宙畑 Sorabatake

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【アポロ計画から50年】PRADAとAxiom spaceがコラボした月面を歩く新型宇宙服の新機能とその裏側

イタリア・ミラノで開催されるIAC 2024で発表されたAxiom spaceとPRADAが開発する、月面を歩く新型宇宙服の新機能や開発の裏側について記者発表会で語られた内容を紹介します。

2024年10月16日、イタリア・ミラノで開催されるIAC 2024にて、商業宇宙ステーションの開発を手がけるAxiom Spaceとイタリアを代表するファッションブランであるPRADAが共同開発した、月面での歩行も可能な宇宙服を初めて披露する記者発表会がありました。

登壇したAxiom SpaceのPresidentを務めるMatt Ondler氏からは「歴史の一部になることは普段意識することはないが、今日という日は宇宙服を初めて公開する歴史的な1日であり、ここに集まっている人たちは間違いなくその歴史の一部となっている」と、いかにこの記者発表会が素晴らしいものであるかが集まった記者陣やその関係者に伝えられました。

Axiom Spaceは、アルテミス計画の一環でNASAから2億ドルを超える開発契約を2022年に受注しており、8月にはフィンランドの大手通信企業Nokiaとの提携も発表しています。

また、イタリアのファッションブランドであるPRADAも関わる発表がミラノで開催されたことで、記者発表会には多くの記者が集まり、40分を超えるQAの時間に質問が途切れることがありませんでした。

本記事では、今回の新たな宇宙服の機能と、記者発表会で語られた印象に残った言葉を紹介します。

(1)アポロ計画以来の月面を歩く宇宙服に詰め込まれた新技術

人類が有人月面着陸を行ったのは1972年に遂行されたアポロ17号のミッションが最後となっており、すでに50年が経過しています。50年という月日が経過したことで科学技術も大幅に進歩し、様々な機能が宇宙服には詰め込まれています。

実際に「アポロ計画の時と何が違うのか?」という質問に対しては「コンポーネントとハードウェアの点で冗長性が大幅に向上した」という回答がありました。

例えば、二酸化炭素の除去装置。人間が排出した二酸化炭素はそのまま宇宙服内に残り続けると人体にとっては有害であるため、なんらかの方法で除去することが求められます。旧来は二酸化炭素を吸着するカートリッジが宇宙服に備え付けられていたものの、吸着できる二酸化炭素量にも限界があり、その限界が船外活動時間を左右する要因ともなっていました。

しかしながら、今回の宇宙服では、Regenerable CO2 scrubbing Systemと呼ばれるものが新たに加わっており、吸着した二酸化炭素を取り除いてまた新たに吸着できる装置が備わっています。つまり、これまでの船外活動時間の限界を超えて、船外活動ができるようになったということです。

また、科学技術の進歩は宇宙服の繊維にも現れています。新時代の繊維と革新的な縫製方法を用いることで、デザイン性はもちろんのこと、様々なサイズの人間が今回の宇宙服を着られるようになっている他、柔軟性と機動性といった快適さも向上しているそう。月面や船外活動にチャレンジできる人の身体的な制約も徐々になくなっているということは、より多くの人が宇宙に進出するチャンスが広がっているということです。PRADAのコラボレーションによってデザイン性のみならず繊維や縫製方法といった服作りにおける最新技術も取り入れられたことは非常に興味深いポイントでした。

さらに、ハードウェアの例では、宇宙空間内のすべてのシステムをリアルタイムで監視し、各機能のパフォーマンスを計算し、本来あるべき稼働をしているかを確認できるオンボード診断システムが備わっているそう。安全性という観点でも大きく進歩している宇宙服は、これから月面に行く宇宙飛行士にとっても非常に心強い宇宙服だと言えるでしょう。

ちなみに、今回発表された宇宙服は水中テストを含む広範囲なテストを経ており、最終フェーズに近づいているとのこと。これからも少しずつアップデートがされるようです。

(2)真のイノベーションはどのように生まれるのか

最後に、記者発表会で印象に残った各登壇者の言葉を紹介してして本記事を締めたいと思います。

まずは、月面という過酷な環境に耐えうる宇宙服をどのように開発する必要があるのかということを語ったMatt氏の言葉です。

Matt氏は、「人間は非常に壊れやすい生物であり、通常であれば極端な環境では耐えられないはずのところを耐えられるようにするためには、イノベーションのための素晴らしい製造能力と究極のエンジニアリングが必要」と話します。

そのうえで「イノベーションは、全員が同じチームを持っているときには起こりません。誰もが同じ教育を受け、同じ背景を持ち、同じ経験を持っていれば、革新的になることは困難です。イノベーションは、多様な背景、異なる教育、異なるスキルを持つ多様なスーツを組み合わせたときに、本当に生まれます。そして、それが製品チームにもたらされたものだと思います。」と話しました。

また、Axiom SpaceのVice Presidentを務めるRussell Ralston氏も「今回の宇宙服は、エンジニアリング、科学、アートを融合させた究極の衣服である。また、当初はサプライチェーンの課題解決や生産戦略の改善のパートナーシップとして始まったが、今では月面着陸に向けた重要な一歩になっている」と話します。

そして、もうひとり記者発表会で登壇していたのはPRADAグループのCMOを務めるLorenzo Bertelliさんでした。Bertelli氏の言葉で印象的だったのは「デザインがどのように今回の宇宙服に役立ったのか」という質問に対して「今回のプロジェクトは機能的なデザインをすることが何よりも重要だった」と回答され、それがPRADAにとっても良い機会だったと話されたことです。実際に、「普段のデザイン全般の業務においても、統計主義(statisticalism)ではなく、機能主義(functionalism)とは何かを考えるという選択肢が欲しかった。デザインチームにとっても機能性から始まって、それをどのように理解していくのかを考えることができた非常に良い機会だった」とBertelli氏は話しました。

つまり、Axiom spaceとしては異なる知見やスキルを持った企業とのコラボレーションを求め、それが叶ったほか、月面着陸と言う目的に向けた素晴らしい好事例を創出できた。一方のPRADAにとっても宇宙業界とのコラボがPRADAの事業成長、デザインチームの成長にも機能したということ。まさに、民間企業がコラボレーションすることによって、宇宙服という一つのモノが生まれるだけでなく、両社にとって新たな価値が創出された理想的なコラボレーションだと思いました。

そして、今回のPRADAとのコラボで、これまで宇宙に興味がなかったけれど、興味が湧いたという方もいらっしゃるかもしれません。5年後、10年後にはPRADAの宇宙服を着て宇宙に行くのは宇宙飛行士だけではなくなる時代も来るかもしれないので、これまで宇宙に興味がなかったという方もぜひ今後の宇宙業界のニュースに注目していただければと思います。

今回の記事が宇宙を身近に感じていただきつつ、企業にお勤めの方にとっては宇宙業界に参入するメリットを感じ、その参入のヒントとなれましたら幸いです。