宙畑 Sorabatake

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量子鍵配送ネットワークの構築に向け加速、量子コンピューティング企業IonQがCapella Spaceを買収する意図

量子コンピュータを開発するIonQが小型SAR衛星コンステレーションを構築するCapella Spaceを買収し、宇宙ベースの量子鍵配送ネットワークの構築を目指すと発表。量子鍵配送がなぜ注目されているのか、その概要をまとめ、日本の動向についても言及しています。

2025年5月7日、アメリカ合衆国に本社を構え、量子コンピュータを開発するIonQが小型SAR衛星コンステレーションを構築するCapella Spaceを買収し、宇宙ベースの量子鍵配送ネットワークの構築を目指すと発表しました。

IonQは2015年に創業したアメリカのメリーランド大学発の量子コンピューティング企業です。IonQは2021年に量子コンピューティング企業としては世界初の上場を果たしている量子コンピュータ業界におけるリーディングカンパニーの1社です。

Capella Spaceは小型SARコンステレーション構築を進めるスタートアップ企業です。Capella Spaceはアメリカの国家偵察局 (NRO) をはじめ、国家地理空間情報局 (NGA) 、宇宙システム司令部 (SSC)、宇宙開発局 (SDA) や空軍、海軍、宇宙軍等の政府機関と契約を結んでいる実績がある企業です。また、2023年にアメリカ政府向けのサービス強化を図るための子会社を設立しております。このように、Capella Spaceはアメリカ政府の安全保障&インテリジェンスを支えるリーディングカンパニーの1社です。

では、なぜ量子コンピュータの企業が衛星開発を行うスタートアップ企業の買収に至ったのでしょうか。その背景をご紹介するために、量子鍵配送ネットワークについてまずは紹介します。

現代社会において普及している暗号は、解読に膨大な計算量を必要とすることでその情報のセキュリティが担保されている一方で、今後大規模な量子コンピュータや新たな計算技術などが誕生してしまうと解読されてしまうというリスクが指摘されています。暗号が解読されることは民間企業にとっても非常に致命的な事業リスクを抱えることになるのはもちろんのこと、国家レベルでは安全保障上の脅威ともなります。

その一方で、量子鍵配送ネットワークは量子鍵配送と呼ばれる次世代の通信セキュリティ技術が適用されたネットワークのことであり、上記のようなリスクを解消できる通信セキュリティレベルの高さを確保できる点から安全保障・外交分野での使用が期待されている分野になります。

(1)量子鍵配送とは

では、量子鍵配送とは何かというと、暗号化通信のための鍵を安全に共有する方法で、量子力学の原理を利用しています。

量子力学とは、専門的な用語を使ってしまいますが、光子や電子のような極微の粒子が「状態の重ね合わせ (複数の状態が同時に存在)」や「不確定性原理 (位置と運動量を同時に正確に決められない)」といった独特の振る舞いを示す世界を扱います。これらの粒子は観測すると確率的にただ一つの状態へ収束する(波束の収縮)ため、「観測することで状態が変わる」という特徴を持ってます。

この性質を応用した代表例が 量子鍵配送 で、次のような手順で秘密鍵を安全に共有します。

1.送信者と受信者が秘密の鍵(パスワードのようなもの)を共有したい
2.光子を使って安全にその鍵を作るための材料を送る
3.光子の特殊な性質により、誰かが盗み見ようとすると、必ず痕跡が残る
4.この痕跡があれば「誰かが見ていた」と分かるので、その鍵は破棄する
5.痕跡がなければ、安全に鍵が共有できたということ

ポイントは、量子鍵配送の素晴らしい点は、理論上は「絶対に安全」なことです。光子を扱うことで、誰かが量子情報(たとえば光子に載せた通信で扱う情報)を盗み見ようとすると、観測によってその状態が乱れ、送信者と受信者が「何かおかしい」と気づくことができます。この性質により、盗聴者は必ず痕跡を残すことになるからです。

例えるなら、特殊なインクで書いた手紙を送るようなものです。このインクは誰かが読もうとすると色が変わってしまうので、受け取った人は「誰かに読まれたかどうか」がすぐに分かります。

(2)量子鍵配送において衛星を活用するメリットは?

では、なぜ量子鍵配送ネットワークを構築するにあたって衛星スタートアップ企業の買収という流れになったのでしょうか。

量子鍵配送ネットワークでは、光子 (光の基本的な粒子) を量子信号として使用しますが、光子は地上通信のメインパスとなる光ファイバー内では減衰が発生する性質がある一方、宇宙空間 (真空) では減衰が大きく抑制される性質があります。そのため、宇宙空間と量子鍵配送ネットワークの親和性はとても高いとされています。

そこで、IonQは衛星コンステレーション企業でかつアメリカ政府の安全保障に関する案件で培ってきたシグナルプラットフォームを有する企業のCapella Spaceに着目したのでしょう。

また、Capella Spaceはアメリカの国家偵察局(NRO)をはじめ、国家地理空間情報局(NGA)や空軍、海軍、宇宙軍などの政府機関と契約を結んでいる実績がある企業です。

量子鍵配送ネットワークの初期の顧客としては国防に関わる組織が想定されます。すでにCapella Spaceの顧客となっている組織との関係性をそのまま日木津ぐことができるということも買収の利点と考えられます。

(3)様々な企業との提携や買収契約を進めるIonQ

また、本ニュースリリース内で記載のあった企業の関係性を表にまとめてみました。

IonQによる量子鍵配送ネットワークに関連する企業の買収、およびパートナーシップやMoUの締結が2025年に加速的に実施されています。今回のCapella Spaceの買収も合わさり、宇宙ベースの量子鍵配送ネットワークがスピード感をもって形成されていくことが予想されます

IonQ CEOのニッコロ・デ・マシさんは、今回の買収について以下のように期待を寄せています。

“私たちは、グローバルな量子鍵分配(QKD)が安全な通信の基盤となる量子インターネットのビジョンを加速する絶好の機会を得ました。本日発表したLightsynqとCapellaの買収、およびIntellianとの協業を通じて、IonQは次世代量子インターネットをリードする立場を確立しています。”

また、Capella Space CEOのフランク・バッキーズさんは、以下のようにコメントしています。

“宇宙は、IonQの量子コンピューティング、量子ネットワーク、超安全環境におけるリーダーシップの次のフロンティアです。量子技術は、プラットフォーム間でのデータ伝送に比類ないセキュリティを提供する超安全通信を可能にすることで、宇宙ベースのオペレーションを革命化する潜在能力を有しています。Capellaの先進的なプラットフォームと実証済みのコンステレーションは、IonQの量子技術と統合され、分析、センサー、セキュリティを強化し、商業応用およびグローバルな防衛・諜報ミッションを支援します”

なお、日本においても衛星を活用した量子鍵配送ネットワークの構築については議論が活発に行われ、開発と実証に向けての動きもあります。

例えば、宇宙戦略基金の第1期テーマの「衛星量子暗号通信技術の開発・実証」において言及されているほか、令和6年に量子技術イノベーション会議が発刊したレポート「量子産業の創出・発展に向けた推進方策」にも以下のような記述がありました。

早期実用化が期待されている量子暗号通信技術については、更なる低コスト化(暗号鍵とデータ伝送を一体化する波長多重技術、伝送距離の長距離化や汎用的な部品で構成可能なQKD技術の確立等)や小型化を実現する技術、衛星に搭載可能なQKD装置等の研究開発を重点的に推進するとともに、通信事業者やクラウド事業者等と連携した上で、研究開発の成果を反映したアジャイルベースの実証実験を実施し、サービスの具体的な絵姿、ビジネスモデル等の検討を進め、2030年度までに量子暗号通信の社会実装を実現する。

量子鍵配送ネットワークは、人工衛星を活用した私たちの生活を守るインフラとして活用される未来の重要な技術と言っても過言ではないでしょう。今後の日本における量子鍵配送ネットワークの構築にも注目です。

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参考

IonQ Announces Plans for First Space-Based Quantum Key Distribution Network.

量子技術特集 - NICT-情報通信研究機構

量子セキュリティ・ネットワークの研究開発・産業動向

量子未来社会ビジョン~量子技術により目指すべき未来社会ビジョンとその実現に向けた戦略~