戦略17分野に「衛星システムのアンカーテナンシー強化」が追加。衛星データ利用の本格始動で民間投資の好循環へ【宇宙ビジネスニュース】
第5回日本成長戦略会議において、官民投資の具体像に「防災・インフラ点検・農林水産分野等の国土強靱化や社会課題解決、安全保障に資する我が国の衛星システムのアンカーテナンシーの強化」が新規に追加されました。その概要とこれまでの国土交通省や農林水産省の衛星システムの利用状況をまとめました。
2026年6月24日、第5回日本成長戦略会議が開催され「戦略17分野の『主要な製品・技術等』における官民投資額」に関するアップデート情報が公開されました。
宙畑メモ:日本成長戦略会議、戦略17分野とは
日本成長戦略会議とは、内閣総理大臣を議長とし、リスクや社会課題に対し、先手を打った官民連携の戦略的投資を促進し、世界共通の課題解決に資する製品、サービス及びインフラを提供することにより、更なる我が国経済の成長を実現するため、その具体化に向けて開催されるもの。
参考:日本成長戦略会議
戦略17分野とは、日本が経済成長と様々な安全保障を同時に実現する上で重要な産業として選定されたもの。
なかでも、宙畑編集部が注目したのは、航空・宇宙分野「人工衛星・サービス」の官民投資の具体像に「防災・インフラ点検・農林水産分野等の国土強靱化や社会課題解決、安全保障に資する我が国の衛星システムのアンカーテナンシーの強化」が新規に追加されたということです。
本記事では、2020年から動き始めていた、衛星リモートセンシングデータ利用タスクフォースの動きと合わせて、衛星システムのアンカーテナンシーの概要と期待を整理します。
(1)実績を蓄積し、民間投資をも加速する「アンカーテナンシー」とは
アンカーテナンシー(anchor tenancy)とは、政府が初期の安定した需要者となって民間企業のサービスを継続的に調達し、事業者に売上の予見性と投資回収の見通しを与え、産業の育成を支援する官民連携の政策手法のひとつです。
宇宙産業はロケット開発や衛星開発、また、宇宙への輸送を行うために多くのお金が必要です。そのため、国として必要な機能を民間企業に保有してほしいと思っても、民間企業が技術開発を継続し、一定の成果を上げるまでに、民間企業が事業をストップしてしまうリスクがあります。
実際に、2026年6月に上場したSpaceXも、ロケットの打上げに成功したのは3回の失敗を経て4回目のことでした。当時NASAと交わしていた契約がなければ、4回目の打上げを行うことすらできず、今の華々しい姿は見られなかったかもしれません。
6月12日に開催された内閣府の宇宙開発戦略本部(第34回会合)でも、宇宙基本計画工程表改定に向けた重点事項の中で、アンカーテナンシーについて言及されていました。
また、アンカーテナンシーは民間企業にとって、政府の長期契約が担保となるため、民間企業は金融機関や投資家からの資金調達がしやすくなるというメリットも。さらに多くのお金を技術開発や設備投資に充て、事業や研究を加速することができるようになります。
(2)背景にあるのは米欧中の技術が先行する危機感
戦略分野の資料では、人工衛星・サービス分野の目標として、2030年代早期に国内民間企業等による衛星システムを5件以上構築し、主要な通信・衛星データ利用サービスを国内外で新たに30件以上社会実装すること、そして2040年に約12兆円規模の国内外需要を獲得することが掲げられています。
この目標の背景にあるのは、海外プレイヤーの台頭と現状の日本を比較した際の危機感です。衛星サービスはグローバル前提のビジネスで、2025年の人工衛星等の打上げ数は米国3,718機、中国371機に対し日本は33機(2025年)と差は大きく開いています。
また、衛星の用途はさまざまですが、多くの衛星システムに共通するのは、一定の衛星機数に達するまで、顧客のニーズに応えられるサービスとならず、売上が立ちにくいという構造的な壁があること(地球観測衛星であれば望まれる撮影頻度不足や顧客が望むタイミングでの撮影機会の損失)です。だからこそ、政府が継続的な初期の顧客となって需要側から予見性をもたせ、技術開発を加速し、民間投資までを呼び込むことが重要になります。
目標達成に向けた官民投資は2040年度までで6.4兆円、その経済波及効果は30.6兆円と見込まれています。
(3)日本の国土強靭化や安全保障に資する衛星データ利用は着々と進んでいる
では、政府が初期の顧客となる「国土強靱化や社会課題解決、安全保障に資する我が国の衛星システム」とは具体的にどのようなものなのでしょうか。
実は、政府が必要とする衛星システムの実証や実利用は着々と進められていました。その具体事例は、内閣府が主導する「衛星リモートセンシングデータ利用タスクフォース大臣会合」から追いかけることができます。
また、内閣府は2024年〜2026年度を「民間衛星の活用拡大期間」と位置づけ、国土交通省や農林水産省、環境省、防衛省をはじめ、各省庁による衛星データ利用の推進が進められ、案件一覧も整理されています。
そして、重要なのは衛星データは社会課題を解決するための手段のひとつであり「衛星データだからこそ解決できる日本の課題が増えている」ということです。その状況が簡潔にまとめられているのが、以下のスライドです。
現在、日本では急速に人口減少と少子高齢化が進み、生産年齢人口が急減しています。そのため、国土交通省の管轄であれば一人当たりで管理すべき道路や水道管、橋梁といったインフラの管理面積、また、農林水産省の管轄であれば一人当たりで管理すべき農地面積が増えています。
つまり、日本の国土を有効活用し、守り続けたいと思っても、一人が管理できる面積には限界があり、管理が追いつかなくなっているのです。そこで活用が期待されるのが、広い面積を一度に、かつ、定期的にモニタリングすることができる衛星データです。詳細の活用法は次章以降に明記しています。
また、2025年12月2日に開催された第4回大臣会合では、官民衛星の「コンビネーション利用」と分野ごとの府省連携をさらに進める方針が示されました。
象徴的なのが2024年9月の能登半島豪雨での対応で、JAXA「だいち2号」の広域観測によってで半島全域での斜面崩壊の可能性がある箇所の把握と、Synspective(シンスペクティブ)の小型SAR衛星の高分解能観測によってで同年1月の地震で生じた河道閉塞(土砂ダム)の変化を同時並行的に確認しました。
このような仕組みは「自動・自律的な観測(Tip & Cue)」とも呼ばれ、近年衛星データ利用における注目キーワードのひとつです。
【関連記事】
衛星データ利用における 「Tip & Cue」とは? 自動・自律的な観測のメリットとその実用への期待
また、複数の民間衛星に一括で撮像指令を出せる「衛星ワンストップシステム」も活用され、官と民の衛星が役割を分担する形が、すでに実災害で機能し始めています。
(4)国土交通省「防災・インフラ点検で必要な衛星データ利用」
国土強靱化・インフラ点検の主役が国土交通省です。2026年度当初予算案では宇宙関連に188億円(+事項要求)を計上し、各事業の内数として衛星活用を幅広く織り込んでいます。
具体策は多岐にわたります。SAR衛星による土砂災害・浸水域の早期把握、小型SAR衛星も視野に入れた海岸線モニタリング、そして老朽化が進む上下水道のメンテナンスを効率化する「上下水道DX」。
水道の漏水調査では、地表面温度や地盤変動などの衛星データとAIを組み合わせ、約100m四方の地区ごとに漏水リスクを評価する天地人の「宇宙水道局」のようなサービスが、すでに自治体で使われ始めています。
【関連記事】
「基盤を作ることで未来は良くなる」CEO櫻庭氏に訊く、天地人の企業文化とグローバル展開
さらに、衛星を活用した港湾海象情報のデジタル化、被災施設の利用可否を現地に立ち入らずに判断する定量的な変位把握、そしてGSMaP(衛星全球降水マップ)を使った「水害リスクマップ」のグローバルサウスへの国際展開まで並びます。
いずれも、担い手不足が深刻化するインフラ管理の現場で、広域を一度にスクリーニングできる衛星の強みを生かそうという発想で共通しています。
(5)農林水産省「スマート農業と現場効率化に衛星データ利用」
農林水産省は、2026年度当初予算案で35億円を計上し、令和7年度補正予算と合わせると135億円と、前年度予算と比較して61億円増加しています。注目すべきは、2025年4月11日に閣議決定された「食料・農業・農村基本計画」に「農業の生産性向上、GX の推進、農業行政の効率化等に資する衛星データ活用技術の開発・普及及び衛星データの政府調達を推進する」と明記された点です。
具体的な事例として挙げられていたのは、クボタが撮影頻度の高い衛星リモートセンシングシステムと生育マップのオンライン供給を進め、NTT e-Drone Technologyが衛星・ドローンのセンシング結果に連動した可変施肥を行う国産大型ドローンを供給しているという内容でした。
他にも、地表面温度や作物の繁茂状況を捉えた「衛星×AI」による水稲収量予測の精度向上や人手に頼らない調査手法の技術実証が進められ、また、農地法に基づく農地パトロールや中山間地域等直接支払交付金の現地確認も衛星画像で効率化できるよう運用が改正されたことなどが紹介されていました。
その他にも、宙畑では様々な事例で衛星データの利用が進んでいることについて、事業者や実際に衛星データを利用している方にインタビューした内容をこちらにまとめておりますので、ぜひご覧ください。
(6)需要と供給の「両輪」で、日本の産業と国力を底上げする
繰り返しになりますが、需要の予見性が高まれば、事業者は投資判断を下しやすくなり、資金調達も加速することができます。地球観測衛星を保有する国内事業者、そして、地球観測衛星から得られたデータを解析し、ソリューションとして提供する国内事業者が各自のサービスを磨き、新たな投資と事業推進を加速する。
そうして生まれた利用拡大が、衛星の機数増や中核技術・地上局の整備、衛星搭載部品の国産化といった供給側の産業基盤強化を後押しする。この好循環を回すその明確な意図が、宇宙政策に特化した会合で共有される文書だけではなく、国の重要な戦略を示す文書に記されました。この意義は非常に大きいものだと考えられます。
防災、インフラ、農林水産、安全保障。社会課題の解決に衛星データが当たり前に使われる国になることは、そのまま日本の宇宙産業の自律性と国際競争力、ひいては国力の底上げにつながります。アンカーテナンシーの本格始動は、その入口にあたる重要な一手として、引き続き注目です。

