衛星搭載ライダーのキホン~事例、分かること、仕組み、種類、衛星~
宇宙ビジネスコンテスト「S-Booster2017」の大賞テーマ「超低高度衛星搭載ドップラーライダーによる飛行経路・高度最適化システムの構築」で注目を集めた「ライダー」と呼ばれる技術をご存知ですか?今回は衛星搭載ライダーに注目し、原理から応用事例まで解説します。
宇宙ビジネスコンテスト「S-Booster2017」の大賞テーマ「超低高度衛星搭載ドップラーライダーによる飛行経路・高度最適化システムの構築」で注目を集めた「ライダー」と呼ばれる技術をご存知ですか?
考古学における遺跡発掘ではその強みが存分に発揮され、最近では自動運転や最新のiPadにも使用され話題になっています。しかしながら、実際の原理や応用事例、さらにリモートセンシングでも使われている技術という事を知っている方は多くないでしょう。
今回は衛星搭載ライダーに注目し、原理から応用事例まで解説します。
(1)宇宙ビジネスコンテストでも話題!? 衛星搭載ライダーの魅力
宇宙ビジネスコンテスト「S-Booster2017」で大賞をとったのは、「超低高度衛星搭載ドップラーライダーによる飛行経路・高度最適化システムの構築」というアイデアでした。
衛星を使って大気の様子を観測することで、航空機の飛行経路を最適化しようという試みです。
航空機の運航における燃料費の示す割合は大きく、1%燃料費を削減することができると、1年間の経済効果は3,000億円以上になると試算されています。
このときに用いられるセンサが、本記事のテーマ「ライダー」です。いわゆる「写真」とは異なる仕組みのセンサを衛星に搭載することで、これまで観測が難しかった海洋上などでの大気の様子を観測できるようになるのです。
ライダーによる宇宙からの観測が最初に行われたのは、1994年です。地球観測衛星の歴史は1959年から始まっていることを考えると、ライダーは比較的新しいセンサと言えるでしょう。
スペースシャトルディスカバリーに搭載されたミッション「The Lidar In-space Technology Experiment (LITE)」は、技術実証であったものの、9日間の観測で地球規模での雲やエアロゾルの観測を行い、ライダーの可能性を見出しました。
本記事ではそんなライダーについて詳しくご紹介します。
(2)ライダー観測の仕組み
ライダーはレーザレーダともいわれ、その名の通り「レーザ光を使ったレーダ」です。
レーザー光を使った能動型センサ
レーダはセンサからマイクロ波(電波の一種)を発射し、地表で跳ね返ってきたマイクロ波をとらえるセンサです。宙畑でよく出てくるレーダとして、合成開口レーダ(SAR)があります。(合成開口レーダ(SAR)のキホン~事例、分かること、センサ、衛星、波長~)。
それに対してライダーはマイクロ波ではなくレーザ光(非常に整って直進性の高い光)を発射し、地表で跳ね返ってきたレーザ光を捉えるセンサです。
光が返ってくるまでの時間から「距離」を算出
レーザを使った観測で、ターゲットにレーザが当たると反射、散乱してレーザ光が衛星に戻ってきます。レーザは光で、速度は一定(光速)なので、レーザを発射したタイミングさえ分かれば、ターゲット(点)までの距離が正確に分かります。
「距離」が分かると3D形状がわかる
ライダーはレーザが当たったスポット(点)の情報しか分からないという性質があります。
ターゲット(点)までの距離が分かることを利用して、観測範囲を広げて行くと、ターゲットの立体形状を知ることができます。
例えば、ライダーを自動車に搭載すると、車の周辺の高精度な物体検知に使われています。
新型iPadにも小型のライダーが搭載されています。周辺の物体の距離を正確にとらえることで、より高度なARが実現されています。
搭載するプラットフォーム(ドローン、航空機、衛星)とその特徴
ライダーは、衛星だけでなくドローンや航空機、自動車などのプラットフォームに搭載されて観測が行われています。
プラットフォームの性質により、観測できるものも変わってきます。
ドローン
近年ドローンに小型のライダーを搭載した事例がよく出てきています。
航空機や衛星と比較して安価で、手軽に撮影ができる点がドローンによる撮影の特徴です。例えば、建設現場で現地の状況を三次元で把握するなどの用途で用いられています。
航空機
航空機搭載のライダーではドローンよりも広い範囲の測定が可能となります。しかし、フライトには費用がかかるためドローンほど手軽に実施することができません。
したがって、都市開発のための測量などの用途で用いられるようです。
衛星
衛星ライダーの場合、ドローン・航空機と異なり衛星は速度が早いため、レーザが当たった点が面として繋がらず、データとしては「点在」という形で存在しています。
ドローンや航空機と比較して遠い距離で撮影しているため、精度は落ちますがその分他のプラットフォームではカバーできない広い範囲の、継続した測定が可能となります。
また、撮影場所として、ドローンや航空機を飛ばせない海洋の真ん中や大気中の様子を撮影することにも用いられています。
(3) ライダーの種類とできること
ライダーはその用途によって、いくつかの種類に分けられます。今回は、その代表的なものをご紹介します。
地面標高
ライダーは地面までの距離を測定することができるので、標高や地形を把握することができます。
標高は、一般的な光学画像でもステレオ視(立体視)の原理を使って測定が可能です。しかし、光学画像では「森林下の地形」「谷底など陰になる場所」「特徴点が取りにくい平野」などの場所は画像に写らないため、標高の作成が困難です。
ライダーを使うと、そういった箇所も直接的に測定することができ、より網羅的な標高情報が取得できるのです。こういった標高情報は、インフラ整備や防災対策などに使われています。
氷床の厚み
温暖化の影響で年々減少する氷床を「広さ」ではなく「氷の厚み」としてとらえることにより、どれだけの体積の氷床が減少・増加したかを観測することが出来ます。
氷床は市街地などとは異なり特徴点が少ない為、光学画像のステレオ視による3D化は困難でありライダーの強みが発揮される分野です。
森林の樹高・バイオマス(植生ライダー)
樹木のような上から見た際に隙間があるターゲットにおいて、レーザは地表まで突き抜けるので、樹木の高さ(最初に当たった頂点から地表までの距離)が分かります。
近年では林業などでも航空機やドローンを使用したレーザ測量が行われています。日本でも国際宇宙ステーションからのライダー高度計を計画しています。(http://www.kenkai.jaxa.jp/research/sensor/sensor.html)
SAR観測では、マイクロ波の散乱によって「森林か森林でないか」などの情報が分かりますが、ライダーでは「観測した地点の森林の高さ」や「どれだけの木材(バイオマス)が存在するか」などの森林管理に使える情報を、他の衛星データよりも高精度に得られます。
浅瀬の水深(測深ライダー)
レーザの波長(主に532nm)によっては浅瀬や池の底までレーザ光が届く為、河川や湖、浅瀬の地形の調査などで使用されています。
また、ライダーを使って魚群が観測できたという報告があります。
雲・エアロゾル
プロジェクターの光に照らされて、ほこりがキラキラと光るのをご覧になったことがある方も多いのではないでしょうか。
ライダーでは波長が1μm程度のレーザー光を用いるため、波長と同程度のサイズであるエアロゾルや大気中の粒子を観測することができます。
この性質を利用して、雲の「厚み」や水蒸気などの分子を観測し、大気科学や気象予測の高精度化に貢献します。
気流の速度(ドップラーライダー)
空気中の微粒子にレーザが当たった時、微粒子自身も風などの影響で速度を持っています。動いている微粒子にレーザが当たるとレーザーの波長が変化します(ドップラー効果)。
つまり、返ってきたレーザーの波長の変化から微粒子を含む風の速度(速さと向き)が分かるということです。
ドップラーライダーを使って気流の流れを観測できると、燃料費が少なくて済む航空機の最適な経路を割り出すことができる、というのが、本記事の冒頭で紹介した-Booster2017の大賞テーマになります。
(4)現在使える衛星搭載ライダーデータ
では、実際に衛星搭載ライダーのデータはどこで入手できるのでしょうか。
衛星搭載ライダーはまだまだ発展途上ですが、一般に使用できるデータもありますので、ここでいくつかご紹介いたします。
1. CALIPSO(2006/6~2020/8 大気・エアロゾル)
CALIPSO(Cloud-Aerosol Lidar and Infrared Pathfinder Satellite Observations)は2006年に打上げられた、雲・エアロゾルを観測対象にしたライダー衛星で、現在まで運用されています。
532nm、1064nmの2波長、鉛直方向330m分解能で観測を行い、数々の科学的成果をあげてきました。
一般にもデータを公開しています。(執筆時点で2020/7/9までのLevel-1プロダクトが公開されています)
https://eosweb.larc.nasa.gov/project/calipso/lidar_l1b_profile_table
ちなみに、イカやオキアミなどの魚群の移動を全球的に観測したことも話題になりました。
2. ICESat(2003~2009 氷床、植生)
ICESat(Ice Cloud and Land Elevation Satellite)は主に南極・北極における氷床と海氷の厚さを計測し、温暖化の影響を評価する為に2003年に打上げられた衛星です。
レーザのトラブルで短い観測期間で運用を終了しましたが、氷床における重要な観測データだけでなく、地球上の植生をライダー観測した貴重なデータとして注目されました。
また、全球3D地図であるAW3Dの検証データとして使用されました。
https://nsidc.org/data/icesat/data.html
3. CATS(2017 大気・エアロゾル)
CATS(The Cloud-Aerosol Transport System)は、国際宇宙ステーション(ISS)に取付けられたエアロゾルや雲を観測対象としたライダーで、2015年から2年間観測を行ってきました。
https://cats.gsfc.nasa.gov/data/browse/
4. ICESat-2(2018/10~ 氷床、植生、大気・エアロゾル)
ICESat-2は先述のICESatの後継ミッションで、2018年に打上げられたライダー衛星で、2018年10月から現在までの532nmの波長で観測されたライダーデータを利用することが出来ます。ICESatの時はプロダクトとして存在していなかった植生情報についても正式にプロダクトとして提供されています。
https://nsidc.org/data/icesat-2/data-sets
5. GEDI(2019/4~ 植生)
GEDI(Global Ecosystem Dynamics Investigation)は2018年末に打上げられ、国際宇宙ステーションに設置されたライダーミッションです。目的は全球森林バイオマスの高精度計測であり、2019年4月から10月(執筆時点)までのデータが利用できます。ミッションの名前がスターウォーズに登場する「ジェダイ」と同じという点も話題になりました。
https://lpdaac.usgs.gov/search/?query=GEDI&content_types=Data+Products&view=cards&sort=relevance
(5)まとめ
今回は、新たな地球観測センサである「ライダー」についてご紹介いたしました。
ライダーはレーザー光を使って対象までの距離を測定するセンサです。
対象を地面や森林にすると標高や樹高が、浅瀬に転じると海底の深さが、空気中の粒子をとらえると風速が分かります。
センサとしては他のセンサに比べると歴史は浅く、今後活用が進んでいく分野と考えられます。
次回は実際にこのライダーがどのようなデータであり、どのように扱えるかを最近の衛星ライダーであるGEDIやICESat-2等のデータを使ってご紹介します。