【ソニーGの挑戦】宇宙飛行士だけの特権を全人類に解放! ゲーム事業メンバーも参加する新規事業の狙い
今までの宇宙産業の常識では考えられなかったようなサービスが、2023年から始まろうとしています。このサービスを仕掛けたのはソニーグループ株式会社。人工衛星のモックアップや開発中のシミュレータと合わせて紹介します。
「宇宙飛行士にならずとも、100億円払わずとも、宇宙から地球の写真を自由に撮影できます。気になる価格は1枚数万円程度から。」
今までの宇宙産業の常識では考えられなかったようなサービスが、2023年から始まろうとしています。このサービスを仕掛けたのは「ウォークマン®」や「プレイステーション」など、多くの人に愛され続ける革新的な商品を世の中に提供するソニーグループ株式会社。
「ソニー、東京大学、JAXA宇宙感動体験事業の創出に向けた共同開発・技術実証契約を締結」という2020年のプレスリリースから注目を浴びた本プロジェクトは、2021年12月に「STAR SPHERE」という名前がついて、粛々と事業開発が進められていました。
(1)ソニーの新規事業「STAR SPHERE」とは
「STAR SPHERE」が提供するサービスを簡単に説明すると、ソニー、東京大学、JAXAの3者が共同で人工衛星を開発し、人工衛星の撮影権を一般に解放して1枚数万円程度から販売する予定であると発表されています。
一般的に地球観測衛星の撮影は、一般人が撮影地点を決めることはありません。撮影地点を希望して撮影する場合には高額な費用がかかるため、政府機関や研究者、民間企業が業務として撮影依頼を出すことがほとんどでした。
「STAR SPHERE」は、上述のようなこれまでの常識を覆すプロジェクト。言わば、誰もがISSに滞在する宇宙飛行士のように宇宙から地球を撮影する権利をたった数万円で購入できるサービスが産まれようとしていると言っても過言ではないでしょう。
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(2)TV事業、ゲーム事業メンバーも協力!とにかくシミュレータがすごい
そして、「STAR SPHERE」プロジェクトについて、宙畑編集部が特に注目したのは人工衛星の撮影権を販売する際に使用予定だというシミュレータです。このシミュレータの何がすごいかというと、とにかくその分かりやすさと使いやすさです。
現在、衛星データを購入するためのサイトは国内外で複数存在しますが、どれも専門的な用語や様々な機能があり、衛星画像に詳しくない方が扱うには少しとっつきづらいものでした。それが「STAR SPHERE」で開発中のシミュレータでは解消されているように思います。
まず、撮影したい画像を選定するまでに利用者が行う作業はたったの3つだけ。
①Earthモードで撮影したい場所を決める
②Satelliteモードで撮影したい場所の調整をする
③Cameraモードで画角の調整をする
上記3つの作業が直感的にできるようなシミュレータとなっています。
実際にそれぞれのモードの画面を見てみましょう。
①Earthモードで撮影したい場所と時間を決める
まず決めるのは、人工衛星からどの場所を撮影したいのかを決めること。世界地図上の特定の場所を選ぶと、その場所の概観と合わせて何時の撮影がしたいのかを選ぶポップアップが出てきます。
②Satelliteモードで撮影したい場所の調整をする
Earthモードでざっくりと撮影したい場所を選んだあとは、Satelliteモードに切り替えて、撮影したい場所の微調整を行います。人工衛星には宇宙空間上を移動する軌道が決まっているため、それに沿って、お好みの場所を選ぶ必要があります。
③Cameraモードで画角の調整をする
Earthモード、Satelliteモードを用いて、撮影したい場所が決まったら、Cameraモードに切り替えて、実際に撮影したい画角を決めます。Cameraモードになるとズームレベルや角度を操作するメニューも現れ、自由に撮影したい構図を探すことができます。
そして、構図が決まったら、真ん中下部のカメラボタンを押して、撮影できるだろう写真を確認できる、というとてもシンプルなシミュレータです。
ここまで分かりやすく、使いやすいシミュレータ開発が進んでいるというのはソニーならではでしょう。実は、この「STAR SPHERE」プロジェクトは、ソニーの有志で宇宙ビジネスで何かできないかと集まって草の根で活動していたものが、本格的な事業として進められたというもの。このプロジェクトには、TV事業やプレイステーションを開発するゲーム事業メンバーも参加していると宇宙エンタテイメント推進室 室長の中西さんは話します。
(3)「宇宙を解放する」に込められたソニーの意思
では、今や新しい宇宙ビジネスの形として注目が集まる本プロジェクトについて、様々な実績やスキルを持つソニーの有志が、何もなかったところから宇宙ビジネスをやるぞと集まった背景にはどのような思いがあったのでしょうか。
その背景を知る一つの手がかりが「STRA SPHERE」のコンセプトである「宇宙を解放する」です。この言葉には以下2つの思いが込められていると中西さんは話します。
・宇宙を身近な領域へ
・地球を想い心豊かで輝ける人々を増やす
■宇宙を身近な領域へ
前述のシミュレータの話からも分かるように、これまで宇宙ビジネスは主に専門家や特定の企業と関わりが深い上に、宇宙旅行といっても金額が高すぎて、一部の富裕層のみが手が届く世界。つまり、一般の人々にとっては分かりにくく、触れ合う機会も少ない、閉ざされた世界でした。
その課題に対して、超小型人工衛星開発ができるようになって、10,20年前と比較すると格段に安く衛星を開発し、打ち上げられるようになったこと。また、ソニーという日常を豊かにするサービスを次々と世の中に提供する著名企業が宇宙ビジネスが参入することで、宇宙を身近な領域へと広げ、まさに宇宙と触れ合う機会が解放されるのだと期待が高まります。
■地球を想い心豊かで輝ける人々を増やす
そして、宇宙を解放した先にある、多くの人が宇宙視点を持った未来の行く末がソニーの考える「STARSPHERE」の肝となる部分なのではないかと宙畑では推察します。
例えば、「宇宙からは、国境線は見えなかった。」「最初の1日か2日は、みんなが自分の国を指していた。3日目と4日目は、それぞれの大陸を指さした。5日目にはみんな黙った。そこにはたったひとつの地球しかなかった」といった言葉をご存知でしょうか。これらは、実際に宇宙に行った人が残した言葉の一例です。
ソニーはこれまでもウォークマンの開発による音楽のポータブル化など、新しい価値観を日常に浸透させてきた実績が豊富な企業。実際に宇宙に行ったことがある人しか分かりえない考え方や視点(中西さんはこの視点を宇宙の新しい捉え方”宇宙視点”と話します)を、「STAR SPHERE」を通してより多くの人が会得するきっかけになるのか、とても注目したいポイントです。
(4)全人類が宇宙視点を持った時、何が起こる?
宇宙視点を持つという観点で、ソニーはすでに複数の仕掛けを人工衛星の開発と並行して進めています。
一つは、芸術家とのコラボ。世界的な現代芸術家、杉本博司氏と宇宙の魅力をともに発見する取り組みとして、新しい「”宇宙視点”の文化芸術」の創出を目指した「Sony Space Entertainment Project」を進めています。宇宙カメラの最初のユーザーとして、杉本博司氏が作品制作を行う予定とのこと。いったいどのような作品が発表されるのか、とても楽しみですね。
もう一つ紹介したいのは、ソニーが2021年11月に発表した「ソニーと日本旅行 人工衛星を活用した学校・教育機関向け体験プログラムの共同開発を開始」です。上述のシミュレータを用いて、学生がそれぞれの視点や感性に基づいて疑似的に宇宙から地球を撮影し、作品をつくる。作品の一部は超小型人工衛星の打ち上げ後に実際に撮影を行い、生徒たちに届ける予定とのこと。
他にも、京都芸術大学と宇宙感動体験コンペを実施していたり、「STAR SPHERE」を通した様々な取り組みが発表されることが予想されます。どのような面白い発表が今後行われるのか、注目したいと思います。
(5)おまけ:内覧会を訪れた宙畑メンバーのここが気になる!
①展示されていたモックアップについて
1. 両面に貼られた太陽電池セル
モックアップを見ていて、最初に気になったのはカメラと同じ面にも太陽電池セルが貼られていること!
通常カメラが搭載されている面は、地球を向いていることが多いため、太陽光があたることは少なく、太陽電池セルを貼ることは稀です。
今回の衛星では、太陽電池パドルを展開する前に発電するために利用するのはもちろんのこと、地球以外を撮影することも想定されていることやより多くの電力を必要とする動画撮影モードがあることなどから、少しでも多く発電量を稼ぎたいという意図が感じられました。
2.推進器と太陽パネルの位置、水推進を用いているから攻めた設計に?
続いて、衛星の裏側に回って気になったのは、衛星の軌道を維持・変更するために用いられる推進器と太陽電池パネル面の近さです。
通常推進器からは、衛星の外に推進剤が放出されるため、その燃料の付着によって太陽電池の表面が汚れてしまわないようにするため、ある程度距離を取ることが一般的です。
今回の衛星の推進剤には水が用いられるとのことで、太陽光が当たり温度が高くなる太陽電池の表面にはとどまることはないと考えられるので、近い距離に置くことができているのかもしれません。
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3.太陽電池パドルの展開機構
そして、モックアップで確認せずにはいられないのはやはり、太陽電池パドルの展開機構でしょう。どこまで実際のものが再現されているかは不明ですが、パドルが収納され、把持すると思われる本体側には、複数の表面処理の異なる部材が確認できました。
表面処理が異なるのは、真空の宇宙空間で同種金属が固着してしまうことを避けるためだとすると、なんらかこのあたりの部材が動くことで把持されていたパドルが展開する仕掛けになっているのかもしれませんね。(東京大学の超小型衛星のパネル展開の十八番はテグスを電熱線で焼き切る方法だと思いますが、写真の通り、カメラレンズに近すぎてレンズを汚す危険性もあるため、同様の方法が果たしてとられるのかは不明です)
②衛星画像の地上分解能(解像度)
衛星データの利活用事例について、日本一熱量をもって取り組む気概をもって運営するメディアとして、衛星画像の地上分解能が気にならない訳がありません。地上分解能次第が分かれば、どのような衛星画像が撮影できそうかのアイデアもより具体的に検討できるでしょう。
しかしながら、現時点で、地上分解能は非公開とのこと。人工衛星の打上げは2022年10~12月とのことですので、実際に撮影された衛星画像の発表や地上分解能の発表を楽しみに待ちたいと思います。
③ビジネスモデル
最後に気になるのはやはりどのように新規事業としてお金を稼いでいくのかということです。ここまでにも紹介した通り、一般の人々もお客さんとして想定されています。一般の人々が衛星画像を購入するというサービス形態は、世界を見渡しても前例がないチャレンジです。
単純に計算すると、一枚数万円の画像によって衛星開発費や打ち上げ費を回収しなければなりません。数十億円かかったとすると、数10万人が利用すれば、と求めることができますが、そのような単純なビジネスモデルではない、新しいマネタイズの形が産まれることに宙畑としては大きく期待しています。
例えば、先に紹介した杉本博司さんの作品などのアート作品が産まれ、高額の衛星画像が流通したり、教育プログラムを通して疑似的に宇宙と繋がる体験をした生徒からのフィードバックや、その意識変容を観察することで、事業化に向けた検討を進めるという期待も話されていました。
「STAR SPHERE」の人工衛星の寿命は2年半と想定されています。この期間内で得られたデータや気づきをもとに、様々な事業アイデアと事業モデルが産まれ、これからの新しい宇宙ビジネスの形がソニーから産まれることをとても期待しています。