宙畑 Sorabatake

宇宙ビジネス

日本の宇宙産業が10年遅れた理由、宇宙ビジネス≒ロケットじゃない

宇宙ビジネスとは全く関係のない集まりで自己紹介をする際、「宇宙ビジネスのWebサイトを運営しています」と言うと、「ロケットの打ち上げや望遠鏡のお話ですか? “ロマン”がありますね」という反応とともに、普段の生活とは関係のないものだと思われてしまうことが少なくない。

【本記事の要旨】

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・宇宙ビジネスに対するロマン先行のイメージは半分正解、半分間違い
・宇宙ビジネスは地上に住む人々の生活をより豊かにできる可能性を秘めている
・日本には政治的な背景が生んだ「宇宙村」という課題がある
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宇宙ビジネスとは全く関係のない集まりで自己紹介をする際、「宇宙ビジネスのWebサイトを運営しています」と言うと、「ロケットの打ち上げや望遠鏡のお話ですか? “ロマン”がありますね」という反応とともに、普段の生活とは関係のないものだと思われてしまうことが少なくない。

ロマン……たしかにそうなのだが、ビジネスを語る以上、ロマンだけではなくお金の話もセットである。そして宇宙ビジネスにおける売上の大部分は、ヒトの普段の生活をより良いものとしたい、と思っている政府・企業・個人から生み出されている。

本記事では宇宙ビジネスにおける「ロマンとそろばん」、そして宇宙ビジネス界隈で「宇宙村」と呼ばれる課題について紹介する。

(1)宇宙ビジネス市場におけるロケットサービスの売上

まず、実際に宇宙ビジネスのお金事情はどうなっているのか。

例年宇宙ビジネスの市場規模を発表している「SIA(Satellite Industry Association)」のレポートによれば、2016年度の宇宙ビジネス市場規模は$339.1B、日本円で約37兆円である。

では、宇宙ビジネスと聞いて真っ先に頭に浮かぶ人も多いだろうロケット打ち上げサービスだけの市場規模はどの程度だろうか。こちらも「SIA」のレポートで発表されており、以下のグラフをご覧いただきたい。ロケット打ち上げサービスは「Launch Industry」という項目である。

State of the Satellite Industry Report Credit : sorabatake

ご覧いただくと分かる通り、宇宙ビジネスと言うとロケットの打ち上げを筆頭に華やかな部分に目が行きがちだが、ロケット開発・打ち上げサービスは宇宙ビジネス市場のわずか2%程度。そもそも宇宙へ運びたいヒト・モノの需要がなければロケット開発・打ち上げサービスの売上は0である。

そこで注目していただきたいのが宇宙ビジネス市場で最も大きい割合を占める項目「Satellite Services」である。これはテレビやGPSといった情報通信、気象観測といった衛星(を利用した)サービスのこと。加えて、「Satellite Services」には安全保障のための衛星利用も含まれている。地上に住む人々にとっていまや欠かせないサービスと言っても過言ではないだろう。

また、海外ではすでに衛星を利用した農業・漁業といった一次産業やその他産業のさらなる発展に寄与するサービスも徐々に拡大しつつある。

つまり、ロケット打ち上げサービスは宇宙ビジネスの発展を支えるインフラではあるが、宇宙ビジネスのすべてではない。宇宙ビジネスの発展は「何を宇宙へ打ち上げ、打ち上げたものを利用して、どのように地上に住む人々の生活をより良くできるか」にかかっている。

そのためにも宇宙ビジネス業界は宇宙以外の他分野の知識と地上の課題について把握し、宇宙を利用して何ができるかを考えなければならない。加えて、異業種の人々からも「宇宙ビジネスはロマンがある」だけではなく、衛星を利用することで他分野の発展に貢献できる可能性を秘めていると知ってもらえるよう働きかけることが重要なのだ。

だが、現在日本の宇宙ビジネス業界が他業種との交流が十分にできているかというと、まだまだ改善の余地があると言える。他業種との交流が必要だと長年言われて久しいが、いまだに「宇宙村」という言葉を随所で耳にすることがそれを物語っている。

(2)「宇宙村」とは

経済産業省「宇宙産業分野の人的基盤の強化に係る取組状況について」 Credit : 経産省

日本の宇宙機器産業に携わっている従業員数をご存知だろうか。実は、日本では1万人を下回る規模で、日本の自動車産業就業人口が534万人ということと比較すると著しく少ないと感じるだろう。

関係者数が非常に少ない背景のひとつには、日本の宇宙分野の実に9割が官需により成り立っているという事実がある。宇宙用の製品は、一度打ち上げたら修理が難しいことから非常に高い信頼性が求められる一方で、需要自体が少なく一品モノが多い。

すなわち、超高品質な製品の少量生産が求められることから、対応できる企業が限られ、参入障壁が非常に高くなっており、宇宙分野へ新規参入する企業は少ない。日本では、三菱電機/重工、NEC、IHIエアロスペースが有名どころであろう。

そのため、宇宙関係が集まる場に出席してもすでに見知った顔が多く、定期的に開催される親戚の集まりのような空気感になることから「宇宙村」という自虐的な単語が関係者から発せられることがしばしばあるのである。

(3) 海外で進む「他業種×宇宙」のマッチング事例

そのような日本の現状を横目に、海外では宇宙ビジネスにおける他業種への拡大が進んでいる。本章ではそのような事例を5つ紹介しよう。

通信x宇宙

最近飛行機でWifiが使えると喜んでいる読者の方も多いのではなかろうか。JALが先行したが、2018年4月1日よりANAでも無料でWifi利用ができるようになった。この技術は地球を周回する衛星があってなし得るものである。

これは「移動通信サービス」と呼ばれるもので、地上約36,000キロにある静止衛星から飛行機に電波を飛ばすことでWifiが利用できるようになっている。

スカパーJSAT Credit : スカパーJSAT

なぜ、これまでインターネットが使えなかったのか。それは地上の基地局から電波を海上まで届けることができなかったからである。そのため、海上を飛ぶ飛行機に衛星が打ち上がるまで電波を届ける方法がなかったのだ。つまり、現在船でインターネットを利用できるようになったのも衛星のおかげなのだ。

 

農業×宇宙

たとえばデータを用いた農業が進んでいるオランダでは、例えばDacomという会社が衛星データを使って、顧客の畑情報の「見える化」を行っている。衛星データだけでなく、地上で取れるデータや気象データを組み合わせて、効率的に農業が行えるように支援しているのだ。

Dacomが提供する農業支援アプリ Credit : Dacom

漁業×宇宙

漁業で言えば、衛星から得られる海の情報をサービス提供している会社もある。Raymarineは衛星データを用いて、海面温度の情報などを提供する。漁師はそれをみて効率的に漁場にたどり着く。

Raymarineが提供する海面温度情報 Credit : Raymarine

貿易(船)×宇宙

宇宙から察知が出来て嬉しいのは魚の動きだけではなく、船の動きもまた同じである。国際海事機関(IMO)のデータによれば、世界における貿易の約90%は海上輸送で行われている。そこでSpireは特定の地域における船の位置を宇宙から網羅的に把握することで、どこかで海難事故が発生したことを早い段階で察知したり、危険物を運んでいる船の情報提供、違法漁船の検知などといったトラッキングデータを提供している。

Spireが提供する船舶トラッキング情報 Credit : Spire

さらに、船の燃費代は40日間の航海で1億円を超えることはざらであり、今後もしも効率的な船の航路を算出することができれば、大幅なコストダウンにつなげられるというメリットがある。コストダウンにつながることで輸入された美味しいお菓子を安く買えるようになると良いのだが……。

 

エネルギー(金融)x宇宙

上から俯瞰的に見るということは、視点を変えれば他国の領空を衛星が周回することもあるということである。つまり、各国が本来であれば自国しか把握し得ないであろうことも宇宙から見れば分かることがこれから増えてくるだろう。

Orbital insight Credit : Orbital insight

その代表例として、石油の貯蔵量があげられる。世界中の石油の貯蔵量が分かることで、投資家は生産量を正確に把握し、今後の石油価格を予想する目安にできるのだ。データを提供する企業としては「Orbital insight」「Ursa Space Systems」「BlackSky」などが上げられる。

(4)なぜ日本に「宇宙村」が生まれたのか

もちろん日本の宇宙ビジネスも海外の発展を指をくわえて傍観しているというわけではなく、日本から新たな宇宙ビジネスの種も続々と生まれてきている。そもそも「宇宙村」を生んだ背景には、日本だけではどうしようもなかった国際政治的な要因が少なからず、ある。

日本は1970年に初めての人工衛星「おおすみ」を打ち上げて以降、アメリカからの技術供与も受けながら、衛星開発能力を高めてきた。日本は日本の衛星開発能力を高めるために、日本の企業に限定して衛星製造を発注してきていた。

しかし、日本が着実に経験を積み、商用化できるレベルまであと少しと迫った1989年、アメリカは、商用に資する衛星の調達先を国内に限ることは不当な貿易制限であり、人工衛星の調達は国際調達であるべきだと迫ったのである。

これはすなわち、商用衛星を政府が調達する場合、その時点で日本よりも力のあるアメリカの衛星メーカーも入札に含めなければならず、日本の衛星メーカーが受注することが困難になることを示していた。事実、その後しばらく、気象衛星「ひまわり」はアメリカの衛星メーカーが受注することになる。

この事態を危惧した日本政府は、日本の衛星メーカーに衛星受注の機会を与えるために、”商用”ではない”研究開発”のための人工衛星を企画し、国内メーカーに限定した入札を行えるように配慮した。これが、日本の宇宙産業が”商用”すなわちビジネスよりも、”研究開発”に注力せざるを得なかった事情の顛末である。

2001年にこの制約は解除されたものの、この一件で日本は世界に対し大きな後れを取った。1990年以降、2009年までに行われた国際競争入札15機のうち、日本は落札できたのはわずか3機のみだった。

この約10年の間に、欧米諸国の衛星メーカーでは商用衛星のための競争力(設計の共通化によるコスト低減、納期短縮など)を着々と高めて来た。他方日本の衛星メーカーは政府から守られる形で、”研究開発”の名を冠するために、コストや納期を後回しにした、オンリーワンの衛星を作り続けていたのである。

冒頭で述べた、他業種への展開に向けては、徐々に潮目が変わる予兆を感じているが、「宇宙村」の村人は村から飛び出し、自ら市場を開拓しなければならない。もちろん、金額の大きいビジネスであるため、民間企業単独での脱却は難しく、政府の関与は不可避であるが、政府の資金援助の仕方は十分に考慮される必要がある(各国政府の宇宙施策についてはこちら)。

(5)「宇宙村」から脱却するための宙畑の取り組み

また、宇宙ビジネスの発展のためには宇宙産業界隈の変化だけでは不足である。なぜならば、宇宙を利用しようと他産業が思わなければ話が前に進まないからだ。

だが、冒頭で述べたとおり、宇宙ビジネス≒ロケット、宇宙ビジネス≒ロマンと言ったイメージはなかなか払拭できず、距離を置かれてしまうことが多い。宇宙ビジネスが他産業の既存の課題を解決する種を持っている可能性があるにもかかわらず、である。

そのイメージを払拭するためには何か衝撃的な宇宙ビジネスのインパクトを生み出すか、宇宙ビジネスがどのようなものかということを他産業の人にとって親しみやすい言葉で丁寧に届けていくしかないのかもしれない。

そのためにも宙畑では日々宇宙ビジネスについて学び、考え、宇宙ビジネスの可能性について出来る限り分かりやすく記事にすることを継続して行っていきたい。もし宙畑の記事を読んでいるのが宇宙ビジネスの関係者の方であれば、ぜひ他産業で働く家族・知人にご紹介いただきたい。

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