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ビジネス事例

不動産×宇宙(人工衛星利用)、現状と事例【宙畑業界研究Vol.4】

様々な業界と宇宙の関係を紹介していく【宙畑業界研究】の連載第4回は、不動産。不動産業界の今と衛星データ活用事例を紹介します。

宙畑では宇宙ビジネス(主に人工衛星利用)の可能性を探るため、様々な業界と宇宙の関係を紹介していく【宙畑業界研究】の連載を行っています。

第4回目となる今回のテーマは「不動産」です。不動産というと「不動産投資」「土地開発」といった言葉が思い浮かびますが、不動産ビジネスは多岐にわたります。

本記事では不動産市場について、その分類と国内外の市場規模について概観を紹介し、衛星データの活用事例と今後の展望について紹介します。

(1)不動産市場の現状

世界の不動産市場規模は約1,027兆円

まず、不動産市場規模の概況について解説します。日本は、アメリカ、イギリス、ドイツ、中国と肩を並べる不動産大国であり、MSCI(モルガン・スタンレー・キャピタル・インターナショナル)の「REAL ESTATEMARKET SIZE 2019」によれば2019年の商業用不動産世界市場は9.6兆ドル(日本円で約1027兆円)です。アジアやアフリカなどの発展途上国を中心に今後も市場は成長していくと考えられます。

横軸が年次、縦軸がUSD Billion Credit : MSCI

日本国内の不動産市場規模は43.4兆円

次に日本国内の市場規模について、下記のグラフは日本の不動産業の売上高推移を示したもので、2008年のリーマンショックにより落ち込んだ分を取り戻し、2017年度には43.4兆円となっています。

「不動産業ビジョン2030参考資料集」より不動産業の売上高の推移 Credit : 国土交通省

成長を見込む不動産市場ですが、不動産業界を取り巻く環境は大きく変化しています。少子超高齢化が進む日本においては、高齢単身者世帯の増加や、不動産そのものの老朽化、空き家・空き地等の遊休不動産の増加など多くの社会課題が顕在化しているのです。

また、新型コロナウイルスの影響により、在宅ワークなど多様な働き方が広がりつつあり、都心から地方への移住を検討する人も出てきており、内閣府が、都市圏から地方移住への関心の変化について年代別・地域別に調査したところ、最大35%が「関心が高まった」と回答。今後は消費者の需要にも変化が見込まれます。

(2)不動産市場の分類と課題

では、不動産業界とは具体的にどのような業界なのでしょうか。その分類と概要、課題について本章で紹介します。ここでは国内にフォーカスし、「不動産業ビジョン 2030~令和時代の『不動産最適活用』に向けて~」を参考に、不動産業のバリューチェーンごとに①調査、②開発、③流通、④管理、⑤賃貸、⑥不動産投資・運用の6つに大別して解説します。

1.調査

不動産業における調査とは、開発着手前に開発候補地の状況を多面的に把握するために行います。データを用いて周辺環境を分析したり、法律面の確認を実施したりした結果を報告書に纏め、開発可否の判断を行います。
   
調査のためには、予め開発候補地に担当者が何度も赴き、地場の仲介会社と情報交換をしたり、管轄行政にて謄本を調査したりした上で地価の鑑定や開発交渉に臨むことが繰り返されています。

さらに、こうした行政手続きや地主との交渉は紙で行うことがほとんどで、都度対応しているため過去のデータを集めるだけでもかなりの工数がかかっており、デジタル化に課題があるようです。

2.開発

不動産開発とは、土地の取得等を行い 、住宅やオフィス、商業施設等の建築物の造成・分譲を行う事業のことを指します。国内における建築物それぞれの開発・分譲推移については以下のようになっています。分譲住宅の着工戸数について、戸建て・マンションともにリーマンショックにより大きな落ち込みを見せたのですが、その後、戸建てはリーマンショック前の水準並みに回復し、2017年度は約13.8万戸となっています。

一方、マンションの戸数は約10.8万戸となっており、未だリーマンショック前の水準には戻っていません。

オフィスについては、東京・大阪・名古屋の三大都市圏や札幌・仙台・広島・福岡など地方主要都市においては、賃貸オフィスビルの空室率は回復傾向にあり稼働率がリーマンショック以前の水準に戻りつつあります。

都市開発については、2010年代以降、都市再生事業に併せて、公共施設の開発が進み、オープンイノベーション拠点の設置等といった多様化が進み、地方では従来のような駅前や郊外大規模遊休地の再開発・整備から、地域住民の住環境に寄り添う事業の占める割合が増えています。

オフィスビルや都市の開発など大規模化すると、数年~十数年かかることも多く、開発進捗や建設業者などの管理が複雑化していきます。更に近年は、周辺環境や生活者ニーズの変化速度が早まっており、調査段階の想定とは異なる商圏となるリスクもあります。

3.流通

不動産流通業は、不動産の売買・賃貸借の媒介・代理等を行う事業です。該当する事業者の多くは、地域密着性の高い中小規模事業者であることが特徴です。

国の制度に基づくシステムを用いて取引が行われており、近年では、消費者への情報開示も進み、自ら不動産ポータルサイトなどインターネット等で物件探しを行い、その情報を得ているという人も多いでしょう。

また、住宅分野では、特に首都圏の不動産価格の上昇を背景に既存住宅の流通割合が大きくなっており、中古マンションの成約件数が新築マンションの販売戸数を上回り続けています。

そのため、建物状況調査や住宅瑕疵担保責任保険への加入など仲介業務に関連する周辺サービスの充実がより求められています。

4.管理

不動産管理業は、不動産所有者に代わって住宅・オフィス・商業施設等の建物・設備の補修・点検などのハード面、及び、テナント募集・賃料回収・苦情処理などのソフト面の両面の管理を担っています。不動産の資産価値を長期的に維持・向上させる上で重要な業態です。

賃貸住宅においては、借主と貸主(所有者)の利益保護を図るための仕組みがあり、分譲マンションの管理についても法整備が行われ、管理業務主任者の設置義務化等が定められており、民泊の管理についても国の登録制度が開始されています。

近年では、管理事業者が、貸主(所有者)に一定の賃料収入を保証するとした上で物件を一括で借り上げ、これを第三者に転貸する、いわゆるサブリース契約に関するトラブルが多発しており、賃貸住宅管理業の適正化を図ることが喫緊の課題です。

その他、マンションにおける建物管理者及び居住者の双方で高齢化が進んでおり、修繕積立金の不足や管理組合役員不足等も発生しています。

また、現在は新型コロナウイルスの影響により一時的に消滅しているものの、急増していたインバウンド需要の受け皿の一つとして、より適正な管理の元での民泊の運営・普及が求められています。

5.賃貸

不動産賃貸業は、住宅・オフィス等の不動産賃貸を行う事業です。不動産における”所有”から”利用”へという流れを考慮すると、賃貸不動産に対する借り手のニーズは、今後一層多様化すると考えられます。

賃貸住宅やオフィスを希望する借主の利便性向上が、事業者にとっての売上に直結するため、多様化するニーズの把握・実現が求められます。例えば、最寄り駅から建物までの距離だけでなく、コロナ禍の経験により新たなニーズとして顕在化した「非接触」や「ソーシャル・ディスタンシング」に関連して、最寄り駅の利用者数や混雑の迂回手段、医療機関をはじめとした周辺施設の掲載も必要となるでしょう。

6.不動産投資・運用

2000年に不動産証券化に関する制度が確立し、不動産への投資は急拡大しました。不動産の価格上昇に対する期待ではなく、資産が生み出す価値に着目して不動産投資が行われるようになるとともに、証券化手法の活用により、一定の流動性が付与され、多数の投資家の参加を得てリスク分散を図ることが可能となったためです。

不動産投資市場のさらなる拡大には、資産価値の高い不動産の販売・良質な不動産ストックの形成を促し、資産価値の維持・向上のための不動産管理の徹底が求められます。これらは人が集まる魅力的な都市・地域づくりにもつながり、不動産業界全体の発展にも密接に関係しています。

(3)不動産x人工衛星利用の事例紹介

不動産業界の様々な課題に対し、冒頭で紹介した通り、テクノロジーを活用することで課題解決やビジネス化を実現するスタートアップが多数出現し、不動産テック/PropTech/ReTechなどと呼ばれています。

AIやIoTをはじめとするテクノロジーにより、不動産に関わる業界課題や従来の商習慣を変えようとする動きがあり、大手からスタートアップまで参加している不動産テック協会が主催するオンラインセミナーイベント「The Retech Week 2020」では、発表された最新の不動産テックカオスマップには352もの不動産テック企業が掲載され、カテゴリも多岐に渡っています。

そのなかでも人工衛星データ分析を活用した不動産ソリューションを提供するスタートアップも出てきており、特に投資家からの注目を集めているグローバルプレイヤーを以下にていくつか紹介します。

■roofr

roofr社は航空写真/人工衛星画像を利用し、即座に屋根の修繕費用を見積り、業者と顧客を繋げるサービスを提供しています。直接家まで訪れずとも見積もりができるようになったことで、業者にとっても工数削減につながり、修繕依頼者にとってもすぐに見積もりを無料でとってもらえるのはありがたいですね。

アメリカ国内でビジネスを展開し、屋根の張り替え作業の効率化と市場の透明化を長期的な目標と定めています。

■Orbital Witness

Orbital Witness社は高解像度の人工衛星画像を時系列で収集して分析することで、不動産売買時の法的評価の効率化を支援するサービスを提供しており、不動産に関するデューデリジェンスを行う法律事務所で採用されています。roofr社の事例と同様、これまで現場に赴いて法的評価をしなければならなかったものが離れた場所でも評価できるようになる、もしくは、事前にポイントを押さえたうえで現場に行けるようになり、業務の効率化につながっているようです。

また、不動産取引における情報の即時性と信頼性の両方を重視し、自社の不動産インテリジェンスプラットフォーム上で、複数のWebサイト及びデータベースから物件に関するライブデータをリアルタイムで収集し、衛星画像解析と組み合わせて道路や土地の所有者情報を提供するサービスや、土地開発履歴などの独自分析、結果の可視化といった様々なソリューション・サービスの開発・提供を行っています。

■Orbital Insight

Orbital Insight社はアメリカを拠点とし、NASAでロボティックスおよびAIの研究に従事していた、ファウンダー&CEOのJames Crawford氏を始め、エンジニアやPhD取得者など高い技術的リソースを持つ企業です。資金調達の投資ラウンドではシリーズDで、ビジネスモデルが確立され、大きくビジネスを拡大しているフェーズにあります。

精度の高い不動産特性分析や生活パターン分析などを用いた不動産デューデリジェンスサービスを展開し、アメリカ大手ファーストフードチェーンのタコベル社が出店戦略に利用した事例などがホームページ上でも紹介されています。

(4)不動産と宇宙の未来

不動産x人工衛星データを活用したビジネスは今後も広がりを見せていくでしょう。ここではアイデアを纏めて紹介します。

ここでは先ほど紹介した不動産業界の分類と重複する言葉もありますが、不動産業界のバリューチェーン・プロセスを横軸に、都市や地方を管轄する行政組織・地方公共団体からエンドユーザとなる借主まで関連プレイヤーを縦軸に以下のように分類する形で事業アイデアをマッピングしました。

さらに、アイデアの中でもスタートアップなどにより既に実現されている事例については、調べられる限りでプレイヤーと紐づけ、事例があることがわかるように示しています。

すでに事例があると調べられたのは不動産大国である日本・アメリカ・イギリス・ドイツの企業が目立ち、小型SAR衛星の開発運用も行うICEYE社も不動産業界でのビジネス展開を進めているようです。

また、不動産市場における衛星データ活用事業は先進国に限らず、すべての国に横展開できる可能性のある事業です。衛星データの撮像頻度や解像度にまだまだアップデートが見込める現状において、チャンスがある業界とも言えます。

これはあくまで筆者の仮説ですが、特にBtoBの領域、そして再開発を含む不動産開発の前に衛星データ活用のヒントが多くあるように思います。ビルや都市などの大規模開発におけるアセスメントであれば調査の段階からある程度のコストをかけることができ、比較的高額とされる人工衛星画像の活用と費用対効果が見合うのではないかと考えられます。

また、今回は取りあげていませんが、航空機やドローンによる空撮で取得した画像データをもとに同様のソリューションを展開するプレイヤーも多数存在しています。
※人工衛星・航空機・ドローンのデータの違いについては、「衛星データもIoTの一つ?航空機・ドローンとの比較と事例紹介」をご覧ください。

今回紹介したように、不動産業界におけるデータ活用については、規模が大きく、消費者である私たちにとっても直接恩恵を受けられる可能性があります。私たちの生活に衛星データが自然と組み込まれていく未来もそう遠くないでしょう。

編集後記

以上、不動産業界の今と分類について、また、不動産業界における衛星データ活用についてまとめました。

今回、不動産業界における衛星データ活用事例をまとめて感じたのは、日本と海外との不動産業界の特徴が大きく異なるということ。例えば、日本では新築に価値を感じられる傾向がある一方で、屋根修繕の見積もりサービスroofrのようにアメリカでは住宅の資産価値をいかに守っていくかということがとても重要です。このように国によって衛星データの使い方に違いがあることはとても興味深いポイントでした。

また、国は違えど共通しているのは、不動産業界のアナログな部分、つまり、人海戦術に頼っていた部分を衛星データが代替し、コスト削減・効率アップにつながっているということ。新しく土地を購入するとき、屋根の修繕を依頼されたときなどにこれまでは実際に現地に人が訪れる必要があったところを離れた場所から衛星データを確認して特定の土地・建造物の評価ができるようになっています。

そうして空いたリソースを違う業務に向けて、新しいビジネスにさらに注力できるようになってくるのでしょう。現時点で衛星データに限らず不動産テックと呼ばれるベンチャーは年々増加しています。また、大手のデベロッパーも不動産テックベンチャーと一緒に新たなエコシステムを作ろうとしている大きな流れができています。衛星データに限らず不動産業界に関する様々なモノ・コトがデータとして蓄積されていくことで今後続々と面白い不動産ビジネスが生まれてくるでしょう。

今後の不動産業界の動きを宙畑でも注意して追いかけていきたいと思います。

次回の「宙畑業界研究」は保険業界を予定しています。お楽しみに!