宙畑 Sorabatake

宇宙ビジネス

月面の砂から太陽光電池パネル製造へ。地上での技術応用も。ルクセンブルク企業Maana Electricの現在地

レゴリスから太陽光電池パネルを製造する技術を開発するスタートアップMaana Electricの共同創業者兼COO ルカ・セリエントさんを取材しました。技術開発はどこまで進んでいるのでしょうか?

アルテミス計画で日本の宇宙飛行士2人が月面着陸することに日米両政府が正式に合意しました。一人目の月面着陸は、早ければ有人ミッションとしては3番目となる「アルテミスⅣ」で行われます。

日本人による有人月面探査が現実味を帯びてきているなか、海外の宇宙開発企業から日本への注目が集まっています。

ルクセンブルクのスタートアップ Maana Electric(マアーナ・エレクトリック)も日本の宇宙産業に関心を持つ一社です。Maana Electricは、月面の砂・レゴリスからシリコンを抽出して、太陽光電池パネルを製造する技術を開発しています。この技術は、地上用の太陽光電池パネルの製造にも活かされることが期待されています。

Maana Electric 共同創業者兼COOのルカ・セリエントさん

来日していた、共同創業者兼COOのルカ・セリエントさんを取材し、創業の経緯や日本への期待をうかがいました。

実証用太陽光電池パネルはアフリカ2カ国に設置

―Maana Electricの事業について教えてください。

まず、私たちは宇宙事業と地上事業の2つを展開しています。宇宙事業は月面に太陽光電池パネルを設置し、月面の開拓を支援することを目的としています。将来的に人類が火星に行くことになったときには、火星用の太陽光電池パネルも提供するつもりです。

月面に設置する太陽光電池パネルのイメージ Credit : Maana Electric

地上事業の顧客の多くは、砂漠化が広がっているアフリカの企業や人々です。現在の太陽光電池パネルの多くは中国製です。新型コロナ感染症の流行中は中国の工場は閉鎖され、輸出が停止されてしまいました。一方、私たちは砂漠と輸送用のコンテナに設置された私たちのソリューションさえあればいつでも好きなときに太陽光電池パネルを生産して、輸送することができます。

地上用太陽光電池パネルのイメージ Credit : Maana Electric

オフィスはルクセンブルク、オランダ、ドバイに構えており、約30名の従業員がいます。ルクセンブルクには、太陽光電池パネルを生産する機械の製造や試験などを行う自社施設があります。

―宇宙・地上用の太陽光電池パネルの実用化はいつ頃を見込んでいますか。

まず、地上用については、当社の施設で試験を行っているプロトタイプマシンを使って実証用の太陽光電池パネルを製造しました。これを南アフリカとブルキナファソ(編集部注:西アフリカの国)のお客様が設置してくださりました。まもなく、ヨーロッパの顧客にもいくつかの太陽光電池パネルを納品する予定です。これらはまだ商用ではありませんが、顧客は実際の商用化の前に試験を行い、製品の改善に協力することに同意してくださりました。

宇宙用に関しては、やはり月経済が実際にいつ確立されるかに大きく依存します。現在、月への関心が高まっており、さらに多くのミッションが計画されていますが、アルテミス計画の遅れは私たちのタイムラインにも影響を与えるでしょう。私たちは、2030年の初めまでに月面技術の準備が整うと見込んでいます。

創業のきっかけは国際宇宙大学での出会い

―どんな経緯でMaana Electricを創業されたのでしょうか。

私はイタリアで宇宙工学の学位を取得し、ロケットエンジニアとして働いていましたが、自分の知識を深めるために国際宇宙大学に進学しました。

宙畑メモ:国際宇宙大学
国際宇宙大学(International Space University、通称ISU)は、宇宙業界を担う人材を育成するために1987年に設立された教育機関。フランス・ストラスブール郊外にキャンパスがあります。

そこで知り合ったのが、後にMaana Electric のCEOとなるヨースト・ヴァン・オースホットと、CTOとなるパブロ・カラです。ヨーストは、経済学のバックグラウンドを持つ起業家です。エンジニアではありませんが、工学の知識があります。

国際宇宙大学は宇宙にフォーカスして学ぶものの、枠にとらわれない考え方が求められます。在学中は、ヨーストとパブロと3人で、月面でどんなことができるのか意見交換をしていました。

レゴリスからソーラーパネルをつくるアイディアは、ヨーストが大学の課題で考案したものでした。レゴリスは非常に多くのケイ素を含んでいます。レゴリスからシリコン(ケイ素)を抽出し、加工する最適な方法を見つけられれば、技術的な課題はありますが、理論的には問題はありません。ですから、それほど非現実的なことではないんですよ。

宙畑メモ:シリコンと太陽光電池パネル
シリコンは半導体としての性質があり、太陽光が当たると電気を生み出すことができます。太陽光電池パネルにはいくつかの種類がありますが、シリコン系太陽光電池パネルは世界中で広く普及しています。

卒業後に、私たちはレゴリスからソーラーパネルをつくるアイディアを実際のビジネスにできないかと考え始めました。そして、私たちは連続起業家のファブリス・テスタをCFOとして迎え、2018年にMaana Electricを創業しました。拠点は、アメリカとともに宇宙資源に関する法的枠組みを作ったルクセンブルクを選びました。

ルクセンブルク政府が成長を後押し

―ルクセンブルクは、2017年に自国の事業者が宇宙で採掘した資源の所有権を認める「宇宙資源法」を制定しました。

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宇宙資源法はMaana Electricにどのような影響を与えましたか。

宇宙資源法が制定される前は、月の利用に関する国際的な枠組みは1979年に採択された「月協定」のみでした。しかし、この月協定を受け入れている国はあまり多くはありません。

宙畑メモ:月協定
月を平和目的のみに利用することやいずれの国家の占有にもならないことなどを定めた条約。締約国は少なく、アメリカやロシア、日本、中国など宇宙開発に積極的に取り組んでいる多くの国は批准していないため、死文化しているという解釈もあります。

ルクセンブルクの宇宙資源法は、国内に拠点を置く民間企業による宇宙資源の利用を法的に保護しています。さらにルクセンブルク政府は、spaceresource.luというプラットフォームを立ち上げて、宇宙関連企業を支援しています。Maana Electricはルクセンブルク宇宙機関から最初に支援を受けた宇宙資源企業のうちの1社です。

なお、アメリカも2015年に天体の資源を民間企業が利用することを認めた法律「2015年宇宙法」が制定されました。人類が再び月面に戻ることは明らかで、手遅れになる前にゲームのルールを決める必要があったからです。

―宇宙資源法が制定されなければ、Maana Electricの創業は難しかったと思いますか。

イエスともノーとも言えますね。私たちはルクセンブルク政府のおかげで事業をスムーズに進めることができています。特に、創業初期は資金面の支援にとても助けられました。この支援がなかったとしても会社を起こすことはできたとは思いますが、今日の状況にまで達するには、やはり政府の支援は重要だと今でも思います。ですから、ルクセンブルクが宇宙資源法を制定し、宇宙関連企業の支援を始めたことは幸運だったと言えます。

AIについても同じことが言えます。AIに関連する事業に取り組むスタートアップは多くありますが、AIに関する国際的な規制はありません。というのも、無秩序なAIの利用によるリスクを予見していなかったからです。宇宙資源は手遅れになる前に枠組みを作られたので幸運でした。

コストは変わらず、環境にやさしい製品開発を

―レゴリスから太陽光電池パネルを製造する研究はどのように進めていますか。

Maana Electricは、レゴリスを模した物質やアラビアの砂漠の砂を使って研究しています。例えば、アメリカのExolith Lab(エクソリス・ラボ)が作った模擬レゴリスは、砂の粒が非常に細かく、粘着性があります。模擬レゴリスや砂漠の砂からケイ素を含む鉱物を抽出し、シリコンを取り出します。

左から模擬レゴリスから製造されたシリコンの塊、シリコンウェハー、太陽光電池

宙畑メモ:シリコンと二酸化炭素排出量
シリコンは炭素を含んでいないため、燃焼した際の二酸化炭素排出量がプラスチックよりも少なく、有害物質も発生しないのがメリットです。シリコンを使用することで、シリコンそのものの製造と廃棄処理から排出される二酸化炭素の9倍もの排出削減の効果があるという報告もあります。
参考:シリコーンのカーボンバランス

一般的に、シリコンの製造には炭素熱還元と呼ばれる方式が用いられるため、大量の二酸化炭素が排出されますが、私たちは炭素熱還元を用いないので、二酸化炭素を90%削減できます。Maana Electricの太陽光電池パネルはエコロジカル(自然と調和すること)で環境にやさしいんです。

―Maana Electricの地上用の太陽電池パネルは、既存の太陽電池パネルと比べてコスト面での違いはありますか。

私たちの太陽光電池パネルの価格は、現在中国から購入できるものと基本的に同じです。しかし、私たちの太陽光電池パネルには、環境フットプリントの削減、現地生産と現地労働の可能性、より持続可能で循環的な資源の利用といった利点があります。さらに、重要なのは、今日太陽光電池パネルが廃棄されているのに対して、私たちの太陽光電池パネルは完全にリサイクルできることです。

―最後に日本への期待を聞かせてください。

Maana Electricは小さな会社ですが、2018年の設立以来、徐々に成長しています。設立当初は技術開発に集中していましたが、近年はネットワークの拡大にも取り組んでいます。日本は、JAXAが月面探査に大きな関心を寄せていますし、テクノロジーに大きな可能性を感じています。例えば、清水建設は月面基地建設の支援を目指していると聞いています。

私たちは月面活動が活発に行われている地域に進出すべきだと考えていますが、日本はいい候補地のひとつです。将来的には日本にオフィスを設立することもできるかもしれません。まずは、ビジネスの種を撒きながら、状況を見る必要がありますね。