【宇宙産業×地場産業の両輪を回すヒントは鹿児島県にあり】60年以上ロケット打上げに携わる鹿児島県の宇宙ビジネス展望
衛星を活用した離島での実証、企業参入の最前線まで、鹿児島県の宇宙政策の歴史と展望について、鹿児島県商工労働水産部の北村貴志部長にお話を伺いました。
1960年、「日本の宇宙開発・ロケット開発の父」と呼ばれる糸川英夫博士が日本初の射場として開拓することを決めた最初の土地。それが鹿児島県肝属郡肝付町(旧内之浦町)です。
射場の誕生から60年の月日が経過した今、鹿児島県と宇宙との関わりは新しいフェーズに入っています。衛星を活用した離島での実証、企業参入の最前線まで、鹿児島県の宇宙政策の歴史と展望について、鹿児島県商工労働水産部の北村貴志部長にお話を伺いました。
(1)鹿児島県に根付く宇宙開発を支える文化
宙畑:まずは、肝付町・内之浦が「日本初の射場」として選ばれた1960年頃のお話から聞かせてください。なぜあの場所だったのでしょうか?
北村:当時は世界的に宇宙開発競争が本格化して、日本でも「ロケットを打ち上げる場所をどこにするか」という議論がありました。その中で東大の糸川先生が全国を探されて、条件がそろったのが現在の肝付町・内之浦です。
日本の中では赤道に比較的近いこと、東向きにロケットを飛ばしたときに、軌道の下に障害物がないこと。この“なるべく赤道に近くて、東側が開けている”という地理条件が決め手になったと聞いています。
参考記事
射場の条件と合わせて学ぶ、続々と増える世界のロケット射場まとめ
宙畑:選定されたとき、地元の方々の反応はどうだったのでしょうか?
北村:「夢のある話が来た!」という受け止め方だったようです。当時から東大の先生方が現地で説明会をされていて、住民の皆さんは“ロマンのあるプロジェクトが来るらしい”と、むしろ歓迎ムードだったと伺っています。
宙畑:九州宇宙ビジネスキャラバンでも当時の写真が掲載されていましたが、「ロケットの失敗が続いている中、婦人会が千羽鶴を追って応援した」というエピソードも印象的でした。
宙畑:その上で、ロケットに限らず宇宙開発はどうしても失敗と挑戦の積み重ねが必要となります。実際に失敗のたびに新聞などで厳しい論調が出ることもあったと聞いたことがあります。
そういった失敗を経験しながらも60年以上宇宙産業を支えてこられた歴史が、今後の鹿児島県の宇宙開発の発展を支える強固な地盤でもあると思ったのですが、その点、北村さんの目から見て鹿児島県の宇宙産業に対する雰囲気はいかがでしょうか?
北村:実際に、射場のある肝付町や種子島をはじめとしまして、鹿児島にはそのような地盤はできていると思います。まさに、ロケット開発は、失敗を糧にひたすらアップデートしていく世界です。今年のゴールデンウィークに、千葉工業大学が中心となって、九州工業大学や第一工科大学などと連携して、肝付町で学生ロケットの打ち上げ実験をされていました。私も現場を見に行ったのですが、ひとつずつ確認のプロセスを積み重ねて、数百に及ぶチェック項目をこなしていき、すべての確認が整えば発射するという世界です。
当然、打ち上げ時間は押します。見ている側も「まだかな、まだかな」と見守る。最終的にうまく飛ぶと、地元の方々が一緒になって喜んでいるという瞬間が印象的でした。失敗やトラブルも「経験」として温かく見守る文化が、長い年月の中で根づいているのだなと感じました。
(2)宇宙産業と地場産業の両輪を回して自治体の活性化に繋げる
宙畑:応援という側面もあると思いますが、打ち上げ時に漁業を止めざるをえないなど、どうしても地元の暮らしへの影響があると思います。実際の経済や暮らしに影響があるという点はどのように折り合いをつけられてきたのでしょうか?
北村:おっしゃる通り、打ち上げのたびに警戒区域を設定し、要すれば周辺住民の方は退避しなければなりません。住民の協力があっての打ち上げです。
また、漁師のみなさんには、その時間帯は警戒区域へ立ち入りできず漁に出られないという打ち上げへの協力をお願いしているのは事実です。その影響に対しては、国やJAXAとも連携して、漁業者への協力金や保冷施設や冷凍倉庫などの整備支援を行っております。単に「迷惑をかけてしまったからお金を支払う」のではなく、なりわいとしての漁業が持続的に行えるよう支援し、ご理解をいただく、そうしたやり方を続けてきています。
宙畑:宇宙産業の発展のために一方に損失があるという形は持続的でないと思っていましたが、宇宙産業があることで、地域の産業を一緒に育てていくための補助制度も同時にあるというのは、素晴らしい形だと思いました。
(3)宇宙産業のエコシステムが回り始める鹿児島県の今
宙畑:では、これまでの宇宙開発の歴史のなかで、鹿児島県として果たしてきた役割、そして地域に生まれた変化についても教えてください。
北村:宇宙開発については、JAXA、三菱重工やIHIなどの大手企業が中心となって主導されてきましたが、実際には鹿児島県内にも宇宙関連ビジネスに携わっている多くの関連企業があります。ロケットや衛星を県外で製造して持ち込むにしても、射場までの搬入や組み立て、設備の保守などで、県内企業の方々が多数関わっています。
ヒアリングベースですが、打ち上げに関係する企業で、鹿児島県内に勤務されている方は400名以上いると伺いました。雇用という意味でも、決して小さくない規模感になってきています。
宙畑:昨今はJAXAや、まさに大企業が中心だった宇宙開発から、民間も含めた宇宙ビジネスというトレンドが生まれていますが、鹿児島県でも同様でしょうか?
北村:まず、1960年代からロケットを打ち上げてきたことで、県民にとって「宇宙開発は身近なもの」という感覚はもともとあったと思います。
一方で、以前はどうしても「JAXAさんの仕事」という認識が強かったのですが、この数年で変化が生まれ始めています。令和4年度から県として宇宙関連の研究会を立ち上げて、宇宙関連産業の発展に向けた将来像を描き、そこに向かっての緩やかなロードマップを策定しました。県内の民間企業による宇宙ビジネスは始まったばかりであり、これから県内企業で関心のある層を掘り起こすとともに、意欲のある県外の宇宙産業プレイヤーにも参画を促していきたいと思っております。
実際に、鹿児島には、宇宙産業に十分参入できるポテンシャルを持った企業が多くあります。例えば,地上局を自社で作れるエルムのような、国内でも唯一無二の貴重なプレイヤー、ロケット・衛星等の製造や射場整備・運用などにかかわる事業者、最近では,宇宙食開発に取り組まれるような企業も県内にいらっしゃいます。また、リリーやメタシステム研究所のように、県の予算を活用しながら衛星データの利用実証を進めるなど、鹿児島県自体が宇宙ビジネスの恩恵を受けられるユーザーとしての可能性も開拓しているところです。
こうした状況を踏まえ、私たちは「宇宙産業のエコシステム」の中に県内企業や県内の宇宙利用の取組をマッピングしたスライドを作成し、本年10月に鹿児島で開催された九州宇宙ビジネスキャラバン2025でも紹介しました。
鹿児島県としては、県内外問わず、「今後の宇宙ビジネス創出に関心を持つ企業・大学群」の皆様に参入していただく取り組みを行っているところです。
(4)離島×衛星データの可能性はアークエッジ・スペースとの連携で見つけた
宙畑:お話にあがった、鹿児島における衛星データ活用の話にもお話を伺いたいと思います。九州宇宙ビジネスキャラバンのセッションでも、離島での実証事例が紹介されていましたが、もともと鹿児島県で「離島×衛星データ」という構想はあったのでしょうか?
北村:本セッションを担当された、アークエッジ・スペースからの提案を受け、「これは鹿児島だからこそやる意味がある」と気づかされた部分が大きいです。衛星データ活用にかかる事業は全国各地でトライされていますが、本当にニーズの強い分野で実施していかないと、持続可能な形で定着しません。
例えば、鹿児島県の場合、まず地域の課題として顕在化していたのが赤潮です。昨年の数字で言うと、鹿児島県内だけで被害額が約1億円、熊本・長崎ではそれぞれ10億円規模の被害が出ています。毎年ではないものの,定期的に被害が生じている状態であり、海流の流れを俯瞰できる衛星データは非常に有効だと考えました。
ちなみに、赤潮対策と言っても、できることは非常に限られていて、物理的な対策です。具体的には、ミョウバンと粘土を混ぜたものを海に投下して、赤潮の原因であるプランクトンを物理的に沈めたり、プランクトンが増えてくれば生簀を逃がす方法となります。
プランクトンが「増え始めたタイミング」で動けるかどうかが勝負なので、衛星からの“アラート”のような仕組みが作れれば、対策につながるものと期待しています。
宙畑:そして、赤潮と同様に本当にニーズが強い場所で衛星データが活用できるかもしれないと気づかれたのが離島だったということですね。具体的には離島のどのような課題に衛星データが活用できる可能性があるのでしょうか?
北村:まず、奄美群島は沖縄本島に匹敵する規模の面積があり、島々ではサトウキビなどの農業も盛んです。ただ、圃場区画の整理や管理に課題があり、人手不足も進んでいると認識されております。
宙畑:衛星で定期的に圃場を一括モニタリングできれば、「見回らないと状態が分からない」という負担を減らすことができます。
北村:おっしゃる通りです。こうした地域の政策課題にいかに活用できるか、現地でのニーズ集めが重要です。アークエッジ・スペースは、現地に何度も足を運び、農家さんや自治体の方と一緒に“課題の種探し”をしてくださっております。こうしたプレイヤーがいらっしゃるのは非常にありがたいです。
県としては、そうした意欲ある企業の現場での活動を、補助事業などで下支えしながら、「鹿児島モデル」として形にして、日本の他地域や東南アジアの島しょ部など海外にも展開していければ理想的です。
(5)衛星データ利用事業の補助率100%に込められた意図
宙畑:衛星データ利活用の補助についても、最大600万円・補助率100%となっています。この意図を教えていただけますか?
北村:ずばり、衛星データ利活用推進の入口となる事業だと考えています。鹿児島県は広大なフィールドがあり,農林水産業が盛んなので、様々な衛星データを利活用できるポテンシャルは非常に高いと考えています。県内の課題解決のために、チャレンジする企業を応援したいといった意味を込めた補助金です。
宙畑:まだビジネスとしてペイするかどうか分からない段階の取組でも、「そこは県として一歩目を支えます」というメッセージが鹿児島県から出ているのは素晴らしいですね。
北村:もちろん財政的には楽ではありませんが、赤潮のように被害規模が社会課題としてはっきり見えているもの、人手不足が深刻な離島の一次産業など、「やる意義が明確なテーマ」から順にトライしていきたいです。
(6)鹿児島県×宇宙ビジネスの3つの展望
宙畑:最後に、鹿児島県における宇宙ビジネスに関する取り組みの展望を教えてください。
北村:大きく3つあります。
1つ目は、二つの射場を持つという強みをどう生かすか。種子島と内之浦、二つの射場がある自治体は日本でも鹿児島だけです。このアセットを観光や周辺産業とどう結びつけるか。例えば、今年度から大隅地域振興局で「宇宙を生かした大隅振興検討事業」を始めていて、宇宙観光だけでなく、地場産業とどう連携できるかを検討しているところです。
2つ目は、人材育成。鹿児島大学、第一工科大学に加えて、九州工業大学や千葉工業大学など県外の大学も、肝付町を拠点に連携協定を結び、打ち上げ実験を行っています。種子島ロケットコンテストや「宇宙甲子園 鹿児島大会」など、学生向けのイベントも増えていますので、ここで経験を積んだ学生さんたちが、将来また鹿児島の宇宙関連プロジェクトに携わってくれると嬉しいですね。
最後は、実証フィールドとしての鹿児島。南北600キロに広がる離島を含めて、鹿児島は“課題が先に顕在化している地域”でもあります。赤潮をはじめ、農業、観光、人手不足…。こうした課題を、衛星データなど宇宙技術で解決する「鹿児島モデル」として形にできれば、それはそのまま国内外に展開できるソリューションになります。
宙畑:宇宙ビジネスと聞くと、どうしても“ロケット”に目が行きがちですが、鹿児島県はその先にある「衛星データを使って社会課題を解決するビジネス」が生まれる場所としても先進的な地域であると今回のインタビューを通して実感しました。
また、余談かもしれませんが、九州宇宙ビジネスキャラバンに参加して、九州ならではの“人の距離の近さ”を感じました。初対面でもぐいぐい話しかけてくれる方が多くて、ずっと議論が続いている印象でした。これもひとつの強みかもしれませんね。
北村:そこは“焼酎文化”も含めて、九州独特かもしれませんね(笑)。イベントの後の懇親会では、立場や年齢に関係なく、みなさんざっくばらんに自分の取り組みを語り合う。そこで自然にネットワーキングが生まれて、「じゃあ一緒にやりましょうか」と次のプロジェクトにつながっていきます。
役職や世代の壁を越えて議論できる場が当たり前にあるのは、宇宙分野に限らず九州全体の強みだと思います。

