欧州宇宙機関 (ESA) の2040年技術戦略:ブルーブックから始まった60年の集大成【宇宙ビジネスニュース】
欧州宇宙機関(ESA)は、2040年までの長期宇宙技術開発戦略を示した「Technology 2040」を公開しました。これまでの欧州における宇宙政策関連文書と合わせて内容を紹介します。
2025年6月16日、欧州宇宙機関(ESA)は、2040年までの長期宇宙技術開発戦略を示した「Technology 2040」を公開しました。本文書は、2040年までのESAの技術開発の方向性と目標を定めたもので、惑星探査から深宇宙通信まで4つの主要領域(惑星・天体探査/宇宙向け地球上技術革命/地球近傍&深宇宙の航行・通信技術/持続可能な宇宙)にわたる革新技術を体系化し、14の重点技術分野を特定した包括的な技術ロードマップです。

(1)60年の歩み:ESA技術戦略の歴史的発展と継承
ESAの宇宙戦略に関する文書は複数存在します。
2018年にESA Technology Strategyが策定され、2023年までの宇宙機開発時間の30%短縮、30%の革新技術導入・開発加速化、各世代ごとにコスト効率1桁改善、2030年までの宇宙デブリ削減という4つの主要目標を設定しました。
2021年3月1日には、ヨーゼフ・アッシュバッハー氏がESA事務局長に就任し、同年4月7日に短期行動計画であるAgenda 2025を発表しました。Agenda 2025では、ESAとEUの関係強化、宇宙産業の商業化促進およびヨーロッパ企業の競争力向上、安全保障の強化、宇宙輸送と探査の推進、ESAの変革の5つが優先事項として掲げられていました。
また、2025年3月20日に2040年までに優先的に取り組む課題や目標をまとめた文書「ESA Strategy 2040」が公表され、Agenda 2025からの発展として5つの包括的目標が設定されました。
1) 地球と気候の保護
2) 探査と発見
3) 欧州の自律性と回復力の強化
4) 成長と競争力の向上
5) 欧州のインスピレーション
特に「成長と競争力の向上」には、AI、量子技術、自律システムなどの技術を宇宙分野に活用することや、投資拡大のための環境づくりなどが盛り込まれています。
そして今回公開されたTechnology 2040は、これらの戦略文書を技術面から支援する最新の位置づけにあります。ヨーゼフ・アッシュバッハー氏は前書きで「このビジョンはStrategy 2040を全面的にサポートし強化する」と述べており、技術開発を通じた戦略目標の実現を目指しています。特に2025年の閣僚級理事会(CM25)での意思決定支援と、その後の実装段階における技術指針の提供が重要な役割となっています。
また、今回公開されたTechnology Vision 2040には「この文書はESA創設期の歴史的文書であるブルーブックに立ち返る」と明記されており、初期の理念への回帰を示しています。
ブルーブックとは、1961年にCOPERS会議 (欧州宇宙研究準備委員会) で作成されました。内容はESRO(欧州宇宙研究機構:ESAの前身の機関)の概要、科学プログラム、技術センター、データ処理、射場&打上げ機の5部構成であり、「ESAの最初の技術開発戦略計画フレームワーク」として機能していました。
後述する14の重点技術の開発において、「同じ目的でより洗練されたシステム」を開発するためにロードマップが進化したことが示されています。
(2)2040年に向けた技術戦略:4つの主要領域と14の重点技術
本戦略は宇宙技術を4つの主要領域に分類しています。
惑星・天体探査分野では、大型宇宙構造物の軌道上組立技術、月・火星での現地資源利用、自立型宇宙居住施設の構築を重点項目とし、人類の宇宙定住実現を目指しています。
宇宙利活用に向けた基盤技術分野では、超小型高性能衛星の開発、革新的リモートセンシング、AI駆動の完全自律システムの実現を掲げ、特に深宇宙での省電力休眠技術により太陽光の届かない領域での長期ミッション遂行を可能にします。
地球近傍&深宇宙の航行・通信技術分野では、太陽系規模の通信・ナビゲーションシステム、超低軌道(VLEO)のコンステレーション、極超音速推進システムを実現します。
持続可能な宇宙分野では、循環型宇宙経済の構築、宇宙デブリゼロの達成、天文観測への影響最小化を目指す「暗く静かな空」の保護を重視しています。
また、Technology Vision 2040で取り上げられていた14の重点技術分野をまとめた表が以下になります。
No | 項目 | 概要 |
---|---|---|
1 | 展開型・モジュラー宇宙構造 | 展開・膨張式構造体、大型構造物の軌道組立・制御技術 |
2 | 軌道上製造・組立統合 | 自律システム・ロボティクス、組立&検査&自律走査向けのロボティクス、資源管理技術 |
3 | 先進推進システム | 小型電気推進、大気呼吸型電気推進、高速飛行システム、惑星間宇宙船アーキテクチャ |
4 | 資源処理・表面作業 | 掘削・原料取得・精製、資源処理、環境適応型移動システム(空中・脚式・複合型) |
5 | エネルギー・電力システム | 深宇宙生存用蓄電力システム、持続可能電源(太陽光・原子力・深宇宙電源)、先進熱エネルギーシステム |
6 | 通信・航法システム | 高スループットRF・光通信、深宇宙測位・航法・時刻同期システム、分散宇宙除隊、耐障害性 |
7 | 生命維持・健康システム | 自律資源生産・管理、医療システム・健康監視、宇宙服技術、精神的健康・エンターテイメント |
8 | 持続可能性・循環宇宙経済 | 持続可能材料・プロセス、再利用打上げシステム、環境影響緩和技術 |
9 | 先進材料・コーティング | 低シグネチャコーティング(検知困難化)、ナノ構造・電気化学材料、耐環境性、強靭、変形可能 |
10 | 先進センサー・ペイロード | 分散計測・合成開口画像化、量子センシング、モジュラー光学・小型RFセンサ、AI駆動データ処理 |
11 | AI・機械学習 | AI基盤計画・再構成・故障検出回復、誘導、自律運用向けのリアルタイム最適化、予測メンテナンス |
12 | 宇宙環境保護 | 分離可能な低大気抵抗荷重プラットフォーム、宇宙デブリ最小化、追跡協調システム、デジタルツイン |
13 | 試験・検証・シミュレーション | 高度な試験・監視・予測手法、機能検証技術、ライフサイクル評価、モデルベースシステムズ |
14 | 先進姿勢軌道制御・誘導航法制御 | 誘導、自律運用向けのリアルタイム最適化、自律誘導航法制御、大型構造物の軌道組立作業・制御技術 |
Technology 2040では、Strategy 2040で取り上げられているAI技術、ロボティクス、現地製造技術が複数領域で重要視され、標準化されたインターフェースとモジュラー設計による効率性向上が強調されています。また、宇宙を地球の諸課題解決の重要なツールとして位置づけ、グリーン・デジタル変革の推進を通じた欧州経済の競争力強化を図る点も重要なポイントです。
さらには、1兆ユーロ規模への成長が予想される2040年の世界宇宙経済において、欧州企業がイノベーションと持続可能性のリーダーとなることを明確に目標として記載されている点にも注目です。
60年前から戦略文書を作成し始め、ロードマップの見える化と着実な宇宙開発を進めてきたESAが、最新の宇宙技術戦略が記されている「Technology Vision 2040」は宇宙開発に興味がある方には必見の文書となっています。
【参考記事】
・ESA Technology 2040
・ESA Strategy 2040
・Introducing ESA Agenda 2025