宙畑 Sorabatake

特集

星の導きを頼りに!宇宙六分儀を使った天文航法と宇宙機航法の今

アポロ11号の月面着陸50周年を記念した連載企画の第12回目では、宇宙六分儀を使った月までの航法についてさらに深掘りします。アポロ計画での天文航法を解説し、現代の宇宙機航法がどのように発展しているのかご紹介します。

アポロ11号の月面着陸50周年を記念した連載企画の第12回目では、宇宙六分儀を使った月までの航法についてさらに深掘りします。アポロ計画での天文航法を解説し、現代の宇宙機航法がどのように発展しているのかご紹介します。

南極横断探検で窮地を救った天文航法

20世紀、天文航法が絶体絶命の危機を救った有名な事例に、アーネスト・シャクルトン率いる英国の南極横断の探検があります。困難な状況にも関わらず犠牲者を出さなかったため、この探検は極限状態でのプロジェクトマネジメントやリーダーシップ論でよく引き合いに出されます。ことの発端は1915年、エンデュアランス(忍耐)号がウェッデル海の流氷に閉じ込められ、間もなく船が沈没してしまったことでした。28人の乗組員は5ヶ月間、氷上での漂流生活を余儀なくされました。

南極大陸周辺地図(エレファント島とサウス・ジョージア島) Credit : sorabatake

のちに救命艇で南極半島北方にあるエレファント島に到着。そこから救助を求めるため、シャクルトンはフランク・ワースリー航法士も含めた6人のチームを編成し、南極から約1,500キロメートル離れたサウス・ジョージア島の捕鯨基地を目指しました。六分儀を使った天文航法を使って救命艇で航海し、12日後に目的地に到着。約2年間のサバイバル生活後、隊員は全員救出されたのでした。(*1,2)これは歴史上の一例に過ぎませんが、天文航法の知識があるのとないのとでは、時に大きな差を生み出すことが理解できます。

海から空へ、空から宙へ発展した航法理論

宇宙の航法理論に最初に取り組んだのは、海の航法を空に発展させたフィリップ・ウィームス(Philip Van Horn Weems)です。(*3)『SPACE NAVIGATION HANDBOOK』という教科書も執筆しています。なんと、研究では過去の日本人の功績も参考にしています。日本海軍水路部に勤務していた海洋学者・潮汐学者の小倉伸吉が作成した天測表を参考にしながら、空での航法に掛かる時間を海より10分の1に短縮しました。従来だと海で15〜30分掛かっていた天測を、星が見える夜間は40秒、日中は2分に短縮させることに成功させました。(*4)

プロッターとE6Bコンピュータ Credit : sorabatake

ウィームスは1927年にニューヨークとパリ間の大西洋単独無着陸飛行に成功したチャールズ・リンドバーグにも天文航法を教えていました(ただし、大西洋飛行では六分儀は積まれていません)。また、1932年、女性として大西洋飛行を成し遂げたアメリア・イアハートの航法士フレッド・ヌーナンも彼を師匠として慕っていました。今でも自家用操縦士訓練などで飛行計画を作成する時に使われるプロッターやE6Bコンピュータの開発にはウィームスが携わりました。(*5)実際、アポロ計画で採用された天文航法はウィームスの提案方法とは異なりますが、最初の一歩を踏み出すきっかけを与えたのは間違いありません(*6)。

司令船の慣性航法と宇宙六分儀を使った天文航法

アポロ計画の航法の主体は、地球の3箇所に直径85フィート、10箇所に直径30フィートのパラボラアンテナを設置したMSFN(Manned Space Flight Network)追跡システムでした。(*7)地上から電波を宇宙船に送り、地上局から宇宙船までの距離と角度、宇宙船の速度を求めました。水晶発振式より高精度なルビジウム原子時計(原子の振動数を時間の基準とした時計)の導入により、宇宙船の位置は±30メートル、速度は±秒速0.06メートルで測定できたと言われています。(*3)しかし、地上局の追跡では、地球から離れるほど測定誤差が大きくなったり、地上局が故障したり、電波妨害含め通信が断絶したりする可能性がありました。そのため、宇宙船だけでも航法できるように、慣性航法と天文航法が用意されました。

MSFN追跡システム(*7) Credit : NASA

慣性航法とは、外部からの情報を頼らずに位置や速度を決定できる方法です。移動体の加速度を計測し、積分計算によって速度と移動距離を計算します。慣性航法は「押入れの天文学」とも呼ばれます。(*8)慣性計測装置(IMU)は、方位が分かるジャイロスコープ(高速回転するコマ)、速度を教える加速度計、それらのデータを処理する計算機(コンピュータ)で構成されます。

司令船の慣性計測装置(IMU)(*9) Credit : MIT IL

慣性航法の難しさは、時間が経つにつれて誤差が雪だるま式に増えていくことです。その要因は、機械や熱的要因によるジャイロの計測誤差、天体の大きさ・形・密度・質量などによる重力の計算誤差、信号のアナログ/デジタル変換時に生じる量子化誤差、計算速度の限界などが影響しました。(*9)計測誤差を大きくしないため、司令船のなかでIMUと宇宙六分儀は近くに置かれました。

司令船のIMUと宇宙六分儀(*9) Credit : NASAの図を宙畑で編集(青い丸追加)

航法計算に必要な角度を得るため、司令船には2つの光学機器、走査望遠鏡(倍率1倍)と宇宙六分儀(倍率28倍)がありました。前者は視界60度(実際は宇宙船の構造により40度)、後者は視界1.6度まで角度の測定が可能でした。(*10)

走査望遠鏡と宇宙六分儀の視界(*11) Credit : MIT IL

1968年12月、地球から月までの航海を初めて実現したのはアポロ8号です。宇宙六分儀を使った測定は計138回行われました。地上局と宇宙船の慣性航法による速度や位置が常に比較され、より確かな値がコンピュータに入力されました。(*12,13)

次の節からアポロ計画での六分儀の使用方法について詳細を紹介していきますが、航法に欠かせない「六分儀」の歴史について知りたい方は、第10回目の連載記事をぜひお読みください。

宇宙六分儀の使用例その1:慣性計測装置の調整

まず、宇宙六分儀はIMUの調整のために使われました。IMUにはジャイロを固定する機構(プラットフォーム)がありました。プラットフォームは振動など宇宙船の動きによりどうしてもずれてしまい、計測誤差を与えてしまいました。そこで、IMUのずれを確認するため、宇宙六分儀を使って直角90度に離れた2つの星の観測が行われました。2つの星の間の角度差がゼロに近いほど誤差が小さいことを表し(表の7列目参照)、IMUのずれが調整されました。

IMU調整の測定結果 Credit : Apollo Flight Journal

宇宙六分儀の使用例その2:中間軌道における位置決定と航法

位置決定の原理

また、宇宙六分儀は中間軌道における航法でも使われました。次の図に示されるように、宇宙船から2つの星の間の角度を観測した時、円錐の表面上であればどこからでも観測される角度は同じです。つまり、宇宙船が円錐の表面のどこかにいることを意味しました。おおよその軌道は分かっているため、そこから円錐の一番近い箇所が宇宙船の新たな推定位置となりました。(*14)この測定を何回も繰り返すことによって軌道からのずれが分かり、実際の軌道が許容範囲に収まるように宇宙船の速度が調整されました。(*15)

「位置の線(line of position)」ならぬ「位置の円錐(cone of position)」(*16) Credit : North American Aviation

1つの角度だけでは宇宙船が円錐上のどこかにいることしか分かりませんが、1つ目の星と頂点を同じ方向にする2つ目の星との角度を測定することにより円錐の面が交差する2本の「線」が求まり、遠く離れた場所にある3つ目の角度を測定すると円錐の面が交差する「点」が求まりました。つまり、角度測定を何回か行うことにより、宇宙船のだいたいの位置も知ることができました。(*17,18)

中間軌道における位置決定の原理(*18) Credit : NASA

航法計算の仕組み

次の図はアポロ誘導コンピュータに(1)走査望遠鏡と宇宙六分儀で測定された角度、(2)時刻、(3)天文航法で使用する天体や星の位置情報(スターカタログ)が入力され、航法計算が行われる様子を表します。海の航海で正確な時を刻むクロノメーターが必要であったように、宇宙船に搭載されたアポロ誘導コンピュータも時計として大切な役割がありました。複雑な航法計算では、天体や星の位置情報を参照しながら宇宙六分儀による角度の推定値と実測値が比較され、宇宙船の推定速度と推定位置が求められました。(*12)

航法計算の仕組み概要(*19) Credit : University of Florida Digital Collections

宇宙六分儀の操作

実際に宇宙飛行士の操作をみてみましょう。はじめに天体(地球または月)と選択した星を走査望遠鏡の視界に捉えました(図a参照)。宇宙船自体を操作し、天体(月)を走査望遠鏡のゼロ目盛りに合わせました。次に、操作桿を使って選択した星を目盛りの延長線上に合わせ、目盛りのトラニオン角度(At)を記録しました(図a参照)。そして、宇宙六分儀の設定角度をトラニオン角度に合わせ接眼レンズを覗き、天体と星の画像を重ね合わせました(図b参照)。最後に、十字目盛りに画像が重なったら確定ボタンを押し、シャフト角度(As)、トラニオン角度(At)、時刻をアポロ誘導コンピュータに送信しました。(*18)

宇宙六分儀の中間軌道での使用(*16) Credit : North American Aviationの図に(a)(b)のキャプションを宙畑で追加

導きの星を探せ!アポロ計画の天文航法で使われた星々

“The real friends of the space voyager are the stars.”
「宇宙を航海する者の真の友は星である。」
ジェームズ・ラベル宇宙飛行士

天文航法で使われる星の情報がまとめられていたのがスターカタログです。アポロ計画では、ほぼ等間隔で離れている37個の星を使っていました。当初、そのうち3つの星には名前がありませんでした。アポロ1号の宇宙飛行士の名をとって、3つの星にはそれぞれ、エド・ホワイト二世のSECONDを逆さまにして「DNOCES」、ガス・グリソムのミドルネーム「IVAN」を逆さまにして「NAVI」、ロジャー・チャフィーのROGERを逆さまにして「REGOR」と名付けられました。これは、アポロ1号の火災事故が起きる前に決定されたことでした。(*20,21)彼らは星となって私たちのことを導いてくれていたのかもしれませんね。

司令船に搭載されたスターカタログ Credit : Smithonian

光学航法・中性子星etc.現代の宇宙機航法

スタートラッカを利用した光学航法

宇宙機航法は現在、どのように発展しているのでしょうか。はじめに、深宇宙探査などで使われる航法についてご紹介します。「スタートラッカ」という姿勢センサは、光学カメラを使い、宇宙空間の星空のパターンを既存の星の位置情報(スターカタログ)と照合して宇宙機がどちらに向いているのか特定します。これは「光学航法」と呼ばれます。スタートラッカは1950-1960年代、慣性航法システムが不十分だった頃、長距離弾道ミサイルや巡航ミサイルで重要な役割を担い、慣性航法を補正する目的で使われていました。現在スタートラッカは、ハッブル望遠鏡から超小型衛星まで幅広く使われています。(*22)

スミソニアン航空宇宙博物館に展示されているスタートラッカ Credit : sorabatake

GPSを利用した航法

また、地球低軌道(LEO)ではGPSによる軌道決定と時刻同期の実証実験が行われてきました。宇宙へ打ち上げられた最初のGPS受信機は、1982年7月の地球観測衛星LANDSAT-4です(打ち上げ後、すぐに故障)。続いて1984年3月、同型受信機を搭載したLANDSAT-5が打ち上げられました。1990年代、スペースシャトルや国際宇宙ステーション含め、50機以上の宇宙機にGPS受信機が搭載されました。(*23)

GEO、MEO、LEO&HEO軌道 Credit : sorabatake

さらに、静止軌道(GEO)でのGPSの軌道決定能力を試験するため、米空軍・コロラドスプリングス大学共同のFalcon-Gold実験(1997年10月)、超楕円軌道(HEO)での高度変化によるGPS航法性能を評価するため、アメリカのEquator-S実験(1997年12月)や欧州のTEAMSAT/YES実験(1998年)などが実施されてきました。2002年9月、NASAと共同研究するアマチュア衛星「オスカー40号(AO-40)」はHEO軌道の高度58,000キロメートルでGPS信号を受信しています。(*23,24)地球から月までのGPS航法も検討しているアルテミス計画の布石として、4機の衛星が編隊飛行しながら宇宙の磁気圏を観測するMMSミッション(2015年3月)では地球から月まで半分の距離でGPS信号を受信しました。(*25)また、静止気象衛星GOES-16(2016年11月)も静止軌道環境におけるGPS利用の研究成果を挙げています。(*26)

中性子星を利用した航法

Credit : sorabatake

そして、GPSの原理を太陽系に拡張しようと試みるすごいプロジェクトがあります。それは、2017年から国際宇宙ステーションで実験されているNICER/SEXTANT(Station Explorer for X-ray Timing and Navigation Technology)による中性子星が発するパルス(規則正しい電波放射)を用いた航法です。しっかりとプロジェクト名に「六分儀(SEXTANT)」の頭文字がとられていますね。中性子星のパルスは規則正しいタイミングで出されるため、GPS信号が弱くなる場所でもGPSに搭載される原子時計と同じ役割を果たすことが期待されています。

今回はアポロ計画で行われた天文航法の仕組みと宇宙機航法の開発について思いを巡らせました。アルテミス計画ではアポロ計画から発展して、航法作業がどのように自動化されるのか注目が集まります。新しい技術はより良い意思決定を促してくれることが期待されます。今後の科学技術の発展から目が離せません。

(参考)
(1)Celestial Navigation in the GPS Age – Revised and Expanded, John Karl, Paradise Cay, 2011
(2)Navigation on Shackleton’s voyage to Antarctica, Lars Bergman and Robin G Stuart, Records of the Canterbury Museum , 2019 Vol. 33: 5–22, Canterbury Museum 2019
(3)Deep Space Navigation: The Apollo VIII Mission, Paul Peruzzi, 2010
(4)Time and Navigation: The Untold Story of Getting from Here to There, Andrew K. Johnston, Roger D. Connor, Carlene E. Stephens, Paul E. Ceruzzi, Smithsonian Books, 2015
(5)The Road to the Future… Is Paved With Good Inventions, By The Editors, AIR & SPACE MAGAZINE, SEPTEMBER 2009
(6)Space Navigation Handbook: Navpers 92988, U.S. Government Printing Office, 1962
(7)Volume 3 Applied Physics and Engineering An International Series, Re-Entry and Planetary Entry Physics and Technology, ll/ Advanced Concepts, Experiments, Guidance-Control and Technology, Edited and authored by W. H. T. Loh, Springer-Verlag New York Inc, 1968
(8)科学大博物館 装置・器具の歴史事典、橋本毅彦・梶雅範・廣野喜幸監訳、朝倉書店、2005年
(9)The Apollo Guidance Computer Architecture and Operation, Frank O’Brien, Springer, 2010
(10)GUIDANCE AND NAVIGATION, CSM/LM Spacecraft Operational Data Book, Volume 3, Mass Properties, SNA-8-D-027(III) Rev 2, 20 August 1969, Apollo Lunar Surface Journal
(11)Apollo Guidance and Navigation, Computer Aided Inertial Platform Realignment in Manned Spaceflight, E-2246, James A. Hand, May 1968
(12)Battin, Richard H. An Introduction to the Mathematics and Methods of Astrodynamics. New York, N.Y. :American Institute of Aeronautics and Astronautics, 1987
(13)Digital Apollo
(14)Control, Guidance, and Navigation of Spacecraft, A Survey of Midcourse Guidance and Navigation Techniques for Lunar and Interplanetary Missions By John D. McLean NASA, U.S. Government Printing Office, 1961
(15)Space Navigation -NASA FACTS An Educational Publication of NASA- NF-37/12-67, NASA, 1968
(16)Apollo Logistics Training, Guidance and Navigation System, North American Aviation, Inc, Space and Information Systems Division, Revised Juky 1, 1965
(17)Tables from American Practical Navigator, Nathaniel Bowditch, p.677, U.S. Government Printing Office, 1962
(18)SPACE NAVIGATION, Lester Novros, Graphic Films Corporation, 1967
(19)Apollo Guidance & Navigation System Block 1 (Series 100) Student Study Guide, Guidance & navigation System Familiarization Course 116, Prepared by AC Electronics Division of General Motors, 1965, University of Florida Digital Collections
(20)アポロとソユーズ―米ソ宇宙飛行士が明かした開発レースの真実、デイヴィッド・スコット、アレクセイ・レオーノフ、ソニーマガジンズ、2005年
(21)How Apollo Flew to the Moon Second Edition, W. David Woods, Springer, 2011
(22)M. Marin and H. Bang, “High Update Rate Star Tracker for Gyroless Spacecraft Operation,” 2018 5th IEEE International Workshop on Metrology for AeroSpace (MetroAeroSpace), Rome, 2018, pp. 295-299
(23)宇宙における電波計測と電波航法、高野忠、佐藤亭、柏本昌美、村田正秋、コロナ社、2000年
(24)GPS-Based Navigation and Orbit Determination for the AMSAT AO-40 Satellite, George Davis, Emergent Space Technologies, LLC, Michael Moreau, Russell Carpenter, Frank Bauer, NASA Goddard Space Flight Center, AIAA, 2002
(25)New High-Altitude GPS Navigation Results from the Magnetospheric Multiscale Spacecraft and Simulations at Lunar Distances, Winternitz, Luke B., Bamford, William A., Price, Samuel R., 30th ION GNSS+ 2017 International Technical Meeting of the Satellite Div. of the Institute of Navigation, 2017
(26)NASA Will Soon Use GPS Technology to Navigate in Space, July 2, 2019

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