ソニーがGNSSの可能性に注目!「地球みまもりプラットフォーム」で目指す新しい世界
ソニーが発表した「地球みまもりプラットフォーム」構想。その想いとタイでの実証実験について伺いました。
2021年12月、誰もが知るクリエイティブエンタテイメントカンパニーであるソニーが「地球みまもりプラットフォーム」構想を発表しました。
同社はこれまでさまざまな事業を展開する中で積み重ねてきた各種技術を活かし、地球全体をみまもるプロジェクトを推進。2023年1月にはタイで実証実験にも成功しています。ソニーが見据える新しいビジネスの可能性についてご紹介します。
【プロフィール】
(1)地球みまもりプラットフォームとは?
2021年12月にソニーが発表した「地球みまもりプラットフォーム」は、地球上のあらゆる場所をセンシング可能にする仕組みです。異変の予兆を捉え、人々が知ることで、サステナビリティに繋がる行動を人々に促します。
地球みまもりプラットフォームのカギとなる技術は、変化をとらえるセンシングと超低消費電力のエッジAI、変化を伝える超広域センシングネットワーク、変化を理解する予兆分析です。
持続可能な地球環境を構築する準備が先決
宙畑:まずは、お二人のお仕事と地球みまもりプラットフォームの概要、立ち上げの経緯を教えてください。
木村さん:私は、ソニーグループ株式会社のテクノロジープラットフォーム Exploratory Development Groupと、ソニーセミコンダクトソリューションズ(以下、SSS)第三研究部門のUNVS開発部の2つの組織に在籍しながら、地球みまもりプラットフォームの開発を推進しています。内部ではこのプロジェクトに「UNVS(ユニバース:Unification of Viable Sustainabilityの略)」という名前をつけており、地球環境と人類社会が共存可能な状態を目指して開発を進めています。
発端は、気候変動を起点とする地球環境への課題意識で、災害の激甚化や環境破壊などこのままの状況が続いてしまうと、22世紀には人類が安心して住むことも難しいほどの星になってしまうということでした。
そこで、今やるべきは持続可能な地球環境を実現するための仕組みを構築することだと思ったんですね。
宙畑:プロジェクトは、トップダウンで始まったのか、有志が集まってボトムアップで始まったのかどちらでしょうか?
木村さん:両方の要素がありますが、ボトムアップのほうが強いです。ソニーの研究機関で次の10年20年に向けたテーマを考える機会がありました。以前から私たちはこのプロジェクトの構想について考えていたので、いい機会だと思い、有志者が集まってプロジェクトとして発足しました。
プラットフォームを支えるデバイスを開発するアナログLSI事業部
宙畑:仲野さんからもご自身の役割と 地球みまもりプラットフォームとご自身の部署の関係を教えてください。
仲野さん:私はSSSでも複数の役割を担っていますが、今回の話で関連する役割は二つあります。まず、SSSのアナログLSI事業部でGNSS製品部の統括部長として、GNSSのデバイス開発からビジネスまで担当している役割。それと、システムソリューション事業部で、通信デバイス商品設計の統括として、Spresense™(SSSが開発したスマートセンシングプロセッサー 「CXD5602」 が搭載されたボードコンピュータ)の開発、サポートビジネスを行っています。
宙畑メモ:GNSS Global Navigation Satellite Systemの略。アメリカのGPSに代表されるような位置や時刻を正確に把握するための衛星を含むシステムのこと。
宙畑:木村さんは地球みまもりプラットフォームの全体設計を担当し、仲野さんはそのサービスを構成するハードウェアや素子回りなどの開発をされているということですね。
ソニーが培ってきた技術を使って持続可能な未来を築く
宙畑:地球みまもりプラットフォームにはソニーのどのような技術が使われているのでしょうか?
木村さん:ソニーには多様な事業があり、例えば、省電力でAIを動かせるSpresenseや、イメージセンサーにAI処理機能を搭載したIMX500というインテリジェントビジョンセンサー、高精度測位を可能とするGNSS、情報収集のための通信を実現するLTE、ELTRES™(エルトレス)など、様々な技術を活用しています。それらに加えて、クラウドで動くAIの技術もあります。
宙畑メモ:LPWA Low Power Wide Areaの略。低電力で広範囲に届く通信のカテゴリ。IoTなどの分野で活用される。
木村さん:他にも、民生カメラに使われる瞳にフォーカスするような画像認識技術や、TVのチューナーに用いられている技術などを応用したLPWA技術などはサステナビリティに資すると考えています。
ソニーの既存技術を上手く活用することで、持続可能な未来の実現に向けて、地球課題の解決にスピーディーに取り組んでいきたいと考えています。
宙畑:木村さんのチームのような研究組織が起点となって、使えそうな技術の選定を様々な部署に行ってお話をしながら組み上げていったことになるんですかね。
仲野さん:そうですね。特に私が所属するSSSは、ソニーグループで半導体事業を担うB2Bの事業会社です。木村のチームと連携し、世の中にないB2Bのサービスをいかに広げていくか発想を広げて、何度もディスカッションしながら、実際のデバイス開発に繋げていきました。
R&Dとビジネス部門の連携によって広い発想から具体的に落とし込むことができ、面白く進められたと思います。
宙畑:地球みまもりプロジェクトはどのようなスピード感で進められるのでしょうか?
木村さん:地球環境は悪化し続けており、すでに待ったなしの状況となっており、3年以内には本プロジェクトが世界に働きかけられるよう進めていきたいですね。
ソニーができるのは、きっかけを作ることだと思っています。きっかけを元に危機意識に基づいたムーブメントが起きて、多くの人の連携により大きな力を生み出し、地球環境の悪化をできるだけ遅くする、あるいはリカバリーする方向に持っていくことに貢献したいと思っています。
(2)タイでの森林火災検知の実証実験
「みちびき」の技術を地球みまもりプラットフォームに使えないか
宙畑:最近行われたというタイでの森林火災対策の実証実験についても、教えてください。
木村さん:内閣府の方から、準天頂衛星の「みちびき」をご紹介頂いたことがきっかけとなりました。
「みちびき」が、高精度な測位を行うための情報を提供することはよく知られていますが、災害向けの通信インフラでもあります。例えば道路や通信インフラが寸断された場所でも、「みちびき」を介することで安否情報の確認が可能になります。私は、この優れたインフラ機能を地球みまもりプラットフォームにも活用できないかと思い、その可能性について内閣府の方々にご相談しました。
そこから日本だけでなくアジア諸国への展開についての検討を目指す話に発展し、具体的な社会実装に向け、タイでの実証実験を始めることになりました。
グローバルなハッカソンから解決すべき課題を見つける
宙畑:タイの中でも解決したい課題が複数あったと思いますが、その中で森林火災がテーマになった理由はなんでしょうか?
木村さん:
MGA(マルチGNSSアジア)というアジアでのGNSSの利用を促進するための国際会議があり、通年でラピッドプロトタイプディベロップメントチャレンジ(RPDBチャレンジ)と呼ばれるハッカソンを行っているんです。
そこでは、アジアで頻繁に起こる津波や洪水などの災害に対し、GNSSを活用した対災害ソリューションがテーマに取り上げられています。例えば、さきほど仲野が紹介したSpresenseを活用することで、みちびきから発せられるメッセージ“EWS”(Early Warning System)信号を受信して、危機が迫っていることを知ることができます。
また、自分の位置情報と照らし合わせて、どっちの方に逃げたらいいのかを考えることもできます。
色んなアイデアがハッカソンでは出て、その1つに森林火災があり、選ばれました。
宙畑:なるほど。MGAさんのハッカソンイベントでやられていることが、その先の実装のテーマになったということですね。
タイで年間1000回以上発生している森林火災の問題
木村さん:現在、タイ北部チェンマイ県で実証実験を行っており、「みちびき」と地球みまもりプラットフォームを活用した森林火災の早期検知のシステムを開発しています。
タイ北部の農村地域では、農地に残った不要な作物を処分するために火をつけて焼き払うことが行われています。この時、火の粉が周囲の森林に飛び火して、森林火災が発生することが多く、ある国立公園では年間1000回以上の火災が発生しています。
火災の早期発見ができれば、早い段階から消火活動を行うことで被害を最小限に食い止めることができますが、山深い場所での火災検知は困難です。そこで、火災を早期に検知できるよう、実証実験を進めています。
課題を抱えている人が自ら課題解決に取り組めるような技術を提供する
宙畑:今回、どのような分担で実証実験を実施したのでしょうか?
木村さん:現地協力のアカデミアが森林火災を検知し、その情報を弊社のELTRESというIoT用の長距離通信技術を使い、一般的なセルラーやLPWAの技術を使っても届かない場所からでも検知した情報を送るという役割分担でした。
宙畑:森林火災に関するセンシング技術の開発はアカデミアの方が担当されているのですね。
木村さん:はい、その通りです。世界中で起きている災害のパターンは無数にあるため、それぞれの地域や特性にあったセンシング技術が求められます。
そもそもソニー1社で全てを解決できるはずもありませんので、各々課題を抱えている人が自ら課題解決に取り組めるよう、その下支えとなる技術提供をすることこそがソニーがすべきことだと思うんですね。
宙畑:地球みまもりプラットフォームが目指すのは、そういう意味のプラットフォームということですね。
実験の結果、現地の「早く使いたい」という反応を得た
宙畑:実証実験の結果を教えてください。
木村さん:去年の秋からプレの実験を行い、国際会議で成果を発表しました。この実験の一部は総務省のプロジェクトとして進めております。
GISTDA(Geo-Informatics and Space Technology Development Agency:タイの宇宙開発機関)さんや現地のアカデミアによる多大なご協力、内閣府や総務省の多大なるご支援によって、End to End のシステムが実現しました。
火災発生時に、早期に検知することで住民に通知して逃げるように促したり、消防士に通知して消火活動に出動させるデモンストレーションも行いました。この仕組みによる付加価値を体感いただくことができたと思います。
宙畑:災害時には住民の方々へとの連絡が重要ですね。実際にアプリケーションを利用した方々からのフィードバックも教えていただけますか?
木村さん:GISTDAを通じて、色んな声を聞かせていただき、またアカデミアの方々からは、直接早く使いたいという声をいただきました。このような機会の実現をサポートくださった現地のGISTDAさんや他の協力機関の方々に感謝したいと思います。
宙畑:衛星データ利用の実証実験では、すぐに使いたいというケースはまだ少ないと感じますが、今回どのように工夫されたのか教えてください。
木村さん:すぐに使いたいと思っていただけたのは、我々の工夫や努力というよりは、現時点でそれが必要とされている状況だからだと思います。
そのため、我々が持っている知見/技術は世の中にこれからも提供していきたいと思っています。
技術的な鍵となるのは「省電力なAI」
宙畑:今後について技術的な課題とやっていく事を教えてください。
木村さん:省電力がキーワードになっています。山深い森林や、街から離れた場所では電話も通じず、電源もないんですね。そういった場所で長期間センシングし続けるためには、やはり省電力であることがものすごく重要です。
低省費電力で通信し、送信できる情報量は限られます。したがって、センシングするデバイス内で省電力なAIを活用し、必要な情報のみ送信することが非常に重要になります。
たとえば、森林火災の場合、燃えている木の画像をそのまま送信する場合には数百キロバイトのデータを送る必要がありますが、木が燃えているかどうかという情報だけであれば、極端なことを言えば1ビットの情報を送信するだけで済みます。
このように、センシングデバイス内で省電力なAIを活用し、送信する情報量を削減することで、通信も含めたシステム全体の電力消費量も抑えることに貢献できるのです。この情報量と消費電力のバランスを取ることが、私たちが全体的に目指しているアーキテクチャと言えるでしょう。
課題を持っている国の企業が価値を生み出し利益を出せる仕組みが重要
宙畑:今後森林火災検知の仕組みが社会実装されていくために、技術以外では何ができれば良いのでしょうか?
木村さん:現地とのコミュニケーションに加え、現地での実証実験の実施、それを公的機関と近いところでやり取りしながら進めることが大事ですね。社会実装は、ソニーだけではできませんので、そういった方々との協力関係の構築が必要不可欠です。
また、地元企業をきちんと巻き込んで協力関係を築いたうえで、課題意識を持つ各国の企業が我々のテクノロジーを使って課題に取り組み、価値と利益を生み出す仕組みの構築につなげていく。これらのステップを踏んでいくことによって、社会実装が進むのではないかと思います。
タイはスタートアップがとても元気なんです。日本には素晴らしい宇宙基盤技術がありますが、タイの宇宙アプリケーション領域のスタートアップはものすごく活気があります。
日本の企業や公的機関などから基盤となる技術を提供し、ソニーがそれを応用する技術を提供し、現地の企業が現地の課題を解決できるようにし、利益を得られるようにするという座組みを構築できたらいいと思っています。
自分たち以外の企業ができる状況を、地球みまもりプラットフォームとして作ることが大事
宙畑:具体的に、今回実証実験を行ったタイが1年後にはどうなっていると考えるか、また他の国での取り組みなど教えてください。
木村さん:スタートアップの動きは早いので、私たちも先取りして必要な技術提供が迅速に行えるよう頑張っています。彼ら自身が1年後にはハイレベルな実証実験や社会実装を進めている状態になっていることが望ましいです。
私たち自身も、東南アジア諸国全域での課題意識を持ってプラットフォームの取り組みを広げていきたいと考えています。例えば、カンボジア、ラオス、ベトナム、ミャンマーなどの国々は、自然災害の激甚化が進んでいる地域であり、特に水害による被害が深刻化しています。そのため、東南アジアの国々を中心に、各企業や公共機関、自治体などが一体となってソリューションを実用化し、知見を共有して取り組んでいくことが重要だと考えています。
宙畑:かなりのスピード感を持ってやられている印象がありますが、プロジェクトのやる、やらないの判断はどのような基準で決めていますか?
木村さん:難しい話ですが、個人的な気持ちとしては、全部やりたいです。ただ物理的にも工数的にもそれは叶わないので、自分たちのリソースと、災害など課題の緊急度を照らし合わせて、優先度高く取り組むプロジェクトを決め、工数をマネジメントしている状態です。
早く自分たち以外の、より多くのパートナー企業が参画し、地球みまもりプラットフォームを活用しながら課題に取り組んでいく仕組みを作ることが大事だと考えてます。