宙畑 Sorabatake

宇宙ビジネス

佐藤さんが「私の役目」と考える宇宙プラットフォーム事業の裏側にある想い

スペースデータの代表取締役の佐藤航陽さんと宇宙エバンジェリスト青木英剛さんに、スペシャルインタビュー。3本目は、佐藤さんが目指す世界についておうかがいしました。

お金2.0や世界2.0などの書籍で新しい価値観や世界観を創造するとともに、国連宇宙部とも地球デジタルツインの共同事業を開始、JAXAとの共同プロジェクトでISSをデジタル上に再現した「ISS Simulator」、オープンソースの宇宙ステーション開発プラットフォーム「Space Station OS」を公開……と次々と話題になるプロジェクトを生み出す株式会社スペースデータの代表取締役の佐藤航陽さんと、宇宙やロボティクスを中心に、世界中のDeep Techスタートアップへの投資を行うかたわら、政府の政策委員を務められ「宇宙エバンジェリスト」としても活躍される青木英剛さん。

宇宙業界のフロントランナーとしてご活躍されるお二人が見出されている日本の宇宙業界の勝ち筋について、青木さんにインタビュアーになっていただき、対談形式で詳しくおうかがいしました。

連載形式で、「日本産業の負け筋とその敗因」、「日本産業の強みと勝ち筋」とおうかがいしてきた本連載のラストは「佐藤さんが考える宇宙産業での役目」をテーマに、佐藤さんが取り組まれていることについて、掘り下げていきます。

(1)99%の人類が宇宙開発に携わることのできるプラットフォームを作る

青木:ここまで色々と世界と日本の比較など大きな議論をしてきたので、今度は、佐藤さんの具体的なプロジェクトについてもうかがいます。

そもそも、宇宙環境を再現したデジタル空間を作ろうと思われたきっかけを教えていただけますか。

宇宙開発の民主化のために Credit : SPACEDATA Source : https://www.wantedly.com/companies/spacedata/post_articles/930045

佐藤:宇宙開発とか、宇宙機を作るのにどうしたらいいのかということを色々と調べていたところ、そういった技術は特定の企業や組織にしか存在せず、やるとするとどうにかしてそこにアクセスして情報をもらって……ということになるのですが、そんなことができる人は国民の多分1%もいないんじゃないかなと思いました。

これを、他の人たちにも使ってもらえるようにするにはどうすればいいかを考えた時に、宇宙を完全にソフトウェア上で模擬できる仕組みが必要だなと考えました。JAXAのつくば宇宙センターに行かなくても、宇宙開発が進められるようにすればいいんじゃないかと思ったんですよね。

そこまでいけたら、東大の航空宇宙学科卒の人でなくても、中学生とか、そこらへんの田舎のヤンキーとかが面白がって、俺にも何かできるんじゃないかと思わせられるのであれば、ITの世界で起こったように、今までと全く違う産業になるという進化が起こると思ったので、宇宙利用プラットフォーム、宇宙版のGAFA、インターネットみたいなそういうものがあれば、劇的に変わるだろうなと思っています。

宇宙開発を支援するプラットフォーム Credit : SPACEDATA Source : https://www.wantedly.com/companies/spacedata/post_articles/930045

佐藤:なんと表現するか難しいんですが、ハードウェアはあったうえで、その上のレイヤーがないという意味では、今作ろうとしているものはOSとかプラットフォームみたいなモノになると思っています。そこをまるっと作って、世界中にばらまきたいなと思ったんです。今、世界の99.9%の人は宇宙開発に携わっていないと思うんですけど、その人たちのためのツールを作りたいなと思ったんですよね。

人類の視点をアップデートできる可能性

(参考)地上環境の物理エンジンの代表例NVIDIAのPhysXがある場合とない場合のゲームの描画の違いがよくわかる

佐藤:物理シミュレーションエンジンみたいなものって、地上環境で割と普及したじゃないですか。NVIDIAのPhysXなどが代表例ですが、物理エンジンがちゃんと地球の環境を模擬するためのソフトウェアとして精緻に作られているので、そこからゲーム開発がものすごく進み、エンターテイメントや映像の世界が変わっていったのですが、ああいうものを誰かが宇宙環境で作らないといけないんじゃないかと。

ただ、その宇宙版の物理シミュレーションエンジンを作れる人、それの正しさを確かめられる人は極めて限られてくるので、そこにアクセスできる人たちがちょっと汗をかいて情報収集しながら、そういうエンジンを作って、万人に対して配ってあげられるのであれば、劇的に世の中が変わるのではないかと思っています。

これは、研究者や開発者向けのシミュレーションツールということだけでなく、もうちょっとマス(大衆)向けに、ちょっと触ってみて、自分が宇宙ステーションの中で水をぶちまけてみたいとか、ピンポン玉を1,000個入れてみたら何が起こるのかとか、そういう無邪気な話を感じていけるのであれば、宇宙は全然遠いところじゃない、地球の一部くらいの感覚が持てるんじゃないかなと思っています。

そこまで行くと、この前宇宙に行った前澤さんが宇宙空間で感じたことを、世の中の79億人くらいの人たちが同じように肌で感じるようになってくると、人類の視点が劇的に変わるのではないかと。宇宙の観点から地球を見ているとか、銀河系から地球を見てるというような感覚もバーチャル上で感じられるようになってくると、人間の思考回路や認識もアップデートされる可能性がある、これは、コペルニクス的転回のような発明になるんじゃないかと思っているので、私はそれを試してみたいなと思っています。

(2)インターネットもみんなが触れるからこそ広がった

宙畑:宙畑では、衛星データの利活用と言う文脈で、デジタル化の推進について様々な方にお話を聞かせていただく機会があるのですが、政治家の方や、自治体の中で決裁権がある方のITリテラシーに課題を感じるところも多くあります。今後、どのように物事を前に進めるために必要な人たちに、必要な知識を届けていくのか。なにか佐藤さんのアイディアはありますでしょうか。

佐藤:.難しいですよね。政治家の方というのは、やっぱり年配の方々含む地元の有権者の方々に対して、説明しないといけない。これ何ですかって聞かれたときに答えられないと、この政策は通せないとなる。OSとかプラットフォームとかって名前が出た瞬間にそれなんですかという話になっちゃうので、そういう抽象的なものを表すようなマーケティングみたいなセンスが(民間企業から)政府に対して必要なんじゃないかなと思っています。

非常に例え話をわかりやすくしてあげたりとか、あと文字じゃなくて映像で伝えてあげるとか、触っていただくみたいなそういうレベルまで来て初めて、人間ってありありとイメージできると思うんですよね。まず、私達の方でこういうことですよね、というツールとかインフラを用意してあげて、それを触っていただきながら、「なるほどね」と感じていただくっていう方が、もしかして近道じゃないかなと思っています。

実際にインターネット産業も最初はそうだったなと思います。「情報ハイウェイ」とかいろんな言葉をこねくり回しながら、国の方でもでやってたんですけど、結局インターネットとかGoogleとかWikipediaが出てきて、触って便利だよねってことを実感していただいた後から徐々に広まっていきました。

今回も、衛星とかステーションとか言ってるけど何のことかよくわからんという時も、触っていただいて、ありありと「そういうことね、そういう動きをして、そういうことができるのね」ということを、手触り感持って初めて需要が生まれるんじゃないかなと思うんですよね。

環境が理解できてないのに需要が生まれるってことはまずあり得ないのかなと思っていて、こねくり回して触って、何ができるんだろうというのが、その後に考えていくことだと思うんで、議論を繰り返しても、なかなか前に進まないのも、やっぱ手触り感を持つっていう、そうじゃない限り人間は思考とか創造性というのが働かないっていうのが、私は肝なのかなと思いましたね。

私自身も、JAXAのつくば宇宙センターに行ったときに、宇宙ステーションの話をメンバーからずっと聞いていて、いろんな関連文書も読んだうえで、設計とかサブシステムとかだいたいわかっていたつもりだったんですけども、やっぱり実際に行って日本実験棟「きぼう」を見た瞬間によくわかりました。こういうことだったんだな、ということが、もう実感として自分の中に入ってきたんですね。それくらい分かりやすいものを作らないとIT産業と同じ運命を辿ってしまうと思っています。

(3)今の日本の宇宙産業のやり方ではスピードが上がらない?

青木:現状の宇宙開発で使っているシミュレーション環境って、つぎはぎでしかなくて、宇宙環境そのものを十分に模擬はできていないんですよね。無理やりロケットの振動を模擬した台に乗せて衛星を振ったりとか、宇宙空間での動作を確認するための熱真空試験も真空チャンバーに衛星を入れて試験をするんですけど、無重力は模擬できていないので衛星は浮かないですし。

それを、佐藤さんが構想されているように、自分が設計した衛星をポンとシミュレーターの中においただけで試験ができると、一気に課題があぶりだされるので、従来であれば試行錯誤しながら作っていた試作機が不要になって、コストが半減する可能性がありますね。

プラットフォームで宇宙開発のスピードを上げる

佐藤:あとは、宇宙空間って、物理的に放射線の影響が避けられないので、人類が宇宙空間に滞在できる時間って、数年などに限られてしまうと思うんですよね。物理的に人類が行く宇宙開発だと速度が遅くなってしまって、進化の速度が遅くなってしまう。

なので、物理的に人体が宇宙空間に行かなくても宇宙開発が進められるようにするためには、地上からの遠隔操作とかバーチャル空間上のシミュレーションとかが地上でどんどん進められるんであれば、劇的に進化のスピードを上げることができると考えています。

青木さん:今、世界全体で行おうとしている月面探査においても、日本のチャンスだと思うんですよね。
今、アルテミス計画では、着陸船の開発競争をやっていますが、理想は大量にロボットを運んで、人間が一人でロボット数百台を月面上で管理運用するというのが一番効率的なんですよね。

もちろん、宇宙飛行士が作業するのは必要ですけど、それと同時に何百台ってロボットを送り込んで作業しない限り、宇宙開発のスピードって上がらないと思うんです。

(4)私の役目は0.1%の天才が宇宙産業を動かす世界から99.9%の人が宇宙産業を動かす時代に変えること

青木:佐藤さんがやろうとされてることって、自社でプロダクトも作りつつ、プラットフォームとしての事業というのも一つあるので、佐藤さんのそのプラットフォームにいろんな人が乗っかってきて、そこ経由で横に繋がってきていろんな事業が生まれていくみたいな、そんな場としても機能するといいなと思っています。

佐藤:日本だけじゃなくて、世界中が使えるようになったときに、どういうレベルの化学反応が起きるかっていうことを私も予測できないんで、それはぜひ見てみたいと思いました。

ブラジルの地球の裏側のすごい天才の中学生と高校生が宇宙ステーションを作り始めて、出来たから打ち上げたいんだって話になるかもしれないし、そういうことはインターネットですごいいっぱい起きてて、私はそれにずっと支えられて生きてきました。

今のところ、宇宙業界って一部の0.1%の天才たちの頭の中だけで進んでると思うんですけども、99.9%の天才じゃないかもしれないけど、普通に暮らしてる人たちの知能の方が集合したら勝つんじゃないかなと思っています。IT業界が全部そうだったので、宇宙でも同じことが起こるのではないかと。

宇宙開発全体の民主化、万人の手に宇宙を渡すということができれば、もう私の仕事の80%が終わったんじゃないかなと思っていて、あとは勝手に進化してくれて、勝手に盛り上がってくれるってことが起こると思います。

(5)10年後、国境も関係ない第3の宇宙産業が生まれるかもしれない

Linuxのように社会に浸透している状態が一番美しい

青木:佐藤さんが考える10年後の世界を教えていただけますか。

佐藤:私がイメージしているのは、宇宙産業という名前の産業が消えているのが一番望ましいなと思います。

2000年代は「IT産業」や「IT企業」という言葉がありましたが、今やもうITを使っていないってありえないと思うので、「ITの仕事してます」って何を言っているのかよくわからない仕事になっています。

今だったらまだ宇宙は、「ロケット作ってます」「衛星作ってます」って分かりやすいのですが、10年後は「宇宙の仕事に携わってます」って言っても、そんなの当たり前じゃん、それの何をやっているの?となるぐらいに、完全に空気のような存在になっていたらいいなと思います。

さらに言うと、スペースデータのポジションとしては、今でいうところのLinuxみたいになれているといいなと思っています。Linuxって世界のコンピュータの大半を動かしているんですよね、世界中の何百億台のコンピュータで使われているのに、Linuxのことはみんな知らない。完全に空気みたいな存在になって、深く埋め込まれているのが一番美しいと考えています。

宇宙が当たり前のインフラになったとき人類の頭の中はどう変わるか

佐藤:あとは、人類の頭の中を切り替えてみたいですね。仮想空間やインターネットがあることによって、私達の頭の中は劇的に変わったはずなんですよね。

ネットを当たり前に使う世代は、仮想空間ってイメージできますし、自分の人格を分けるなんてことを当たり前にやれてるじゃないですか。あれと同じように、宇宙がインフラになって当たり前になったときに、人類の頭の中は今度はどう変わるのかなと思っています。

国境とか人種とかも、あまりなくなって自由になる可能性もありますし、視点が外に向くのであれば、銀河系とか外側に行こうとする人も増えると思うので、人類の活動領域はめちゃくちゃ広がっていってるんじゃないかなと思っています。

未来の人は、今生きてる私達とは全然違う価値観を持っていて、今私たちにとってはめちゃくちゃフロンティアだと思ってるけど、彼らにとっては当たり前に思考の一部になってるっていうところまできたときに、どうなっているのか気になります。それを見てみたいですね。

青木:今の宇宙業界って、何かと国境ありきで、相手は誰かとか、技術輸出できるのか、とかからスタートしますけど、最初から仮想空間上でやり取りが始まってしまえば、そもそもが国境という概念すらないので、今までと全く違うビジネスができる可能性がありますよね。

佐藤:宇宙産業は防衛産業と密接で、既存の宇宙業界の方々は、宇宙も防衛産業である意識が強い。ただ、その意識がなくなってくる人たちが今後出てくるのではないかと思っています。完全な産業化が進むのであれば、防衛のことを気にせずに宇宙の事業を始める人も増えてくるでしょう。

インターネットの初期も、これが他の国に使われたら安全保障上どうなのかとか、著作権がどうなのかとかって結構みんな気にしながら作ってたんですけども、今の人たちはそれを気にしなくなったんですよね。

宇宙も完全に広がっていくと、防衛から切り離されはせずとも、遠いところで事業が生まれてくということが起きるんじゃないかなと思っていて、ピュアに宇宙で、防衛関係なしの宇宙ベンチャーみたいなのが現れたときに、彼らの発想というのは全然違うものなのかなと思ってます。

編集後記

本連載では、3本に分けて佐藤さんと青木さんに「日本産業の負け筋とその敗因」「日本産業の強みと勝ち筋」「佐藤さんが考える宇宙産業での役目」をテーマにお話をおうかがいしてきました。

宙畑編集部でも、日本のデジタル産業での出遅れや、宇宙産業のマネタイズの難しさについて議論することが多くありますが、今回のインタビューを通して感じたのは、日本も悪いところばかりではないということです。

もともとの強みであるハードウェアを活かしてハードウェアとソフトウェアの融合領域を攻めること、ルールメイクやエコシステムを構築できるように抽象的な価値観を官民でインストールして解像度を上げていくことで、まだまだ日本としてもチャンスがあるということが分かりました。

その上で、佐藤さんがご自身のこれまでの経験を活かして進められようとしている、宇宙デジタルツインやOSを通じて、一見縁遠いと感じるエンタメ領域とのコラボレーションが進み、一般の人が入ってこれるようになれば、たしかに全く違う世界があるのではないかと感じました。

佐藤さんが創り出される世界がとても楽しみです。