宙畑 Sorabatake

宇宙ビジネス

JAXAに聞いた!「みんなの仕事が宇宙の仕事になる」大宇宙探査時代の最新事情

1969年のアポロ11号の月面着陸から50年以上が経過した現在、人類の宇宙探査技術はどこまで進んでいるのでしょうか。JAXAの宇宙探査イノベーションハブに話を聞きました。

火星への移住計画を目標に掲げる米宇宙企業スペースXの創業者イーロン・​マスクの名前を聞いたことがあると思います。昨今、宇宙産業は注目を浴び、成長産業の一つに数えられています。

NASAのプログラム「アルテミス計画」によると、「2024年までに『最初の女性を、次の男性を』月面に着陸させ、その後、持続的な月での探査活動を目指し月面基地の建設を開始する」とされていますが、ふと素朴な疑問が。

「もし、月面に基地を作るとしたら、どうやって作るの?」

日本で宇宙のことを聞くならまずはここ。国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)です。そして、JAXAの中でも、未来を見据えた研究を民間企業と進める宇宙探査イノベーションハブ(以下、探査ハブ)の主任研究開発員布施哲人さんにお話を伺いました。

今回お話を伺った布施哲人さん

宇宙探査を推進する4つのキーワード『探る』『作る』『建てる』『住む』

宇宙探査を推進するにあたり、様々な異分野の人材・知識を集めた組織を構築し、これまでにない新しい体制や取り組みを行なっている探査ハブには、コンセプトがあります。

「現状を打破し、根本的にものごと変えることを意味する『Game Changing』がコンセプトです。これは、宇宙探査の在り方を変えると同時に地上技術に革命を起こすことを目指しています。

また、研究領域を、月や火星など地球外での拠点建設に必要な『探る』『作る』『建てる』『住む』の4つに分類しています」

例えば月面に基地を建設するとしたら、何から着手するのでしょうか?

「それが最初のステップ『探る』です。月とはどういう天体なのか、重力は地球の1/6ということは分かっていますが、表面だけでなく内部も知る必要があります。

人類は農業であれ工業であれ、水と共に生きてきたこともあり、近年、水の存在の可能性が研究されていますが、JAXAは、水の量や質などを調べる『月極域探査ミッション』を進めています」

宙畑メモ 月極域探査ミッション
水の存在有無を確認するだけでなく、水がどれだけの量、どのような分布で、どのような状態で存在するのかを調べるミッション。

https://www.exploration.jaxa.jp/program/lunarpolar/

また、月の立体的な地形図を見たことがあるという方も多いかもしれませんが、地表だけでなく地盤やその成分を知ることも大切なミッションとなるようです。

月面(地表)の地質図マップ
クレジット:NASA / GSFC / USGS Source : https://www.usgs.gov/news/usgs-releases-first-ever-comprehensive-geologic-map-moon

「例えば、地盤を知るためのボーリング調査がありますよね。それを月で行う必要があります。月は場所によって元素が違い、礫(れき:砂よりも大きい粒の直径が2mm以上の小石)も違うため、ドリルの掘る力や摩擦力などで地盤データが取れないか? という研究課題です」

地球上で地盤調査を行うことなく、軟弱な地盤に建物を建てた場合、当然のことながら建物の荷重に耐えられずに沈下します。こうしたリスク回避は月でも同じことが起きる可能性があるのです。

『探る』を担う広域未踏探査とは?

月を探るために、地球上と同様に人間が月面に降りて作業をするわけにはいきません。AI(人工知能)などを用いて自律的に動作させる遠隔操作が基本となり、その中心軸の考えが「広域未踏探査」です。

「NASAが行なっているような大型探査機を用いるのではなく、小さくクイックを得意とする小型ロボットで小回りと機動力を活かして、広域に大量に送り込む方式です。

一点豪華主義から分散協調型への発想の転換を行います。例えば、多数の小型ロボットを1回のロケットで打ち上げ、月や火星表面のクレータ内、縦穴洞窟などに配置し、一挙に探査できる革新的な技術の獲得です」

月面に分散に送り込まれた小型ロボット同士がお互いに協調することで、1台では成し得ない、高度な観測や協調作業、位置同定、信頼性確保などを行うといいます。そして布施さんが特に強調して話を続けてくれました。

「これは日本が得意とする小型かつ高性能なロボットを融合させた独自の探査技術を創出し、世界を牽引する宇宙探査を実現することにつながるだけでなく、地球上における火山・台風・災害など自然現象の新たな観測システムの構築や、工場内のプラントや大型構造物の計測や検査など地球上の広域自動観測分野への応用が期待されます」

『作る』と『建てる』に不可欠な地産地消と自動・自律技術

月とはどういう天体なのか探った次のステップは『作る』と『建てる』です。これは並行して行われると布施さんは言います。

「建造物を建てるためには素材が必要です。まさか、地球からモルタル(セメントと水とを練り混ぜて作る建築材料)を運んで、月面でコンクリートを作ることはできません。そこで現地で素材を調達・生成する地産地消型の考えと、それを自動・自律型で行うことがキーワードになります」

例えば、こうなります。

「月の素材でコンクリートブロックを作り、まずは放射線の防護壁作りから始まると思います。温度・真空・放射線という月の条件を考慮したシミュレーションは、地球の1/6とされる重力以外は地球上で実証できています」

必要な素材を現地調達できたとしたら、次は『建てる』です。そこで必要になるのが自動・自律型の建設システムになります。

一昨年の3月、JAXAと大手ゼネコンの鹿島建設との共同研究の成果が発表されました。その内容は遠隔での施工実験で、キャリアダンプやバックホウを使って掘る、埋めるを行うものです。

Credit : KAJIMA CORPORATION

「月での無人による有人拠点建設作業では、大きく4つのステップ『整地』『掘削』『モジュールの設置』『覆土(土を覆い被せる)』が考えられます。自らの車体位置・方位を計測する機器や自動走行制御装置を搭載し、遠隔操作と自動運転の双方が可能な機械に改造させ、遠隔操作と自動制御の協調による遠隔施工システムの実現を目指すものです」

Credit : KAJIMA CORPORATION

さらに、極限環境下での住宅システム構築についても、実証実験が行われたようです。

「月面ではありませんが、地球上の極限環境下・南極で持続可能な住宅システムの構築を目指した実証実験を、JAXAはミサワホームをはじめ4者の共同研究として実施しました。簡易な施工性で、自然エネルギーシステムによるエネルギーを最適化させ、センサーによるモニタリング等を検証するもので、この技術を応用して月面の有人拠点の開発を目指し、引き続き新たな共同研究を進める準備をしているところです」

Credit : JARE61/国立極地研究所

人類が月に住む。かつては遠い夢のようなSFの話だったことが、実現に向かい具体的に動いている話は興味が尽きません。

ただ、課題も多いと言います。

「TV番組でバックホウの先端に筆を装着させて、習字をするみたいなシーンを見たことありませんか? あれは、運転手による大変高度な熟練技術の賜物なんですが、宇宙では人に依存しないシステム=自動・自律型でなければいけません」

日本が誇る職人の高度な技術は高度成長期を含め、日本の産業を大きく支えてきた。しかし、技術者の高齢化や技術継承ができない未来がある今、「職人独特の『いなし・ならい』のような経験則で培われた技術をマニュアル化、つまり、データ化できないか。ここは大きな課題」と布施さんは言います。

「宇宙と地上のシナジー」オールジャパン体制で挑む価値

JAXAの宇宙探査イノベーションハブは設立から7年目を迎えています。設立当初からの課題と現在地はどう変化してきているのでしょうか?

「当初、『宇宙でオープンイノベーションだ!』とスローガンのもと、探査の時代がきたとき、日本の優位性は何だ?という問題意識がありました。当時は特に、降り立った地面で活動する技術は持ち得ていなかった。何もかもが未経験でした。そこで『宇宙と地上のシナジー』を掲げました」

『宇宙と地上のシナジー』とは、日常のビジネスシーンでは交わることのない異業種が新結合することでイノベーションを起こすことを指します。ちなみに新結合とは、イノベーション論を提唱したシュンペーターの言葉です。すでに鹿島建設、ミサワホームといった民間企業とのコラボレーションを紹介してきましたが、さらに宙畑が面白いと思ったのはタカラトミー、ソニーといった土木とも関係がないように思える企業とのコラボレーション事例です。

タカラトミー×ソニーx宇宙で何ができる?

JAXAは現在、玩具メーカーのタカラトミー他と共同で「変形型月面ロボット」を開発しています。直径約8cmという小型の球体ロボで、左右が開くと中からカメラが飛び出し、割れた球体がタイヤのように転がります。

「ここにソニーが制御技術開発で参画し、この変形型月面ロボットは、月面での地表データ収集任務のために2022年打上げを予定しています。その地表データを用いて、さらに月面のレゴリス(砂や石)に適したロボット開発に活かす構想です」

まさに異業種が新結合したイノベーション。そして、このシナジーで大きく期待するのが建設機器の軽量化になります。

「宇宙に1kg運ぶのに1億円かかると聞いたことはありませんか? それだけに軽量化は必須なのです。これまで硬くて重いのが建設機器でしたから、この大いなる矛盾に挑む必要があります。今、高層ビルに持ち上げる小型機械や円筒型のモジュールを連結していくシステムなど、地上でのイノベーションを宇宙用に転化させる試みもあります」

4つのキーワードの最後は『住む』です。人類が月に住むことを想像すると、物に関わる内容から宇宙に必要な人材に移っていきました。

「私たちが月に住むとなると、建物以外に電気・上下水道・エネルギー・通信などインフラを整える必要があります。宇宙というと科学者の領域と思われがちですが、これからを担う人材として、建設系やインフラ系の人材が必要になります。

そして、もちろんながら食料の確保も重要な課題になります。そうなると『宇宙×農業』というテーマが生まれます。でも、残念ながらJAXAには農学部出身者は少ないです。こうして考えると、みんなの仕事が宇宙の仕事になる可能性を秘めているのです」

宇宙を目指すと、地上技術に革命が起きる

宇宙という未知の領域にアプローチするためには、それぞれの”得意”を新結合させる『オールジャパン体制』であることが不可欠。とする布施さんの話は深く腑に落ちるだけでなく、明るい未来さえも感じさせてくれました。

そして、「宇宙を目指すことによるさまざまな分野の技術革新が、私たちが住む地球上の生活にさらなるイノベーションを生む好循環のブーメランに繋がっていく」とは、まさに「宇宙探査の在り方を変えると同時に地上技術に革命を起こす」とした探査ハブのコンセプト『Game Changing』そのものでした。

JAXAによると、2030年代を目標とした月面拠点構想が議論されているといいます。そして、「かつてはSFの域は出なかったが、今は”近い未来”という手応え」があり、そこに向けた具体的な研究が日々行われていることを知りました。

「みんなの仕事が宇宙の仕事になります」。そう話してくれた布施さんの言葉のように、宇宙に携わる仕事をしたいと動き始めている人たちが、今日も地道に汗をかいています。