宙畑 Sorabatake

宇宙ビジネス

受け継がれる宙魂!アポロ計画からアルテミス計画へ

2019年に始まったアポロ11号の月面着陸50周年を記念する連載企画は、今回で最終回。今回は一つの詩にまつわるエピソードをご紹介します。

2019年に始まったアポロ11号の月面着陸50周年を記念する連載企画は、今回で最終回を迎えます。連載開始時の50年前の1969年7月20日、アポロ11号が月面着陸に成功しました。その裏側には40万人もの人の努力があったと言われています。月面着陸までには事故で命を落とした宇宙飛行士もいました。月面着陸が成功した後もアポロ計画は続行し、様々な功績を残しています。そして、2019年には有人月面着陸を2024年までに目指すアルテミス計画が発表されました。再び人類は月を目指しています。

なぜ、私たちは宙(そら)のさらにその先、宇宙に心惹かれるのでしょうか。多くの人の心に刻まれている詩歌『空高く(High Flight)』とその詩にまつわるエピソードをご紹介します。

詩歌『空高く(High Flight)』

Oh! I have slipped the surly bonds of earth,
私は地球の束縛から解き放たれ

And danced the skies on laughter-silvered wings;
銀翼にのって笑いながら空を舞った

Sunward I've climbed, and joined the tumbling mirth
太陽に向かい上昇し、雲の合間を太陽光が射す空に飛び込み

of sun-split clouds, -- and done a hundred things
喜びをかみしめた -- そして、あなたが想像もできないことを

You have not dreamed of -- Wheeled and soared and swung
数えきれないほどした -- 高く、太陽が照らす静寂のなかで

High in the sunlit silence. Hov'ring there,
宙返りし、高く舞い上がり、弧を描いた 

I've chased the shouting wind along, and flung
そこに留まりながら、吹きすさぶ風を追いかけ

My eager craft through footless halls of air....
機体を段差のない空気の回廊へと操縦した…

Up, up the long, delirious, burning blue
無我夢中で、燃える青のなかを上へ、上へと進み

I've topped the wind-swept heights with easy grace
雲雀(ヒバリ)、そして鷲(ワシ)さえも飛んだことのない

Where never lark or even eagle flew --
高さまでいともたやすく到達した

And, while with silent lifting mind I've trod
そして、静かに高揚する気持ちをおさえ

The high untrespassed sanctity of space,
高く未踏の領域を飛びながら

Put out my hand, and touched the face of God.
私は手を伸ばし、神の御顔に手を触れた

ジョン・ギレスピー・マギー・ジュニア

『空高く(High Flight)』は弱冠19歳のジョン・ギレスピー・マギー ・ジュニア(1921-1941年)によって、彼が亡くなる数ヶ月前に創作された詩です。彼は宣教師であるアメリカ人の父親とイギリス人の母親の間の長男として生まれました。イェール大学進学の奨学金も得ていましたが、アメリカが第二次世界大戦に突入する前、18歳でカナダ空軍に入隊し、パイロットとして訓練に励みました。彼はあるとき高度3万フィート(9,000メートル)に到達し、やがて空を飛ぶパイロットの聖歌となる詩を詠みました。それが『空高く』です。(*1)1941年12月11日、彼は単発レシプロ単座戦闘機スピットファイアでの訓練中、他機と空中衝突し、若くして殉職しました。

パイロットのウィングマークを授かるジョン・ギレスピー・マギー ・ジュニア
Credit : Collection of Manuscript Division of the Library of Congress

アポロ15号にも持ち込まれた詩のコピー

アポロ15号では、ジェームズ・アーウィン宇宙飛行士が『空高く』のコピーを船内に持ち込んだことが知られています。写真では「このコピーはアポロ15号に搭載されて月まで運ばれました」の直筆サインが確認できます。(*2)『空高く』は米空軍の隊員が暗唱することでも有名です。空軍士官学校を卒業しているアーウィン宇宙飛行士も、詩に愛着があり、国のために犠牲を払い、空を目指してきた同志に敬意を示すため、詩のコピーをフライトに携えたのかもしれません。

アポロ15号に持ち込まれた『空高く』のコピー Credit : NASA

『空高く』に影響を受けた教会の建築

米国コロラド州のコロラドスプリングスに空軍士官学校があります。そこには多くの人が祈りを捧げる、ステンドグラスの美しい教会があります。『空高く』の詩は、「高みを目指す(Aim High)」という空軍が掲げる標語とも相まって、教会の建築にも影響を与えたと言われています。(*3)

空軍士官学校の教会(1)外観
飛行機の翼をイメージして設計されている
Credit : sorabatake
空軍士官学校の教会(2)内観
自然光が入り込むと教会内は色鮮やかに彩られる
Credit : sorabatake
空軍士官学校の教会(3)オルガン Credit : sorabatake
空軍士官学校の外からの眺め Credit : sorabatake

エンターテイメント作品での引用

他にも、『空高く』は音楽作品や映画などで使われ、戦時下の英雄を称える詩として多くの人の心を鷲掴みしています。例えば、『カントリー・ロード(Take Me Home, Country Roads)』の歌で大ヒットし、自家用機操縦中に亡くなった歌手ジョン・デンバーも『空高く』を歌詞に引用した楽曲を歌っています。(*2)詩の一節『Slipping the Surly Bonds』が題名となっている、空の格言集をまとめた本も存在します。また、次にご紹介する映画作品にも詩は登場します。ぜひ、いろいろな作品を楽しんでみてくださいね。

映画『顔のない天使(The Man Without a Face)』(1993年)
顔に火傷を負って人目を避ける生活を続ける男性と少年の出会いを描いた物語。
メル・ギブソン主演、初監督作品。

映画『ザ・パイロット(For the Moment)』(1993年)
第二次世界大戦中、カナダを舞台にした物語。
俳優ラッセル・クロウと女優クリスチャンヌ・ハート主演。

映画『風の惑星/スリップストリーム(Slipstream)』(1989年)
グライダー(滑空機)だけが人々の交通手段である未来の地球のSF物語。
映画『スター・ウォーズ』のルーク・スカイウォーカーのマーク・ハミル出演。

映画『ホワイトクラッシュ(The Snow Walker)』(2003年)
エスキモーの少女を救うために乗せた飛行機が墜落した後に展開するサバイバル物語。
ジェームズ・クロムウェル主演。

宇宙開発史における弔辞での引用

最後にご紹介するのが、宇宙開発史における『空高く』の引用です。その代表例が1986年1月28日、尊い7名の搭乗員の命が奪われたスペースシャトル・チャレンジャー号爆発事故の弔辞で、ロナルド・レーガン大統領が米国民にテレビ放送で伝えたものです。(*4)当時、詩の一節を弔辞に引用したのは、ウォール・ストリート・ジャーナルの新聞記者でもあり、レーガン大統領専任のスピーチライターだったペギー・ヌーナンという女性です。(*5)事故で亡くなった宇宙飛行士が眠るアーリントン国立墓地の墓碑の裏側にも『空高く』は刻まれています。

"We will never forget them, nor the last time we saw them, this morning, as they prepared for their journey and waved goodbye and "slipped the surly bonds of earth" to "touch the face of God." Ronald Reagan

「私たちは決して彼らのことを忘れません。そして今朝、地球の束縛から解放され、神の御顔に触れんとするため、旅に出る準備に取り掛かり、さようならと手を振った彼らの最後の姿も、永遠に私たちの記憶に刻まれることでしょう。」ロナルド・レーガン大統領

アーリントン国立墓地の墓碑 Credit : aerospaceweb.org

また、もう一つの場面が2012年9月13日、月面を最後に歩いたユジーン・サーナン宇宙飛行士が代表で弔辞を読んだ、二ール・アームストロング船長(享年82歳)の葬儀でのお別れの言葉です。

"As you soar through the heavens beyond where even eagles dare not go, you can now - finally - put out your hand and touch the face of God." Eugene Cernan

「鷲さえもあえて行こうとしない高さの大空を舞い、あなたは手を伸ばし神の御顔に触れ、ようやく安らかな深い眠りにつくことでしょう。」ユージン・サーナン宇宙飛行士

ニール・アームストロング船長の
葬儀式次第に記載された『空高く』
Credit : NASA

詩歌『空高く』は宇宙開発史の大切な節目でも引用されてきました。航空宇宙開発の精神(宙魂)をまさに体現しているような詩です。2012年、人類で初めて月面を歩いたニール・アームストロング船長も他界してしまいました。しかし、その宙魂は次世代に受け継がれています。アポロ計画から半世紀経った今、新たな時代の月探査はアルテミス計画へと歩みを進めています。人類がまたどのような冒険に繰り出すのか、楽しみで仕方がありません。

読者のみなさまへのお礼

初回記事も含めた全14回にわたるアポロ計画50周年記念連載、お楽しみいただけましたでしょうか?1年間、月1回の連載にお付き合いいただきました読者のみなさまには心より御礼申し上げます。今後、アルテミス計画が盛り上がっていくなか、宙畑のアポロ計画50周年記念連載が月探査の理解の一助となれば大変嬉しく思います。

おかげさまで2020年5月上旬時点、連載の訪問者数は7万6610人を記録することができました。この場をお借りして改めて、宙畑編集部の皆様、特に最後まで二人三脚で伴走してくれた編集者の藤木萌恵さんに感謝の気持ちをお伝えしたいと思います。

「宙畑」は、宙という名の畑を地道に耕すことを彷彿させます。それは、宇宙開発で大勢の人が一丸となって技術開発に取り組んでいる姿と重なります。日本、そして世界のさらなる月探査と宇宙開発の発展を願って。燃えよ宙魂!2020年5月15日(終)

(参考文献)
(1)月面に立った男―ある宇宙飛行士の回想、ジーン・サーナン著、浅沼昭子訳、飛鳥新社、2000年
(2)Touching the Face of God -The Story of John Gillespie Magee, Jr. and His Poem “High Flight”-”Ray Haas, 2014
(3)‘Touching heaven’ at Air Force Academy Cadet Chapel, Dianne Hardisty, The Bakersfield Californian, Sep 20, 2019
(4)High Flight -The Life and Poetry of Pilot Officer John Gillespie Magee-, Roger Cole, 2013
(5)What I Saw at the Revolution A political Life in the Reagan Era, Peggy Noonan, Random House New York, 1990