宙畑 Sorabatake

宇宙ビジネス

エンタメが宇宙産業の門戸を開く。鳥取砂丘が月面に……ICT技術を活用したクリエイター集団amulapoのこだわり

鳥取砂丘で月面の宇宙飛行士の体験が可能な宇宙体験「月面極地探査実験A」を制作する株式会社amulapoの代表、田中克明さんに本コンテンツが生まれるまでの背景や取り組みについてお話をうかがいました。

「『中国は他国の技術をパクってばかり』と、日本人はずっと馬鹿にしてきました。ところが、中国は技術力を伸ばし続けて、今では日本は『劣化した国』とまで言われることも」

こう語るのは、工学博士で、ICT技術を活用して宇宙体験ができるコンテンツを制作するスタートアップ企業amulapo(アミュラポ)のCEOを務める田中克明さんです。

文部科学省によると、2017年から2019年に発表された注目度が高い論文数(※)ランキングで、中国はトップの座に上り詰めました。一方、日本は10位にまで転落。国際的な競争力の低下が危ぶまれているのです。
※論文の被引用数が各分野の上位10%に入る論文を抽出後、実数で論文数の1/10となるように補正を加えた論文数「Top10%補正論文」のこと

しかし、田中さんは日本が再起を図るチャンスは十分に残されているともいいます。

「日本は国際的な協力関係を築き上げてきました。今ある日本の技術を総結集させれば、スピード感次第では、アジア最大の研究開発拠点を作れるはずです。そのために、まずは“テクノロジーの市場拡大”を目指そうとamulapoを創業しました」

田中さんが率いるamulapoが宇宙産業に目を留めたのはなぜだったのでしょうか。その理由と鳥取県と進める宇宙コンテンツ制作の裏側を訊きました。

ドラえもんに憧れて、ロボット工学の道へ

「『ドラえもん』の道具が好きで、自分がロボットを開発する技術を身に付けられれば、選択肢が広がるなと思ったんです。ものづくりが日本のお家芸であることも工学部への進学を後押ししました」

ところが、いざロボット開発の道に進んでみると、理想とはかけ離れたギャップがありました。

「当時の日本は、技術を盛り込んだ、いろいろなことができる高性能で高単価なロボットの開発が主流だったのですが、高性能なロボットを開発しても、複雑になってしまうために社会実装がなかなか進まないという課題があると感じていました」

田中さんが目指したのは、一つのロボットで複雑なことができるロボットではなく、ひとつひとつの機能を落としても、シンプルなロボットを複数台組み合わせて運用する方が効率的だというものでした。今となってはこの発想は世界のスタンダードですが、当時は1台で完結させる設計が一般的だったため、批判を受けたこともあったそうです。

宇宙ベンチャー企業との出会い

そんなときに出会ったのが、小型ローバーで月面探査を計画するベンチャー企業ispaceの創業者であり代表取締役の袴田武史さんでした。

「袴田さんの講演を聞いて、衝撃を受けました。自分が今までやってきたシステム開発が一番活きるのは、実は月面だと気付いたんです」

環境条件が厳しく、一度打ち上げると遠隔でしか操作できない宇宙機は、なるべくシンプルに設計されることが期待されていていたのです。当時、大学院の博士過程に在籍していた田中さんは、ispaceのシステム開発に共感し、インターンシップを始めました。すると、新たな課題が見えてきたそうです。

「宇宙には子どもの頃から関心があったのですが、自分が宇宙とどういう接点があるのかはわかりませんでした。今も私と同じように感じている方は多いはずで、(宇宙との接点づくりに)自分たちにも何かお役に立てるのではないかというところで、まずは合同会社を設立してみたのです」

合同会社時には、xRで宇宙空間を再現したコンテンツ制作を手掛けました。その2年後の2020年には、株式会社amulapoを創業。社名は、アミューズメントラボラトリーから取って、amulapo(アミュラポ)になりました。

日本一星が綺麗な鳥取県との出会い

そんなamulapoは、鳥取県の関係者と知り合ったことで転機を迎えます。

鳥取県は星の見えやすさが国内1位。街灯が少ないため、どの市町村からも天の川が見えるほど、星が綺麗なことで知られています。星空を観光資源にしようと、鳥取県は「星取県」と称し、ブランド化の推進を2017年にスタート。首都圏在住の宇宙や天文に興味を持つ層をターゲットに、情報発信やコラボ商品の販売などを行っています。

鳥取県によると、県内のキャンプ場が星空を楽しめるメニューを新たに加え、Webサイトでの情報発信を行ったところ、利用者は従来の3倍に増えたというデータも出ているようです。

Credit : 鳥取県

さらに、観光名所の鳥取砂丘は、広較的粒径が整った砂で覆われていたり、海岸砂丘として世界的に見ても大きな起伏を持つことなどが月面の環境によく似ていると考えられています。実際に、2016年にはispaceが月面探査ローバーの走行実験が行われているなど、月面を目指す企業にとっては、有名な場所なのです。

2021年4月には、「鳥取県産業振興未来ビジョン」を策定し、観光的な側面だけではなく、県内の宇宙産業の創出を目指していく方針を示しています。

一連の取り組みを紹介してもらった田中さんは、鳥取県で事業を展開していくことを決めています。

「鳥取の観光資源と私たちamulapoが持っている宇宙のロジックを組み合わせたら、非常に面白いことができるのではないかというアイデア湧いてきました」

そして誕生したのが、月面に見立てた夜の鳥取砂丘とxRと組み合わせ、宇宙飛行士の体験ができるイベントコンテンツ「月面極地探査実験A」です。

参加者と地元住民の反応は?

イベントは、ARを使って浮かび上がらせた月面都市で、参加者は与えられたミッションに挑戦していくというものです。この「月面極地探査実験A」の開催は2021年11月で2度目になります。

1月に実証実験を行うのにあたり参加希望者を募ったところ、80名分の枠が即日埋まってしまうほどでした。イベントの参加者からはこのような感想が寄せられたといいます。

「海外に行くと日本の良さに気付くように、月面から地球を眺めると自己を振り返ることができます。その過程で涙を流す方もいらっしゃいました。日々の生活の中の苦労は実はちっぽけなものだと感じたり、人類は月面都市を作るようなこともできるかもしれないのだと勇気付けられたりしたと聞きました」

参加した方の中には感動して涙を流したという方もいらっしゃったくらい価値が高い体験となっていました。一方で、地元の住民からは、夜の砂丘を有効活用していることに驚く声が多く上がっていたといい、これまでに経験のないアイディアであったことも伺えます。

「冬の夜の砂丘は極寒です。イベントのことを知った地元の住民の方からは『嘘でしょう?』と言われました。でも、私たちからすれば、極寒である方が逆に月面の環境に近くて面白いんですよ。体験のデザインを担当していただいた事業者の方がイベントのタイトルに“極地”というワードを入れたくらいです。宇宙がテーマになると、これまで避けられていた場所の利用価値が急に上がるというのは今回の気付きです」

1月の夜の砂丘は、あまりアクティビティとしての利用もされていなかったため地元の事業者との干渉も少なく、実験が比較的実施しやすい状況であったといいます。

価格設定の難しさ。そのワケは?

宇宙エンタメという新しい領域の中でチケットの価格設定は一つの課題です。本体験では1人あたり9,800円。都内から飛行機や新幹線で鳥取まで行く交通費や宿泊費を合わせると、5万円程度となり「気軽に」来ていただくには難しい価格設定であることがわかります。

「観光連盟の方と協議すると『体験自体で5万円を超えてでも満足していただけるのではないか』という声をいただきました。しかし、そこまでいくと一般の方は旅費全体で10万円となり手を出し辛くなってしまう。とはいえ、まだ宇宙自体はニッチな分野でもあるので、稼働率を考慮すると単価を調整する必要があり、1人あたり9,800円に落ち着きました」

将来的には海外からの観光客も狙っていきたい考えです。一方、地元住民向けには、県民割や特別体験会など、気軽に参加してもらえる機会を用意していきたいといいます。

最後に、田中さんにamulapoがコンテンツ制作でこだわるポイントを訊きました。

「まずは『宇宙ってこんなに面白かったんだ』と感じてもらうことです。私たちのコンテンツは、あくまでもエンターテインメントにすぎませんが、そこから良いアイデアが生まれれば、実際の月面開発で採用される可能性もあります。『自分も宇宙産業の役に立っているんだ』と感じていただけるようなコンテンツ設計にしています」

日本は漫画やアニメをはじめとするエンターテインメントのカルチャーが根強く育っている国です。その日本で、エンターテインメントと宇宙が上手く組み合わされば、国際的に勝負ができる領域を創り出すことができますし、宇宙に携わる研究や仕事がしたいと思う人も増えるでしょう。ほかの国は真似できないような産業や技術を創出できるかもしれません。

<月面極地探査実験A>
開催日:11月13日(土)・20日(土)・27日(土)
イベント会場:山陰海岸国立公園 鳥取砂丘 西側
対象:満18歳以上
Webサイト:https://lunar-base.jp/

参考:
科学技術指標2021(科学技術・学術政策研究所)
世界に誇れる「星取県」づくり推進事業