「予測」から「影響」へ、地球観測シンポジウム「16th AOGEO Symposium」で語られた成果・実例と展望
2024年9月3日から5日までの3日間をかけて行われた16th AOGEO Symposiumについて、成果ドキュメントの概要をまとめ、キーノートで講演をされた馬奈木先生にもコメントをいただきました。
2024年9月3日から5日までの3日間をかけて、16th AOGEO Symposium(AOGEOは「Asia-Oceania Group on Earth Observations」の頭文字をとったもの)が東京で開催されました。本シンポジウムは、文部科学省が、世界気象機関(WMO)が主催する人々、自然、地球のための政府間パートナーシップ「Group on Earth Observations (GEO)」事務局とアジア・オセアニア地域における地球観測に関するコミュニティの育成や、同地域の地球観測に関する共通理解を深めることを目的として開催されるイベントです。GEOとは、地球観測に関する唯一の国際的な枠組である「地球観測に関する政府間会合」です。
本イベントの最初の基調講演では、宙畑でも取材の機会をいただいた九州大学の馬奈木俊介教授が「EARTH OBSERVATIONS FOR IMPACT(インパクトを与える地球観測)」と題して、社会課題(ESG分野)への地球観測データの活用について講演。地球観測衛星から取得したデータをもとに、日本全体での新幹線など交通網の発展に伴う経済効果と経済格差、そしてCO2排出量への関係性を分析した結果の紹介がありました。
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また、本イベントの成果をまとめたドキュメントがHPでは公開されており、どのような議論が行われたのかを確認ができます。本記事では、当日のアジェンダや成果ドキュメントから宙畑が注目したポイントを紹介します。最後に馬奈木先生から本イベントについてのコメントもいただくことができましたので、ぜひ合わせてご覧ください。
(1)焦点は「予測」から「影響」へ、各国のニーズと成功例が集まる3日間
成果ドキュメントに重要な議論として挙げられていて宙畑編集部が印象に残ったのは「from what the weather will be, to what the weather will do(天気がどうなるかではなく、天気が何をもたらすか)」という言葉です。これは議論の焦点が「予測」から社会経済への「影響」に変わっており、天気予報といった情報に限らず、複数の災害リスク早期警戒システムの構築に地球観測衛星が役に立つと考えられ、議論をさらに進化したものにしようという意識が生まれていることが分かります。
また、当日のアジェンダには「Country Reports(各国報告)」というセッション名でアジア・オセアニア地域の10ヵ国が10分ずつ自国の課題や成功例を話す時間も設けられていました。地球観測衛星は国境に関係なく、様々な地域の情報を定期的に観測することができます。その点、他国の課題や成功例を知ることは「自国の事例にも応用できるかもしれない」「自国の事例が他国の課題解決に役立つかもしれない」と気付きを得られる重要なセッションとなります。
一方で、基本的なインフラやデータカバレッジが不足しており、衛星データやリモートセンシングデータだけでは一部しか対応できないことが少なくないという課題もあげられていました。
(2)地球観測の進展によって成果が期待されるテーマと6つのタスクグループの発表
現在、AOGEOでは9つの地球観測の進展によって成果が期待されるテーマがあり、分科会(タスクグループ)が存在します。9つのテーマについては、以下の通りです。
・GEOSSアジア水循環イニシアティブ(AWCI)
・生物多様性観測網ネットワーク(AP-BON)
・アジア・オセアニア温室効果ガスイニシアチブ(AO-GHG)
・海洋・沿岸・島嶼(OCI)
・農業と食料安全保障(Asia-RiCE)
・干ばつモニタリングと評価
・環境モニタリングと保護(EMP)
・災害強靱性
・ヒマラヤGEOSS
そのうち、以下6つの分科会から成果が発表されていましたので、要約した内容を以下で紹介します。
■アジア水循環イニシアチブ(AWCI)
AWCIでは、2005年からデータアーカイブ、データとモデルの統合、早期警戒、気候変動影響評価、水-食料-エネルギーネクサスにおいて重要な機能を開発しています。「”Platform on Water Resilience and Disasters (Platform)」の活動を通じて、部門横断的な調整を促進。今後もAWCIはプラットフォームの枠を拡大し、水関連の災害リスク削減、衛生、貧困、健康、平和との連携を強化して、レジリエンス、持続可能性、包摂性を達成することを目指すとしています。
■アジア太平洋生物多様性観測ネットワーク(AP-BON)
SDGsやCBDクンミン-モントリオール生物多様性枠組みなど、グローバルな目標やターゲットに貢献するための「Earth Intelligence(より持続的な世界を実現する決断を行うための地球観測衛星のデータを基盤とした情報)」を創出することを検討。AP-BONは、地域および国家レベルでデータアクセスを改善し、生物多様性の現状と傾向の総合評価を行い、効果的な保全策を計画し、科学と政策の対話を促進しています。
■アジア・オセアニア温室効果ガスイニシアチブ(AO-GHG)
温室効果ガス(GHG)の発生源とカーボンシンク(大気中に存在するCO2を地中や海底に吸収すること)における不確実性を減らすために、さまざまな観測プラットフォームの調和を推進。パリ協定が定める目標(温室効果ガスの排出量削減)を達成するために必要な仕組みであるグローバル・ストックテイクの構築に貢献しています。
■海洋、沿岸、島嶼(OCI)
アジア沿岸海域の環境問題に対応するための地球観測ベースのプラットフォーム「アジア沿岸海洋ポータル(A-COP)」の開発を開始。生物物理学的変数の監視と評価のためのモデルやアルゴリズムの研究開発にも注力しており、A-COPに統合することで、OCIはほぼリアルタイムでの監視機能を提供し、沿岸海域で進行中の環境問題への対処に貢献することを目指しています。
■農業と食料安全保障(Asia-RiCE)
アジア・オセアニア地域の水田を監視と農業気象に関する地球観測データの提供に成功したと発表。今後は、若手研究者の育成も含め、水管理や被害評価、収量予測に関する研究が必要としています。
■環境監視と保護(EMP)
「Multi-source Synergized Quantitative Remote Sensing Production System (MuSyQ) 」を開発しており、解析準備済みデータのオープンデータ化を推進しています。
また、中国の衛星(GF1/6)データを用いて、解像度16mの全球LULC(土地利用/土地被覆)と必須環境変数(EEV)製品を生成したことやカンボジアやパキスタンといった地域に情報を提供するAsia-Oceania Environmental Monitoring platform (AOEM)を設立したことが発表されました。
最先端技術を探求し、EEV製品の品質を継続的に改善し、地域国の意思決定能力を強化して、気候変動対応、生物多様性保全、および環境品質ガバナンスにより貢献することを目指しています。
以上が成果ドキュメントに記載されていた各分科会の推進している内容です。気になるテーマや用語がある方はぜひ詳細を調べてみてください。
(3)「インパクトこそが大事であり、事例も出始めている」というメッセージに多くの国が関心を寄せた3日間
最後に、キーノートでお話された馬奈木先生に、イベントに参加して印象に残ったポイントを伺ったところ以下のコメントをいただきました。
「衛星観測、海洋観測及び地上観測を国際的に調整するJAXAの役割は非常に大きく、日本国内および海外へのJAXAの貢献は十分しております。予測は常に大事ですが、予測はあくまで予測であり、予測の精度自体の議論から次の段階に行くべきです。私は、国際学術雑誌「Economics of Disasters and Climate Change (災害と気候変動の経済学)」を創刊し、今も編集長をしています。災害に関する情報とその限界を踏まえたうえで、いかに活用していくかというインパクト(影響)の研究成果がよく発表されています。
実際に、私が取り組んでいる株式会社aiESGや一般社団法人ナチュラルキャピタルクレジットコンソーシアムが提供する観測情報を活用することで、地域への社会経済の波及効果を見せて、計測したデータからCO2削減量の経済価値を示すことなど多くの取り組みが進んでいます。企業と大学の知見を活用することで、更に大きな影響を与えることが出来ると思います。
「インパクトこそが大事であり、事例も出始めている」というメッセージに多くの国の方にも興味を持っていただき、良かったと思います。」