「我ながら良いチョイスだった」名誉あるコンサルか名の知れない宇宙ベンチャーの2択で宇宙を選んだ通訳者の今
非宇宙業界から宇宙業界に転職をした人に焦点を当てたインタビュー連載「Why Space」、9人目のインタビュイーはアストロスケールで通訳として活躍されている大原知子さんです。大原さんが考える宇宙業界の面白さとは?
非宇宙業界から宇宙業界に転職をした人に焦点を当てたインタビュー連載「Why Space~なぜあなたは宇宙業界へ?なぜ宇宙業界はこうなってる?~」に登場いただく9人目は様々な業界で通訳として活躍し、現在はデブリ除去や衛星の寿命延命といった軌道上サービスを手がけるアストロスケールで通訳として活躍されている大原知子さんです。

本連載「Why Space」では、非宇宙業界から宇宙業界に転職もしくは参入された方に「なぜ宇宙業界に転職したのか」「宇宙業界に転職してなぜ?と思ったこと」という2つの「なぜ」を問い、宇宙業界で働くリアルをお届けしてまいります。

通訳としてUSJや東京ディズニーリゾート建設でも活躍
宙畑:まずは、どのような経緯で通訳というキャリアを歩むことになったのでしょうか。
大原:大学時代に海外にいたのですが、日本に帰国するきっかけとなったのが阪神淡路大震災です。実家が西宮市にあり、親戚や友人なども含め被害にあったと聞き、連絡が数日取れなかったこともあり、帰国したい思いが強まりました。当時、インターンを終えたところで、ちょうどビザも切れてしまうところでしたので、とりあえず日本に帰ろうと。
帰国後は特に出来ることもなかったのでとにかく「バイリンガルです」と話しながらいくつか派遣の仕事をしているうちに、今のユニバーサル・スタジオ・ジャパンの建設事務所でバイリンガル受付という求人を見つけました。3か月間の派遣の仕事だったのですが、とにかく何か仕事をしなくてはという気持ちですぐに応募しました。
宙畑:バイリンガル受付を通して、通訳の仕事に興味を持たれたのでしょうか?
大原:実は、実際に入社してみると受付の仕事ではなく、初日にゼネコン企業の皆様がたくさんいる会議室に連れて行かれて「じゃあ通訳して」と言われたんです(笑)。もちろん、専門用語は分からない状態でした。ただ、それでも分からないなりに頭を下げながらも3か月間なんとか頑張って、結局そこから5年半、グランドオープンまで通訳としてそこで仕事をしました。それが通訳の仕事の始まりです。
宙畑:その経験から通訳という仕事が面白いと興味を持たれたのでしょうか?
大原:そうですね。USJの建設現場で何もない更地からどんどんテーマパークが出来ていく、そのモノづくりの場に通訳として一緒にいられるんだという楽しみを知り、その後も通訳の仕事を続けています。実際に、USJのあとは、ディズニーシーの建設現場に関わりましたし、その後もアストロスケールに入社する前はアディダス・ジャパン(以下、アディダス)に勤めていました。
「東京 正社員 通訳」で検索したら……20年前の宿題をやりに来た気分
宙畑:直前はアディダスだったのですね。どのようにしてアストロスケールに入社することになったのでしょうか。
大原:アディダスでは業務委託という形でフルタイムで仕事をしていたんですが、正社員として働ける会社に転職しようと思いました。その際にインターネットで「東京 正社員 通訳」と検索したんです。当時はコロナ禍でほとんど求人がなかったのですが、某大手コンサル企業とアストロスケールの両社からオファーを頂きました。一方は世界で誰もが知っているような大手のコンサル企業で、もう一方は錦糸町にあるまだまだ小さいベンチャー企業です。
給料の良い方に行こうとも考えたのですが、どちらも同じ給料を提示いただいて困りました(笑)。

宙畑:そこでアストロスケールを選ばれた理由は何ですか?
大原:やはり「モノづくり」の会社だということです。それまでもIT系の会社で働いていたこともあったんですが、目に見えるモノをつくる仕事に携わっているときが一番楽しかったんですよね。正直宇宙にもデブリにも強い興味があったわけではなく、他のWhy Spaceで取材を受けられている方と比較すると宇宙に強い思い入れがあったわけではなかったのですが……「少しでも役に立てるなら」「駄目だったらまた他を探せばよい」という気持ちで目をつぶって飛び込みました。
ただ、実は以前にも、宇宙に関わる通訳の仕事をしたことはありました。単発の依頼ですがNASDAでロケット打ち上げについてのテクニカルミーティングに参加したことがあります。よく覚えているのは、スペースデブリの話が出たことです。
私は当時すごく驚いて「宇宙にゴミがあるんですか?」と聞いたんです。そうしたら、その場にいた全員が「あるよ」と。「ただ、宇宙は広いから全く問題ない。心配することはない」と当時は言われていました。それが2001年のことです。
そのため、アストロスケールに入社したことは、当時のやり残した宿題をやりにきたような気持ちにもなっています。
入社前には1000のグロッサリー(用語解説集)ができていた
宙畑:宇宙分野は専門用語がかなり多いと思います。いただいた資料の中に、入社前に既にご自身でグロッサリーを作っていたと拝見したのですが、こちらはSpeaceNewsであったりその他のホームページであったりを見て単語を調べられたのでしょうか?
大原:もっとシンプルに、何冊か人工衛星の本を、小中学生向けのものも含めて購入して単語をすべて拾い書き出しました。
それから、入社前にNDAを締結して、今宇宙にいるADRAS-J衛星のConOps( Concept of Operations:運用概念)を事前に日英版どちらもいただくことが出来たので、日本語と英語をすべて書き出したりもしました。あとはJAXAの会議にも何度か参加させていただき、議事録からも分からない単語を書き出すなどして、入社前にはおよそ1000語ほどのグロッサリーとなっていたと思います。

宙畑:基本的な単語から会議の議事録まで読み込み、入念に準備をされたのですね。
「言語の壁を感じずに意見が言い合える」会議に通訳として参加する意義
宙畑:実際にアストロスケールの社内で通訳として活躍する場面はどのような時が多いのでしょうか。ルールメイキングや国際協調といった、国際的な場でのプレゼンにも参加されますか?
大原:弊社は基本的に公用語は英語で、そういった場に出るスタッフは英語が堪能なので私が出ることはありません。より現場に近い、海外出身のエンジニアと日本人エンジニアとの間に立って活発な議論がしやすくなるように支援するということが多いです。
宙畑:大原さんの入社前には通訳の方はいなかったのですよね。社内通訳が入る前と後でどういった変化があったのでしょうか?
大原:以前は定例会議も英語でのみ行われていたのですが、発表はあっても議論が起こりづらかったようです。そこで、一度試しに通訳を入れて、発言は日本語でも英語でもどちらでも良いとして行ってみたところ今まであまり発言しなかったようなエンジニアの方も積極的に意見を出すようになりました。
アンケートでも「日本語で会議が出来て良かった」という声が多くあり、通訳を入れて日本語で行う会議も増えています。
今では、社内会議ではZoomで同時通訳をしているので、常に日本語と英語が飛び交っています。また日本のベンダーさんや関係者との日本語で行われる会議に、外国籍のメンバーも同時通訳を聞きながら参加することが出来るようになりました。
宙畑:通訳の方が入ることで議論を活性化するというのは目から鱗でした。
もはや衛星を作れるまでの知識量に?14冊にも及ぶノートの存在
宙畑:ちなみに、エンジニアの方同士の議論となると、かなり専門用語が飛び交うと思われますが、大原さんご自身のエンジニアに関する知識のアップデートも相当求められるのではないでしょうか?
大原:今も在籍しているチーフエンジニアの方がいるのですが、その方がとても親切な方で、週に1回1時間何でも質問して良いセッションを設けてくださったんです。最初は「軌道とは何?」から始まり、衛星のタンクの話、恒星センサの話、統計関係や姿勢制御の話……など、ありとあらゆる質問に答えてくれたので、それをひたすらノートに書き込んで覚えていきました。昨夜ノートを数えたら、3年間で14冊になっていましたね。


宙畑:すごい数ですね!宙畑編集部はのどから手が出るほど欲しいです(笑)。
大原:あとはファン!ファン!JAXA!のページや業界用語が出てくるYouTubeもよく見ますね。単語だけ調べれば話が分かるというわけでもないので、内容を知るために宙畑さんもよく見ています。
宙畑:メディアがこういったところでもお役に立てていると、とても嬉しいです。
もっと違う業界とコラボレーションができたら……
宙畑:通訳として宇宙業界に入られて感じる、宇宙業界特有の課題はありますか?
大原:宇宙業界は他の業界と比較すると、優秀な選ばれた人しか入れないようなイメージがあり、閉ざされた業界になってしまっているように思います。実際に弊社でも、日本人の方からの求人応募が少ないと聞きます。
宙畑:それは宇宙工学的な面のプロフェッショナルな職人と、プロジェクトマネジメントや営業といったビジネス側の方の応募いずれもが少ないのでしょうか?
大原:どちらかというと前者ですね。例えば、誘導航法制御や地上セグメントの運用経験をしている日本人が少なく、応募が来るのは外国人が多いと聞きます。
だからこそ、この「(日本における)閉ざされた業界」のイメージを変えるためにも、他の業界とコラボして、開かれた業界としての認知と理解を高めていければ良いのではと思っています。
宙畑:理想的だと考える事例はありますか?
大原:例えば、玩具メーカーであるタカラトミーが宇宙業界とコラボしたと聞いたときはとても心に響きました。
宙畑:SLIMが月面着陸した際に写真を撮ったSORA-Qですね。

大原:そうです、SORA-Qです。そのように、もっとたくさんの業界とコラボしていけば敷居も下がり、もっと色々な人が宇宙業界に参入してくれるのではないかと思います。宇宙はまだ未知のものが多く、志半ばのことも多いことを、私もこの業界に入ってから知りました。他業界の力を借りて、人材不足の課題も解決できるかもしれません。
「我ながら良いチョイスだった」大原さんが楽しむアストロスケールでの日々
宙畑:通訳として宇宙業界に入られて、未知のことが多い中でご苦労されることも多かったと思います。ただ、お話を伺っているととても生き生きと仕事をされていますね。
大原:今も分からないことがたくさんあり、毎日が「マツコの知らない世界」みたいな感じで、すごく楽しいです。
宙畑:毎日学ぶことが多くて刺激の多い日々なんですね。入社前は「宇宙に携わる仕事なんて出来るだろうか」と不安だったと伺いましたが、実際に仕事をしてみていかがでしょうか?
大原:正直、調べても調べても分からないことが出てくるというのが数年続き、燃え尽きそうになったことも何回かあります。ですが、その疲れを吹き飛ばすくらい頼もしい同僚の皆さんが優しく教えてくださり、信頼関係も築けました。あの時に「名誉あるコンサル」か「名の知れないスタートアップ」かで悩みましたが、我ながら良いチョイスだったと思います。
宇宙業界への転職を迷っている方への一言
宙畑:ありがとうございます。それでは最後に、宇宙業界に転職しようか迷っている方へメッセージをお願いします。
大原:宇宙業界というと、ものすごい天才が集まっている固い方が多い業界イメージを持つと思います。ただ、実際入ってみると皆さん少年のような情熱を持っている、本当にロマンを追いかけているような方が多いです。
そして、おそらく多くの方が思われているよりもさまざまなものがまだ志半ばです。スキルや知識を持ってる方であれば活躍できる場所はいくらでもあります。
あとは、大変であることは間違いないのですが、思っているほど怖くはなかったというのが私の感想です。
総じて宇宙業界はさまざまな新しい扉が開く業界なのかなと思います。好奇心のある方はぜひ宇宙業界に飛び込んでみてください。
アストロスケールの求人情報
現在、アストロスケールでは様々な職種で求人が募集されています。ぜひ採用サイトをのぞいてみてください。
https://astroscale.com/ja/careers/vacancies/
編集部がグッと来たポイント
宇宙業界に強い興味を持っていたわけではなかった大原さんが「毎日が楽しい」と感じる、宇宙業界は好奇心を持つ方にとっては魅力に溢れている業界なのだとあらためて実感することができました。
また、もともと得意分野ではなかったことであっても、学び続けて努力し続ける姿勢に、宙畑編集部も頑張らねばと身が引き締まる思いを何度もいだきました。
さらには、少しでも通訳を聞く人が分かりやすいように気を配られていること、円滑なコミュニケーションを取れるように適度に雑談をしたり、どうしても言語の壁がある外国籍のスタッフの方も馴染めるように登山や餅つきなどのイベントを開催したりすること……など、人が通訳として社内で介在するその大きな意義を大原さんには教えていただきました。
宇宙業界は今、技術開発から事業開発への進化の過程にあります。そのなかで大原さんの「スキルや知識を持ってる方であれば活躍できる場所はいくらでもあります」という言葉の通り、さまざまなスキルや知識を持っている方がそれぞれの強みを宇宙ビジネス業界に来て発揮していただきたいという思いがより一層強くなった取材でした。