宙畑 Sorabatake

宇宙ビジネス

手厚い支援・エリート部隊から生まれる人材・「フツパ精神」……スタートアップ大国イスラエルと注目の宇宙ベンチャー企業とは

日本からイスラエルにスタートアップ支援を行うコランダム・イノベーションの事業開発部長である吉川岳さんに、注目のイスラエル宇宙企業とスタートアップを育む環境についてうかがいました。

中東のシリコンバレーともいわれ、ディープテック企業の多いイスラエル。月探査機「ベレシート(Beresheet)」を開発したSpace ILや、アストロスケールに事業譲渡した軌道上サービス企業エフェクティブ・スペース・ソリューションズ(Effective Space Solutions)など宇宙企業の名前も次々とニュースになっています。日本からイスラエルにスタートアップ支援を行うコランダム・イノベーションの事業開発部長である吉川岳さんに、注目のイスラエル宇宙企業とスタートアップを育む環境についてうかがいました。

写真左、吉川岳氏

――イスラエルの宇宙スタートアップ企業というと、日本ではまだ馴染みが薄く、自動運転に関わるLiDARを開発する「Innoviz」や、月探査機を開発したSpaceILなど限られた企業が話題になる程度だと思います。一方でスタートアップ大国でもあり、約950万人の人口に比して1万社以上のスタートアップ企業が存在するともいわれます。そうしたイスラエルで、吉川さんが注目される宇宙関連のスタートアップ企業はありますか?

吉川:イスラエルのスタートアップはサイバーセキュリティやライフサイエンス分野が多いものの、ロケットも人工衛星も自国で開発して打ち上げられる数少ない国の1つですから、対応の幅が広いのが大きな特徴かと思います。また、イスラエル軍と取引を持つ防衛系のスタートアップもあり、偵察衛星などの分野でもエンドツーエンドで提供できるスタートアップもいます。

イスラエルにおける宇宙系スタートアップのカオスマップ Credit : corundum innovation

注目している宇宙スタートアップ企業はいくつかありまして、まずはQuantLRという会社を紹介します。元々は量子通信のソリューションを提供する会社でして、シンガポールのSpeQtral社と共同で、宇宙ステーションと地上局間での量子通信のソリューションの技術開発を進めています。

量子暗号通信は日本ではNICTが研究開発・実証している段階ですが、QuantLRは設立2017年と若いですが製品化・実用化の段階まで進めています。ディープテックでもあり、需要もあると思っています。量子通信で安全に通信できれば安全保障上も非常に貢献できますし、良い技術であり良いビジネスだと思います。

Albo Climateという会社はカーボンクレジットを取引できるように炭素隔離量を計測してモニタリングする技術を開発しています。Googleマップにレイヤーを被せる形で、ディープラーニングも使い、「このエリアで炭素隔離量はこのくらいです」ということを計算してくれます。

例えば、山林を持っている人にとって、「この土地はこのくらい炭素を吸収できる」という認証を得られれば、土地の保有者はそのクレジットを取引所で売って、収益にすることができますね。すでにカーボンクレジットを取引をするマーケットプレイスを作っている企業とも提携をはじめています。

衛星利用+農業ではTaranisという会社があります。イスラエルは国土の6割ほどが砂漠で、近隣からその輸出入ができず少ない水で農業をしなくてはならないため、「点滴灌漑」のように水を有効活用し、IoT技術を活用した超効率的な精密農業が盛んです。Taranisも衛星画像による精密農業の企業です。Albo Climateとも提携して、農業に加えてカーボンニュートラルに貢献する技術開発も進めています。

NewRocketという会社は、スラスターやロケットエンジンを開発してるところですが、ゲル状の燃料をベースにした液体と固体のいいとこ取りの推進システムを開発しています。ここも実は軍や航空宇宙防衛の大手企業の出身者が技術を活用して研究開発をしてるスタートアップです。

――イスラエルは米国との協力で早くから国際宇宙ステーション滞在に滞在する宇宙飛行士を排出していますね。ロケットを打ち上げる国の中で非常に不利であるにも関わらず、西打ちを維持してるという特徴もあります。宇宙系のスタートアップには国としての支援があるのでしょうか?

吉川:イスラエル科学技術省が2022年9月に「これからこの分野に優先的に研究開発投資をしていきます」という方針を発表しました。その5つの分野に「民生宇宙」つまりスペーステックが入っています。すると、イスラエルのイノベーション庁(IIA)が宇宙関係のスタートアップに投資する予算を設けて、機動的スタートアップにどんどん補助金を出し、投資やインキュベートするようになってきます。イスラエル宇宙庁は今後5年間に約220億円を投資するという発表もありました。
https://www.space.gov.il/en/news-space/132822

イスラエルは、もう本当にマーケットに応じてどんどんスタートアップを作ってきますので、宇宙関係も今後伸びてくと思いますし、私も宇宙関係の出身者として期待してるところです。また、研究開発を大学だけで固めず、ほぼ必ずスタートアップも入ってきますしそこに紐づいて大企業も入ってくる仕組みになっています。

宇宙以外の例では、イスラエル初の量子コンピューティングセンター立ち上げのプロジェクトを国がスタートアップに発注したんです。大企業が少ないという事情もありますが、日本だと、いくら技術力があってもスタートアップに最初の元請けを任せるということはなかなか少ないでしょう。 ここは非常に面白いし羨ましい取り組みだなと思います。スタートアップの価値も向上しますし、雇用も創出されます。グローバルで活動できるようにリスクを取って国が支援していくことが進んでいる印象を持っています。

――イスラエルで宇宙も含めスタートアップ企業が生まれる背景や特徴的な活動、支援はどのようなものですか?

吉川:イスラエルはイノベーション庁を中心に最初のハイリスク時の補助金を得ることができ、人材は宇宙関係の領域を担当してる軍の部隊の出身者が技術を開発し、スタートアップを支援する法律家の方がいて、海外のVCからのマーケットや顧客がついて……というように「エコシステムが充実している」のが特徴です。

スタートアップを支援する側に、これまでVCで経験を積んだ人や、多様なバックグラウンド持っている人が多いんです。1つの組織でずっと務める人ももちろんいるのですが、 それは必ずしも王道ではない。勤めて、スタートアップを創業して、また戻ってくるとか、イスラエルの軍事エレクトロニクス企業、Elbit Systemsで働いていた人がいきなり大手航空宇宙企業IAI(イスラエル・エアロスペース・インダストリーズ)に転職したりします。イノベーション庁にいる人たちも多彩なバックグラウンドを持っている。だから、VCと同じ目線で支援できますし、マーケットもなさそうなのに無理に出資するといったことはないのです。

――イスラエルのスタートアップに注目する理由は何でしょうか?

イスラエルの技術や事業が非常にユニークで、技術オリエンテッドで面白く有益だということがあります。アメリカやヨーロッパのスタートアップと思われている企業でも、実はイスラエルもしくはユダヤ人の方が創業したという会社がいくつもあって、スタートアップの源泉の国として注目されています。

歴史的、地政学的にはパレスチナ問題やイスラム原理主義組織ハマスなどネガティブなニュースも多いですが、そういう状況にあるからこそ、ずっと科学技術とか人に投資してきた背景があります。歴史的にはイスラエルという国は約2000年前になくなり、第2次大戦後にあらたに独立しました。国として独立した翌日から第1次中東戦争が始まり、周辺諸国との間で輸出入もできないし、国土の6割は砂漠で資源もなかなか見つからなかった。最近になってガス田が見つかっていますが、国としてどう繁栄していくかと当時の指導者が考えて、人と科学技術に投資をしていくしかなかったわけです。

イスラエルは男女関係なく徴兵制があり、男性は3年、女性は2年間、軍に入ります。18歳の子供が高校を卒業すると軍に入り、本当にミサイルが飛んでくる環境で仕事をするわけですから人生観が変わりますよね。そういう経験をした上で卒業して、また市民に戻って大学へ進学し、起業等するわけです。ですから21~22歳でかなり仕事やキャリアを考えている人が多いです。

またエリート選抜教育も盛んで、有名な8200部隊というサイバー技術の専門部隊があります。ここに所属して最先端のサイバー技術を身につけた人は卒業した後もそのノウハウを持ってますからスタートアップを創業することも多いです。航空宇宙関連では航空機画像や衛星画像を分析して情報活動に活用していく9900部隊という組織があります。宇宙関係のスタートアップでは9900部隊卒業生が人材の源泉になっています。

タルピオットという16歳からのエリート選抜制度もあります。イスラエルの全高校生がモニタリングされていて、学業成績に加えてリーダーシップの要素もきちんと評価されて、素質を持つ人が年間50人ほど特別な教育やプログラムを受けて、3年が通常のところを9年間従軍するというプログラムになってます。この人たちは非常に優秀でリーダーシップもあると評価されていますから、スタートアップを起こして成功した事例がどんどん出てきてます。

国としても手厚くスタートアップを支援をしていて、1600~1700億円の規模の補助金、エクイティを取らない資金を出などしています。国として製品やサービスを購入してフィードバック出すといった事業開発の支援もしてますし、研究者に対しても起業を支援しています。補助金の点では、政府系ファンドがスタートアップに資金を供給して優遇する制度があるだけでなくて、外国から投資を受けた場合の税金面や共同投資の買い戻しの制度もありまして、本当にさまざまなプログラムが用意されています。だからこそ外国からも、特にアメリカから資金が集まってきています。またイスラエルのスタートアップの創業メンバーはシリアルアントレプレナーか、Ph.D.保有者か大学の先生かMBAを持ってるかという人たちがかなり多いです。私の感覚では8~9割がそうした人たちだと思います。

こうした背景から、イスラエルのスタートアップの数はデータベースに登録されてるだけでも9000社以上ありますし、ステルス企業を含めると1万社は超えていると思います。人口あたりで割ると、世界トップレベルのスタートアップの数、GDPあたりの投資額になります。

イスラエルのスタートアップへの投資額は年々増加傾向にある Credit : corundum innovation

私も統計をとって驚いたのですが、ステルス企業が多いのも特徴です。2018年に開業したという起業のデータベース登録数は、2019年初頭に356社でした。それが1年後の2020年1月に更新されたとき、実は2018年に創業していましたと後から登録した企業があって、改めて集計すると2019年に集計したときと比べて2倍以上の751社だったのです。

スタートアップがデータベースに登録するとその情報はVCや投資家の目に止まりやすくなりますから、普通ならば早く登録して多くの人に見てもらいたいと思うのが心情でしょう。ところがイスラエルのスタートアップの半分近くは、すでによい投資家が見つかっているので、他のところに知られてさまざまなコミュニケーションコストがかかるほうが手間だと考える。最初から集中して技術開発して、競合に見られないうちにお客さんを見つけて、先行者利益のあるうちに助走をつけた上で表に現れる戦略が多いようです。

分野に関しては、初期投資が少なくてすむITが多いのは確かですが、国として時給自足しなければいけない事情から農業技術や食品など生活に欠かせないもの、水とかエネルギー関連も非常に多いです。防衛関係や航空宇宙も出てきています。ハイテク分野全般に強みを持っている感じです。

イスラエルはその国土も狭いし、人口が少ないので起業当初からもう国外のマーケットを前提にしています。投資も資本もアメリカやヨーロッパから受けています。マーケットがあれば、国外にどんどん出ていってアメリカでもヨーロッパでもシンガポールでも登記をします。ここは、イスラエルと、米国内の市場が非常に大きいシリコンバレーとの違いです。

――イスラエルの起業家精神を育む環境とはどのようなものでしょうか?

吉川:総じてイスラエルの人たちは成功した起業家が周囲に多く、そうした方を尊敬していて自分も成功したいと思う方が多いようです。起業が良いキャリア選択だと思っているし、起業したいと思ってる。自分に能力がある、チャンスがあると思ってる人が多いんですね。ポジティブな循環が生まれているんだと思います。

人材面ではテルアビブ大学やヘブライ大学、イスラエル工科大学もスタートアップの源泉になっています。大学で10~15年きちんと研究して技術を確立してマーケットもありそうな研究テーマの場合には、 大学の先生とシリアルアントレプレナーと卒業生が起業します。既に特許を取って知財を固めていて、アメリカや韓国、シンガポールのVCから外部資金を得て、マーケットとなる国外にオフィスを構えて米欧でサービス展開して、アメリカの大企業に買収されるか、もしくはテルアビブ証券取引所やナスダックに上場する、というのが典型的なパターンです。

実はイスラエル人もリスクは恐れるという統計結果もあったりするんですよ。無謀にリスクに飛び込んでいるわけではなく、きちんとその周りの環境やリスクを把握した上でどんどん前に進んでいく。従業員として新事業に関わった経験が多くて、自分が起業して成功したい/できるという意識がまず根付いている。雇用されてる間に、起業の練習ができてるというのも大きいと思いますね。ある程度は新規事業を起こすときのドタバタ具合とか、技術だけでなく、組織としてビジネスしていく上での基礎的なところを経験した上で、起業している人が多いと思いますね。ここは、日本との違いもあって結構面白いです。

イスラエルでスタートアップを生み出すエコシステム Credit : corundum innovation

――イスラエルの人は起業にポジティブな考え方を持っているのですね。

吉川:イスラエル精神には2つのキーワードがあります。ひとつは「フツパ」という概念。一言で言うと、「大胆さ」「厚かましさ」。もとはネガティブな「図々しい」という意味だったわけですが、物おじせずにどんどんリスクテイクして活動していくというスタートアップにとってポジティブな意味で使われるようになった。

もうひとつは、「タルムード」というユダヤ教徒の説話集があります。例えば、「金の冠をかぶったスズメ」では、ソロモン王から金の冠をもらったスズメが自慢げにそれを見せびらかして飛んでいると猟師に撃たれてしまう。「仮に資産持っていたとしてもひけらかすようなことはせず、自己を大きく見せず質実剛健に生きなさい」といった教えに繋がっていくわけです。子孫のためにどう行動すべきか、お金に関するリテラシーをどう高めていくのかといった内容を母親が子供に童話を聞かせるような感覚で語り聞かせて、「あなたはどう思う?」とディスカッションの機会を与えています。

――ハードウェアテックでの挑戦が多いということは、イスラエルにはリスクも取れる環境があるのでしょうか?

吉川:失敗が許容される文化であることが非常に大きいと思います。1回失敗したらもう人生終わり、ではない。優秀な人ならば別の会社から誘いがあったりします。投資の面ではファンド期間がかなり長いというのはあります。日本ではベースが10年、短いと8年程度で、ファンドから投資を受ける際に3年、4年でエグジットするようにプレッシャーがかかったりします。イスラエルのファンドでは13年から最長で16年に設定しているところもあります。イスラエルの皆さんはとても辛抱強くて、あまりそのタイムラインに流されずに、焦ることなくきちんと成果を出して事業開発して、時間かけてバリューアップして最後に果実を得ましょう、という戦略を取っています。もちろん、そのリターンは追わなければいけないんですけれども2年後にエグジットしなさいとか、そういうような話はあまり聞かないです。

――最後に、吉川さんご自身が宇宙エンジニアのバックグラウンドからイスラエルの企業支援に入ってこられたこれまでを聞かせてください。

吉川:私は東北大学の吉田研究室という宇宙ロボットの研究室にいまして、それから東京大学の中須賀研究室で望遠鏡のセンサーの精度を向上させる補償光学をテーマに博士号をとりました。超小型衛星の開発にも関わったり、ハワイ島の天文台でインターンシップをしたり、国際宇宙大学(ISU)のサマースクールに参加したりといった経験を持っています。その後は宇宙から離れて外資系の石油企業でエンジニアをしていまして、さらに技術仲介のコンサルティング企業に転職。コンサルティングと事業・技術のバックグラウンドを活かせる今の会社に入ることになりました。様々な縁があり、宇宙関係のコミュニティにも参画しています。

私たちは単にイスラエルの企業を調査、インタビューして新規事業の創出をご案内するというだけでなく、イスラエルのエコシステムと深いネットワークを築きながら、インターネットや資料には載らない、表面的な情報だけではない部分をご案内したいということで投資事業というのもやっています。財務リターンをしっかり出すことは狙いますが、事業開発のツールのひとつとしても活用しています。こちらもリスクをとって投資をすることで株主となり信頼関係も生まれます。イスラエルのエコシステムに深く入り生情報を得た上で、グローバルに活動するイスラエルのスタートアップや革新的な技術、事業を日本企業の皆さんにどんどん取り込んでもらいたいです。

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