「目的は何であるか」IAFの「Hall of Fame(殿堂入り)」を受賞された八坂哲雄先生の研究遍歴とQPS研究所の軌跡
IAF「Hall of Fame(殿堂入り)」を受賞されたQPS研究所の創業者である八坂先生と、同社の代表取締役社長 CEO、大西俊輔さんに独占インタビューの機会をいただきました。
QPS研究所の創業者であり九州大学名誉教授の八坂先生が、国際宇宙航行連盟(IAF)の「Hall of Fame(殿堂入り)」をAmazon、Blue Originの創業者であるジェフ・ベゾス氏、そしてNanoracks共同創業者ジェフリー・マンバー氏とともに同時受賞し、授賞式で表彰されました。
参考記事
QPS研究所・創業者の八坂哲雄さんが、ジェフ・ベゾス氏、ジェフリー・マンバー氏とともに、国際宇宙航行連盟(IAF)の 「Hall of Fame(殿堂入り)」を受賞
その受賞を記念して、JAXAからアンカーLP出資を受ける初のベンチャーキャピタルファンドを運営するFrontier Innovationsが、講演イベントを開催。同社代表の西村竜彦さんは、QPS研究所に創業期からリード投資・伴走しており、八坂先生のこれまでの活動や知見が、今後の日本の宇宙産業エコシステムの発展において重要な示唆を与えるものと考えて、それらを少しでも承継していくべく、スタートアップや大企業、官庁関係者など宇宙産業に関わる幅広い関係者に向け、本イベントが企画されました。
そのイベント後に宙畑編集部で八坂先生とQPS研究所の代表取締役社長 CEO、大西俊輔さんのお二人に独占インタビューの機会をいただきました。
八坂先生の研究遍歴やさまざまな企業や国際的な関係者の方々とどのように関係構築をされたのか、QPS研究所がSAR衛星の開発に至るまでのストーリーなど、たっぷりとお話をうかがいました。
(1)「Hall of Fame」を受賞された八坂先生の研究遍歴
宙畑:本日はお忙しいなかお時間いただきありがとうございます。そしてまずは、国際的な名誉ある賞のご受賞、本当におめでとうございます。
あらためて、八坂先生の宇宙開発に興味を持たれることになった原点、そして今に至るまでに取り組まれてきたことを振り返っていただき、率直な感想を教えてください。
八坂:私が宇宙という言葉を聞いたのは中学生の時、空想科学小説で人類ないし人類じゃない生物が宇宙で暮らしてる、そして、地球にやってくるとか……そういう話を聞いて面白いなと思っていた。そんな時代がありました。
それから、高校生の時に糸川先生のロケットの話を聞いて、これは面白そうだなと思いました。
宙畑:ロケットのどのようなポイントに八坂先生は惹かれたのでしょうか?
八坂:糸川先生が話されていたのは、ロケット飛行機でした。つまり、成層圏をすごいスピードで飛ぶ航空機で、ニューヨークと東京を数時間で結ぶとか、そういったポイントです。ただ、私はそのポイントに興味を持っていたわけではありません。むしろ、それを実現するためのロケット…… どうやってそれを実現するのかという技術自体に魅力を感じていたんです。
八坂:そして、大学に入ってみたら、ひょっとしたら糸川先生の下について勉強できるかもしれないというチャンスがあったわけです。ただ、糸川先生が「私のところに来るのは1名だ」となって、私はじゃんけんに負けてしまったので構造力学が専門の森大吉郎先生の研究室に入りました。今となってはそれも良かったなと思います。
私が研究室に入ったのは、観測ロケットを通してロケットの技術がどんどん進歩した時代でした。 もう本当にいろいろやって、失敗もずいぶんありましたね。特に私は構造関係だからロケットの分離部であるとか、フェアリングであるとかに関わっていたんですが、失敗するのはだいたいそういったところか、あるいは制御関係なんだよね。
宙畑:失敗の原因となりやすい場所を担当されていたのですね。
八坂:そうそう。そういった時代を経て、いよいよその人工衛星を飛ばすというフェーズになります。
ラムダロケットは何回も失敗しながら、最終的におおすみという人工衛星を飛ばすことになったわけです。ただ、おおすみもそうですが、当時は技術開発のための衛星であって、 1週間ぐらいしか軌道におらず、今のように人工衛星として誰かの役に立つといった機能はほとんどありませんでした。
その後、本格的な人工衛星はミューロケットによって初めて実現したのですが、ミューロケットの最初の頃と2代目の開発に、私も(部品・コンポーネント)選定であるとか、フェアリングをどうするかといったところで関わりました。
宙畑:当時の日本のロケット開発における試行錯誤の歴史をその目で見てこられてきたわけですね。その後、どのような経緯で人工衛星にも携わられたのでしょうか?
八坂:実は、人工衛星をやりたいと思っていたわけではありません。森先生から「おい、こんな話がある」と紹介されたのが、「電電公社(現・NTT)で人工衛星を飛ばすんだ」「通信関係、電気関係のエンジニアがたくさんいるんだけど、ロケットとか人工衛星が分かる人がいない。だからやってくれないか」という話でした。
どうしようかなと思いつつ、まあやってみるかと就職して20年になっちゃいました(笑)。
宙畑:それだけ面白い企業だったということでしょうか。
八坂:技術的に面白い、今までにない新しいことをやって、人の暮らしに役立つ、実用されるところまでつながる……これはやりがいがありました。
それから、当時の一番大きな問題は静止軌道という有限の資源をどのように有効活用するのかというポイントでした。
その解決策の一つとして、静止軌道という1次元の世界をテザーを利用して2次元に広げられるのではないかと気づきました。海外の方とも議論しながら研究を進める中で、一応はうまくいきそうだとなったのですが、「何か問題があるはずだ」と問題探しをしました。
基本的には細い紐で繋がったシステムなんで、宇宙空間で自然に切れることはないんですが切れたらお終い。切れる要因があるとしたらものすごいスピードで何か、つまり宇宙ごみ(デブリ)がぶつかってしまうことだということで、その頻度を一生懸命計算しました。すると、2か月に1回切れてしまう可能性があると分かりました。そこで、デブリについてもっと調べなければとなり、デブリの研究も行うことになりました。
(2)「学ぶ」と意識したことはない。重要なのは「目的は何であるか」
宙畑:これまでのお話をうかがっただけでも、ロケット、人工衛星、デブリと様々な宇宙開発の研究に携わられています。そして、時には新しい技術について知るためにゼネラル・エレクトリック(GE)のような海外企業を訪問するといったこともされていたと伺いました。
当時は今のように生成AIやインターネット検索がない時代でもあったかと思いますが、新しいものを学ぶ姿勢というのはどのように培われていったのでしょうか。
八坂:当時の私は、何かを学んで、それを自分のものにしてやっていこうということは全く思ってませんでした。では何を考えていたかというと、何かを作り上げるため、例えば通信衛星を作るために、我々が知らない技術、いい技術を持ってるのであれば、それを使わせてもらおうという思いでした。
何かの競争に勝とうとか、誰かが持っているものを学ぼうとかではありません。ある目的に対して、有効に使えるものはなんであるか、それを探すということが重要です。
つまり、「目的は何であるか」ということに着目して、それを忘れないでやるということだと思います。
(3)「あんな難しいことをよく調べたよ、自分のものにしたんだから」QPS研究所が小型SAR衛星開発に至った大西さんの思い
八坂:あと、SARについては、大西さんからの提案だったので、大西さんに聞いてみて。
宙畑:QPS研究所で小型SAR衛星開発をやることになったのは、大西さんからの提案だったのですか?
八坂:そうだよ。SARは難しいからね。嫌なこと言うな~と思って(笑)。
宙畑:なぜ、大西さんは小型SAR衛星の開発をやろうと考えられたのでしょうか。
大西:もともと私がQPS研究所に入社した後は、受託開発がメインでした。そのままでも、会社の維持はできるだろうとは思っていましたが、そこそこの規模感でおさまってしまいます。ただ、QPS研究所はすでに素晴らしい企業の皆様との連携体制ができているのに、それを産業発展のために十分に活かせられないのはもったいないと考えていました。
八坂:大西さんはいつも「他の人の手助けだけでなくて、自分たちの事業をやりたい」と言ってたんだ。それが小型SAR衛星の開発だった。
宙畑:自社事業として、様々な選択肢があったのではないかと思いますが、なぜSARだったのでしょうか。
大西:元々、大学で宇宙開発に携わっていた時に、地球観測衛星を多く手掛けていたのでこれからの知見と経験がベースになるだろうと思いました。その上で、光学衛星はアクセルスペースやPlanet Labsのようなプレイヤーがすでに出てきていた中で、小型のSAR衛星はまだプレイヤーがおらず、実用される未来が来るだろうと考えました。
「誰もやってないところをやるというのがいいんじゃないの」という思いで小型SAR衛星の開発に挑むことを決めました。
宙畑:実際に、どのようにして小型SAR衛星開発をQPS研究所で進めるという材料を集められたのでしょうか。
大西:まず、私は新しいことを調べることは全く苦ではありませんでした。それこそ博士論文のテーマは液体の沸騰現象で、関連論文を調べようにも当時のソ連など海外の論文、それこそ1940年代の論文を引っ張ってこないといけませんでした。そもそもデータがないので、指導教員の先生が色々なところから集めた紙媒体の論文が残っていてそれを読んだりと、調べる力はそこで培われました。同じ論文も時期を変えて読むと新しい発見が生まれたりするので数十回読んだ論文もありましたね。
その点、SARに関しては、多くの資料があるので、調べがいが非常にありましたね。それ以上に私がSARについて咀嚼しなければ、(QPS研究所の創業者である)八坂先生、桜井先生、舩越さんと話して打ち勝たないといけない(笑)ので、調べに調べました。
八坂:あんな難しいことをよく調べたよ。自分のものにしたんだからね。
(4)QPS研究所は大きな失敗をしていない?
宙畑:八坂先生が大西さんと一緒のイベントで登壇されている際に「(QPS研究所は)まだ大きな失敗をしていないのが気になる」と話されていました。八坂先生の言い方としては、ある程度の失敗をした方が良いというようにも聞こえたのですが、いかがでしょうか?
八坂:まず、一番大きな失敗は何かというと、アンテナ展開の失敗です。 こういった失敗は外から見てもはっきりわかるし、非常に影響の大きい話。衛星が最初からデブリになってしまうんです。
その点、大西さんは地上試験などで様々な失敗を重ね、乗り越えてきていると思います。
地上試験を行ったときに、基本的にはちゃんと開いてるんだけど、本当に精度が出るようなきちっとした展開にはならないということは何回もあってね。でも、それをそうならないようにするためにっていうことで結構回数重ねて試験をした。
大西:そうですね。それは相当ありましたね。あとは地上試験は100回以上やったんじゃないかなと思います。
八坂:一方で、その地上の失敗を実際に体験していない人から見たら、これまで順調にいっているじゃないかと思われる方も多いでしょう。
大西:一番今怖いのは、アンテナの展開が当然のものとなると、どこかで見落としが発生してしまうのではないかということです。
アンテナの展開はQPS研究所の技術の根幹なので100%成功するために必要なことをやり続けなければなりません。
その上で、私のようにこれまでの試験で失敗経験を肌で感じているのと、言葉だけで言われているのでは大きな違いがあると思うので、今後も気を付けなければと考えています。
八坂:致命的な失敗というのは、思いがけないところで起きるから、我々も気をつけなきゃいけないと思う。 だから毎回しつこいほどに大事なところを確認していくということが非常に大事だよね。
その点、大西さんは今までの蓄積を全部持ってるわけだ。 そして、大西さんに限らずそういう人は何人かいる。 その蓄積があるうちは大丈夫。
宙畑:そのような失敗を開発の中で経験することがエンジニア力の向上につながるようにも思いました。エンジニアの育成という点で、意識されていることはありますか?
大西:私はプロジェクトを細切れにしてある程度マイルストーンを切っておく。各所で変な方向に行って失敗してもリカバリーできるように心がけています。
QPS研究所は、コンステレーション構築のための衛星の量産と新たな研究開発要素を含めた衛星の開発をやっています。研究開発の衛星はチャレンジングなことをやりながら進めているので、やはり失敗しながら、反省すべき点が多くて、エンジニアのメンバーにとっても刺激があるんじゃないかなと思います。
一方で、衛星の量産についても、それはそれで新しい研究要素があるので、そこに八坂先生がいていただけることで、失敗をした経験を共有いただきながら、議論できる経験というのは若いメンバーにとって良いのではないかと思っています。
(5)「欲しいスペックだけを伝えない」QPS研究所と連携する様々な企業との強固な関係性が築かれるまで
宙畑:少し話が変わってしまいますが、小型SAR衛星を開発するICEYEの創業者が来日された際に「内製化しているから、次世代の衛星開発を進めるスピードも早い」と話されていました。
その点、QPS研究所も九州の様々な企業の皆さんと強固なパートナーシップを築かれていると思います。ICEYEのような新しいチャレンジが行いやすい土壌が築かれていると考えてよいでしょうか?
大西:そうですね。内製化の定義は難しいですが、QPS研究所が何か新しいことをやるといったときにご協力いただけるパートナーシップを八坂先生に築いていただきました。最初は小型SAR衛星の開発で、その次に何かやりたいとなったときもお話ができる環境になっています。
宙畑:ありがとうございます。八坂先生に伺います。まさにQPS研究所のアンテナ展開に欠かせないバネを作られている峰勝鋼機の林会長とイベントの懇親会でお話をさせていただく機会がありました。
その際に、宇宙開発は今すぐ事業として儲かるかどうかは分からない中でなぜ八坂先生とモノづくりを進めてこられたのかとうかがった際に「八坂先生は、何とかものにしてくれると思って私は作り続けてたんです」と話されていました。
ここまでの関係性を築かれるというのは、本当に素晴らしいなと思っているのですが、八坂先生は何を考えながら、このような良い関係性を構築できたのでしょうか。
八坂:ありがたいことにね。企業の皆様が宇宙開発をやりたいと言っていただけたんです。だから「宇宙に興味はありますか?」と聞く必要は全然なかった。
そのうえで、協力企業の方と話すときに意識しているのは「目的は何であって、どんなことをやりたいのか、そして、私たちの案はこうだ。あなた達のところで考えてみませんか?」ということを話します。
普通、大企業が製造を依頼するときはスペックを出して「このスペックのものをちょうだい」となりますが、そうではありません。
こういう話し方をすると「よーし、やってみようじゃないか」となっていただけるわけです。
宙畑:受発注の関係でなくて、まさに共同開発という関係ですね。
大西:スペックだけで伝えてしまうと、「良くする」ではなくて「守る」という意識になってしまいます。何でこれをやるのかを伝えることで、良いものが生まれると思います。
宙畑:「目的は何であるか」を明確にすることが、技術・知識の習得に限らず、社外パートナーとの良い関係性を築くうえでも非常に重要なのですね。
(6)価値観が違う人の前にアイデアを出すことに意味がある
宙畑:最後に、先日の「Hall of Fame」の受賞スピーチで、IAC(国際宇宙会議)が八坂先生のアイデアを前に進めてくれたというお話がありました。具体的にはどのようなことがあったのでしょうか。
八坂:実際には、実現にまでは至らずに、アイデアが育ったという話なんだけどね、1980年代に「サービス衛星」というものを考えたことがあります。当時の私はNTTにいて、日本の中ではなかなか相手にされなかったのですが、IACで発表したら「それは面白い」と言ってくれる人が現れました。その結果、ESAのプロジェクトとして参画することになりました。
結局、予算の都合で途中で止まってしまったのですが、この経験から感じたのは「ローカルにはあんまり認められないことでも、国際的な場で議論するとこれは面白いと思う人が出てくる」ということです。
宙畑:もうひとつ、八坂先生と同時に受賞されていたNanoracks共同創業者ジェフリー・マンバーさんが「IAFはキャリアの重要な節目で、同じ志を持つ仲間だけでなく、異なる政治的立場や組織を代表する方々とも出会う場を提供してくれました」とコメントをされていました。ただ、そのような機会は減ってきているようにも思います。異なる価値観を持つ方々との会話を行ううえで何を意識してお話をするとよいのでしょうか。
八坂:それは簡単なようで難しい話です。まずは、継続してそういった場に出席することだと思います。
そして、単に参加するだけじゃなくて、運営する側にも入り込んでいくということが大事。その分、自分の時間を使わなきゃいけないわけだけれども、そういったことをいとわずにやるということ。そうするともう自然にね、いろんな輪が広がってくるわけだ。
だからこそ継続というのは非常に大事です。それから大西さんの特性みたいなね、もうどこにでも入っていけるということ。
大西:それはちょっと自分ではまだ分からないです(笑)。
宙畑:八坂先生は大西さんのどのような行動を見られて、そのように評価されているのでしょうか。
八坂:自分で稼ぐ道を探してきたんだよね。それを実現できたのは、どこにでもずっと入り込める能力があることだと思うし、結構好きなことやってるよね(笑)。
だから、そういう積極性と、やっぱり人柄がね、大西さんの面白いところ、いいところだと思っている。
宙畑:八坂先生のこれまでのキャリアで培われたお考え、お二人の関係性、パートナー企業の皆様との連携含めたQPS研究所の強みを肌で実感できたとてもありがたい機会でした。本日はたくさんお話を聞かせていただき、ありがとうございました。

