サクセスクライテリア(成功基準)とは? 4つの宇宙開発事例で考える技術開発における成功と失敗
技術開発において、成功と失敗をどのように判断すればよいのか。その答えのヒントとなる「サクセスクライテリア(成功基準)」について実例と合わせて解説します。
1. イーロン・マスク氏はロケットが爆発しても「おめでとう」とつぶやいた
2023年4月20日、SpaceXが製造した宇宙船「Starship」が打ち上げられました。Starshipは全長120m、総重量5000トン、エンジンが33機もある、文字通り巨大ロケットであるうえ、第一段・第二段共に再使用ロケットという、まさに世界初で唯一の挑戦的なロケットでした。打上げは成功したかに見えましたが、打上げからおよそ4分後に制御を失い爆発しました。
ところが、この爆発の瞬間、SpaceX社の中継映像からは、社員が歓声を上げる声が聞こえてきます。さらにCEOのイーロンマスク氏は次のようにツイートしています。
Congrats @SpaceX team on an exciting test launch of Starship!
Learned a lot for next test launch in a few months. pic.twitter.com/gswdFut1dK
— Elon Musk (@elonmusk) April 20, 2023
Congrats @SpaceX team on an exciting test launch of Starship!
Learned a lot for next test launch in a few months. pic.twitter.com/gswdFut1dK
— Elon Musk (@elonmusk) April 20, 2023
何も知らない人が見るとまるで打上げに「成功」したかのようにも見えるこのツイート。いったい何がCongrats (おめでとう)だったのでしょうか。
2. サクセスクライテリア(成功基準)でミッションの達成度を明確に定義
この謎を解くカギは、技術におけるサクセスクライテリア(成功基準)の考え方にあります。国柄、企業文化などの背景はさておき、ここでは技術開発における成功の基準についてフォーカスして説明しましょう。
一般には、ロケットが爆発すれば失敗、爆発しなければ成功、そんなものは「当たり前」に思えるかもしれません。では爆発しなければ、どんな状態であっても成功なのでしょうか。例えば予定した場所に予定した時刻に到着しなくても「成功」でしょうか。
実は、日常会話で使っている成功、失敗という言葉は大変曖昧なものです。そこで、技術開発においては、何をもって成功とするか、ミッションがどの程度成功したかを明確にして定義することが多く、これを「成功基準」(サクセスクライテリア)と呼びます。
JAXAが公開している「成功基準(サクセスクライテリア)作成ガイドライン」では、「成功基準とは、『ミッション目標に対する達成の度合いを計るための基準』である。」と定義しています。
その技術課題は複雑で難しいほど、最終目標を一発で達成することは困難になります。また、一つのプロジェクトの中でミッションの目標となるものが複数にわたる場合もあります。こういった場合にサクセスクライテリアを明確にし、適切に開発ステップを刻むことで開発の管理を効率的に行うことができます。
サクセスクライテリアは、開発者が自ら設定するものですが、同時に「ステークホルダ」とコミュニケーションの上で設定するものです。
プロジェクトマネジメントにおいて、サクセスクライテリアの設定は、技術開発と顧客(ユーザー/ステークホルダ)マネジメントと密接に関わる重要な作業です。顧客がプロジェクトに対して何を期待するかを明確にし、合意を形成したものがサクセスクライテリアと言い換えても良いかもしれません。つまり、開発者だけで勝手に決めるものではなく、顧客とのコミュニケーションが重要になります。
同時に、開発者が実現できないことをサクセスクライテリアとして設定することはできません。技術的な開発要素を明確にして、重要度や難易度に応じて適切なステップを踏む必要があります。そのためには、リスクも考えながらバランスよく要素を取り込む必要があります。NASAの公開している文書には、以下のような文言が登場します。
“A clear definition of “Acceptable Risk” and project “Success Criteria” is essential to effective life cycle risk management.” [NASA Chief Engineer, Dec 21,2000]
日本語訳すると、「”許容可能なリスク”と”プロジェクトのサクセスクライテリア”を明確にすることは、(製品の)ライフサイクルに亘る効果的なリスクマネジメントに必要不可欠である」ということです。
許容可能なリスクとは、そのプロジェクトにおいて許容できる、問題の発生確率のことです。例えば、仮に、それが壊れるとミッションが達成できない装置があったとして、その故障確率は100年に1回程度であり、衛星の設計寿命が5年しか無ければ、多くの場合、それは許容可能なリスクと言えるでしょう。
例えば、開発者が要求として受け取る情報には以下のような様々な観点が含まれます。
製品に対する機能・性能
⚫︎ 運用に対する要求
⚫︎ コスト
⚫︎ 納期
⚫︎ 信頼性、品質
⚫︎ 関連する法令の遵守
これらを同時に満たす設計解が最初から存在するとは限りません。
プロジェクトの利用できる資源(時間、資金、マンパワー、設備、等)には限りがあるため、開発者はいくつもの選択肢の中から決断を迫られます。この時、サクセスクライテリアは、開発において注力すべき事項を明確にする役割があります。
3. JAXAのサクセスクライテリア
それでは、先に登場したJAXAの「成功基準(サクセスクライテリア)作成ガイドライン」(BDB-08012)を実際に見てみましょう。
まずガイドラインでは、サクセスクライテリアの定義に加えて、“ミッション目標には科学・利用・技術実証といった様々な種類が存在するが、いずれの場合の成功基準もJAXA が国民に対して宣言するものである。”と明記されており、ステークホルダが国民であることを明言しています。(実態としては、国民から選ばれた政府、行政機関や外部の研究機関等との調整をするものと推察されます。)
そして、
” ミッションを提案する者は、ライフサイクルの終わりまでを見通し、関係者との合意を得て総合プロジェクト的な視点から成功基準を作成”
するとしています。
さらに、成功基準に記載すべき事項として以下の3つを挙げています。
⚫︎ ミッション目標
⚫︎ 各目標に対するサクセスレベル
(ミニマムサクセス、フルサクセス、エクストラサクセス)
⚫︎ 各基準に対する達成判断時期・実施主体(必要に応じ)・設定根拠
以降、別紙に詳細な設定方法が記載されていますが、
「ミニマムサクセス、フルサクセス、エクストラサクセス」という新しい概念が出てきました。
これらは読んで字のごとく、ミッション目標の達成度合いを示しています。
別紙2にイメージが記載されていますが、フルサクセスで「100点:優」、ミニマムサクセスで「60点:合格」のイメージであるとしています。
別の言葉で表現すると、フルサクセスと言われると「期待される役割は全て果たしました」という状態、ミニマムサクセスは「達成できなかった指標もあるけれど、最低限の役割は果たしました」という状態です。
これに対して、エクストラサクセスは、「当初予定していた役割を超え、期待以上の成果を上げました」ということです。JAXAでは、プロジェクト立ち上げ時にここまで設定をするようです。
別紙1では、これらの成功基準が定量的表現で記載されること、達成判断時期を明記することなどを求めています。別紙1に記載されているひな形を以下に示します。
4. サクセスクライテリアの例
第3章までで、技術開発における成功基準の定義と決め方のひな形について、JAXAのサクセスクライテリアガイドラインをもとに説明しました。
ここからはサクセスクライテリアの実例を紹介します。
4.1 SpaceXの設定したサクセスクライテリア
最初の事例は冒頭にあげたStarshipです。SpaceXは、Starshipの打上げ直後、今回の打ち上げのサクセスクライテリアは「射場設備を破壊しないこと」だと伝えました。つまり、ロケットは上空に飛び、一定の高度まで飛行したことは間違いなく、少なくともロケットを打上げるのに必要な機能を有していることは明らかでしたが、ロケットの飛行状態がどうであれ、成功基準には関係がなかったとも言えます。
肝心のサクセスクライテリアに設定されていた射場の状態については、打上げ直後の段階では射場の様子は分かりませんでしたが、その後、射場の様子が明らかになってくると、どうやら地上設備は破壊され、ぼろぼろの壊れたことが分かってきたため、その意味ではサクセスクライテリアを達成できなかった=失敗と言ってもよかったかもしれませんが、本記事執筆時点ではSpaceXは明言していません。
蛇足ですが、それでもSpaceXがポジティブな姿勢を崩さないのは、これまで誰も経験したことのない大きな挑戦をしたことに大きな意義があり、ここで得られた教訓は間違いなくSpaceXの技術力を一歩前進させるものだったからと言えるでしょう。研究開発においては、挑戦して実際にモノを動かすところまでが暗黙的なミニマムサクセスかもしれません。
4.2 はやぶさ2(JAXA)
続いて、JAXAの「はやぶさ2」プロジェクトの例です。はやぶさ2は、言わずと知れた小惑星探査プロジェクトです。詳細は(何か適切な引用)をご覧ください。
文部科学省のWebサイト(宇宙開発利用部会(第60回)会議資料)から、資料60-6 小惑星探査機「はやぶさ2」の現状報告を見ると、2021年時点でのサクセスクライテリアの達成状況が記載されています。
理学目標が2つ、工学目標が2つ設定されているのが分かります。それぞれに対して、ミニマム・フル・エクストラの成功基準が設定されています。そして、その設定時期も含め明確に記載されています。成功基準は定量的ではないようですが、探査ミッションの場合、得られる知見内容が不明確だからこそ探査を行う側面のものであり、「新たな知見が得られること」という表現になっているようですが、成功の判定基準は明確です。
4.3 SLATS(つばめ)
続いて、JAXAの地球観測衛星「SLATS(つばめ)」の例を見てみます。同じく文科省の宇宙開発利用部会(第53回)会議資料から、「資料53-3 超低高度衛星技術試験機「つばめ」(SLATS)プロジェクト終了審査の結果について」を見てみます。PDFの10ページ目から成功基準が5つ記載されています。そのうちの一つ目を見てみます。
ミニマムサクセス、フルサクセスに対してそれぞれ具体的な数値を含め成功基準が設定されています。結果を見ると、確かにその達成結果が数値で示されていて、客観的に誰がどう見ても同じ判断ができるように記載されています。他の項目では、エクストラサクセスに対しても数値が記載されている項目もあり、その全ての項目が達成済として記載されています。SLATSが大成功を収めたプロジェクトであることが分かります。
4.4 HAKUTO-R ミッション1 (ispace)
ispace は、月面への輸送サービスをビジネスとする企業で、先日世界初の民間による月面着陸を目指し話題となりました。
ispaceは、以下のようなマイルストーンを公表していました。
JAXAとは考え方がやや異なりますが、マイルストーン毎にサクセスクライテリアを設定し、このミッションで実現すべき目標を明確にしています。いずれも打上げから着陸までに必要な重要なコア技術を明確にし、その習得を明確なサクセスクライテリアとして設定しています。惜しくも月面着陸の完了までは至りませんでしたが、それまでに必要な技術課題は見事にクリアし、着実に技術を習得していたことが分かります。これを見れば、ispaceがどんな技術を重視し、どのようなステップを踏んで検証を進めているかが分かります。
5. 身近なサクセスクライテリアの例
繰り返しになりますが、サクセスクライテリアは、限られた開発資源の中で資源を注力し、リスクを管理し、適切な判断、開発管理を行うための重要な指標です。
宇宙開発に限らず、サクセスクライテリアは皆さんの身近にもあるかもしれません。
製造業であれば、いわゆるQCD、品質、コスト、納期を達成することが生産管理における成功基準かもしれません。経営的な観点から見れば、ミニマムサクセスが開発コストを回収できること、フルサクセスで売り上げが目標を達成すること、フルサクセスは想定以上の売り上げを出すと共に会社の知名度を高める、などがあるでしょう。
筆者も、結婚当初、妻と一緒に、目標を明確化し、何歳までに実現したいかを明記して共有しました。時々見返してみては、どこまで実現できているか、今頑張っていることは目標への遠回りになっていないか見直すきっかけとして活用しています。
サクセスクライテリアを設定することで、成功と失敗という言葉だけでは大変あいまいな表現も明確な基準と合わせて振り返ることができ、次の運用やプロジェクトに活かせるということも、身近な例に落とし込むと分かりやすいのではないでしょうか?
今後も宇宙開発の挑戦的なプロジェクトは度々報道されることが想定されますが、宇宙開発のような技術開発において、サクセスクライテリアはほとんどのケースで作成されています。それらのサクセスクライテリアがなんだったのかを確認していただき、本記事が各プロジェクトの成功基準を正確に理解いただく方が増える一助になれますと幸いです。