Frontier Innovationsの西村竜彦氏・浜野豊氏が語る、日本の宇宙産業10年の変化とエコシステムの「2周目」【前編】
2026年1月時点で宇宙スタートアップ6社が東証グロース市場に名を連ねています。直近の10年で日本の宇宙産業がどう変化したのか、日本の宇宙産業のエコシステムに何が求められているのか、Frontier Innovationsの西村竜彦さん、浜野豊さんのお二人に伺いました。
日本の宇宙産業は大きな転換期を迎えています。2023年以降、ispace、QPS研究所、アストロスケール、Ridge-iなど、国内の宇宙スタートアップが相次いで上場を果たし、2026年1月時点で宇宙スタートアップ6社が東証グロース市場に名を連ねています。
こうした成長を初期段階から支えてきた日本の宇宙産業の立役者のひとりが、2024年に設立されたFrontier Innovationsの代表取締役社長・ジェネラルパートナーの西村竜彦さんです。
宙畑メモ:Frontier Innovationsの成り立ち
宇宙および非宇宙分野のディープテック・スタートアップに特化して出資を行うベンチャーキャピタルです。リード投資家として積極的に起業家を支援します。その設立にあたってはJAXAがアンカーLPとなっており、単なる資金提供に留まらず、JAXAとの密な連携やハンズオンでの経営支援を通じて、シード・アーリーステージにあるスタートアップの企業価値向上を支援しています。
西村さんは、INCJ(旧産業革新機構)で約10年にわたり宇宙スタートアップへの出資を行い、上記で上場した宇宙スタートアップ6社のうち5社に出資をしていました。
今回、西村さんと同じくFrontier Innovationsのジェネラルパートナーである浜野豊さんのお二人に、この10年で日本の宇宙産業がどう変化したのか、日本の宇宙産業のエコシステムに何が求められているのかを伺いました。
政府系ファンドで培った10年の投資経験
宙畑:まず、Frontier Innovationsの成り立ちについて教えてください。
西村:私も浜野も、もともとは政府系ファンドのINCJ(旧産業革新機構)で宇宙・ディープテックスタートアップの投資を手がけていました。私はソニー出身なのですが、現場の優秀なエンジニアやデザイナーがもっとリスクを取って新しいチャレンジができる環境をつくりたい、そうした活動を支援したい、と思っていたところ、ちょうどINCJがVC投資を加速するタイミングと重なって参画しました。
2015年頃から宇宙スタートアップへの投資を開始したのですが、私が初めて担当したのがアストロスケールの案件でした。その後、QPS研究所、ispace、アクセルスペース、Ridge-iといった企業に投資し、上場した宇宙スタートアップ6社のうち5社への投資を実現できました。
リード投資家として初期のラウンドから大きな額を投じ、社外取締役を担ったり、取締役会に参加したり、会社のなかから伴走してきましたが、最初からすべての成功が見えていたわけではありません。
ただ、それぞれの経営陣は新しい産業を作ることや、社会のニーズに合致した深い意義のあるビジネスで、かつ本気でやりぬきたいと思っている人たちでした。そういう人たちこそ応援するべきだと思っていましたし、それが結果につながったのだと感じています。
宙畑:そうした実績やご経験も、2024年に設立されたFrontier Innovationsで代表取締役社長を務められることにつながるのでしょうか。
西村:JAXAには技術の話から業界動向まで、INCJで投資を始めたDay1から、本当にいろいろなことを教えてもらってきました。そんななか、JAXAが産業振興を目的に自ら出資できる機能を持つことになりました。私としても、官民ファンドとしてファンド期限があるINCJが解散後に、INCJで取り組んできたことをどの様に発展的に継続して活動をしていくかを考える中で、新たにファンドを立ち上げる事を構想し、最終的に公募プロセスを経てLP出資を決めていただいて、ファンドを立ち上げることになりました。
各社の上手くいっているときもそうでないときも含めて10年間以上、宇宙スタートアップを間近で見てきた経験を生かして、次のispaceやQPS研究所のような企業へ投資し、支援していきたいと考えています。
「エコシステムの好循環が生まれ始めた」
宙畑:10年前と現在で、宇宙産業への注目度は変化したと感じますか?
西村:確実に変わってきています。当時と今では、共同投資してくれる人の数も非常に増えました。そして、志があって大きなビジョンを掲げて事業を推進している人を、きちんと見ている人が増えてきているとも感じています。
ispaceで言えば、月面着陸の挑戦を、KDDIが早くからテレビCMを流して応援していましたよね。QPS研究所では事業の進捗がまだまだの段階にも関わらず、スカパーJSATが早々にコミットしてくれました。また、アストロスケールのシリーズAラウンドの資金調達では、ANAが投資しています。宇宙と航空は領域が近いようで遠い部分もありますが、「未来のために、こういうビジネスこそ応援すべき」と判断したのでしょう。
そういった先見性のある方々が中心となって、宇宙スタートアップのエコシステムの好循環が生まれ始めたと考えています。その結果、さらに多くの人々が、この業界の重要性を理解してくれるようになった。スタートアップだけでなく、大学やJAXAなどのアカデミア、投資家、金融機関、政府や地方自治体、宙畑のようなメディアも含めて、本当にエコシステムだと思うんです。
西村:そうして各々が少しずつ経験値を高めていったことで、この数年でようやく上場する会社も出てくるようになりました。投資家も宇宙スタートアップに対する理解が深まってきて、10年前と比べると投資判断がしやすくなっていると思います。
宙畑:他のディープテック分野と比較して、宇宙産業への期待値はどの程度高まっているとお考えでしょうか?
西村:上場企業は持続的に成長していくことが求められるわけですが、先に触れたとおり、宇宙スタートアップは6社が上場しています。そのうち、1000億円近い時価総額に達した会社がいくつもあります。日本のディープテック分野を見渡したときに、これだけの実績を出しているセクターはあまりないのではないでしょうか。
特に(VCや投資家への)リターンを返していくために大きなEXITを出さなければいけないなかで、そうした実績も生まれ、さらに事業がグローバルに展開されて高成長が見込まれる分野であることから、国内VCからの興味が高まっているのを感じますね。
また、宇宙戦略基金のような非常にわかりやすい支援も生まれて、政府が力を入れている領域だということが広く伝わっているのでしょう。大企業の皆さんからも、「宇宙の分野でなにかやっていきたい」「スタートアップと協業していきたい」という熱を感じます。
日本の宇宙スタートアップは「厳選」型
宙畑:海外と比較すると、日本の宇宙スタートアップ業界の特徴はどこにあるとお考えですか?
西村:日本とアメリカを比較すると、アメリカは圧倒的な規模感のうえで、多産多死だと思います。つまりたくさんのスタートアップが立ち上がるものの、上手くいくのは一部で、ほとんどが失敗に終わる。起業するための手続きも簡単ですし、さまざまなバックグラウンドを持つ人が起業しています。玉石混交とも言えますが、そのなかで一流のVCは勝ち馬にどんどん張っていきます。
そのエコシステムで優れていると思うのは、人材の流動性です。起業が失敗しても人生が終わるわけではなく、むしろ勝ち馬の会社へ移り、事業の成長に貢献する。そして勝ち馬が大きくなると、そこからまた優秀な人材が外に出て起業する……という好循環が生まれています。
宙畑:SpaceXを辞めた社員が宇宙関連企業に多数起業したり、活躍したりといった実績が生まれていることからSpaceXマフィアという言葉も聞くようになりました。
では、日本の場合はどうでしょうか?
西村:日本は多産多死かというと、宇宙産業に限らず全セクターでそのような傾向は見られません。文化的な要因、政策的な要因など、理由はさまざまにあると思いますが、新規開業数は少なく、廃業率も低い状況です。
日本はそもそもそういう環境なので、宇宙産業においても、新規参入する企業の数は限られています。しかし起業や参入が難しい分、チャレンジする人たちは厳選された質の高い起業家や経営チームとも期待できることもあるかもしれません。
ただ、今後は日本でも更に選別が求められるフェーズには来ていると思います。例えば、宇宙戦略基金やSBIR(中小企業技術革新制度)では多段階選抜方式が採用されています。
その審査で選考から外れた企業が再挑戦するケースもあり、それも意義があることとは思いますし、アメリカのように、選考から外れた企業の優れた技術を持つ人材が他の成長企業にジョインして、より大きな企業価値の会社ができるという流れが生まれてくることも期待しています。
失敗を経験するのはすばらしいことですし、日本でもそれを生かす選択肢があってもいいのかなと思います。
宙畑:政策的な観点での違いはいかがでしょうか?
西村:アメリカは防衛予算が圧倒的に大きく、DARPA(国防高等研究計画局)のように国がトップダウンで「これが必要だ」と決めて研究領域を設定することも多いです。日本の場合、安全保障関連の研究開発はどちらかというと慎重に検討が重ねられる傾向があるように感じます。
日本人は成功事例から学び、それを再現できる傾向があるので、具体的な成功パターンや「こういう勝ち方がある」という価値の生み出し方を示すことが大事だと考えています。
我々ができるのは、そうした実例をつくることだと思っています。
「事業性」を重視する日本の宇宙政策
宙畑:日本とアメリカの違いを伺いましたが、あらためて日本の政策的な取り組みについてはどう評価されていますか?
西村:JAXAや政府の皆さんがすばらしいと思うのは、政策や研究を重視しつつも事業性の評価もしっかりと意識していることです。宇宙基本計画には「国際市場で勝ち残る意思と技術、事業モデルを持っている人を重点的に育成・支援する」と書いてあります。コミットメント(意志)とビジネスモデルですからね、政策文書でなかなか見られない表現だと思います。
宇宙産業が持続的に成長していくためには、研究開発から商業化まで一連の流れでお金が循環する仕組みが必要です。その循環を政府として支援する、という意識が強いのだと思います。
宙畑:そうした意識の表れとして、具体的にどのような変化を感じますか?
西村:例えば、一般社団法人SPACETIDEの代表理事兼CEOである石田真康さんが宇宙戦略基金のプログラムディレクターに就任したことは象徴的です。
西村:コンサルタントとしてこの業界を俯瞰し、グローバルな知見もある石田さんが選ばれたのは、事業性を重視し、産業の持続的発展を本気で考えている人が、政府・JAXA内に多くいるということの現れでしょう。
私も宇宙戦略基金の審査員をやらせていただくのですが、事業性の評価を期待されています。審査員は大学の先生方がほとんどなのですが、そうした評価ができる人間を少なくとも一人は入れようという考えがあるのだと感じています。
宙畑:中国・アメリカの宇宙開発への取り組みと比較して、日本の国策としての宇宙の位置づけをどう見ていますか?
西村:中国やアメリカは防衛予算が潤沢なので、日本と比べて予算を気にせずに研究開発を進めることができます。日本もかつては、研究者が純粋に科学や基礎研究として取り組みたい分野に重点的にお金を投じてきた時代がありました。
アメリカもそうやって大きな予算を使った結果、スペースシャトルのような巨大プロジェクトが生まれましたが、彼らがすばらしいのはその後SpaceXのような民間企業を育てたことです。
日本の場合は、アメリカほどの予算的余裕はありませんし、他国に追いつかなければならない分野も多いため、限られた資源を合理的・戦略的に配分し、選択と集中を行う必要があります。政府の皆さんも宇宙産業を育成しなければいけないという強い意識を持っていますが、政府がずっと支え続けるのは現実的ではありません。産業として持続させるには、民間資金の流入が不可欠です。
理想的な流れは、技術が成熟したら政府が製品やサービスを購入し、それをステップにして一般企業からの需要を活性化し、さらには海外政府からの受注も獲得していくというものです。日本は限られた予算のなかで、実際にこうした賢いやり方を加速しなければなりません。
第1世代の成功から、第2世代へ
宙畑:これからの日本の宇宙産業の成長のため、どういうプレイヤーがどのような動きをすることが重要だと考えられますか?
西村:エコシステムが発展して成長していくという意味では、すべての関係者が重要だと思います。
まず、大学やJAXAが技術を研究し、そこからコア技術や革新的なアイディアを持った起業家が生まれます。その起業家に対して、エンジェル投資家が支援したり、我々のようなシード・アーリー投資を専門とするVCがリード投資家として、最初の資金を提供したりする必要があります。
成功事例が出てくると起業家が増え、我々以外の投資家も参入してきます。私たち自身もファンドを大きくして経験を積み、投資の成功率を更に高めていきます。
リード投資家が次の投資家を呼び込み、より大規模な資金調達を行って、会社に成長してもらいます。そしてここが重要なのですが、日本では大企業のリソースが豊富で、影響力も大きいため、こうした時期にリスクを取って参加してもらえたら、と思います。
日本ではまた、銀行の果たす役割も非常に大きいです。三井住友、三菱UFJ、みずほといったメガバンクや証券会社各社が、リスクを適切に評価したうえで、将来性のある企業については上場に向けた準備や上場後も手厚くサポートしてくれます。これもエコシステムの一部だと思います。
浜野:第1世代の宇宙スタートアップには、先行してリスクを取って支援してきた投資家や大企業がいました。そして現在、その世代の企業の上場が実現してきています。
この実績を見て、新たなVCや大企業が「宇宙産業は日本として積極的に取り組むべき分野だ」「投資対象として非常に魅力的だ」と判断して参入が進むことで、宇宙スタートアップを支援する投資家層がより厚くなり、エコシステム全体が充実していくと考えています。
西村:第1世代の起業家たちが、成功後にエンジェル投資家として次世代を支援することも大事ですね。私が出会った第1世代の成功者たちは、そうした人格や志を持った方々だと信じています。
宙畑:QPS研究所の八坂哲雄先生(九州大学名誉教授)の事例は印象的でしたね。
西村:創業者である八坂先生が、保有するQPS研究所の株式200万株(時価約数十億円相当)を九州大学に寄付すると発表されました。
これは八坂先生の「九州に宇宙産業を根付かせる」という創業理念の集大成とも言える決断です。QPS研究所の成功によって九州の宇宙産業が実際に発展したことを受け、「少しでも恩返しがしたい」として先生自ら働きかけて実現されました。個人の利益ではなく、地域と産業の未来を最優先に考える、本当にすばらしい事例ですよね。
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浜野:エコシステムを発展させる起点として、我々は現在、第2世代・第3世代として挑戦しようとする方々を支援しています。
特に印象的なのは、新しいチャレンジャーが次々と現れていることです。第1世代で成功した方が新たな分野に挑戦したり、まったく異なる業界出身者が宇宙産業に参入したり、学生たちも先輩の成功事例を見て起業に手を挙げるケースが増えています。
既存のエコシステムの内部からも外部からも新しい挑戦者が生まれ続けることは、業界全体の発展にとって非常に重要だと考えています。
日本の宇宙産業は今まさに2周目に入り、関係者全員が同じ船に乗って産業全体を発展させていく段階に来ています。いい流れが生まれてきているのを感じますね。
後編では、投資判断の具体的なプロセスに焦点を当ててお話を伺いました。上場を果たした5社への投資を決定する際、何を最も重視したのか。また、IPOとM&Aという2つのEXITの選択肢、大企業との協業のあり方、そして第2世代・第3世代の宇宙スタートアップに対する期待とは。
Frontier Innovationsが主催する宇宙スタートアップ 起業家・CXO 育成プログラム
Frontier Innovationsでは、宇宙領域での起業やCXOとしての経営参画を目指す方を対象とした育成プログラムを開催予定とのこと。
受講期間は2026年3月12日から5月28日まで、隔週木曜日の19:00~21:00開催で全6回のプログラムとなっています。募集人数は最大30名で申込の〆切は2月27日まで。
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