宙畑 Sorabatake

特集

ウェザーニューズに聞く、花粉の飛散量予測の最前線とビジネスチャンス

日本人の3人に1人が悩まされる花粉症。年間の経済損失は数千億円にのぼるともいいます。その一方で、花粉の飛散量予測データを配布し、新たなビジネスが生まれるという展開も。花粉の飛散量予測の最前線をウェザーニューズ社にうかがいました。

年間の経済損失は数千億円……そのような試算も出ている、日本人の3人に1人が悩まされる花粉症。

花粉症に悩む方で、花粉の飛散量チェックが日課になっているという方も多いのではないでしょうか。では、花粉の飛散量はどのように予測、計測されているのかご存知ですか?

宙畑編集部は花粉症に悩むメンバーが多く、花粉の発生源となる樹木の特定を衛星データから行えないかにチャレンジしたことがあります。

ただ、花粉の飛散量予測は樹木の場所の特定だけではできないようです。花粉の飛散量予測の最前線について、2004年から花粉の飛散量予測を行うウェザーニューズ株式会社に話を伺いました。

(1)花粉症の経済損失は年間2800億円? 2004年から始まった花粉の飛散量予測

宙畑:花粉の飛散量予測はいつから、どのような経緯で始まったのでしょうか?

ウェザーニューズ:ウェザーニューズでは2004年から花粉の飛散量予測を行っています。花粉症は国民病と言っても過言ではなく、多くの方が悩まされています。

2月早々に花粉シーズンが到来しますが、花粉症の方にとっては本当に憂鬱な時期で、飛散量を心配されている方が多くいらっしゃいました。

そのような方々を少しでもサポートしたいという想いから、花粉予測を開始しました。

直近の花粉の飛散開始予想の画像 Credit : ウェザーニュース

宙畑:花粉症の経済損失は、2008年に発表された論文の内容には年間約2800億円にものぼるとありました。

また、全国の耳鼻咽喉科医とその家族を対象とした、1998年、2008年、2019年とほぼ10年おきに実施された全国調査によると、花粉症の有病率は1998年が19.6%、2008年が29.8%、2019年には42.5%で10年ごとにほぼ10%増加しているそう。

経済損失についても現在は2800億円よりもはるかに大きい規模になっている可能性があります。

花粉症の飛散量予測に対しての需要はますます大きくなっているのではないでしょうか?

ウェザーニューズ:そうですね、ウェザーニュースの「花粉Ch.」では、48時間先までの花粉の飛散を250m四方/1時間間隔でシミュレーションしてマップで示す「花粉レーダー」を提供しており、ユーザーに人気のコンテンツのひとつとなっています。

全国の今の飛散量が一目瞭然 Credit : ウェザーニュース

(2)飛散量の予測に使っているデータは?

宙畑:花粉の飛散量予測をするうえで、計測すべきデータにはどのようなものがあるかを教えてください。

ウェザーニューズ:花粉の飛散量の予測は大きく分けて、「次のシーズンの花粉の総飛散量」に関する長期予報的なものと「今日、明日、一週間先までの花粉飛散量」に関する短期予報的なものがあります。

「次のシーズンの花粉の総飛散量」の予測の元となっているのが「前年夏の天気傾向」と「前シーズンの花粉飛散量」です。

宙畑:直近の風速データや花粉飛散量データではなく、過去のデータが重要なのですね!

ウェザーニューズ:花粉の発生源となるスギの雄花は前年の夏に作られます。この時期に十分な日照があり、気温が上がるほど、光合成が盛んに行われて、雄花の生育が活発になる傾向があります。つまり、よく晴れた暑い夏ほど、翌年の花粉の飛散量が多くなる可能性が高くなるのです。

Credit : ウェザーニュース

また、花粉の飛散量は周期的に増減し、花粉の飛散が多い期間と少ない期間が交互に訪れる傾向があります。飛散量が多い年を「表年」、少ない年を「裏年」と呼びます。エリアによって「表年」「裏年」の周期は異なり、夏の天候の影響で「表年」「裏年」の区別が不明確になる年もあります。

宙畑:エリアによって「表年」「裏年」が違ったり区別が分からなくなるとなると各エリアのデータをより詳しく知る方法が必要となりますね。

ウェザーニューズ:さらに、ウェザーニューズでは、秋ごろになると全国のアプリのユーザーからスギやヒノキの雄花の写真を送っていただいてます。これらの写真とユーザーへのヒアリング(今年は昨年に比べて 多い/並み/少ない など)も予測の参考にさせていただいています。

「今日、明日、一週間先までの花粉飛散量」の予測は、花粉の発生源に対して、気象条件等から花粉の発生量を推定し、それを風で拡散させる計算をして行っています。

雄花の状態にもよりますが、一般的に、晴れていて、湿度が低く、気温が高い日、さらに雨の日の翌日や風の強い日は花粉が飛びやすくなり、飛散量が多くなります。

風が強ければ花粉は遠くまで飛ぶため、山などの花粉の発生源から離れた場所でも花粉の飛散量が多くなります。逆に雨が降ったり湿気が多かったりすると花粉は遠くに飛びにくくなります。

雨の日の翌日に花粉が多くなるのは、雨の日に地面に落ちた花粉が、晴れの日に乾燥して再び空中に巻き上げられ、そこにさらに新しく飛散した花粉が加わるからではないかと考えられています。

宙畑:過去のデータやユーザーから提供されるデータに加えて、その日の気象条件を元に花粉の飛散量予測を出されているのですね。

(3)昔は顕微鏡で花粉を数えていた!? 花粉の飛散量の計測方法にも変化が

宙畑:花粉の飛散量予測の初期の計測方法と今の計測方法について、具体的にどのような手法で飛散予測をしているのかを教えてください。

ウェザーニューズ:当初、花粉の観測はビルの屋上などでプレパラートに集まった花粉を顕微鏡で数える「ダーラム法」と呼ばれる方法で行っていましたが、よりたくさんの場所でリアルタイムに情報を収集するため、花粉の自動観測が可能なIoT花粉観測機「ポールンロボ」を開発しました。

ポールンロボは、内部のファンで外気を吸い込み、レーザーセンサーで花粉を判別して、花粉数を測定します。データは1分毎にウェザーニューズに送信され、気象データと合わせて解析し、予報に用いたり「花粉Ch.」で一般向けに公開しています。

宙畑:1分毎はすごいですね! リアルタイムに情報を収集できるようになったことで花粉の飛散に関する新たな発見はありましたか?

ウェザーニューズ:花粉の飛散量は天気や気温、風といった気象条件によって変化するため、飛散量がリアルタイムにわかることで、特に飛散量が多くなったり、花粉症の症状がつらくなる条件が分析できるようになりました。

ウェザーニュースの花粉対策アラームでは、その分析結果を活用して、特に花粉症の症状がつらくなりやすい条件の時にスマホでプッシュ通知するサービスも行っています。

(4)花粉の飛散量予測データが家電や自動車、販促で使われている?

宙畑:花粉の飛散量予測データについてはAPIを公開されていますね。具体的にどのような企業が利用されているのでしょうか?

ウェザーニューズ:企業のシステムと連携が容易にできるため、飛散量と連動したエアコンや空気清浄機の先読み運転や、自動車の車載モニターへの導入など、花粉データと連動した商品開発のニーズがあります。

花粉情報表示画面。3Dマップでの表示も可能となっており、エリアごとに花粉の飛散量が違うことがすぐにわかります。 Credit : メルセデスベンツ日本株式会社(2021〜22年に導入)

また、花粉対策グッズの販促などマーケティングに使用したいというニーズもあります。

宙畑:様々な業界で花粉の飛散量の利用可能性があるというのは面白いですね。例えば、花粉の飛散量が多くなる日の前日に食糧の買いだめなどを訴求するPOPをスーパーで出すなども売上アップに繋がるかもしれないなど、今後も様々なアイデアが出てきそうです。

(5)花粉の飛散量予測、精度向上の展望は?

宙畑:今後、飛散量予測の精度アップのために、どのようなデータを取得していきたいと考えていますか?

ウェザーニューズ:前述した通り、花粉の発生源に対して、気象条件等から花粉の発生量を推定し、それを風で拡散することで予測をしています。そのため、予測精度を向上させるためには
-どこに花粉を飛ばす木々や植物があるのか、
-花粉の量はどの程度あるのか、またそれはどのような条件の時にどの程度飛散するのか?
の推定がとても重要だと思います。

宙畑:現在、花粉を飛ばす樹種や植物(発生源)はどのような情報を持たれているのでしょうか?

ウェザーニューズ:樹種については、環境省生物多様性センターの植生図を使用しています。また、ブタクサなどの植物については、サポーターからの情報を活用し、データベース化できないか等の検討を行っています。

宙畑:衛星から樹種判別を行うという事例も近年活発になっています。衛星データから花粉の飛散量予測に寄与するデータは取得できそうでしょうか?

ウェザーニューズ:花粉の発生源の特定については、衛星データは有用かと思います。

植生指数から花粉を発生させる樹種・植物の細かいセグメンテーションができれば、高解像度の予測の作成・および精度向上につながるので、有意義だと思います。

また、“花粉の飛散はいつ始まるのか?”について、正確に知ることも飛散予測では重要です。花粉の開始、ピーク、終わりのタイミングについて、植生指数など衛星から得られるデータで特定、気象要素なども併せて推測できるとなお良いと思います。

他にも、空間的に高頻度で空間的な飛散濃度情報があると嬉しいですね。特定の地点ごとの観測値は観測器で計測できますが、広域で空間的にとなると衛星データから観測できるようになることが有用です。3次元的な花粉の飛散濃度の推定などが、衛星データからできるようになったらいいなと思います。

宙畑:樹種や植物のセグメンテーションは衛星データからの分類に関する研究論文も複数出てきており、今後の進捗次第では花粉の飛散量予測に活かせるようなアルゴリズムが今後出てくるかもしれません。発生源が特定できているのであれば人がすべてのエリアを見回らずとも花粉の開始、ピーク、終わりのタイミングを知る一助に衛星データがなれるとよいなと思います。

(6)まとめ

花粉の飛散量予測の最前線について、ウェザーニューズ社に教えていただきました。

経済損失の面で語られることが多い花粉症ですが、花粉の飛散量予測データが、花粉症に悩む人の日常の支えになっていることはもちろんのこと、その上で家電や自動車、販促にも活用されているなど、経済を活性化させる一助となり始めているというのはとても面白い現象だと感じました。

そして、今や1分毎に様々なエリアで飛散量の予測がなされており、今後も予測精度が上がる余地が残されていることは花粉症に悩む方にとっても朗報でしょう。

宙畑でも花粉症に関連する衛星データの利活用については新たな解析を予定しています。衛星データの解析結果が出たらまた記事にまとめて公開いたします。