通信から「宇宙ソリューションプロバイダー」へ。スカパーJSATが「IR DAY 2026」で語った地上局の役割と多角化戦略
2026年3月に開催されたIR DAYで語られた「Multi-Orbit戦略」や宇宙安全保障、アルテミス計画に挑む同社の宇宙事業の全体像を紹介します。
2026年5月25日、スカパーJSATは、衛星通信地上局ネットワークの強化を目的として、九州地方初となる「熊本ネットワーク管制センター」を開設することを決定しました。
スカパーJSATが全国に展開するネットワーク管制拠点の一つとして、既存の管制センター(横浜、茨城、山口、北海道、沖縄など)と連携しながら、静止軌道衛星・低軌道衛星の衛星通信サービスや地上局ネットワークサービスなどを提供する予定とのこと。
では、管制センターとはどのような役割を担う拠点で、どのような技術的な工夫がこらされている場所なのでしょうか?
スカパーJSATが2026年3月11日に開催した「スカパーJSAT 宇宙事業IR DAY 2026」で、機関投資家、証券アナリスト、報道関係者に向けて行われた横浜衛星管制センター(YSCC)の見学会の内容からご紹介します。また、同日に語られた宇宙安全保障需要の拡大に向けた多角的な戦略が発表された内容についても記事の後半で紹介しています。
※以下の内容は2026年3月11日時点の情報となっております
(1)YSCCの施設概要
まず、衛星管制センター長の田中さんから、簡単に同施設の概要と特長についての説明がありました。
横浜衛星管制センターは、1987年に竣工し、1989年に本格的に運用を開始。同社の宇宙事業を支える中核拠点として、通信衛星の運用と衛星通信サービスの品質維持を担っています。「主には、人工衛星の状態を常時監視して軌道位置を測定・制御、そしてスペースデブリからの回避運用を行う衛星運用業務、ユーザが送信している電波が適切な状態で利用されていることを監視する回線運用業務、当社拠点から衛星へアップリンクする通信サービス提供の運用を担うテレポート業務、低軌道衛星などの非静止衛星によるサービス提供の運用を担うスペースポート業務、各拠点の建物や電気・インフラ設備、パラボラアンテナをはじめとする無線設備の維持管理を行うグラウンドシステム管理業務の5つを行っています」と田中さん。
その後、横浜衛星管制センター内の見学セッションへ。衛星管制室、回線運用室、テレポート運用室、屋外アンテナ、衛星模型展示エリアなどを巡りました。
まず、衛星管制室ではステーションキーピング業務(人工衛星を所定の軌道に維持し続けること )などを実施。静止衛星は、太陽や月の引力、地球の重力の傾斜等の影響を受けて少しずつ静止軌道からずれてしまうため、定期的に衛星の位置の確認を行い、衛星の軌道を推定。その結果に基づいて必要なジェット噴射を行って、衛星の位置を調整します。
衛星の位置を確認するためには地上のアンテナから衛星までの距離を衛星への信号の送受信によって計測するレンジングシステムを使用しますが、同社が独自に開発した擬似複数局レンジングシステム(PSRS:Pseudo multi-Station Ranging System)により、従来と比べて低コストでのレンジング設備を実現しています。
リアルタイム運用は平日3交代、土日2交代、最低でも2名体制で行われており、オフラインエンジニアによる解析業務、運用計画業務、システム維持管理業務も実施されているとのこと。
なお、低軌道衛星(LEO)は非常に早い速度で地球を周回するため、1つの地上拠点から通信できる時間はわずかです。そのため、北海道、茨城、沖縄、海外など複数拠点と連携し運用されています。
続いて回線運用室へ。ここでは、回線障害や電波干渉が発生した場合に直ちに対応できるよう、24時間 365日体制で運用を行っています。監視システムはコンピューターで制御され、問題が検知されるとオペレータが確認し対応します。
最後が、テレポート運用室です。ここでは、スカパーJSATが提供するVSATサービスをはじめとする、各種通信サービスの通信状態やサービスに供している機器の監視などの運用を行っています。
宙畑メモ:VSATサービスとは
直径50cm〜2m程度の小口径アンテナを用いて、衛星を経由し双方向の高速データ・音声・映像通信を行う無線従事者免許不要の衛星通信サービス
従来、衛星通信サービスを利用する際には無線設備の設置・操作に無線従事者免許が必要とされていました。しかし、スカパーJSATが提供するVSATサービスは、免許不要で、誰でもいつでもどこからでも衛星通信を使用できるとして、官公庁や民間企業に向けて提供しています。
また、横浜衛星管制センターは、万が一の災害の備えも万全で、機能停止させないために、冗長構成をもたせています。
イベントが開催された日は東日本大震災が発生した3月11日でした。同社は、当時から変電所の災害時自動切り替え(自動受電切替装置)などを利用していましたが、地震発生直後やその後の計画停電による変電所からの電力供給停止の経験を踏まえ、非常用発電機を二重化。燃料タンクやUPS(無停電電源装置)の増強を行ったとのこと。
その後、大型パラボラアンテナが設置された屋外スペースへ。この施設には大小100基以上のアンテナが設置されており、顧客の多様な要望に合わせた通信・放送用衛星の運用を行っています。
内部に熱風を吹きだめて、降雪時にアンテナに付着した雪を融かします
なお、横浜衛星管制センターは、敷地が手狭になってきたこともあり、新局舎建設に向けた土地拡張の計画が進行中です。
(2)スカパーJSATが「Multi-Orbit戦略」で狙う次のステージ
その後、休憩時間を挟んで、同社宇宙事業部門の取り組みを説明する3つのプレゼンがありました。まず、取締役 執行役員常務 宇宙事業部門長の山下 照夫さんによる「宇宙事業の重点戦略」のプレゼンを紹介します。
同社は、従来の通信衛星を中心としたビジネスを提供する衛星オペレータという立場から、宇宙で取得したデータを活用し、お客様の意思決定や課題解決に貢献する「宇宙ソリューションプロバイダー」へ進化するべく、静止軌道(GEO)や低軌道(LEO)など複数の軌道を組み合わせる「Multi-Orbit戦略」を推進しています。
その戦略の柱となるのが「スペースインテリジェンス事業」です。同事業は、自社保有の地球観測衛星などから得られる高精細な画像データとAI分析を組み合わせ、地上インフラのモニタリングや防災、安全保障などの意思決定を支援します。
さらに、山下さんは同事業の成長戦略を3つのポイントに絞ってお話しされました。
まず1つめが、Planet Labsからの次世代光学観測衛星「Pelican」の調達です。
スカパーJSATが自社の衛星コンステレーション構築へ。約400億円を投資。EO事業に本格参入【宇宙ビジネスニュース】
Pelicanは商用で世界最高水準である30cm級の高解像度データを取得できる衛星で、2026年から2027年初頭までに2機、2027年中頃以降で8機を打ち上げ予定とのこと。
また、「自社アセットとして保有することで、撮像優先権や画像データの著作権を確保でき、より幅広いニーズに合わせたサービスの提供が可能となります。今後は、安全保障関連や政府だけでなく、防災、農業、物流、環境モニタリングなど、民需拡大が見込まれます。いち早く運用体制の構築を進め、市場を牽引するポジションをとっていきたい」と山下さんは話します。
2つめが、パートナーシップによるバーチャルコンステレーションの構築です。
宙畑メモ:バーチャルコンステレーションとは
複数の企業・国・機関が保有する既存の衛星リソースを横断的に連携させ、あたかも一つのコンステレーションとして機能させることを可能にする概念のこと。
観測能力の拡張を目的に、国内外のパートナー企業との衛星を組み合わせ、将来的には100機規模の観測ネットワークの構築を目指しています。また、観測データも光学、SAR、LiDAR、熱赤外、ハイパースペクトル、電波(RF)と多岐にわたります。
100機体制に向けた具体的なアクションについては、これまでのBlack SkyやPlanet Labsとの業務提携に加え、直近ではQPSホールディングスへ追加出資を行い、持分比率を約5.9%から約13.25%まで増加しました。
3つめが、画像解析技術の深化とマルチモーダル統合による高精度化です。先に述べたように、同社は、光学、SAR、LiDARなど多様な衛星センシングデータに加え、そのデータを同社独自のAIアルゴリズムで統合的に解析する体制を構築しています。これにより、リスク評価やトレンド分析、変化検知といった多様なソリューションを展開できます。
また、今後、宇宙で生成されるデータ量は急増することが見込まれます。そこで、スカパーは、宇宙で収集される膨大な各データを静止軌道(GEO)経由で地上へ高速伝送する「光データリレーサービス」を進めています。
宙畑メモ:光データリレーサービスとは
低軌道(LEO)が収集した膨大なデータを、光無線通信を用いて静止軌道(GEO)へ高速・リアルタイムに転送し、そこから地上へ伝える技術
「当社が出資するSpace Compassは、2025年に防衛省から『静止軌道間光通信技術実証』を受注しました。また、JAXA基金の採択といった枠組みの中で、光データリレーサービスはいよいよ本格事業化に向けたフェーズに入っています」と山下さんは話しました。
(3)宇宙インフラを支える「地上局」の役割と市場動向について
続いて、同社の執行役員 宇宙事業部門 宇宙技術本部長の長井 広明さんから、「地上局の機能・信頼性の強化、新需要への対応」について説明がありました。
第一章で紹介した通り、スカパーJSATは独自の地上局を保有しており、主局である横浜を含め、国内に7拠点あります。
そのうえで、長井さんは、同社の地上局の強みについて以下のように話しました。
「1989年の衛星打ち上げ以来、35年以上にわたり運用を実施してきました。この長い実績の中で蓄積されたノウハウは非常に厚く、想定外の事態にも柔軟に対処できる体制が整っています。また、拠点数は、民間企業の中でも国内最大規模を誇ります。さらに、24時間365日の切れ目のない運用体制を構築しているため、突発的なトラブルや緊急事態が発生した際も、即時に対応が可能です」
その後は地上局ビジネスの市場規模の話へ。地上局市場は、地球観測の需要拡大に伴い、2020年には市場規模が4億米ドルだったところ、2030年代には6億米ドルまで伸長すると予測されている、とのこと。
この背景にあるのが、安全保障上の脅威です。昨今、地政学的リスクは高まり続けており、地球観測市場は拡大の一途を辿っています。
「特に、日本は国が主体となって地球観測分野を推進しているだけでなく、地理的には中緯度かつ太平洋に面し、最も東に地上設備を設置できる(アジアと太平洋の結節点である)という点で、地球観測市場においても優位性をもっています」
と長井さん。
また、2025年9月には、元々JAXA向けに展開していたものを民間衛星事業者向けに開放した近地球追跡ネットワークサービス「JSAT Space Line」をリリースしています。これは、同社が保有する国内3拠点(北海道、茨城、沖縄)に加え、パートナーであるKongsberg Satellite Services(KSAT)の海外地上局など、国内外の地上局を通じて24時間365日、継続的に衛星を運用することが可能です。
加えて、長井さんは「当社は、2026年1月にNASA「アルテミスII」の地上局に選定されました。世界様々な団体や大学が参画しますが、地上局に選定されたアジアの民間企業は我々のみです。「JSAT Space Line」を用いて、有人宇宙船「Orion(オリオン)」からの信号を受信し、通信面から月面ミッションをバックアップします」とコメント。
(4)安全保障需要の拡大に応えるスカパーJSATの役割
同社執行役員常務 宇宙安全保障事業本部長の石井 満さんからは、「安全保障需要の拡大に応えるスカパーJSATの役割」における展望やビジョンについて説明がありました。
世界情勢の不安定化によって、安全保障領域にかかる予算は年々増加傾向にあります。昨今は、防衛の領域は陸海空だけでなく、宇宙、サイバー、電磁波にまで広がっています。実際に、日本政府の宇宙関連予算も、2022年の5,219億円から2026年には1兆446億円に到達するとの見通しが示されています。
さらに、来年には、航空自衛隊は航空宇宙自衛隊へ改称するなど、70年ぶりの歴史的な大改編がなされる予定です。
日本政府も、具体的な防衛力整備に向けた計画を策定しており、「スタンド・オフ防衛能力」「無人アセット防衛力」「領域横作戦能力(宇宙)」3つに分けて体系化しています。同社も、これに適合した形で目下取り組みを実施している、とのこと。
まず、スタンド・オフ防衛能力については、特別目的会社であるトライサット・コンステレーションが、防衛省から「衛星コンステレーションの整備・運営等事業」を正式受注しました。2028年4月の本格運用を目指しています。
日本国周辺には、強大な軍事力を有する国家が集中し、更なる軍事力の強化や軍事活動の活発化の傾向が顕著となっています。海外の地球観測衛星を活用することもできますが、万が一の時に欲しい情報をピンポイントで取得できない、ということも想定できます。そこで、日本独自のコンステレーションを構築することが必要不可欠になるのです。
無人アセット防衛力に応じた取り組みとしては、量子鍵配送(QKD)事業が挙げられます。
宙畑メモ:量子鍵配送(QKD)とは
暗号通信に使う「鍵」を安全に共有する技術で、極めて高いセキュリティを提供する次世代の暗号技術
「当社は、情報通信研究機構(NICT)とともに、2018年からISSでQKD実験を行っていたこともあり、ノウハウが蓄積されています。昨年度、NICTが採択されたJAXA宇宙戦略基金「衛星量子暗号通信技術の開発・実証」に、当社も同法人とともに参画します。また、QKDのリーディングカンパニーであるSpeQtral社との戦略的アライアンスも決定し、より一層、事業基盤構築を推進していく所存です」と石井さん。
領域横作戦能力(宇宙)に関する取り組みとしては、当社のSSAサービスが挙げられます。
宙畑メモ:SSAサービスとは
人工衛星やスペースデブリ(宇宙ゴミ)など、地球の軌道上にある物体の状況を監視・把握し、安全に宇宙空間を利用するためのサービス
SSA(宇宙状況把握)とは〜日本の防衛省と国際状況、企業の貢献、技術課題、運用システムを総合的に解説〜 | 宙畑
同社は、JAXAの技術試験衛星9号機(ETS-9)に、光学望遠鏡を搭載した形で打ち上げる予定だそうです。石井さんは長期的な展望について次のように述べました。「アメリカや他国との協力のもと、アジア・太平洋上の軌道位置に静止衛星を打ち上げ、SSAネットワーク網を構築することで、日本の防衛力強化の向上につなげていけると考えています」
(5)まとめ
本イベントを通じて明らかになったのは、スカパーJSATの宇宙事業が、もはや通信インフラの提供にとどまらず、安全保障・データ・運用の三位一体で価値を生み出しているということです。
また、今後のさらなるニーズにも対応するべく、光通信のネットワーク構築や量子鍵配送など、新たな技術を採用した事業の展開も着実に進んでいます。
投資家、アナリスト、報道関係者含む宇宙産業・防衛関連のビジネスパートナーと、限られた方向けのイベントではありましたが、宇宙事業が担う社会インフラとしての役割を幅広く知ることのできた、より多くの方に伝えたいと感じられるイベントでした。

