宙畑 Sorabatake

ビジネス事例

GDPだけでは測れない豊かさを測る「新国富指標」とは~見えないものの価値の測り方~<前編>

2030年のSDGsの目標達成に向けて今どのような状況にあるのか判断する基準は明確に定められていないという課題がある中、状況を評価する指標として新国富指標が提案されています。新国富指標とはどのようなものなのか、九州大学大学院の馬奈木教授に伺いました。

豊かな社会を実現するために設定された「持続可能な発展目標」であるSDGs。SDGsでは,2030年までに達成すべき17の目標と169のターゲットを設定することで,世界各国が共通目標達成に向けて取り組むべき課題を定義しました。

しかしながら,目標達成に向けて今どのような状況にあるのか判断する基準は明確に定められていないという課題があります。国の生産規模を表すGDPは各国の経済状況を表す指標として利用されていますが,持続可能な社会実現に向けてGDPでは測れない項目も多くあります。

持続可能性を過大に評価してしまうという課題があるGDPを補完することで持続可能な豊かな社会を実現できているか測定するための指標として提案されたのが新国富論です。

新国富論を指標として用いることで,相対的に豊かさの規模を比較できるようになるため,国規模でない自治体単位であっても豊かさを測定・評価できるようになります。

前編では、新国富論・新国富指標についてご紹介します。

後半はインタビュー。新国富論により実現を目指す社会の状態や,それを実現する上でどのように新国富指標を用いると良いのか,さらに新国富指標を求める上で衛星データがどのような場面に利用可能か九州大学大学院の馬奈木俊介主幹教授にお伺いします。

20世紀後半から環境や福祉への意識が高まり、総合的に測るうえでGDP(国内総生産)に限界があることが指摘されていました。
さらにSDGs・ESGが注目されるようになり経済的な価値だけではなく健康、幸せ、環境など、多くの人が興味を持つ分野を包括的に測り数値化する新国富指標が注目され始めました。

新たに国連が推奨する新国富論、新国富指標とは何かを分かりやすくご紹介していきます。

新国富指標の前提「新国富論」とは何か

現在、世界中で経済発展の豊かさを測る動きがあります。

GDPは経済活動によって産出されるものを測れるものですが、災害や戦争によって失われたものは反映されません。そのような点をどのように考慮するか以前から指摘されていました。

そして、それらも含めた指標の1つが国連が推奨する「新国富指標」です。GDPでは測れない健康、教育、自然の価値を数値化して経済価値に換算します。フローだけではなくストックも含めて社会が有する幅広い豊かさを包括的に測り数値化する指標です。

新国富指標はフューチャー・デザイン

新国富とは「現在を生きる私たち、将来の世代が得るであろう福祉を生み出す、社会が保有する富」です。それを金銭価値化したものが新国富指標です。

ここで言う「福祉(well-being)」は、人が享受する広い意味での幸福を意味します。これは「豊かさ」と同じようですが、ここで私たちが考える「豊かさ」は現在の世代だけでなく、子どもや孫、更にその子孫など将来世代が享受する福祉までをも含めたものです。

新国富指標はフューチャー・デザイン(孫の世代以降のためのウェルビーイング向上)を内包すると言えます。

新国富指標はどのように誕生したのか

SDGsの特徴は、あくまでも目標であり判断基準を定めていない点です。目標を設定することは非常に重要です。それによって、さまざまな効果の進捗を測ることで達成への道筋の判断材料となります。その時に必要になるのが、人の幸福にとって重要な「みえないものの価値」を測るための指標です。

この「みえないものの価値」を測る指標は2012年に国連が発表した「Inclusive Wealth Index:IWI」(日本語ではSDGsの策定段階から指標の開発に携わっていた馬奈木氏らによって「新国富指標」)と名づけられました。

具体的には、人工資本、人的資本、自然資本から構成され、経済から環境、健康まで包括的に網羅する指標です。現在、SDGsの達成度、地域の豊かさ等を把握するための指標として活用されています。

これはフランスのサルコジ大統領(当時)のイニシアティブに発足した委員会によっても経済業績と社会進歩を測定する GDP の限界を指摘し、より適切に社会の富を反映する指標をつくろうとするなど、政治的な潮流もありました。

2012年、国連は「新国富指標報告書」をまとめることを決めた2014年から馬奈木氏がその代表を務めています。

今年度の新国富報告書2023は以下のリンクからご覧になれます。
https://wedocs.unep.org/bitstream/handle/20.500.11822/43131/inclusive_wealth_report_2023.pdf?sequence=3&isAllowed=y

補完し合うGDPと新国富指標

国連で「新国富指標報告書」代表をつとめる馬奈木氏らは、アメリカの科学誌「サイエンス」で新国富指標がSDGsを実行する上で中心的な役割を果たすと提案しました。
新国富指標は「人工資本」「人的(教育・健康)資本」「自然資本」を合わせ、最終的に、気候変動による被害、原油価格の上昇で得られるキャピタルゲイン、技術進歩などを反映する全要素生産性などで調整したものです。

新国富指標は、社会全体が保有している多様な「富・豊かさ」を総合的に測るものです。国の発展に影響するリスクを軽減し、経済・社会の長期的な成長を推進するのに活用できます。健康などの要因をGDPと比較できるよう表記し既存の指標と補完しあうことができます。

宙畑メモ:全要素生産性とは
全要素生産性(TFP: Total Factor Productivity)は、経済学において、生産要素(労働や資本、技術)の増加分を超える経済の成長を説明するための指標として使用されます。

「新国富」を構成する3つの資本とは

新国富指標は、経済全体の富を3つに分類して全体をカバーしています。

人工資本・人的資本・自然資本の各項目は更に細分化してとらえられ各々の項目ごとに価値の計測を行うことができます。

例えば、人工資本はその文字の通り作られたものです。具体的には建物や交通、エネルギーインフラなどです。人的資本は大きく教育と健康に分けられます。自然資本は自然環境、森林、農地、自然資源などがあげられます。

それぞれが社会、その社会に暮らす人々へもたらす幸せにもとづき価値が計測されます。

新国富指標の求め方

指標算出の流れは以下の通りです。
新国富(Inclusive Wealth Index)
= 人工資本(Produced Capital)+人的資本(Human Capital)+自然資本(Natural Capital)+調整項目(Adjusted)

第一段階で得られるそれそれの資本の価値は 「資本ストック量×シャドウプライス(潜在資本価格)」という式にあてはめて計算します。

資本ストック量は資本の物量を表し、シャドウプライスはその1単位当たりの価値を表します。計算フローはこちらのサイトでも確認できます。

新国富論の計算フロー
Credit : 九州大学都市研究センター Source : http://evacva.doc.kyushu-u.ac.jp/sdgsindex/

自社や団体で知りたいこと、用途によって集めるデータも変わってきます。

まずは自分たちが何を求めたいのか、知りたいのかということを先に考えて決めておくことをオススメします。

それによって集めるデータも異なりますので自分たちの希望を仮でよいので決めてみてください。

詳細は以下のサイトでご確認頂けます。
http://evacva.doc.kyushu-u.ac.jp/wp-content/uploads/2018/02/evacva_4_20180228.pdf 

【こんなふうに使えます】~東京23区の新国富指標ランキング~

たとえば新国富指標でみた場合の東京都の総合評価ランキングは以下の通りです。
1.港区:103.98
2.千代田区:97.7
3.世田谷区:91.35
4.新宿区:90.55
5.大田区:90.3
6.中央区:86.01
7.江東区:84.67
8.足立区:81.08
9.江戸川区:80.8
10.練馬区:80.74

23区だけでなく全国どこでもサイトからランキングをみることができます。また、上記は新国富指標の総合評価ですが、各詳細の項目ごとにもランキングをだすことも可能です。

自分が住んでいる町は、どのような強み・豊かさがあるのか見てみると面白いかも知れません。

【前編おわりに】

ここまで新国富指標、新国富論についてご紹介しました。

時代の変化によってGDPと共に補完し合う新国富指標について、後編では国連プロジェクトで代表者をつとめる九州大学主幹教授 馬奈木俊介氏のインタビューをご紹介します。