【パネルディスカッション】2040年に150兆円市場になると期待される日欧米の宇宙ビジネスの最新事情、スタートアップのエコシステム_PR
本記事はPwCコンサルティング合同会社による宙畑への寄稿記事です。PwC Advisory(PwCフランス)のパートナーでGlobal Space Practice のリーダーである Luigi Scatteia氏が来日したことをきっかけとして行われた、今後の宇宙ビジネス及び衛星データの利活用の展望についてのパネルディスカッションの内容を紹介します。
【モデレーター】
PwCコンサルティング合同会社:宇宙・空間産業推進室 マネージャー 榎本 陽介
【パネリスト】
・株式会社スペースシフト:代表取締役CEO 金本 成生
・PwC Advisory(PwCフランス):パートナー Global Space Practice Leader Luigi Scatteia
・PwCコンサルティング合同会社:宇宙・空間産業推進室 ディレクター 中林 優介
※本文中敬称略
榎本:本日は日欧を中心にグローバルで宇宙ビジネスがどのように発展しているのか、今後の展望も含めてお話していきたいと思います。 スペースシフトCEOの金本さん、PwC Global Space PracticeのリーダーであるPwCフランスのScatteiaさん、PwCコンサルティング合同会社(以下、PwCコンサルティング)で宇宙・空間産業推進室の中林さんです。本日は同じく宇宙・空間産業推進室の榎本がモデレーターを務めさせていただきます。
それではまず、皆さんがどのようなことをされているのか紹介をお願いします。
金本:本日はお招きいただきありがとうございます。私は、特に合成開口レーダー(SAR)向けの衛星データ解析アルゴリズムを開発しているスペースシフトの金本成生です。衛星データ利活用は、農業や災害・防災対応まで、非常に多様な顧客から興味・関心を得ている領域です。アルゴリズム等ソフトウェアの力で宇宙の活用方法を幅広く変えて、より発展させていくことができると考えています。
Scatteia:私は、PwCフランスのパートナーであるLuigi Scetteiaです。フランスのパリに拠点を置き、宇宙分野の戦略コンサルティングに特化したチームを率いており、Global Space Practiceのリーダーも務めています。
民間向けの宇宙戦略から政府の国家宇宙戦略、ガバナンス、組織規制の支援まで幅広く支援を行っており、もちろん宇宙データにも非常に強い関心を持っています。
衛星データの分析でできることと市場ニーズとのギャップについてはよく議論に上がるテーマです。皆さんと議論できることをとてもうれしく思っています。
中林:PwCコンサルティング 宇宙・空間産業推進室 ディレクターの中林優介です。
日本では宇宙ビジネスについては、官民問わず様々な関連事業が存在します。PwCコンサルティングはこの分野でPwC Space Global Practiceとグローバルに連携しサービス提供しています。今後も、日本のみならず世界中で実証・研究、コンサルティング事業などの事業展開を含め、より国際的な宇宙ビジネスを加速させていきたいと考えています。本日は良いパネルディスカッションができれば幸いです。
榎本:本日は4つの議題について、お話をうかがっていきます。
①宇宙ビジネスの主要な動向
②宇宙に関するスタートアップエコシステム
③衛星データに関する市場動向と将来性
④これからの宇宙ビジネスに対する期待
(1)宇宙ビジネスの動向~米国、欧州、日本の今~
榎本:まずは、宇宙ビジネスの動向についてお伺いしたいと思います。最近はSpaceXなどに代表されるロケットの再利用等により打ち上げコストが劇的に低減しており、衛星もどんどん小型化し、製造コストが下がっています。
その結果非常に多くの衛星が地球低軌道に打ち上げられるようになっており、今後その数はさらに増えていくでしょう。今後官民でこれらの打ち上げた宇宙関連アセットを活用していくことになります。Scatteiaさん、グローバル、そして特に欧州での状況について教えてください。
Scatteia:今世界では宇宙ビジネスに関する色々な出来事が起きています。まず宇宙へのアクセスは、宇宙ビジネスの発展においては非常に重要な役割を占める領域です。宇宙にモノを打ち上げることができないと、何もできないからです。
よって打ち上げに関しては現状は非常に高い需要があります。衛星コンステレーションの計画含め官民問わず衛星が関わるミッションが数多くあります。ただし打ち上げ能力を有するプレイヤーは非常に限られており、欧州においても打ち上げ能力の確保は重要なテーマになっています。
特に欧州においてはウクライナ情勢によりソユーズが使えなくなったため、打ち上げ能力が落ちています。また同時に次の主力となるはずだったアリアン6ロケットの開発が大幅に遅れており、アリアン5が復活することになっています。このように欧州は国際的な宇宙アクセスの主役でありながら、深刻な困難に直面しています。
一方の米国では、SpaceX社が打ち上げの大部分を占めています。次々に打ち上げが行われその成功率も高く、他の企業に大きな差をつけています。
このような背景から、全体としては打ち上げコストが下がってきているにもかかわらず、一定水準以上は価格が下がらない、あるいはもしかしたら値上げしていくような動きが出てくる可能性すらあります。打ち上げ能力に関し企業間に極端な不均衡が生じており、多かれ少なかれ地政学観点からの影響にも繋がりうると思います。
次に衛星通信に関しては、これまでの静止軌道衛星を利用した、まずは低速度でも繋がればよいという形から、低軌道衛星を利用した高速ブロードバンド衛星通信への移行が進んでいます。静止軌道と低軌道の統合も進んでいくでしょう。
低軌道衛星に関しては、多数の衛星でコンステレーションを組むプレイヤーが増えてきていますが、多額の投資を要するビジネスになり、まだこの領域だけで儲けているプレイヤーはいないと想定され、今後激しい競争が予想されます。また、防衛・安全保障の側面からも、この領域は戦略的に非常に重要です。
ウクライナ情勢でも話題に上がったように、戦争においても低軌道衛星通信がきわめて有用なインフラになっていることが明らかになっています。EUではCopernicus、Galileoに次ぐ主力プログラムでもある、低軌道衛星接続群によるIRIS2構想があります。
GNSS、ナビゲーションについては、政府が主として衛星を運用していますが、防災をはじめ様々な分野で民間においても地理空間情報のデータの1つとして活用が進んでいます。
軌道上ビジネスについては、今後さまざまな事業機会が生まれると考えます。国際宇宙ステーション(ISS)の退役に伴う民間版のポストISSが大きなテーマになっています。もちろん、民間版といっても、主な需要源は政府からの宇宙飛行士が行ってきた様々な宇宙利用に関する活動の場として、引き続き政府需要と非常に関連したビジネスになるでしょう。また軌道上から月面に関するシスルナ経済圏としてのビジネスの発展が将来的に見込まれています。月面については月までの輸送、それから月面における資源開発やデータ利活用などがビジネスとしてまず興るでしょう。その先には月面経済圏としてインフラ構築など地球上の活動を月に再現する形で様々な業種・業界にビジネス機会が生まれると考えています。
榎本:EUにおいて、米国等と比較して特徴的なトレンドはありますか?
Scatteia:EUと米国の大きな違いの1つに、宇宙に関連する予算や市場の規模の大きさがあると思います。
またもう1つの違いは、EUは複数の国家により成り立っており、各国の思惑が一致しないケースもあり、活動が断片化している側面も存在するということです。EUとしていくつかのプログラムを持つことができたとしても、欧州の各国には依然として独自のプログラム、独自の利益や議題を持つ国々があり、それらは常に一致しているわけではありませんし、一致させないといけないわけでもありません。
例えば、EUのプログラムとESAのプログラムがあることでさらに複雑さが増しています。ESAはEUの機関ではなく、特定国家間の独自の運営機関であるため、それぞれの議題が必ずしも一致しないなどの理由で、活動の断片化が生じています。地政学的な観点も踏まえて複雑な事情を有している状況だと言え、このように米国にはない多くの問題を引き起こしています。
榎本:なるほど、確かに我々は欧州として一括りで考えがちですが、複数の国家によって成り立っており、各国の思惑があるのはおっしゃる通りですね。続いて金本さん、日本の状況についてはいかがでしょうか?
金本:私からはスタートアップの観点からお話したいと思います。私は日本に宇宙関連スタートアップがあまり存在していなかった2007年頃から宇宙ビジネスに携わり、2009年に会社を設立しその後の変化を見てきました。米国では数々の宇宙スタートアップが誕生しIPOなどのExitや事業撤退までの全プロセスを経験しており、宇宙スタートアップのエコシステムが形成されています。
しかし日本ではまだ発展途上で、IPO企業はispace社とQPS社の2社だけです。日本の宇宙スタートアップ企業もここ数年でかなり伸びてきているとは思いますが、やはり米国と比較すると大きな差があると感じます。
日本には宇宙開発に関する十分な技術と数十年の実績があります。ロケットもあり、衛星関連の技術も持っており、衛星データを分析する能力やクラウドコンピューティング能力も進んでいると言えます。ですから、とてももったいない状況であると思います。私たちは宇宙ビジネスをより発展させるために必要なテクノロジーの多くを持っていますが、それでもこの10年間は苦労してきました。今後の10年間は、日本にとっても非常に良いビジネス機会になることを期待しています。
榎本:ありがとうございます。スタートアップエコシステムについては、まさに金本さんが前線で戦って感じていることだと思います。続いて私たちのビジネスの観点ではどうでしょうか?
中林:日本の宇宙ビジネスについては特にここ最近の数年間では官民問わず多くの引き合いをいただいています。その理由は3つあります。1つ目は、金本さんのビジネスのように、破壊的な技術の進展です。センサーの小型化や機能向上により、特に衛星関連ビジネスにおける事業機会が増えてきています。
2つ目の理由はコスト削減です。技術発展もありロケットの製造開発や衛星の打ち上げコストが劇的に下がってきています。例えば20年、30年前、衛星はご存知のように非常に大きく非常に高価でした。今ではコストが下がったことにより多くの衛星が打ち上がっており、Starlinkに代表されるように我々一般の消費者も簡単に利用できるようになりました。
3つ目は、多くの人々の夢や期待があることです。宇宙ビジネスへの投資には、そうした人々の期待や夢が込められているのですね。だからこそ、日本の宇宙ビジネスは非常に盛り上がっていると思います。
榎本:日本における宇宙ビジネスの特徴の1つとして非宇宙系企業による宇宙ビジネスへの新規参入が挙げられます。欧州の状況はどうでしょうか?
日本と同様なのか、あるいはいわゆるEstablished Spaceと言われる伝統的な宇宙関連企業がその中心なのでしょうか。
Scatteia:そうですね、これは非常に興味深い点です。例えば米国では、多くの政府系機関による需要に支えられ、いわゆるアンカーテナンシーとして民間を支える動きがあり、そのため多くのスタートアップが立ち上がり参入しようという動きに繋がっていますし、一部はSpaceXのようにメガスタートアップに成長しています。
欧州では、日本とも同様にもちろん非宇宙系の企業も多くの関心を寄せています。例えば、エネルギーや資源開発関連会社からの関心が見られます。宇宙開発やビジネスの盛り上がりを踏まえて、ESAなどの政府系機関からの技術連携や資金提供などを目指す動きも出てきています。
(2)宇宙ビジネスのスタートアップエコシステムはどうなっている?
榎本:ありがとうございます。スタートアップのエコシステムにも注目したいと思いますが、宇宙関連のスタートアップへの投資はどうなっているのでしょうか?金本さんは日本の状況についてどう思いますか?
金本:宇宙分野への投資は政府系の予算、民間投資の観点それぞれで年々増加しています。また日本では政府もテクノロジー系スタートアップへの投資・支援を拡大しようとしています。政府が資金提供だけでなく顧客としてスタートアップを支えるような動きも出てきていることは、非常に大きな変化であり、私たちスタートアップからするともう少し早く対応してもらいたかった思いはあるものの、今後を見据えると官民の投資が増えつつあり、スタートアップとしても良い環境になってきていると思います。
榎本:日本の投資状況について、主な投資元はどこになるのでしょうか?
金本:増加した資金のほとんどはVCからのもので、彼らはAIなどのテクノロジーやSaaS関連のスタートアップに注目していました。宇宙分野のようなディープテック系のスタートアップへの投資はより中長期的な付き合いが必要になりますが、宇宙ビジネスは取り組みの夜明けの時期でもあり、多くの民間投資が宇宙ビジネスにも集まっている状況だと思います。
榎本:中林さんは日本の状況についてどう思いますか?
中林:金本さんのお話の通りかと思います。日本は歴史的に、JAXA等官公庁主導と民間の2つの投資形態がありますが、今後は官民連携による投資が上手く連動していくことが大事だと思います。民間と公共投資の双方の連動を加速するために、我々のようなコンサルティング会社が活躍できる場も出てきています。
Scatteia:欧州でも似たような状況にあります。投資家と宇宙スタートアップを繋ぐ取り組みとして、例えば欧州委員会と欧州投資基金によるカッシーニファンドがあります。宇宙関連企業の支援として10億ユーロ規模での投資を実施するとしています。またCopernicusのように衛星データの利活用等を無償で実施することで商業化のハードルを下げるなど、政府系機関主導で、スタートアップの参入やスケールアップを促す仕組みを構築しています。
また民間投資ももちろん増えてきており、先ほどの日本の議論と同様に民間と公共投資の双方をどう連動させていくかが鍵になります。
榎本:ありがとうございます。重要なのは、官民投資をどう連動させていくかであり、日本もEUも同じような状況と理解しました。
(3)衛星データに関する市場動向と将来性
榎本:それでは次の話題である地球観測に移ります。Scatteiaさん、EU及び世界の地球観測市場の動向についてはどうでしょうか?
Scatteia:地球観測市場に関しては、データ供給サイドと需要サイドに分けてお話したいと思います。データ供給サイド、つまり衛星事業者について、これは基本的に欧州だけでなく世界的にそうだと思いますが、主な収益源は軍事・防衛セクターになっています。
そして、このことは市場構造を歪める原因にもなっています。なぜなら、供給サイドから見ると防衛関連領域で一定の収益が立っているため、防衛以外の商用ニーズにおいて、価格低減がなされないのです。需要サイドとしては、価格が高すぎてデータの利活用が進まないというケースが数多くあります。
このような観点から、衛星データが利活用できる分野は現状限られており、特に衛星データの分析分野においては、企業は非常に限られた特定のユースケースやソリューションにフォーカスする傾向にあり、広く業界共通に横展開するようなユースケースはまだまだ生まれていない状況です。
しかし、これは需要サイドとして見ると、中小企業にとってはチャンスであることを意味します。なぜなら、小規模な新興企業にとっては、ニーズがあり、参入できる余地のあるニッチ分野を見つけるチャンスがまだたくさん存在するからです。
欧州ではCopernicusにより、より多くの企業が衛星データにアクセスし、利用する機会を創出したこともありますが、実際にそういった中小規模の企業による衛星データの利活用ユースケースが多く生まれつつあります。
榎本:Copernicusに関しては現在では環境問題や災害対策関連のユースケースが生まれていると認識しており、ESAでも地球のデジタルツインについて議論されていますが、それは主に環境問題に関するものです。衛星データ利活用のアイデアについても、欧州が主導している環境関連ビジネスに紐づけていると理解してよいでしょうか。欧州が描いている将来のビジョンがあれば教えてください。
Scatteia:環境問題は欧州においては重要な注目テーマになっています。欧州では様々な角度から環境問題とサスティナビリティについて、例えばサステナブルファイナンスなど、非常に厳しい規制を導入したりと、官主導で強力に活動を推進しています。したがって、モニタリングに関するユースケースなど衛星データを活用したユースケースも生まれやすい状況かと思いますし、実際にデジタルツインのDestinationプログラムなどが動き始めています。ただし環境関連テーマについては、直近すぐにビジネス化するものというより、中長期的なテーマになると考えています。
金本:日本でも同じような動きがあると思います。日本の政府が推進しているTellus(衛星データプラットフォーム)は欧州のCopernicusを参考にしていますし、2023年に日本政府は、欧州のCopernicusプログラムと衛星データの相互共有利用促進のための包括的な協力関係を締結しています。今後欧州との連携がますます進んでいくことを日本側としては期待しています。
榎本:当社の多くのクライアントもデータ利活用に注目しているかと思いますが、中林さんは市場動向としてはどう見ていますか。
中林:日本でも、衛星データを活用したユースケースを開発しようとしていますが、日本における最大の課題の1つは、エリア的(国土面積)が限られていることから、日本のみでビジネスを考えると非常に限られたユースケースになりがちでスケールさせることが難しいという点です。
だからこそ、日本だけでなく、ESA、EU、一部のアジア諸国、アフリカでもユースケースを拡張できるように、EU諸国ともっと協力していく必要があると考えています。
榎本:日本において衛星データの利活用ビジネスを拡大するための課題やキードライバーはなんでしょうか?
金本:既に話に上がったように、現在の衛星データに関する主な顧客は防衛領域です。スタートアップ企業として生き残っていくためには既存の防衛領域の市場を拡大するだけでは難しく、その他の商業領域を切り拓く必要があります。私の会社の場合、衛星を自分たちで所有しておらず、中間的な立場にいますので、大型衛星と小型衛星問わず利用可能な全ての衛星を組み合わせ、顧客に包括的なソリューションを提供することを目指しています。
例えば、農作物の監視では、光学衛星とSAR衛星を使用してキャベツの価格予測を行っています。光学衛星だけでは、雲のせいで地上の連続的な状況を見ることができません。米国の光学衛星と欧州のSAR衛星を組み合わせることで、日本の広告の継続的な価格予測ができるようになってきています。
キャベツの価格が下がるとキャベツを使った料理の調味料が売れるという現象があります。1ヶ月前に価格を予測できれば適切なタイミングでテレビCMを打てるし、スーパーマーケットでの販促もできます。今後はキャベツのみならず他の野菜や、産業を超えて他産業にも拡大できると考えています。
榎本:面白いユースケースですね。衛星データの利活用に関しては、データの供給側と需要側の認識の違いも大きな課題の1つだと考えています。需要側は衛星データと聞くと何でもできると考えがちですが、実際はデータの質・量共にまだまだ未成熟であり、万能なデータではないですし、何よりコストも依然高いと思います。金本さんはコスト面についてはどう考えていますか?
金本:衛星データを利活用したソリューションを検討するにあたっては、クライアントが関わるビジネスの実際の市場規模を組み合わせて考える必要があります。もちろん顧客がどのようなニーズを持っているかによって異なりますが、顧客が多額の予算を持っており、衛星データがビジネスに不可欠な部分になる可能性がある場合、価格はそこまで大きな問題にはなりません。ただしこれはユースケース次第ですし、衛星データ単体の価格で見ると依然高額なのは事実だと思います。
榎本:金本さんの会社は衛星を保有せずにビジネスを行っていますが、衛星事業者との価格交渉についてはいかがでしょうか?
金本:当社は衛星データを活用し、分析してお客様が知りたい情報を得るAIアルゴリズムを開発しています。衛星事業者から見ると自社の持つデータを顧客に繋げる役割をある意味担っている存在です。これもやはりユースケース次第ではありますが、スケーラビリティのあるユースケースを開発することで、価格交渉はよりしやすくなると思います。
榎本:さきほどScatteiaさんからも衛星データに関しては軍事・防衛領域が多くを占めているというお話がありましたが、世界や欧州での状況はいかがでしょうか?
Scatteia:軍事・防衛領域以外にも多くの事例が出てきています。マーケティング関連のほか、ESGや環境関連では森林管理、土地管理、水と廃棄物の管理、監視、温室効果ガスの排出監視などもそうです。
1つの興味深いカテゴリとしては、防災分野が挙げられます。より正確で信頼性の高いリスク監視を提供することへの需要が非常に高まっています。欧州では自然災害、潮流、洪水、地滑り、火災に関するソリューションが増えてきており、情報商品やリスクモデリングの実行に役立つため特に保険業界にとっても大きなテーマになっています。保険業界では、多くの会社がパラメトリック保険への移行を進めており、衛星データから得られる情報・示唆が積極的に活用されているのです。
金本:日本においても、欧州と同じように、政府または地方自治体の災害軽減のためのユースケースが生まれてきています。また保険会社も徐々に衛星データの活用を始めています。私たちとしても、車から地上で得られるデータと衛星データを組み合わせることで、洪水時の車などの動きについて把握し、損害保険会社の支払業務の効率化に利用するなど具体的な事例も出てきています。
また干渉SAR解析を行うイタリアの企業との提携により、時系列のデータスケールの変化を分析が可能となっており、発電所やその他の施設の変位を監視するための技術の新しい市場を日本に構築しています。当社の顧客でもあるイタリアのTRE ALTAMIRAという会社は、地上での測定と衛星ベースの測定の統合を提唱しています。両社が相互に補完しあうものだと認識されているからこそです。
榎本:衛星データの利活用において重要なことは何ですか?衛星データと他のデータを連携させることだと思うのですが、いかがでしょうか?
金本:おっしゃる通り、衛星データだけを利用することでは問題は解決できません。車からのデータや、携帯電話のGPS信号から人間の動きも把握できます。また、監視カメラや地上のセンサーもたくさんあります。データを適切な示唆に繋げるためにはグラウンドトゥルースを地上で測定する必要がありますが、それらは地上にあるセンサーによって収集することもできます。地上には水の高さを測る測定機がたくさん設置されています。
そのため、例えば地上の情報で捉えられない広域な変化をリアルタイムで衛星データと組み合わせることができれば、地上の状況をより正確に予測または監視できるようになります。
榎本:中林さんは、特に日本企業にとっての重要な推進力やキーポイントは何だと思いますか?
中林:地球観測ビジネスをもっと発展させるためには、ユーザーをもっと巻き込んでいく必要があると思います。
例えば、金融業界は宇宙産業においては2つの顔を持っています。投資家としての顔と、ユーザーとしての顔です。Scatteiaさんが説明してくれたように、例えば保険業界では、衛星データは実際に、企業や保険会社による災害の予測をより正確にするために使用できますが、災害への関心を高めるためなど様々なユースケースで使用できると思います。投資家としてだけでなく、ユーザーとしての関与も重要だと思います。我々としては様々な業界に活用可能性を感じてもらえるよう、具体的なユースケース例を色々と示していく必要がありますね。
金本:そうですね、PwCコンサルティングには異なる業界の多様性に富んだクライアントがいらっしゃいますが、そのいずれも衛星データのユーザーになりうると思います。
中林:はい、私たちが挑戦すべきことですね。我々は衛星事業者やデータ分析会社と頻繁にコミュニケーションを取っていますが、有望なユースケースの多くが日本市場ではなく海外市場で生まれていることに危機感を抱いています。日本から多くのユースケースを創出し世界に広げていく必要があり、それが我々としての使命であると考えています。
榎本:最後のテーマに移る前に1つお話させてください。私は宇宙産業の今後の発展には技術や資金はもちろんですが、特に人材が非常に重要だと考えています。どのような人材が必要だと思いますか?
Scatteia:人材は間違いなく重要ですね。我々PwCとしての観点でお話すると、宇宙ビジネス市場に精通しており、コンサルティングや分析スキルにも精通した人材はご想像の通り簡単には見つかりません。むしろ現状はそのような人材はほぼいないでしょう。
つまり、育成していくことが非常に重要です。伝統的な宇宙産業に携わってきた宇宙ビジネス側の知見を有している人、またビジネスサイドで経営や事業戦略などのコンサルティングや推進を担ってきた人など、いくつかの専門領域の知見を持った人をまずは組織的に融合していくことが必要になります。日本に当てはまるかどうかはわかりませんが、欧州では宇宙関連の人材の争奪戦が実際に起きています。
中林:宇宙ビジネス領域は非常に新しい産業なので、育成が非常に重要ですが、宇宙ビジネスには全方位的なスキルが必要になりきわめてハードルが高いと思います。営業やエンジニアリングに加えて、分析スキルやコミュニケーションスキルが必要です。
また、他の既存産業にも目を向けることが重要です。例えば、農業のユースケースを開発するには、農業従事者にとって重要な問題や問題点は何かを理解する必要があります。民間領域のみならず、公共部門や法制度についても理解する必要があり、守備範囲は広範にわたります。すべて1人でできるとよいですが、そのようなスーパーマンは稀なので、Scatteiaさんが言うように組織的に専門人材を融合させていくことが求められると思います。
金本:お二人に完全に同意です。育成は非常に重要ですよね。10代やそれより若い人たちに目を向けて、20年後、30年後を考えると宇宙ビジネスは非常に大きな規模まで拡大していると思います。そう考えると非常に夢がありますよね。ただしそのためにはまずは私たちが道を切り開くしかありません。そして宇宙ビジネスを継続的に発展させるためには、若い世代に対する教育が非常に重要になりますね。
榎本:金本さんがおっしゃったように「私たちが道を切り開く」ということがまさに重要ですよね。個人的な話で恐縮ですが、私は2年前に産まれた子供の名前に「月」を入れています。子供が成人する2040年前後には月面に多くの人が滞在している構想もあり、私は子供世代にそういった未来を見せられるよう頑張りたいと考えています。まさに私たちが今、熱い想いを持って切り拓いていくことが大切ですよね。
(4)これからの宇宙ビジネスに対する期待
榎本:最後に、今後の宇宙ビジネスの発展への期待についてお話しください。
金本:インターネットの発展と似たような形になるのではないかと考えています。最初はPCなどの基礎的なハードウェアの時代があり、続いてブロードバンド化などネットワークやソフトウェアの進化があり、さらにスマートフォンなどのハードウェアのさらなる進展に基づいて、爆発的なアプリケーションが発生しました。同じことが宇宙ビジネスにもたらされると考えています。
打ち上げコストが低減することで、多くのハードウェアアセットが宇宙に上がるようになってきています。衛星通信も含めて世界中がさらに高速に繋がるようになり、様々なデータが行き交うようになります。私がソフトウェアの会社をやっていることもありますが、その世界においてもやはりエッジコンピューティング技術などソフトウェア技術が非常に重要になり、少し先の世界を見据えた動きが必要になってくると考えています。ユーザーがより身近に宇宙関連技術を活用する時代が来ることを期待しています。
Scatteia:おっしゃるように宇宙へのアクセス、データ利活用、通信といった点でユーザーが宇宙を身近に活用する時代が来るでしょう。少し違う観点からお話すると、宇宙は防衛・安全保障にとってますます重要な役割を果たすようになってきています。そのため、多くの地域、国が主体的に宇宙に関するアセットやケイパビリティを持つことを望んでおり、独自の打ち上げ・輸送手段、衛星コンステレーションを構築することを考えています。この観点から今後も宇宙がビジネスとしても発展していくことは間違いないでしょう。その際我々としては、ユーザー主導のアプローチで宇宙をビジネスとして発展させるサポートをしていくことが必要になると考えています。
中林:宇宙ビジネスと聞くと現状は多くの人が、長期的なビジネスで巨額の投資が必要だと考えています。しかし、より安価なコストで小型衛星を保有する、小規模なユースケースを開発するなど、小さなステップから宇宙ビジネスを始めることはできます。そういった小さなステップからでも宇宙ビジネスに参入する企業が増えてくれば宇宙ビジネスの幅も広がると思います。我々としては皆さんの考えを変えていき、そのような企業を増やしていきたいですね。
榎本:宇宙ビジネスは2040年までに1兆ドル以上の成長が期待できる、非常に魅力的な市場です。
我々PwCコンサルティング合同会社としては、2024年2月から『宇宙・空間産業推進室』として新たに組織拡大し、これまでの宇宙ビジネスの取組をさらに進化・加速させています。
地球課題の解決や宇宙産業の更なる発展に向けて、「宇宙・空間」をリアル・デジタルの双方から俯瞰した視点で捉えることで、産学官を含む複数のセクターにおける分野横断的な枠組み作りや関連産業の推進、技術開発・実証、事業活動を支援していきます。
欧州や米国など他国とも協力関係を構築しつつ、日本がこの市場でリードポジションを担えるように我々も頑張っていきたいですね。パネリストの皆さま、本日は誠にありがとうございました。