地球観測業界が注目。Planetが衛星データプラットフォーム「Sentinel Hub」を買収【ニュース深堀り解説】
前月に起きた出来事・ニュースをひとつピックアップして、その背景にある動きや宇宙業界への影響を考察していきます。
この連載「ニュース深堀り解説」では、最近起きた出来事・ニュースをひとつピックアップして、その背景にある動きや宇宙業界への影響を考察していきます。
今回宙畑編集部が注目したのは、地球観測衛星データ市場を牽引するアメリカのベンチャーPlanet Labsがスロベニアのソフトウェア企業Sinergise(シナジャイズ)の地球観測事業を買収したというニュースです。Sinergiseは衛星データの解析プラットフォーム「Sentinel Hub(センチネル・ハブ)」や地理空間情報データを検索、表示、編集できる「Geopedia(ジオぺディア)」を提供していることで知られています。
スロベニアの実業家が創業したGIS企業Sinergise
Sinergiseは2008年にスロベニアで設立された、地理空間情報を活用したアプリケーションのソフトウェア開発を専門とする中小企業です。オーストラリアには子会社Sentinel Hub GmbHを置いています。
CEO兼共同創業者のGrega Milcinski(グレッグ・ミルシンスキー)氏は、スロベニアの最高学府であるリュブリャナ大学で物理学を専攻。21歳だった2001年に、高エネルギー加速器や核融合炉、電波天文台など大規模実験設備の制御システムを開発するCosylab(コージーラボ)を共同創業し、2008年までGeneral Managerを務めた人物です。Cosylabはヨーロッパ、北米、アジアに進出していて、東京にも拠点を構えています。
また、SinergiseのCTO兼共同創業者のMiha Kadunc(ミハ・カドゥンク)氏はソフトウェアエンジニアで、CosylabでCTOを務めた実績があります。ミルシンスキー氏らは、2008年にCosylabから独立するかたちでSinergiseを創業しました。
Sinergiseのソフトウェア開発は、Cosylabが2003年に開発したフレームワーク「Giselle(ジゼル)」がベースとなっています。このGiselleと呼ばれるフレームワークは、ユーザーがブラウザからアプレット(プログラム)を使って、地図上のポリゴン(囲まれたエリア)を追加したり、テキストやポイント、ラインなどのグラフィック要素を追加したりすることができます。
創業以来、Sinergiseは欧州やアフリカの政府機関にソリューションを提供しています。同社が開発したソリューションのユーザーは年間200万人以上に上るといいます。
衛星データを早く、簡単に
Sinergiseが提供している衛星データ分野のソリューションは、農地ごとの定期的な農作物のモニタリングができる「Area Monitoring Service」と土地被覆分類や作物の種別分類などが行える「Land Cover Monitoring System」、SentinelやLandsatなどの衛星データへのアクセスや解析が可能なプラットフォーム「Sentinel Hub」の3つです。
SinergiseがSentinel Hubを同社のWebサイトで紹介したのは2016年2月でした。Sentinel Hubを立ち上げた理由について、コペルニクス計画(欧州の地球観測プログラム)には衛星データを提供するWebアプリ「Scientific Hub」があるものの容量が大きい画像をダウンロードするのに時間がかかるうえに、PC上でデータを開くには特別なツールが必要であるため、データがほとんど使われておらず「もったいない(Such a waste…)」と感じていると説明しています。
そこでSinergiseは、Sentinel HubのインフラにAWSを採用し、データを効率的に処理し、わずか数秒で画像を配布できるようにしました。当時、クラウド技術などを用いることで衛星データへのアクセスにかかる時間を大幅に短縮するアイデアは画期的でした。
2016年5月には、SinergiseがPlanet Labsの衛星データの販売事業者になり、Sentinel HubにRapidEye衛星とDove衛星のデータが搭載されることが発表されました。また、SinergiseはPlanetと提携し、スロベニアの農業市場・農村開発庁(Agency for Agricultural Markets and Rural Development)に農業活動を検出するソリューションを提供しています。
さらに、Sinergiseは欧州委員会と欧州宇宙機関(ESA)の衛星データを活用したビジネスアイデアコンテスト「コペルニクス・マスターズ」で、Sentinel Hubのアイデアを提案し、2016年10月に総合賞を受賞。賞金2万ユーロと6万ユーロ分の衛星データの獲得に加えてESAビジネス育成センターからの支援や協賛企業からのビジネスサポート支援を受けることになりました。
こうしてSentinel Hubは世界的な衛星データ解析プラットフォームへと成長していきました。
買収により衛星データへのアクセスが容易に
Planet Labsは3月29日に、Sinergiseの地球観測事業を買収する契約を締結したことを発表しました。
プレスリリースでPlanet Labsは「Sinergiseのプラットフォーム機能が加わることで、お客様は様々な衛星データからより簡単に洞察を得ることができ、パートナーはPlanetのプラットフォーム上に独自のアプリケーションを構築してEOデータからさらなる価値を得られると期待しています」と述べています。
さらに同日に公開されたPlanet Labsの決算資料では、同社の既存の技術やリソースとSinergiseの技術が組み合わせることで、衛星データへのアクセスがより容易になり、ExcelやTensorFlow(機械学習のソフトウェアライブラリ)、Web、モバイル、GISアプリケーションなどユーザーが必要とする形式でデータを提供されることも言及されています。
Plant LabsによるSinergiseの事業買収は、地上分解能が高い画像を撮影できる衛星を持つBlackBridge(2015年)、Terra Bella(2017年)、米国政府や農業事業者を顧客に持つ地理空間情報ソリューション企業Boundless(2018年)、水と作物に特化した衛星データサービスを提供するVanderSat(2021年)、生態系の保護やモニタリングを行うSalo Sciences(2022年)に続く5社目であると見られます。
Planet Labsは軌道上に150機以上の衛星を保有し、特定の場所を1日に1回以上撮影できるようになりました。近年は衛星データを取得するだけでなく、データを活用したサービスやツールを提供するエンドユーザーに近い事業を買収することで既存事業を拡大したり、新たな顧客を獲得しようとしている様子がうかがえます。
地球観測企業が衛星の運用企業やソリューションの開発企業を買収する例は少なくありません。2022年は、Planet Labsの競合ともいえる、民間では最高級の解像度を誇る光学衛星World Viewシリーズを保有するアメリカのMaxar Technologiesは、アプリケーションの開発力強化を図りAI・ソフトウェア開発企業Wovenwareを買収しました。
しかし、今回のように多くのユーザーを抱える衛星データ解析プラットフォームの運用企業の買収は非常に珍しく、Planet Labsのサービスがどのように進化していくのか期待が集まりそうです。
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参考
Planet to Acquire Sinergise Business to Expand its Data Analysis Platform
Slovenian Company Sinergise Wins the 2016 Copernicus Masters Competition
Sinergise partners with Planet Labs
2016 Copernicus Masters winners changing the way people use satellite data