明星電気に聞く、気象観測の最前線! 気象観測の空間分解能と時間分解能を高めて分かった未来の人命救助につながるデータ利用とは
ラジオゾンデやアメダスなどの気象観測機器メーカーであり、宇宙関連機器メーカーでもある明星電気に、気象観測の最前線とデータ利活用の実例をうかがいました。
2023年の夏は全国的に猛暑となり、各地で最高気温30度以上の日が続くなど記録的な暑さとなりました。気象庁によると、統計を取り始めた1898年以降で最も暑い夏になったとのことです。また今年の6月〜7月は各地で大雨や線状降水帯による被害も発生しています。
気候変動や異常気象といったワードを耳にする機会が増えている昨今、変わりゆく地球環境の中で生きる私たちも意識や行動を変えていく必要があると感じています。
ところで、宇宙関連機器メーカーとして有名な明星電気、実はラジオゾンデやアメダスなどの気象観測機器メーカーでもあることをご存知でしょうか。長年気象庁と共同開発を行ってきた明星電気に、気象観測の歴史、現在の異常気象の多い地球において求められる気象観測の精度や機能変化について、お話を伺いました。今回回答いただいたのは、同社の社長補佐/技監の柴田耕志さん、気象防災事業部事業部長の森田敏明さん、宇宙防衛事業部営業部主幹の澤村明彦さんです。
宙畑メモ:ラジオゾンデ 気圧、気温、湿度などのセンサを気球に吊るして上空にあがり、大気を直接観測したうえで、そのデータを地上に無線機で送信する装置。明星電気は国内唯一のラジオゾンデメーカーとして、ラジオゾンデ開発・製造を行っています。
(1)創業は戦前!当時の気象観測のニーズとは?
宙畑:まずラジオゾンデを開発することになった背景を教えてください。
明星電気:当社は創業1938年で、翌年から気象庁にラジオゾンデの販売を開始しました。それ以来、歴代の気象庁のラジオゾンデを共同開発しており、現在に至るまで納品し続けています。
創業者はもともと旧逓信省に技官として勤めていまして、無線の技術を満州で使う時に軍とも連携した業務を担っていました。
その当時は、空港の運用に必要な雲の高さを測る際にバルーンにセンサーを付けて飛ばして計測し、軍の活動に利用していた。それがラジオゾンデ製造の始まりと聞いています。
(2)気象庁と進める日本の気象観測アップデート
ラジオゾンデ開発から始まった明星電気の事業はどのように拡大していったのでしょうか。
宙畑:次にラジオゾンデ以外の観測機器に事業を拡大されていった経緯を教えてください。
明星電気:気象防災の観点では、無人の地上気象観測機器の共同開発について気象庁からご依頼をいただき、一緒に開発したのがアメダス(地域気象観測システム)です。
他には地震計も気象庁と共同開発しました。それまで震度階級は気象庁の職員が体感で測っていましたが、自動計測したいという要望があり、計測震度計を気象庁と共同開発いたしました。
センサーと通信に関する課題を気象庁と一緒に研究してきたことで、ラジオゾンデ以外の観測機器へ事業拡大していくことになりました。
宙畑:そうしますと、プロトタイプを作って気象庁に売り込んだというより、気象庁と一緒にゼロから作り上げていったということなのですね。
明星電気:気象庁は観測して分析することが生業で、物作りはあまり得意ではないようです。ラジオゾンデは実験的な要素が多く、当社はつくばの測器センター(気象測器検定試験センター)に測器を持ち込んで評価をする業者として、昔から気象庁と強い繋がりを持っています。
宙畑:ラジオゾンデに実験的な要素が多い、とはどういうことでしょうか。
明星電気:ラジオゾンデは失敗が多いのです。大雨でバルーンが割れたり、センサーが水に濡れて正常に動作しなかったり、回路に水が入り込んで動かなくなったり。風の中を飛んでいくバルーンと100キロ先まで通信して観測したいが、気象状況によってはできない場合もある。そうしたエラーを完全に無くすのではなくて、ある程度は許容してなるべく安く作り、その上でなるべく成功率を上げていくよう取り組んでいます。
宙畑:気象庁から明星電気に依頼があるとき、洪水にしろ地震にしろ、人命に関わる現象に対して迅速にアラートを出したい、といった背景などはあるのでしょうか。
明星電気:気象庁が観測する気象や地象は防災に関わる重要な情報となりますので、早く集めることが大事になります。
そうすると、アメダスにしても計測震度計にしても、自動で観測してリアルタイムにデータを集めることが必要になります。明星電気は昔、電話事業も行っていて通信回線の技術も持っていたので、共同開発のご依頼をいただいたのだと思います。
明星電気は、気象庁がマンパワーで行ってきた観測をセンサーと通信技術で自動化・省人化し、そうすることで観測点を増やしていく、そうした開発を昔から気象庁に寄り添って取り組んでまいりました。
宙畑:ラジオゾンデの話に戻りますが、ラジオゾンデのアップデートの変遷について教えてください。
明星電気:ラジオゾンデは、以前はパラボラアンテナを用いて電波でラジオゾンデを追跡するという観測の仕方をしていました。
現在はGPSを搭載していて、GPSの測位情報を受信して位置を特定できるようになった点は、ラジオゾンデが大きく変化したポイントだと思います。
GPS搭載のラジオゾンデは、日本では明星電気だけが製造していますが、GPSに変わったことで受信機もラジオゾンデ本体も小さくできるようになりました。重さでいうと10分の1以下になったんですね。
小型化したことによって、気象庁のような大きな公的機関だけでなく、民間のお客様や大学・研究機関の先生方にも利用していただけるようになりました。
大学・研究機関の先生方からはラジオゾンデに特殊なセンサーをつけたいとの要望もいただきます。例えばCO2を測りたいとか、雲の中の氷の粒を画像で撮りたいとか。GPS化したことで、『ラジオゾンデ+特殊なセンサー』といった製品も作れるようになりました。
さらにもう一つ変わり種があります。ラジオゾンデは通常は定点観測で、決まった場所から決まった時間に気球で上空に上げて観測を行います。これに対してアドホックな観測で、飛行機で上空から投下するドロップゾンデと呼ばれる観測機器がありまして、台風の観測などが行われています。
これは内閣府のムーンショット型研究開発制度の一環で、大型台風を抑制することを目指す研究が始まっており、名古屋大学の宇宙地球環境研究所の先生から、台風の観測を行うために明星電気にドロップゾンデの開発依頼をいただいて、製造を始めたという経緯があります。
宙畑:ちなみに、明星電気に依頼すれば、ある場所・ある期間に指定のセンサーをつけたラジオゾンデ観測を行っていただけるのでしょうか。
明星電気:はい。ラジオゾンデ観測を行うためには航空局に申請を出す必要があります。この手続きが結構面倒なので、それも含めて委託観測という形で受託することができます。またラジオゾンデ観測のトレーニングも行っています。
(3)POTEKAで実現する防災と自助・共助・公助
気象庁とともに気象観測機器を開発してきた明星電気はいま、独自の観測機器を全国に展開して防災に貢献しようとしています。そこで次は、明星電気の防災への取り組みと独自の観測システムPOTEKAについて聞きました。
宙畑:ラジオゾンデ以外の観測機器で、何か開発エピソードがありましたら教えてください。
明星電気:我々独自で開発した地上気象観測システム『POTEKA』があります。小型化して太陽電池で動き、どこに置いても観測できるというコンセプトで開発しました。気象庁検定も取得していますので、防災用途でも安心して使える観測機器です。
明星電気:伊勢崎市を中心にPOTEKAを数多く設置して稠密な観測網を作り、ゲリラ豪雨やダウンバースト(積乱雲からの強い下降気流が地上に衝突して周囲に吹き出す突風のこと)、熱中症など、防災や健康に関わる現象を捉えられるか実証実験を行ったことがあります。その結果、稠密に観測するメリットを実証でき、今までとは全く違うアプローチでの開発になりました。
宙畑:POTEKAについてもう少し聞かせてください。気象庁の観測にプラスしてPOTEKAの観測で独自に行いたいことがあれば教えてください。
明星電気:基本はやはり防災です。防災は自助・共助・公助の3つで成り立つとされています。自治体が公助を担っていて、気象庁等から自治体の防災対策部署には情報が入ってきますが、自助と共助は忘れがちで地元の人々には情報が伝わっていないことも多い。そんな状況なので、POTEKAから防災上のアラートを出して自助・共助に貢献したいと思っています。
POTEKAは全国で800ヶ所ぐらい設置されていますが、特に茨城県は先進地域で、例えば守谷市では避難指示に活用されています。
2015年9月に常総市で鬼怒川が決壊した災害の時も、守谷市の職員はPOTEKAの雨量計を監視していて、雨量の増え方がいつもと違うことがすぐわかり、素早く避難所を開放できたそうです。それまでの気象観測とは違う防災行動を取れたのはPOTEKAの効果だった、というお話をいただいています。
宙畑:自治体としても、人命を一人でも多く守るという、公助を実践できた印象的な事例ですね。
明星電気:防災情報を出すスピードを上げるため、我々もリアルタイムに観測データを集められるシステムを開発しています。最近気象庁も警報や警戒情報の出し方が変わってきていますが、それもリアルタイムで観測したデータを素早く集められることで出せる情報ですよね。あとは、そうした防災情報をどのように伝えていくかというところが大事かなと思います。
気象庁は各自治体に専門的なアドバイスができる気象防災アドバイザーを派遣する事業を行っています。地域の気象予報士がもっと自治体で活用されるようになると、我々の製品ももっと活用されるようになると期待しています。
宙畑:観測機器を開発される中で、気候の変化や異常気象などを数値で実感することはありますか。
明星電気:伊勢崎市の工場にも2015年からPOTEKAを設置して観測していますが、ここ2・3年の方が暑くなっています。42度とか…仕事したくなくなりますね(笑)。実感としてもデータからも温暖化を感じています。
POTEKAには『あなたの街の気象台』というコンセプトもあって、昔の人の観天望気の経験則を数値化して見える化することを目指しています。まだまだ難しいですが、少なくとも伊勢崎市が暑くなったというのは数値化できています。
宙畑:自助・共助・公助の中でも、特に自助の観点で読者に伝えたいことはありますか。
明星電気:気象庁から発信される防災情報は「命を守る行動を」など言い方を変えることで、人の意識と行動を変えようとしていると感じます。
我々も、全国のPOTEKAの観測を見ることができる『MyPOTEKA』というスマホアプリを作りました。自ら情報を取りに行けば適切な情報がすぐに得られますので、行動を変える意識が大事なのだと思います。
(4)衛星データにも関わる?時間・空間分解能を高めるメリット
リアルタイムにデータを収集するのみならず、稠密な観測網を構築している明星電気。分解能を高めることの重要性について聞きました。
宙畑:リアルタイム性の大切さについてお伺いしましたが、時間分解能や空間分解能を高めることにもメリットがあるのでしょうか。
明星電気:以前は気象庁が使っている観測データも、リアルタイムといっても10分ごとのデータでしたが、最近はもっと時間分解能を上げた方が効果的だと考えられるようになり、1分ごとのデータに変わりました。
POTEKAも同様に1分ごとのデータを取るようにしたので、先ほどお話したダウンバーストや、突風が吹く前に気温が急降下する様子も観測することができました。地味ながらも気象観測は進化してきていると感じた事例です。
※以下の画像は2015年6月15日 16時 群馬県前橋市・伊勢崎市で発生した突風・ダウンバーストの経緯。
明星電気:また空間的には、衛星リモートセンシングにおけるキャリブレーションにも地上観測網が必要になります。
例えばJAXAの全球降水観測も、山間部の観測と比べると違いが大きいことがわかっています。POTEKAは太陽電池で動いて携帯モジュールでデータを送れるので山間部に置くこともできる。このようにPOTEKA観測網でグランドトゥルースを担保できるという意味で、衛星データとともに、より社会に役立つデータを集めることができると思います。
(5)宇宙へと繋がった明星電気のセンサ技術、そのきっかけは?
ラジオゾンデの開発からはじまった明星電気のセンサ技術は、宇宙事業にも活かされています。本取材の最後に、明星電気が宇宙事業に参入したきっかけについてもうかがいました。
宙畑:宇宙機器産業に参入した経緯を教えてください。
明星電気:戦後、明星電気に東京大学生産技術研究所の研究者が入社したことがきっかけです。
実は生産技術研究所はロケット開発をしていた研究所なのです。明星電気はラジオゾンデ開発を通じてテレメーターの技術を十分に持っていたので、それを高速で飛行するロケットを追尾するという技術に転用することで、宇宙産業への足掛かりができました。
ロケット本体はIA(IHIエアロスペース)が作り、明星電気がテレメーターを作るという形が、日本のロケット産業の先駆けとなりました。こうして、理学系の先生方にも明星電気の名前が知られるようになりました。
さいごに
気象観測装置を作り、宇宙技術にも携わっている明星電気。アメダスや地震計など、私たちの身近な観測機器を作り続け、防災にも貢献していると知り、とても親近感がわきました。
POTEKA観測網の今後の発展と衛星データとの掛け合わせによりどのような利用事例がうまれるのか、今後の展開にも期待が高まります。ぜひ、MyPOTEKAを使ったことがないという方は使ってみてください。
また、明星電気では宇宙事業でやりたいことがある人、ものづくりが好きな人を求めているとのこと。我こそはと思った方は、ぜひ明星電気にコンタクトしてみてください!