宙畑 Sorabatake

ビジネス事例

「結果が出なかった時期も、駄目だなとは全然思わなかった。」海外のトマト栽培を変えるカゴメxNECの新規事業に迫る!

カゴメ×NECで進める、トマト営農への衛星データの適用について、その道のりから詳しくお伺いしました!

トマトケチャップ、トマトジュース、野菜果実ミックスジュースで国内シェアNo.1を誇るカゴメ株式会社。実は、これらの商品に使うための加工用トマトの生産も行っているって知ってましたか?

そして、2015年からは日本電気株式会社(以下、NEC)と共同でポルトガル、オーストラリア、アメリカなど様々な地域でIT技術を使った営農ソリューションの検証に取り組んでいます。

トマト生産とNECってどんな関係があるの? プロジェクトの背景と実証結果を、宙畑編集長の中村が、両社のキーパーソンにじっくり聞いてきました。

▼中田健吾さん/カゴメ株式会社 スマートアグリ事業部長
1993年カゴメ株式会社入社、農業研究開発に従事後、事業開発部門にて海外企業との戦略提携等を担当。10年前より欧州在、現在カゴメアグリビジネス研究開発センター長とスマートアグリ事業部長を兼任、在ポルトガル。

▼堤川緩さん/カゴメ株式会社 スマートアグリ事業部(2020年よりNECから出向中)
日本電気入社後、一貫して海外向け事業のマーケティング、事業開発を担当。2011年より5年間NECヨーロッパに出向し、海外起点の社会ソリューションの新規事業開発担当として農業事業の事業立ち上げを実施。 2020年4月よりカゴメに参画し、事業責任者として、戦略策定や組織構築、カスタマーサクセスに従事。

▼大木紀佳さん/日本電気株式会社 コーポレート事業開発本部
2008年NEC入社、様々な社会課題をテーマに新事業開発に従事、最初のテーマは高齢化教育分野でロボット新事業企画開発、2015年より農業ICTプロジェクトにビジネスデザインメンバーとして参加し「CropScope」を欧・米・豪州へ展開中。

(1)カゴメのトマト生産の取り組みと課題

カゴメは国内と海外それぞれでトマトを生産

中村:まずはカゴメで行っている、トマト栽培について教えていただけますか。

中田:日本では主にトマトジュース用のトマトを作っています。契約栽培をベースにして、農家の方に作っていただいて、カゴメが購入して、トマトを絞って商品にしていきます。

海外で調達する加工用トマト Credit : CropScope

海外では、ケチャップやトマトソース、スープなどに使うトマトを調達しています。海外もいくつか拠点があって、今回お話するポルトガルではカゴメの子会社であるHITという会社を拠点にして、契約栽培を行っています。

中村:HIT社がポルトガルの農家さんと契約をして、トマトの栽培はそれぞれの農家さんが行われているということですね。

中田:そうですね。アグロノミストという、調達のための指導をする部門はあって、農家の方とコミュニケーションをよく取りながら、変な農薬とかが入ってこないようになどの管理をしています。

トマト栽培の難しさ

中村:トマトを栽培するときに注意しなければいけないポイントはあるのでしょうか。

中田:トマトは比較的栽培が難しいと言われています。病気にかかりやすいし、害虫もいっぱい出ます。あとは、雨とか湿気に弱いということもあります。

それ以外にも、土壌の選定から、土壌の準備、また、トマトの場合、ほとんどは苗を定植するので、健全な苗の準備や、定植したあとの成長の段階に応じた適切な肥料の量と質の管理が必要……と、管理がすごく難しいです。

さらに難しくしているのは、海外ではトマトを露地で栽培しているので、外部環境が日々変わるということ。雨が降ったり風が吹いたり、曇ったり、気温が低くなったり、急に暑くなったり、そういったことに臨機応変に、水や肥料、あるいは農薬なども使って管理していく必要があります。

このあたりは従来は各農家さんの経験と勘に基づいて行っていたので各農家さんに差が出ていました。そのため、ITを活用して、誰でも簡単に適切な管理ができるようにしていくというのが、やりたいことの1つでした。

営農指導と海外での課題

中村:各農家さんの栽培状況をどのようなに管理をされているか、詳しく教えてください。

堤川:カゴメのような加工会社では、農家さんから契約をしてトマトを買い上げる時に、いくつか買い上げのパターンがあります。大きく分けると、営農指導をある程度するパターンと農家にお任せするパターンの2つです。

ただ、どちらにしても最終的に畑の判断をするのは農家さんなので、今までの経験と勘に頼った農業をやっていくところが多かったですね。こうなると、加工会社側では原料のトマト調達が農家さんのスキルに依存してしまい、安定的にならないという課題があります。

これを解決するために、人手を掛けて営農指導をするのですが、今度は別の課題に直面します。海外では、限られた営農指導者が広大な数の畑を見るというところが難点です。

例えば、1番大きいポルトガルの農家さんだと、トマトの畑の面積が600ヘクタール(東京ドーム120個!)というサイズになっています。

営農指導する加工会社の営農指導者が3人いたとすると、契約農家が60農家ぐらいいるので、1週間に1人20農家ずつ回らなければいけない──農家の数で20なんですけど、畑の数はもっとあるので、これは見切れないよねというわけです。

目指したのは「Low Input/High Output」な農業の実現

堤川:こういった課題を解決する策として、AIや衛星データなどのIT技術を使って、営農指導の管理コスト削減や農家さんとのコミュニケーションの活性化を図っていく、というのが私たちのソリューションです。

生産現場のほうでは、暗黙知でやっている農業を形式知化して、それをAIに学ばせることで、誰がやってもある一定以上の結果を出せるようにするとか、そこに近づけていくために圃場の情報を一元化して集約して、農家さんに見せることで営農判断を早くしてもらうとか、そういったものをソリューションとして提供しています。

中田:カゴメがやりたかったのは、「Low Input/High Output」の実現です。

農家さんとしては、たくさん収量をあげたいから、必要以上に水とか肥料をあげてしまって(=High Input)、結果として、作物はたくさん獲れるんだけども、無駄なリソースの投入をしていて、長い目で見ると環境に対してサステナブルな農業になっていないということは、日本も含めてどこの国でも散見されるんですね。

そうではなくて、もっと効率よく、最低限の──「Low Input」なのか「Optimum Input(最適なインプット)」なのか──もっと効率よく農業をやることで、中長期的に安定性のある農業を実現していきたいと考えています。

(2)NECとの出会いと最初のチャレンジ

面白そうだから、もうやっちゃおうよ

中村:本プロジェクトの経緯について最初の出会いから教えていただけますか。

堤川:昨年2020年にカゴメの中で事業部が立ち上がったのですが、それまでに5年かかっています。

2015年に欧州で私と中田さんは出会っているのですが、ポイントはまさに「タイミングとお互いにやりたいものが補い合って合致した」というところです。

カゴメでは、トマトの栽培に合う地中海の気候ということで、ポルトガルに研究センター(アグリセンター)を作り、栽培自体をよくしていきたい。さらに、そこで開発したカゴメのメソッドを、海外で展開していきたいとも考えていました。

我々NECとしては、IT企業ですので、ITの強みである「簡単に広範囲に広げていく展開力」を活かして、グローバル事業を展開していきたいという思惑があり、私は農業分野の担当として事業の立ち上げを行っていました。

このように、ちょうどお互いの持っているビジョンが「まさに求めていたものだね」みたいなところがあって、「面白そうだから、もうやっちゃおうよ」みたいなノリになり(笑)、話が一気に進みました。

思った通りには行かなかった最初のアプローチ

中村:最初はどういったことから着手されたのでしょうか。

堤川:ステップを踏んで検証していこうということになりまして、NECの持っているサービスのコア技術を検証するところから始めました。

初年度である2015年は、データ収集をして現地の傾向を把握しました。そして、翌年2016年に、プロトタイプの一歩手前の、研究所から出たばかりの技術を用いて、まずは小規模にやってみようということで、現地で興味を持ってくださっている農家さんを巻き込んでの営農レコメンド機能の検証をしました。

結果としては、率直に申し上げますと、やっぱり技術だけじゃ無理だね、ということになりまして…

技術というのは、集めてきたデータをクラウドの分析プラットフォームにかけて、そこで作物モデルを作成、生育シミュレーションを実施し、最適な営農というのをアドバイスしていくものでした。

当時はまだ機械学習は入れていなくて、(教科書的な)生育シミュレーションだけでいい作物を作る──つまり、たくさんデータが集まってくれば、人を凌駕するような営農手法がすぐ見つかるはずだ、というのでやっていたんですけど、それがやっぱり思った通りにはいかなかった、というのが最初のチャレンジの結果になります。

(3)匠の営農と出会い、そして事業化判断へ

きっかけは、誰よりもトマトを上手く作れる匠の存在

中村:それから数年をかけて本格実用にいたってますね。上手くいくきっかけとなったのは何だったのでしょうか。

堤川:2016年の自分たちの結果が全くふるわない横で、ある農家さんが、ポルトガルの平均収量がヘクタールあたり90トン程度のところ、145トン超えの記録を出したという方がいらっしゃっいました。その方は匠の営農技術を持った方で、現地の農家さんが皆、一目を置く存在でした。

中田:もう40年ぐらい、トマトの世界に携わっているような人ですね。たまたま、ポルトガルに研究センターを作ったときに、この方と出会って交流を深めていました。

堤川:彼の結果と自分たちの結果を見て、我々は技術的なアプローチを変えるべきだねとなり、匠の営農データに的を絞って蓄積、さらに機械学習をしていき、匠の営農技術をAIの中に取り込むというのが次のアプローチになりました。

匠の営農技術をAIの中に取り込む

Credit : CropScope

中村:「匠の営農データを蓄積」から「機械学習」まで、期間にして2シーズンぐらいだと思うんですけど、その中でいいデータが取得できて、実際に実用化までいけたというのはすごいですね。

堤川:リアルタイムでデータを取るということも1つですし、あとは過去データをご提供いただいていたというのも大きかったです。

1番重要なのは、横で検証してもらいながら、「自分と違和感あるところってどういうところ?」とか、「営農判断をするのにどういったポイントを見てやっているの?」というような項目を、当時のカゴメの研究センターのほうから出してもらったりしていたので、効率的に、機械学習を進められました。

中村:具体的にどういったデータをご提供いただいていたのでしょうか。

堤川:「営農ポリシー」という言い方をしているんですけども、まずシーズン全体で、水を多めにやるタイミング、少なめにやるタイミングはどこかというような、全体の把握をしました。

作物の生育シミュレーションでは、作物のストレスをまず出して、必要な水の量、肥料の量を計算するんです。ですが、作物を上手に育てるのに、ストレスで0で絶対にいいかと言ったら、そういうわけでもなくて、収穫期が近づいてきたら水の量を減らして糖度を上げるとか、シーズン最初の方でも、あえて水の量を減らすことで根が伸びるので生育を助けるといったノウハウがあります。

そういった「営農ポリシー」を、一つずつ聞いていきました。

これには深いインタビューが必要で、我々の営農パターンを見せて、「これ見てどう思いますか?」という質問もあれば、実際に横でやったのを見てもらって、リアルタイムで「これはおかしい」って毎日指摘してもらうこともしました。

あるいは、匠がやっている営農パターンをまず我々のほうでモデルの中に入れさせてもらって、それをグラフで見せたときに、「なんでここは水を減らしているの?増やしているの?ちょっと教えて」というのを我々の研究者がヒアリングするとか。そんな地道な作業の連続です。

その後、データが蓄積していく中で、実際にパフォーマンスがある程度出てきて、技術的には目途が立ったというのが2019年で、並行して事業化の検討を行い、事業化に踏み切って現在に至ります。

匠の協力の秘訣はサステナブルな農業への共感

中村:こういった機械化・AI化ということを進める時に、実際にノウハウを持たれている方の協力が非常に重要だと思うのですが、一方でノウハウを持った方からすると、「自分の仕事を奪われてしまう」といった危機感もあり、なかなか上手く行かないケースも耳にします。今回のケースで、匠の農家さんはどうしてそんなに協力的だったのでしょうか。モチベーションはどこにあったのでしょうか。

中田:トマトを上手に作るということが好きで、こういった技術とか新しいことが好きで、それでいいものを作るために協力してくれたという感じですかね。自分の知っている知恵は全部、惜しみなくみんなに伝えたいという貢献意識もあったのかなと。

大木:カゴメが掲げる「Low Input/Hight Output」というコンセプトにもとても共感してくれたところもありそうですよね。それがサステナブル(持続可能)な農業につながることもよく分かっていらっしゃるというのもあって、それをITとかAIを使ってできるんだったら、というところでモチベーションを持たれているのかなと感じました。

中村:衛星データやAIなどの技術に対して実際に触れられた時の匠の営農の方の反応はいかがでしたか

大木:匠は自分の足で畑をくまなく歩かれるので、「やっぱり衛星で見てもあそこはいいと思っていたけど、やっぱりいいね」「あそこは悪いと思ってたけど、やっぱり悪いね」みたいなことで、ある意味自分の持っている感覚と衛星データが合っているので、そういう意味でそんなすごい驚きとかはなかったというか、「ふんふん、使えるね」という感覚を持たれたんじゃないかと思います。

堤川:AIの解析の結果、「今回この畑の収量はとてもよかったんですけど、一部このタイミングの営農を改善しておけば、さらに上がったかもしれません」みたいなことを言ったときに、「いや、俺もそこはもうちょっと改善できると思っていたんだよ」みたいなことはありましたね。

懐疑的だった周囲が変わってきた潮目

堤川:ちなみに補足しておくと、2015年の段階で中田さんはノリノリでしたけど、社内の他メンバーや現地の農家さんの多くは懐疑的でしたよ(笑)

だいたい農業の業界の方って、やっぱりこういった技術がやってくるって、ちょっと「自分の仕事が取られるんじゃないか」とか、そもそも「怪しい」とか、「ITの会社はちょっと来てやって、駄目だったらいなくなるから信じちゃいかん」みたいなのが根底にあるので、けっこうこの5、6年間、ポルトガルの農家さんと付き合ってきたっていうのは、ある意味農家側からの信頼を得るとか、協力してくださった方の協力を得るというところに関してはプラスに働いているかなというのは正直あるかなと思います。

中田:ITの世界って事業開発のスピード感が違いますもんね。まぁよくNECさんが辛抱してくれて、ここまで来ましたよね。

堤川:NEC側で辛抱強くやったのもそうですけど、やっぱりカゴメ側で信じてこれをやっていこうという場を作ってくださった中田さんがいてこそというのもあるので、そういったところの組み合わせなんじゃないかなと思います。

中田:結果が出なかった時期も、駄目だなとは全然思わなかった。コンセプトである「暗黙知の形式知化」というところが絶対的な価値ですからね。だから工夫、改良を加えていけば絶対にそういう世界が来るというのも容易に想像できるし、現に今、この分野の競合も世界中に出てきています。だから、やっていることは正しいと思っていたので、だから特に一緒に共同開発していくというスタンスは最初から全くブレませんでしたね。

(左)一般農家さんによる営農(右)営農アドバイスに基づいた営農。右側の方が赤く熟したトマトが多いことが分かる。 Credit : CropScope

中村:そういった懐疑的だったところから、変わってきた潮目みたいなところはあるんでしょうか。

中田:潮目が変わったのは、2018、2019年の活動で改良できて検証で成果が出てからですかね。NECさんが一部サービスを正式リリースして積極的な姿勢だったことも下支えとなって、カゴメの経営側としても「これはうまくいきそうだね」「これは期待できるね」となって、2019年に「事業として一緒にやっていこう」という判断になりました。

(4)使用している技術と実際に何が変わったのか

農業ICTプラットフォーム「CropScope」ソリューション概要

中村:では、リリースされた農業ICTプラットフォーム「CropScope」についてお伺いしたいと思います。どのような技術が使われているのでしょうか。

堤川:使用しているデータは、衛星データ、リモートカメラ、農業センサ、営農データです。営農データを取るところは、NEC側でアプリケーションを開発していて、モバイルアプリケーションとWebアプリケーションを使っています。農業センサに関しては、土壌のセンサと気象センサを使っています。

サービスとしては、プロダクト名を「CropScope」としていて、クラウド上に情報を一元化していって、みんなで情報をシェアしていくことで、お互いに気づき合いながら成長していこうというコンセプトです。

圃場管理機能を基本サービスとして、オプションとして病害管理機能や、将来的にはAI営農アドバイスも機能としてリリースしたいと考えています。

海外のトマトの営農では、点滴灌漑(ドリップイリゲーション)という方式がよくとられていて、水をめぐらせるチューブに液体の肥料を入れ込んでいるので、頻繁なコントロールが可能になっています。

この肥料の量やタイミングが最終的な収量に与える影響が大きいので、将来的には、AIがそれを自動判断して、チューブに入れる液体の肥料を調整し、自動で営農を実施するということを露地で実現していきたいと考えています。

中村:これが実現すると、もう自分で畑に行かなくてもよい時代が来るということですよね。すごいですね!

衛星データ利用のメリット

衛星データでみた圃場の様子 Credit : CropScope

中村:今は衛星データを利用されていますが、ドローンを使うことも検討されましたか?

堤川:もちろんドローンも使っていたんですけれども、サービスとして実用化していくということを考えたときに、フライトを何本も飛ばすのは、コスト的にまだ難しいというのと、あとは衛星データの解像度が上がってきていたので、我々としては衛星をメインに使っています。

中村:具体的に今はどの衛星データを使われているのでしょうか。

大木:欧州の衛星で、無料公開されているSentinel-2という衛星のデータを使っています。

中村:Sentinel-2の解像度は10メートルだと思いますが、十分に今回使えているということですか?

堤川:そうですね。バランスなんですけれども、海外の大きな畑ならばなんとかなります。今、国内でも試験運用しているんですけど、国内は粗く見えてしまうので、ちょっと難しいねという話をしています。あとは梅雨どきにデータが取れなかったりするので、そのあたりが課題ですね。

大木:衛星の利点は、日本とは全然違うサイズ感の広大な敷地をワンショットで撮ってもらえて、それを無料で見られるという点、また、Sentinel-2の場合、画像が5日おきに撮影されるというところで、必要な頻度と広さを満たしているという点があります。

本来であれば5日よりもうちょっと細かい頻度で見たいなというお客様もいらっしゃるんですけど、トマトの生育期間が120日程度なので、その中で5日おきに衛星で植物の生育状況が見られる。しかも、自分の目で見ようと思ったら、どんなに遠くても歩かなきゃいけないのがあるんですけれども、それが空からしっかり見られるというところで、かなりメリットが大きいんじゃないかなと思います。

ソリューションによって得られたもの

中村:実際に農家さんが「CropScope」を使うことで、得られたものはありますでしょうか。

大木:水や肥料や農薬を判断するために必要な情報を、畑をくまなく歩かなくても集められるというところで、時間的なメリットがあったと思います。やるべきところに集中できるということですね。

堤川:生産者さんの目指すものってすごくシンプルで、先に紹介した「Low Input/High Output」なので、「水・肥料をAIがやってくれるんだったら俺は違うことするぞ」っていう、シンプルなロジックで、たぶん終わりなきより良い営農への探求というところに時間を使っていくというイメージですね。

(5)ビジネスモデルと差別化ポイント

加工会社を顧客にしたサブスクモデル

中村:そろそろ、ビジネスの方のお話もお伺いしていければと思います。まずはビジネスモデルについて、教えてください。

堤川:ビジネスモデルに関して言うと、トマトの加工会社をターゲットにサービスを展開していて、サブスクリプション(定額)モデルで、シーズンごとにヘクタール単位でサービスフィーをいただく形態です。基本サービスであればヘクタールいくらで、これに病害リスク予測やAI営農アドバイスのサービスをアドオンしていく形をとっています。

加工会社を顧客にする理由は、1軒1軒の農家さんをターゲットにすると対応にものすごい工数がかかる話だというところと、カゴメは加工トマト業界で認知度がありますしNECもBtoBビジネスが得意という点があります。

あとはサービスの特性として、情報を一元集約してみんなで気づき合って成長していくというコンセプトなので、農場の規模が大きくないと効果が現れにくいといということもあります。加工会社でその傘下の農家さんを一気に囲い込んでいくことで、よりソリューションの効果を感じていただきやすいと考えています。

中村:現状のソリューションの導入状況についても教えていただけますか。

堤川:過去6年間の中で、可視化のサービスが広がりを見せていて、2015年から累計で11,000ヘクタールにこのサービスが入っているんですけれども、そのうち2021年度は、この半分の5,500ヘクタールぐらいの面積が単年で契約していただけている状況です。

昨年は6,000ヘクタール、その前が3,000ヘクタールというところで、ペースとしては倍、倍ときており、本格化の兆しが見えてきたというところで、関係者としては非常に嬉しい状況です。

差別化のポイントはAI営農コンサルティング

中村:他社とのサービスの差別化という意味ではどんなことを考えられていますか。

堤川:単に衛星情報を数値化して生育情報を見るようにするっていう話だけでは、サービスとしてありふれてきているので、差別化が少し難しくなっているというのはあるかと思います。

なので、衛星データだけで可視化するサービスというよりは、病気の対応や営農のコントロールなど複雑な部分まで、全部組み合わせて対応するサービスの提供をすることが大切です。そこにいち早く入って、シェアを獲得して、参入障壁を築いていきたいというのが戦略です。

中村:先ほどもAIによる自動営農のお話がありましたが、この点での差別化ポイントはどういったところになりますでしょうか。

堤川:さらなるデータの蓄積に加えて、短期間にAIを強化していく必要があると思います。データから学んで強化するだけでなく匠の営農をやっている方のインサイト(知見)まで踏み込み営農判断のポイントなどのインタビューを時間を取りながらやっているので、どこまで踏み込んでAIを強化できるかがポイントだと思います。

(6)今後の展望

トマトペーストの需要拡大が見込まれる国でのトライアル

中村:最後に今後のお話についてお伺いします。今後、世界的に見て、人口が拡大していくことに伴って、トマトペーストの需要が増えていく国はどんなところなのでしょうか

中田:人口の増加に伴って、例えばアフリカなどが将来的にはかなり消費の拠点になっていくという予想はできます。特に、西アフリカは伝統的にトマトのペーストをすごく食べるんですよ。だけど、自分たちで作れないから、安価なものを輸入して、それを薄めて食べている。

消費のポテンシャルがあって、なおかつ将来人口が増えて、経済も良くなってということを想定すると、長い目で見ると、将来大きな消費拠点になるのではないかと考えています。なので、カゴメはセネガルで現在、小規模ですが、加工用トマト事業を始めています。

中村:ポルトガルでの事業で構築したモデルとITの力を使って、これまでよりも短期間で、セネガルでのトマトの栽培がうまく行くようになったら良いですね!

日本でも露地栽培への活用も期待

中村:「CropScope」の事業化が進んでいる中で、カゴメの中で「今後こういうこともできるんじゃないか」という声は上がってきていますでしょうか

中田:「海外でこんなことができているんだったら、国内でも活用、検証してみようよ」という機運が上がってきて、2020年から2021年にかけて──2021年はさらに前年に比べて規模とか場所の数を増やして、CropScopeの可視化を中心とした展開をかけています。

堤川:カゴメの中に起こった変化として、CropScope事業をベースにさらにスマートアグリという領域を会社としても広げていこうという動きになっているのかなと思いますね。

(7) まとめ

今回お話を伺ったカゴメとNECが共同で開発を進めている「CropScope」。

順調なサービス展開の裏側には、ニーズ側であるカゴメ社の中田さんと、シーズ側であるNEC社の堤川さんの理想を諦めない姿勢と、地道に現場に通い、ノウハウを持った熟練の匠の声を拾い続ける努力がありました。

ともすると、「ビックデータ」や「AI」などという言葉で語られるビジネスは華やかに思われがちですが、実際に事業化まで漕ぎつけるには地道なデータと検証の積み重ねと、担当者のブレない思いが必要だと実感しました。

今後、「CropScope」がさらなる発展を遂げ、完全なるAI営農が実現する世界を心待ちにしています!