(博士後期課程)、真庭市役所を経て2022年より現職。学生時代より一貫して日本の草原に関わり続け、半自然草原に関する研究を行うとともに、半自然草原をいかした地域づくりや蒜山自然再生協議会の立ち上げに従事。近著に、景観生態学(共立出版)、森林学の百科事典(丸善出版)(いずれも分担執筆)。博士(農学)、技術士(環境部門)

木部直美さん
(公財)阿蘇グリーンストック 事業Ⅱ課
 課長 / 2009年より阿蘇で活動開始。2012年まで環境省のアクティブレンジャーとして勤務した後、自然公園財団を経て、2015年より阿蘇グリーンストックに勤務。草原環境学習や自然体験活動に携わる。

野焼きの様子については、ぜひ以下の動画をご覧ください。

(1)阿蘇グリーンストックは「地元の足りない」と「阿蘇を支えたい気持ち/好き」をマッチングする

宙畑:まずは阿蘇グリーンストックの事業内容について教えてください。

増井:野焼き支援のボランティアを受け入れて派遣することが主な仕事です。阿蘇郡市の市町村窓口を通して、阿蘇にある牧野組合さんからボランティアを派遣してほしいという要請を受けて、牧野さんのニーズに合うようなボランティアを派遣しています。

野焼きは危険をともなう作業なので、野焼きに参加される前には我々の方で野焼きの初心者講習会を開催することで、安全に、また地元の牧野さんにもご迷惑にならないような仕組みも作っています。

ボランティア活動は通年で行われており、春先には野焼きを、秋口には翌年の野焼きに備えて、輪地焼き、防火帯作りを行います。

今までは地元の人だけで野焼きが行えていたのですが、現在は約3割の牧野組合で人が足りていません。その地元の足りない部分とボランティアさんの阿蘇を支えたい気持ちとかをうまくマッチングすることが私たちの主な仕事だと思っています。

木部:グリーンストックの活動としては、ボランティアの派遣だけではなく、他にも、草原の調査や調査に基づいた草原の再生活動(野焼き再開、採草活動等)、教育旅行で阿蘇を訪れる子供たちに阿蘇の暮らしを体験してもらう「ファームステイ」なども行っています。

宙畑:ボランティアの方はどこからどういうきっかけでいらっしゃることが多いですか?

増井:現状、福岡県から来られてる方が約35%いらっしゃいます。福岡と熊本を合わせると大体90%程度となっていて、県外だと福岡の方が非常に興味を持ってくださっています。いろいろ理由はあるとは思うのですが、福岡県にしても熊本県にしても、大きい河川の水源を辿ればだいたい阿蘇にたどり着きます。九州の一級河川の6つが阿蘇が水源ということで、何かそういう繋がりを皆さん感じてくれてるというのかなと思っております。

木部:あとは、「阿蘇の草原が危ない」というようなキャンペーンをしたこともありまして、それに対して阿蘇地域以外の熊本の人たちも福岡の人たちも、これは何とかしなきゃいかんという、意識の高まりがあったんだと思います。

増井:おかげさまで牧野組合から要請を受ける人数に対して、ご希望に応える数を派遣できました。

1999年から、20年以上にもわたって阿蘇の草原を維持するための野焼き支援ボランティアを続ける阿蘇グリーンストック。ボランティアに携わる人数は毎年増え続けているそう。では、実際に宙畑がこれまでの取材を通して思いついた衛星データの利活用案はボランティアの役に立つのでしょうか?さっそくお二方に利活用案について、所感を伺ってみました。

(2)宙畑が考えた衛星データ利活用案①毎年の野焼きエリアの確認

宙畑:宙畑で検討した衛星データ活用案について、お話を伺ってみたいと思います。まずは、毎年草原を管理する観点で衛星データは利活用できそうでしょうか?

2017年と2021年で野焼きエリアの比較をできるか、簡易解析を行ったもの Credit : Europian Union contains modified Copernicus Sentinel data 2022 processed with EO Brouser

木部:その質問にお答えする前にまず背景となる情報からお伝えしますと、阿蘇の草原全体のモニタリング等による把握は、行政や阿蘇草原再生協議会が中心となって取り組む領域です。もちろん、私たちグリーンストックも草原再生協議会の構成員なので、草原全体のデータを見て、ボランティアを派遣したり、支援している牧野はここにあるな、この牧野の隣にこういうところがあったのか……といったことを見たりしています。

他にも、環境省より委託を受けて実施している牧野組合毎の「野草地環境保全計画(牧野カルテ)」の作成では、図面で昔と現在を比較しています。具体的には聞き取りで、野焼きをしているエリア、してないエリア、昔はしていたエリアといった情報を把握しています。ただし、毎年2~3の牧野を対象に作成しているため、阿蘇地域全体で網羅的に把握できてはいないのが現状です。

増井:そのうえで、衛星データで毎年の野焼きエリアを確認する必要があるかないかと言ったら、現時点では、そこまでの必要性はないと僕は思いました。私達が野焼き支援をしたところに関しては「何月何日にやって、何人ぐらいの人でやった」「例えばこういう危ないことがありました」とか記録に残してくれています。野焼きをする前には、それぞれ市町村が野焼きを実施する許可証を出しますので、どれぐらいの場所で野焼きをやられたかは、把握できているのです。

宙畑:野焼きをする牧野は毎年把握できているから、衛星データを確認するよりも直接的に情報が取得できるということですね。

増井:ただ、その一方で、阿蘇の草原が減っていると言っても、100年前から現在に比べて同じ割合で減ったのか、ある時期を境に一気に減ったのかといったことは現在把握できていません。衛星データが取れるようになった1970年代以降から、どのようにして草原が減っていっているのかを時系列で明らかにすることを目的にするのであれば、衛星データを利活用することは非常に意味があると思います。

衛星データ利活用案:毎年の野焼きエリアの確認
利活用案の必要性:△
備考:野焼きした/してないではなく、どのように草原が減ったかの分析には利用できそう。また、阿蘇草原再生協議会の調査内容には活用余地があるかもしれない。

(3)宙畑が考えた衛星データ利活用案②輪地が毎年同じように作られているかの点検

宙畑:次の活用案は、輪地が毎年同じように整備されているかの点検のために衛星データを活用するというものなのですが、これも野焼きエリアの確認と同じく情報伝達の仕組みが整備されているようですね。

木部:そうですね、少なくとも牧野組合としては自分たちが焼くところの輪地はちゃんと管理をして、把握はされています。管理されていなければ野焼きはできませんので。輪地を切る人と、野焼きをする人は同じ主体と考えると、衛星データを通して知る必要はないと思います。

増井:逆に我々が「ここの輪地が不十分ではないか?」と言っても、ボランティアの要請を受けて派遣する流れなので、どうしようもない部分もあります。我々が勝手に行って、そこを自分たちで燃やして管理をするっていうわけではないので。牧野さんがきちんと輪地を作って野焼きをしっかりやるという今の現状の立て付けだとなかなか難しいのかな。

仮に、今後野焼きの実施主体が牧野組合さんじゃなくて、例えばグリーンストックが受けるようなことがあれば、ご提案のような形で判断することも可能性としてないわけではないと思いますが……その場合は現場である程度わかってしまうので、衛星データを使った方が効率的だというところまではいかないように思います。

衛星データ利活用案:輪地が毎年同じように作られているかの点検
利活用案の必要性:✖

(4)宙畑が考えた衛星データ利活用案③森林化しているエリアを管理

宙畑:最後の活用案になります。衛星データから野焼きが行われずに森林化した場所を管理することができるのではないかと考えているのですが、このような活用法はいかがでしょうか?

増井:森林が増えてるという定量的なデータっていうのは実はないんですね。今、阿蘇草原再生協議会が作成しているような図面で草原が減っているというのはわかるんですけど、草原に見える森林が増えてるというデータは定量的に計測できている状態ではありません。

それが草原に接してるところにどんどん植樹されて人工林が増えているとか、なんとなく感覚では地元の人は分かっていると思うけれど、それが数値的に示されてるものはありません。そういう意味では、森林がどこにあって、それがどれだけ面積が増えているのか、草原に接するようになっているのかなどを、数字としてきちんと根拠を持って分かるとよいかもしれませんね。

例えば、全国の草原面積は明治期には国土の10%あったと言われています。しかし、今では、その面積は1%以下まで減少しているのです。そして、その現象の傾向(減っていく面積やその年代)は、地域ごとには異なります。

それらのデータは、土地の歴史を知る上でも重要な情報であり、野焼きの安全管理上も延焼リスクを把握するうえでも有用な情報となるでしょう。

衛星データ利活用案:森林化しているエリアを管理
利活用案の必要性:△
備考:長いスパンでの草原エリア/森林エリアの変遷の可視化は価値がある。増井さんが研究された「秋田県男鹿半島寒風山における草原植生の変化」では、火入れが行われなくなり、草原の藪化が進んだ理由について、聞き取り調査を行っています。

(5)真っ青に……野焼きリスクは「支援牧野の外」にあった?

木部:これまでの話を聞いて、これが分かるといいなと感じたことを思い出しました。

宙畑:ぜひ、教えてください。

木部:衛星データの良いところは、面的に状態を把握できることだと思います。私たちは支援する牧野以外については、例えば野焼きをする牧野に隣接してどんな環境がどこまで続いているかといったことまでは把握できていません。実は、これは野焼きをする際のリスクになる可能性があるんです。

例を挙げて申しますと、今年の春、私もボランティアとして参加した野焼き時に大きな延焼が発生してしまいました。その原因は恐らく強風による飛び火だったと思うのですが、ちょうど飛び火した先が植樹したばかり、まだ4、5年生くらいの見た目は草原のような植林地だったことで、あっという間に幼樹の周りの枯草に火が入り、止める間もなく炎が広がってしまいました。

そんな燃えやすい環境が自分たちの作業しているすぐ横に広がっていることを私自身は認識していませんでした。もし、その情報が事前にわかっていれば、リスクに対して何か手立てなり、注意なり、もっとできたことがあったのではないかと感じました。

宙畑:衛星データから、野焼きをする前、もしくは輪地を作る前に、植林したばかりの場所などを検出して野焼きリスクを判定できれば、野焼きの安全性をさらに上げられる可能性があるということですね。たしかに、それはボランティアの方、牧野の方の命にもかかわる重要な課題ですね。

木部:それと、自分たちが焼こうとしている牧野(草原)の草の量もその年によって違うと思うんですよね。雨や日照などの違いで大きく育った年とそうでもない年、放牧がしっかりできた年とできてない年…とか、これらも野焼きの大きなパラメータになってるように思いますし、地形も絡むので複雑なアルゴリズムになるとは思うんですけど、「今年の野焼きではここが要注意エリア」とかわかったら助かるなあとは思いますね。

(6)草原との多様なかかわりを作り、ワクワクする草原維持へ

宙畑:最後に、阿蘇グリーンストックとしても、個人としても、今後草原管理をより良くしていくために、もっとこういうことに取り組んでいきたいといった展望はありますか?

増井:今、阿蘇の草原だけじゃなくて、全国の草原がどんどん減ってます。逆に言えば阿蘇は草原が残ってる方です。そして、私自身はすごい草原という場所が魅力的だなと思っています。今の阿蘇は牧野組合さんが頑張ってるので、出る幕もない部分もあるのかもしれませんが、もっと多くの方が草原で何かしたい、観光利用だったり、草原に椅子を置いてのんびりするだけであったり……何か草原と人々の接点を多用に持てるような世の中になればいいなと思ってます。

昔は阿蘇の草原は資源を得る場所でしたが、何か精神的な安らぎとか、モチベーションとか、ここで仕事をするからアイデアが生まれるとか。そういう意味で新しい草原の使い方をみんなと一緒に作っていけるようなことができたら、僕はとてもワクワクできるなと思っています。

(7)まとめ

以上、宙畑が考えた阿蘇草原を維持する上での衛星データ利活用案について、阿蘇グリーンストックのお二人にフィードバックいただいた内容をご紹介しました。

結果としては、当初想定していた衛星データ利活用アイデアをそのまま活用する可能性は低いようです。ただし、野焼きを行う前に延焼可能性がないかといった人の命にも関わる重要な課題が新たにお話をうかがうことででてきたことは宙畑にとっては大きな発見でした。

引き続き、宙畑では野焼きの安全性確保や阿蘇の草原維持管理への衛星データ利活用の可能性を模索していきたいと思います。