SAR の特徴量(反射強度、周波数、偏波、位相、干渉)【SARデータ解析者への道】
SAR解析で良く出てくる特徴量について解説します。「SARデータ解析者への道」シリーズの3本目です。
本記事では、SAR (合成開口レーダー)について、もう一歩進んだ知識を習得、よく利用される言葉や処理について解説します。実用的な基礎はここからとなります。
その前に、以下の記事を読んでおくことをお勧めしております。
レーダーの基礎から学ぶSAR(合成開口レーダー)の原理と奇跡【SARデータ解析者への道】
SAR画像を解析する際に理解しておきたい基礎処理【SARデータ解析者への道】
単語は知っていてもイメージを持てていない方や、網羅的に種類を知りたい方がより専門的な理解するためのヒントとなれば嬉しいです。
今回の記事で紹介する言葉は以下の通りです。
- ●反射強度
- ●周波数
- ●偏波
- ●位相
SAR においての反射強度
SAR において、観測対象物から反射した電波を受信した信号の強さを「後方散乱強度」と言います。単に短縮して、「反射強度」「強度」などと言ったりもします。
反射が強い物質の場合は、この後方散乱強度は強くなります。一般的な SAR 画像とは、この後方散乱強度の値の大きさをピクセル値にもつ画像(白黒の画像)を言います。
強度画像の作成方法などについては、[第二弾の記事] に記載されています。
SAR においての周波数
本連載の1本目の記事で周波数の説明を「光がどれだけくるくるしているか」と説明しましたが、本記事ではもう少し踏み込んでみましょう。
さらに詳しい言い方をすると、周波数とは、電波の波が一定期間にいくつあるかのことです。
SARデータの重要なスペックは、以下の表に示すとおり、この「周波数」に紐づいていることが多いです。
本章では、以下の用語を解説していきます。
- ●中心周波数
- ●帯域幅
- ●サンプリング周波数(フーリエ変換する周波数)
- ●ドップラー周波数
波長と周波数の関係
周波数を理解するために、まずは基本的な「周波数」と「波長」の関係を理解しましょう。
「周波数」と「波長」は、似たようなシーンで使われることがあります。
「周波数」が1秒間に含まれる波の数であるのに対し、「波長」は電波が1回転するまでの長さを表します。
周波数と波長は逆数(ある数に掛け算した結果が 1 となる数)の関係になっていて、必ず1対1の対応が取れています。つまり、どちらかが決まれば、もう一つが決まるようになっています。
例えば、波長(1波の長さ)が0.01m の時、1波が過ぎる時間が0.01秒であったとします。周波数は1秒間に含まれる波の数なので、 この場合100個となり、100 Hzということになります。
この関係を念頭に置きながら、以降のそれぞれの「周波数」の説明をみていきましょう。
中心周波数
1つ目は「中心周波数」です。中心周波数は、「地表の何を見て、何を見ない(透過する)か」を左右する項目です。
周波数が低い、すなわち波長が長い電波は、障害物に当たらずに地表面まで届く可能性が高くなるので、衛星まで強い電波が返ってきます。
つまり、周波数が低いと、木などの地表面の物体よりも、地表面自体の挙動を観測できるということになります。
一方で、周波数が高い(波長が短い)と障害物に当たりやすくなるため、電波の挙動は地表面の木などに左右されます。
SAR では、中心周波数と帯域幅の違いによって 大分類として呼び名が分けられています。
別名では、これらを「バンド」とも呼びます。
具体的に中心周波数とは何を指しているのかをもう少し深堀していきます。
中心周波数はよく、SARの周波数として用いられることが多く、大抵の場合は周波数と言われたら、中心周波数のことを述べています。
SAR において、電波を送信する時に、 [第一弾の記事] で述べたように、オリジナルのパターンの電波を放ちます。
このオリジナルパターンは、ある周波数からある周波数までの上昇や減少で決まっています。この場合の具体的な中心周波数は、変動の中心に位置する波形の周波数または、一定のスタート地点の周波数のことを示します。
オリジナルパターンの作成方法によって中心周波数の定義が変わる場合があります。
帯域幅
2つ目にご紹介するのは、「帯域幅」です。帯域幅は、レンジ方向(レーダー照射方向)の分解能に影響します。
帯域幅が大きいほど、解像度は大きくなります。
帯域幅は、オリジナルパターンの中心周波数から変動する周波数の幅と定義されます。
上図の幅での周波数の変化を帯域幅と言います。
サンプリング周波数(フーリエ変換する周波数)
3つ目は、「フーリエ変換する周波数」です。「フーリエ変換」と聞くとなんだか難しい感じがしてしまいますが、要はどの程度の頻度で電波を受信しているか(サンプリングしているか)ということです。
レンジ方向(レーダー照射方向)では、電磁波の受信時に電磁波をサンプリングして波を再現しています。そのため、一定期間内に何回サンプリングしているかで、再現度が異なってきます。
サンプリングの回数は多ければ多いほど、より正確に事象を把握することができますが、その分データ容量は多くなります。
サンプリングの回数が少なくなると、サンプリングの回数以上の周波数は捉えられないため、現象を正しく捉えられない可能性が高まります。
アジマス方向(衛星が進む軌道方向)では、センサが送信と受信を切り替えながら観測を行っており、その時の受信の頻度がサンプリングの頻度になります。
そしてこのレンジ方向とアジマス方向のサンプル数が、そのままSARデータのピクセル解像度になります。
サンプリング周波数は、デジタルデータ処理上での周波数であり、ハードウェアのセンサーには関係なく、ソフトウェア内での数字になります。プログラミングでの実装や製品の処理には必要ですが、それ以外では気にしなくて良いです。
しかしながら、解像度やノイズの量には影響を及ぼすため SARについて深く理解をしていくためにはこの辺りが一番の肝になってきます。
ドップラー周波数
4つ目は、「ドップラー周波数」です。ドップラー周波数は、SARデータのスペックの結像の難易度や座標投影に効いてくる要素になります。
ドップラー周波数とは、ドップラー効果によって周波数が変動する幅のことを示します。
ドップラー効果とは、波(電波)の発生源が移動体の場合に、周波数が変わってしまうことを言います。
衛星は、地球の軌道上を落下しないためにものすごいスピードで移動しています。これによって衛星に搭載されている送信機から発せられる電波は、周波数が変動します。
対象物に近づく時は周波数が高くなり、遠ざかる時は周波数が低くなります。
ドップラー周波数は、衛星と対象物の位置関係によって変動するので、一概に決まりません。
しかしながら、強度画像などの合成開口処理以降では、基本的には気にしなくて良いです。
SAR においての偏波
偏波とは、電波の向きを表します。
電波は 第一弾の記事でお伝えした通り、3次元で伝搬していますが、解析を行う時には、2次元平面で扱います。
さらに、その2次元平面での縦と横の向きが偏波です。
基本的に扱っているのは偏波のどちらか1つで、1次元での情報になります。
衛星から電波を送信する時はどちらか1つの面での波をコントロールして発し、受信する時はどちらかの面での波を捉えることになります。
送信時に垂直方向で発信して垂直方向のセンサーで受信する場合は VV、 送信時に垂直方向で発信して水平方向のセンサーで受信する場合は VH、の具合で表記します。
送受信での偏波の切り替えも、先ほどのサンプリング周波数に影響を与えます。
例えば、垂直方向の発信と垂直方向の受信だけの場合に比べ、水平方向も含めて送受信を行う場合、サンプリング周波数が低くなるため、解像度は低くなります。
偏波は電波のさまざまな情報を持っています。
例えば、電波が反射する時に、偏波はランダムに変化します。すると、反射する回数が大きいほど偏波の状態も変わりやすくなるため、何度も反射する自然の木などの判読に使われたりします。
SAR においての位相
ここでの「位相(周期的な運動の状態を表す量)」とは、複素数の位相情報です。
複素数で位相情報を表現することについては、前回の記事で紹介していますので、詳しくはそちらをご覧ください。
SAR画像を解析する際に理解しておきたい基礎処理【SARデータ解析者への道】
電波と同じ位相を示していますが、画像の平面上での1ピクセルの位相になります。
位相情報は、観測した電波がどのような状態なのかを示す指標の一つになります。
主に、位相の差から変化情報を読み取る方法で利用されます。
・ジオコード
・コヒーレンス
・干渉(位相差)
ジオコード
1つ目は「ジオコード」です。
ジオコードを説明するために、その前段として「ジオリファレンス」という言葉を説明します。
ジオリファレンスとは、衛星データが撮像したデータと観測情報からデータ(強度画像など)を元にして、位置情報を付与することを言います。
ジオコードとは、ドップラーの位相情報を元にレーダーならではの画像の歪みを修正した上で、地形に沿わせるようにしてジオリファレンスすることをいいます。
少し前までは、アンテナパターンが補正しやすい「ネイティブドップラー」でデータ提供されていましたが、近年では反射地点が衛星と直角の関係の状態「ゼロドップラー」で提供されるようになってきました。
ESAが無償で配布しているGISソフトsnapなどで、SAR画像を扱う際に、処理手法としてnative dopplerかzero dopplerかを選択する場面がありますが、それは上記のような意味になります。
具体例で、ネイティブドップラーのままとドップラー補正した投影での比較をしてみましょう。ALOS でのネイティブドップラーをそのまま座標投影する場合は、青白の画像のようになります。
ドップラー補正をして投影すると赤黒の画像になります。
変化を重ねて見ます。
三浦半島に注目して見るとずれが見て取れると思います。
コヒーレンス
2つ目は、「コヒーレンス」です。
コヒーレンスとは、2時期の撮像データの位相の相関の値、どれほど似ているかを表す指標です。
コヒーレンスは、定性的に強度画像に似ています。その理由は、後方散乱強度が強い信号の方が、信号が特徴的で位相の情報も強く保持していることがほとんどであり、位相の類似性を計算するコヒーレンスにも強い相関が現れやすいためです。
2時期の電波の強度の変化だけではなく、どのように反射しているかやどれくらい強度の変化を信頼できるかなどといった光学画像以上の見えるだけではなく、現地のさまざまな情報を取得できる要素の1つになります。
干渉・位相差
3つ目は、「干渉・位相差」です
干渉とは、2時期の位相が面で周期的な反応を見せることです。
この時の位相の差は、観測するまでの光の距離の差を意味します。
電波の差は、観測する衛星の差か、観測物の差になります。
その多くの利用の仕方は、衛星は同じ軌道なので変化していないと考えると、観測する地面などが変化していると考察する方法です。これによって広域の測量情報の補強が可能になったりします。
位相の干渉解析は、何かイベントがあった際に、地上の観測では点でしか捉えられない変動を、面で知ることができることがメリットです。火山の地殻変動や地震での変位を観測することが可能です。
実際に能登半島地震の時にも ALOS PALSAR-2 が活躍していち早く広域での変位を捉えることができています。
「だいち2号」観測データの解析による令和6年能登半島地震に伴う地殻変動(2024年1月19日更新) | 国土地理院
まとめ
いかがだったでしょうか?SAR(合成開口レーダー)の特徴や知識について理解が進めば幸いです。これらの知見をもとにSAR解析やモデルの精度向上に活かしてもらえたらと思います。
SAR についての説明からそれらの実装までいくつか連投しますので、今後ともよろしくお願いします。