宇宙利用分野(リモセン分野)における市場獲得・創出にむけた示唆_PR
本記事は株式会社日本総合研究所さまによる宙畑への寄稿記事です。全3回を予定しており、第2回では地球観測衛星が取得したデータを主とした宇宙利用分野における市場獲得・創出に向けた示唆をまとめています。
■全3回のラインナップ
第1回:宇宙産業の現況と宇宙産業における日本が目指すべき2つの方向性
第2回:宇宙利用分野(リモセン分野)における市場獲得・創出にむけた示唆
第3回:月面利用市場における非宇宙産業参画促進にあたっての現状整理と展望
はじめに
前回は国内外の宇宙産業の概況を確認するとともに、日本の宇宙産業の目指すべき2つの方向性について示しました。
本稿では目指すべき方向性のひとつである宇宙利用ビジネスにおける民需の獲得によるビジネスの創出の具体例としてリモートセンシング分野における市場獲得・創出に向けた進むべき方向性について考察をしています。
なぜリモートセンシング市場が有望なのか
情報通信技術の高度化に伴い、情報の量およびその取得手段が多様化し、なかでも衛星から取得した画像を活用する動きが近年加速しています。
衛星画像の活用自体は特段新しい技術ではなく、古くから政府機関や大手企業により衛星画像が提供されてきていましたが、こうしたデータは高価で取得頻度も低かったため、一般企業が広く自社の事業に活用することはありませんでした。
一方で、近年New Spaceと呼ばれる新興の宇宙系企業による小型衛星のコンステレーション(複数の衛星を一体で運用する方式)の構築が進み、衛星画像が安価かつ高頻度に取得できるようになり、活用のハードルが下がり始めています。
また、クラウドコンピューティングや機械学習の発展により、衛星画像から多岐にわたる示唆を抽出できるようになり、活用の幅も広がりを見せています。
さらに、昨今のパンデミックや各種情勢を背景に、物理的/地政学的な理由により地上のレガシーなインフラが機能しない場合における有効な情報提供手段としての衛星画像への価値にも注目が集まっているなど、世間の認知と理解が進んでいることも利用促進の一助となっています。
リモートセンシング市場の概況
EU Agency for the Space Programme(EUSPA)が2022年に公開したレポート「EUSPA EO and GNSSMarket Report」によると、衛星画像の市場規模は2021年時点で約28億ユーロであり、2031年には55億ユーロ超へと倍増すると予測されています。
セグメント別では、特に保険・金融分野での市場成長が見込まれています。また、国内外において衛星画像市場における有力なプレーヤーが現れており、大型の資金調達・IPOに相次いで成功しています。
例えば、米国においては、現在100機以上の小型衛星を軌道上で運用し、そこから得られたデータを政府・民間企業に提供するPlanet社含め複数のスタートアップがSPACスキームによる上場を果たしています。
国内においても、有力なプレーヤーが台頭してきています。なかでもアクセルスペース社は既に5機体制での衛星運用を行っており、2022年4Qにさらに4機を打上げて、地球上の任意の地点で、日々のデータ取得が可能になる予定です。
こうした衛星関連のスタートアップは国内投資家からの注目も集めており、小型SAR衛星の開発および独自コンステレーションの構築を行うSynspective社は創業わずか2年で100億円規模の資金調達に成功しています。
衛星画像の基礎と活用実態
ここまで述べてきたように、世界的に注目が高まっている衛星画像ですが、具体的にどのようなデータでどのような活用がされているのでしょうか。
衛星画像には、代表的なものとして光学画像とSAR(Synthetic Aperture Radar)画像の二種類があり、それぞれセンシング方法および特徴が異なります。
まず、光学画像とは、太陽光の反射光(可視~近赤外帯)をとらえたものであり、そのアウトプットは写真のような見た目となるため、直感的にわかりやすく扱いやすいデータとなっています(図表1-a)。
しかし、太陽光の反射光を観測するため、雲がかかっている場合や夜間などには観測ができないといった制限もあります。
光学画像を活用した事例としては、商業施設の駐車場車両台数の推定を基にした店舗の需要予測や農業での作物の生育状況のモニタリングなどがあげられます。
SAR画像とは、衛星自らが発した電波の反射波をとらえたものであり、そのアウトプットは直感的には分かりづらいデータとなっています(図表1-b)。
一方で、観測に利用する電波は衛星自らが発するものであり、雲も透過することができるため、光学画像のような観測条件の制限はありません。また、反射波の位相変化を観測することで地表面の微小変化をとらえることができます。
SAR画像を活用した事例としては、地盤変動を観測することによるインフラのモニタリングや水害状況の早期把握による保険金支払いの迅速化などにおいて活用されています。
リモートセンシング分野におけるビジネス組成にあたっての課題及び示唆
ここまで、市場規模感や国内外のプレーヤー動向、活用実態などの観点から衛星画像に対する期待感の高まりを見てきました。
しかし、国内における衛星画像活用ビジネスはいまだ実証段階であり、持続可能性・事業採算性をもって成立しているものは数少ない状況にあります。
そのため国内における衛星画像活用の市場形成に向けては現状の実証フェーズから実装フェーズへと移行していくことが求められるところ、その移行に際してはいくつかの課題が存在するものと考えています。
本章では衛星画像活用の市場形成にあたっての課題とその解決の方向性に関する仮説について示していきます。
〇ニーズに即したサービスの創出
衛星画像活用ビジネスが実証段階から実装段階に至らない原因の一つとして、衛星画像活用ビジネスにおけるアウトプットとユーザーニーズが乖離している状況であるということが考えられます。
衛星画像活用ビジネスの流れを図表3に示します。
エンドユーザーからリモートセンシング事業者に衛星画像の撮影要求を行い、リモートセンシング事業者はこの撮影要求に基づいて衛星を運用し、衛星画像の撮影を行います。そして、撮影された画像は幾何補正等の画像処理や付加価値処理が行われたのちにエンドユーザーに提供されます。
この流れが機能するためには、エンドユーザーの衛星画像に対する要求事項が明確であり、画像活用・分析のノウハウを有していることが求められます。
ただし、国内においてこのような知見・ノウハウを有するエンドユーザーの存在は非常に限定的であり、そのほとんどが衛星の開発段階から関与し衛星画像に対する明確な要求事項を有する官公庁で占められている状況にあります。
このような状況を打破し我が国における衛星画像活用市場を成長させるためには、衛星画像等活用のノウハウを有しないエンドユーザーの有する課題の解決やニーズに寄与できるように、衛星画像活用の“敷居を下げる”ことが求められます。
自社の課題解決にどのように衛星画像が寄与するかわからない、衛星画像をどのように読み解くかわからない、といった衛星画像活用に関する知見・ノウハウを持たない事業者がエンドユーザーとなるビジネスを組成するためには、エンドユーザーの有する課題・ニーズを基に衛星画像の利活用によるソリューションの提供やコンサルティングを実施する機能や役割が重要になります。
現状、リモートセンシング事業者の中にもこのような役割を担っている事業者もいますが、衛星データのみならずその他分野のデータも活用したビッグデータ解析に関するノウハウ、当該ノウハウに基づくソリューションの開発、コンサルティング機能を持つ第3者がリモートセンシング事業者とエンドユーザーを仲介することが望ましいと考えられます。
この役割を担う事業者を衛星画像ソリューション提供事業者と呼ぶと、衛星画像ソリューション提供事業者がリモートセンシング事業者とエンドユーザーを仲介することで、双方が歩み寄る場を形成し、ユーザーニーズに即した実用性のあるソリューションを作り上げていくことが求められます。
ユーザーニーズに即したソリューションの創出に向けては、潜在的なユーザーに対して衛星画像が課題解決に寄与する可能性があること、自社の競争優位につながる可能性がある事を訴求し、衛星画像の有用性等の存在感をアピールしていくことも求められます。
なお、ここで議論する潜在ユーザーは民間事業者のみならず、地方自治体などの公共も当てはまるものと考えています。
今後ますます深刻化する社会課題に対応するため、新技術や各種のデータを活用したデジタル化の取り組みが各分野で推進されており、デジタル田園都市国家構想が策定されるなど、国の政策としてもSociety5.0およびSDGsの達成に向けて、スマートシティが推し進められています。
地方公共団体においてはこのような国の政策に後押しをされる形でスマートシティに向けた取組が進められており、その中でデータの利活用方策について検討が行われています。
例えば株式会社日本総合研究所が設立した「流域DX研究会」では、年々激甚化が進む水害への対策として、流域全体に点在する既設インフラの活用や気象・河川情報をデジタル技術で連携させることによる治水方法を検討しています。
当研究会の議論においても、将来的な衛星画像の利活用による有用性について意見が出ているところです。
このような勉強会などのような地方公共団体のスマートシティ形成やデータ利活用方策検討の機会に衛星画像ソリューション提供事業者も参画し、衛星画像の有用性等を示していき、有望なユースケースを創出していくことが望ましいものと考えられます。
〇事業採算性を確保したマネタイズとコスト低減化の必要性
また、衛星画像活用ビジネスのハードルの一つに事業採算性の確保が挙げられます。
依然として衛星画像などのデータの価格は高く、現状は補助金の拠出など、政府がアンカーテナンシーになることで、ソリューションの実証が行えている状況ですが、ゆくゆくは補助金などに頼ることなく、利用料金収入や地方自治体負担によるマネタイズをもって事業採算性を確保する必要があります。
衛星画像活用ビジネスの拡大に向けては高止まりするコストは参入障壁となってしまっており、コスト低減化は解消しなくてはならないもう1つの課題であると考えられます。
コスト低減化に向けた課題の解決策としては2つ挙げられます。
① 地球観測衛星の開発やインフラ整備等のイニシャルコストの低減化
衛星画像活用ビジネスのコストを決める大きな要因のひとつに、地球観測衛星や地上システムの整備費用、衛星の打ち上げ費用といった大きなイニシャルコストがあります。
また、衛星画像の価格を決定するのは上記イニシャルコストに加えて、運用にかかるランニングコストもあり、衛星画像の価格を下げることは難しい状況にあります。
そのため、衛星画像の価格は需要に伴い低廉化が期待されるものの、鶏卵の状態であり、価格動向は硬直状態にありました。
しかしながら、Synspective社が開発を行うSAR衛星は従来のSAR衛星の開発コストを1/10に抑えることが目指されており、その結果撮像された衛星画像の価格低下といった既存コストの低減化が期待されています。
Synspective社の事例のような価格破壊の事例はまさに企業努力の賜物ですが、このような動向を後押しする政策が遂行されています。
経済産業省の宇宙産業技術情報基盤整備研究開発事業(SERVISプロジェクト)においては、超小型衛星の汎用バスの開発・実証が進められており、低価格・高性能な超小型衛星汎用バスの実用化が目指されています。
この事業の成果が活用されることにより、リモートセンシング事業のイニシャルコストの低減化が進み、衛星画像ソリューション活用に際する参入障壁の解消に寄与することが期待されます。
② 衛星画像のオープン&フリー化
コスト低減化に向けたもう1つの取組としては、衛星画像自体のオープン&フリー化が挙げられます。
この取り組みは既に日本でも行われており、経済産業省の「政府衛星データのオープン&フリー化及びデータ利活用促進事業」においてオープン&フリーな衛星データプラットフォーム「Tellus」が整備・運用されています。
衛星画像の活用にあたってはすべてを新しく撮像・取得するのではなく、アーカイブデータなどの蓄積されたデータも含めこのようなオープン&フリーデータPFを活用していくことでソリューション開発のコストの低減化を図ることも望ましいものと考えます。
まとめ
今回は目指すべき方向性のひとつである宇宙利用ビジネスにおける民需の獲得によるビジネスの創出の具体例としてリモートセンシング分野における市場獲得・創出に向けた進むべき方向性として、ニーズに即したサービス創出と、事業採算性を確保したマネタイズとコスト低減化の必要性について考察を行いました。
とりわけニーズに即したサービス創出については、エンドユーザーのニーズを引き出し、ソリューションを設計するためのコンサルティング機能やそのほか分野のデータも活用したビッグデータ解析のノウハウを有する非宇宙産業事業者の参画によって、その動きが促進されることが期待されるものと考えられます。
次回は目指すべき方向性のもう1つである、月面利用市場におけるNew Space参入促進に向けた方向性についてさらに詳細に論じていきます。