宇宙開発と大工の意外な共通点は冗長性?宇宙×大工のイベントで見えた宇宙業界と他業界の距離が縮まるヒント
2026年3月10日に開催されたイベント「宇宙大工サミット 2026」で語られた宇宙開発と大工の意外な共通点。また、イベントで見えたこれからの宇宙開発と他業界が連携するうえでのヒントについてまとめています。
2026年3月10日、「宇宙大工サミット 2026~日本橋から月面へ。2050年の現場を支える『匠の技』のロードマップ~」と題されたイベントがX-NIHONBASHI TOWERで開催されました。
発起人と書かれた参加者のプロフィールを見ると、宇宙開発関係者、大工、鮨職人、街づくりの専門家……と幅広い職種の方が集まっていました。宇宙開発と大工という一見するとかけ離れた両者、果たしてどのような会話が繰り広げられるのか……?という一抹の不安を抱えながらのイベント参加でしたが、イベントの最後には宇宙業界にとって今後の他業界のコラボレーションのヒントが詰まっていたと実感することとなりました。
本記事では、イベントで語られた内容の中でも印象に残った会話を紹介します。
(1)宇宙開発と大工の共通点は「冗長性」
「宇宙大工サミット 2026」は、木村建造株式会社・代表取締役の木村 光行さんと、株式会社Space Food Lab. ・取締役の浅野高光さんの二人の居酒屋での会話から企画が生まれたそうで、その盛り上がりのきっかけは宇宙開発と大工との意外な共通点でした。
そのキーワードは「冗長性」です。宇宙機の開発において、冗長性は非常に重要なキーワードです。人工衛星はロケットで宇宙に打ち上げられた後、修理をすることはできません。そのため、一つの部品や機能に問題が発生してしまったとしても、予備の機能やその他の仕組みを駆使して動かし続けることが求められます。
そして、宇宙に運ばれてから何か起こったときにその場その場で対処するのではなく、事前に想定される問題を洗い出し、衛星の設計を行うことが重要です。2026年に公開された、宇宙開発において必要なスキルがまとめられた宇宙スキル標準にも「冗長化」という言葉が入っており、宇宙開発において欠かせないスキルの一つとなっています。
では、大工にとっても冗長性が重要というのはどのようなシーンなのでしょうか。
木村さんは設計図のある新築の家を建てる大工ではなく、リフォームがメインの大工とのことで、以下のように話しました。
「僕ら大工はリフォーム現場に行くと、壁を剥がして初めて『うわ、中が腐ってる』という事態に直面します 。だからハイエースの中には、何が起きても対応できるように道具をパンパンに詰め込んでおく。この『現場でなんとかするためのシミュレーションをいかに事前にできるか』が宇宙でも大事なんだと浅野さんと盛り上がったんです」
宇宙にものを運ぶためには1kgあたり数十万円以上のコストがかかるため、衛星設計はできる限り軽くすることも重要で、予備の機器を載せられるだけ載せればよいというものではありません。それは大工の方にとっても同様で、ハイエースに詰め込むことができる道具は限られています。リフォーム作業を事前にシミュレーションし、必要だと思う道具を厳選して持っていくとのこと。
また、木村さんは、2025年に開催された関西・大阪万博のパビリオン建設にも携わられていたそうで、75歳の大工の方との興味深いエピソードを教えていただきました。
「万博会場の地面が実はちょっとずつ動いていて、GPSを利用した水平を取る機械の数値に誤差があったんです。その時に、つくば万博で活躍され、関西・大阪万博を最後の仕事にするという75歳の大工の方がいらっしゃって、水盛り管という水が必ず水平になるという性質を使った水平を取りました」
驚くべきは「竣工時に測ったら、結果的にGPSを使った機械よりも、水盛り管でとった水平の方が正確だった」ということ。この結果を受けて木村さんは以下のように話しました。
「昔のものは忘れられがちで、現代には便利なものがたくさんあるけれど、昔の建築の原理原則は今も使えるもので、困ったときにその引き出しを持っていることが重要。『冗長』という言葉を辞書で引くと『無駄』という意味と『予備』という意味がありました 。昔ながらの水を使った『水盛り(水平を取る技術)』という“無駄に見える知恵”が、ハイテク機器より正確だったりする 。この振り幅の大きさが便利な現代ではどんどん小さくなっている気がするけれど、実はこのふり幅の大きい人材がこれからより重宝されると思っている」
インターネットで調べれば正解が見つかる時代、生成AIを使えばある程度の結果を得られる時代。ひとりの人間として何を生み出せる人材になるのかという大きな問いが投げかけられた瞬間でもあったように思います。
(2)月面開発時代に最初に送り込まれる5人に大工が入る?
また、議論は2040年代以降の月面基地建設にも広がりました。興味深かったのは街づくりの専門家である株式会社まちづクリエイティブ・代表取締役の寺井元一さんの言葉でした。
「私の街づくりの考え方は、4、5人ぐらいのこれはという方を送り込むと街は再生すると考えています。この世の中で生きてる人は経済と結び付かずに生きていられません。では、そのお金稼ぎはどのようにしているかというと、誰かのためにやっています。
ただ、最初の5人はそういう人では駄目なんです。人のためにやらない自分でやる人が5人ぐらい集まることがすごい重要だと思います。要は建物が何もないところに人だけが行って、必要だから建物を建てる。今は、建物が余り過ぎたので、建物が多く、人口減少しているからリノベーションだとなっています。私のイメージでは、最初の街づくりは開拓に近い話で、宇宙空間も同様だと思っています。
だからこそ、月面に街を作るとして、最初に送り込む5人を選ぶなら、大工は候補に入ると思います。計画や設計図通り、言われたとおりに進めるという人ではおそらく難しく、そのようなものがなくても何か作れてしまう人、そういった方でないと生き残れないでしょう。なぜなら、誰も言った通りにやって欲しいとも思わないし。やり方すら何もないところで取り組んでいかなきゃいけない」
この寺井さんの話を聞きながら木村さんは「それ(大工が宇宙開発に必要だ)を聞きたかったんだ」と嬉しそうに話されました。
また、浅野さんからは宇宙業界の盛り上がりや、2025年11月にJAXA国際宇宙探査センターが公開した999ページにわたる日本の国際宇宙探査事業を進める方向性の案がまとめられた「日本の国際宇宙探査シナリオ案2025」の紹介がありました。そして、これからの月面基地含む未来の実現に向けても大工の力が必要だと話し、懇親会をさらに盛り上げるきっかけとなったのは、株式会社Exspace・代表取締役の大熊隼人さんです。
「JAXAだけでは建築のことは議論できません。これまでの宇宙開発はISSのように『ドラム缶を繋げたような空間』で止まっていました。これを月面基地にそのまま置くというのはもちろん難しいでしょう。きちんと餅は餅屋というように、宇宙業界にはない技術をお持ちの方々と結集して、月面開発をやっていかなきゃいけない。今がまさにそのターニングポイントに立ってると思っています。これまではJAXAが宇宙開発を進めてきましたが、JAXAや宇宙業界関係企業だけではやりきれないフェーズになっているのです。だからこそ、今日のようなイベントでさまざまな皆さんと繋がることが重要だと思っています」
(3)共通点と宇宙業界に足りない要素が、他業界と宇宙との距離を縮める
「宇宙×大工」という、イベント開始当初はそのつながりが見えづらかったテーマでしたが、イベントが終わる頃にはそのつながりが見えたという方が多かったように思います。本記事だけでは会話のすべてを紹介できませんでしたが、デジタルツインの専門家の方や月面基地の開発を建設会社として真剣に考える竹中工務店のお話など、各所で宇宙開発と大工のコラボレーションの可能性が語られました。それを象徴するかのように懇親会では参加者同士による活発な会話がそこかしこで生まれていました。
冗長性という共通のキーワードの発見から、宇宙業界にとって大工の方々の力が必要であるということが明確化したことによって宇宙開発と大工の距離はたしかに縮まったように思います。
宇宙業界というとどうしても遠い存在であると思われがちですが、実は、地上のあらゆる業界との共通点があります。そして、あらゆる業界のスキルや知見があることで宇宙業界は前に進むことができます。
「宇宙大工サミット 2026」には、宇宙業界が他の業界とのコラボレーションを生み出し続けるうえで重要なヒントが詰まっていました。

