宙畑 Sorabatake

ロケット・衛星

下町ロケット in 名古屋、国産宇宙バルブに挑戦する高砂電気工業の舞台裏

下町ロケットの某製作所で製作されていた"バルブ"はロケット、人工衛星いずれにとっても重要な部品です。『下町ロケット』を地で行っている会社があるらしいよ、という話を聞きつけ、取材してきました。

「あの池井戸 潤先生による平成の社会派小説大ヒット作『下町ロケット』を地で行っている会社があるらしいよ」

という噂を聞きつけた宙畑取材班は、それはぜひ話を伺わなければ! いや、ぜひ聞かせて欲しいと、2019年1月後半、朝イチの新幹線で東京から名古屋へと向かいました。

名古屋市緑区に本社を構える「高砂電気工業株式会社」。この一帯は果たして“下町”? なのかは置いておいて、都市部の住宅地と工業地帯が折り重なる風景のなか、高砂電気工業の母屋が、総瓦でできていることが新鮮に映りました。まるで昔ながらの一軒家の大屋根のよう。それにしても、立派で大きくて、素晴らしい瓦屋根です。「これ、維持費、かなり高いよ」、とスタッフの口をついて出た言葉の真偽は定かではありませんが、こだわりの社風が、この外観からも伝わってきます。

社名に「高砂電気」とありますが、製作しているのは主にバルブ。おっと! この点も下町ロケットの佃製作所と同じですね。ただし彼らはもともと宇宙分野で活躍していたのではなく、医療分野からいま、まさに宇宙へと挑戦している真っ最中だったのです。

(1)ただの“下町”工場ではない、医療バルブでは国内トップシェア

そもそもバルブって何だ? っていう方も意外と多いのではないかと思うのですが(はい、私のことです)、当日バルブの説明をいただいたときに、最も分かりやすかったのが水道の蛇口。あれもバルブのひとつなんです。バルブとは、流れを制御する(つまり、流れているものをそのまま流したり、止めたりとするもの)の 総称です。

水道の蛇口はほとんどが手動ですが、電気仕掛けで動くものもあります。コイルをぐるぐると巻いて、電気を通すと磁石になる。電気を切ると磁石ではなくなる。そんな性質を応用し、電磁石とバネで、鉄の塊をこっちに動かしたり、そっちに動かしたり。これを業界用語では“ソレノイド”と言うそうですが、ずばり、高砂電気工業はこのソレノイドを作る会社でした。

ソレノイドは本当にいろんな所に使われています。例えば、温水洗浄便座。ボタンを押せば、電磁バルブが作動して温水がシューッと出てきます。また最近では、キッチンシンクの蛇口も電磁式が増えてきたようです。センサーが人間の手を感知すると、蛇口から水が出てきます。あれも電磁バルブの働きによるものです。

高砂電気工業の沿革を、浅井直也代表取締役社長は、こう振り返ります。

左から第二事業部開発課・航空宇宙グループリーダー井上さん、代表取締役社長浅井さん、第二事業部事業部長平谷さん、第二事業部第二営業・技術課WEB広報グループ山本さん

「実は創業の頃、京都の堀場(ホリバ)製作所様から自動車の排気ガス分析装置で使用する特殊なバルブを作ってくれないかと依頼を受けたんです。この会社は自動車の排気ガス分析装置で、グローバルでも80%以上のシェアを持っている、知る人ぞ知る会社です。国内では初めて自動車用排気ガスの自動分析装置を作ったメーカーであり、我々は幸運にも、創業間もなくして“分析装置用のバルブ”というニッチ市場があることを教えていただきました。

分析装置といっても、自動車用排気ガス分析もあれば、水質分析もある。ほかにも様々な汎用的分析装置が存在します。現在、高砂電気工業は、この分析装置業界で様々なバルブを提供していますが、なかでも我々が大きなシェアを築くまでになったのが、血液分析装置です」

私たち、健康診断でよく血液を採取されます。そして、数日後に結果が打ち出されて戻ってきます。あれはつまり、採取した血液を、小分けにして反応試薬を入れ、やれ血糖値が高いとか、コレステロールが高いとか、ガンマグロブリン量などを検出しているんですね。

高砂電気工業のバルブは、この小分けをする作業の際に利用されています。小分けにするためには、少量の血液を吸い取って落とすのを繰り返す必要があります。この、吸い取りと落とす作業に、バルブが利用されているのです。蛇口をちょっと捻って水を出して、閉めて水を止めて、という作業を繰り返していることを想像するとわかりやすいかもしれません。これを、人力でやると1分間に数回〜十数回しかできないところ、バルブを利用すると精密に、しかも超高速で行なえるようになるのです。

日本人のみならず、世界の誰もが、おそらくはお世話になっている血液検査。そんな身近な事象を、すぐ裏で支えているのが、高砂電気工業でした。

(2)自分らも宇宙を目指せると、思えた瞬間

しかし、そんな揺るぎないシェアを持っている会社が、なぜ畑違いの宇宙産業に挑戦しようとしているのでしょう?

「先ほど、血液の分析装置の話を例にしましたが、じつは人工衛星でも同じようなことをやってるんですね。ただし血液検査の場合の反応試薬は大半が液体ですが、人工衛星となるとこれが気体(ガス)になります。たとえば人工衛星で重要な推進システムも、ガスを止めたり出したり。そうやって、目的位置へと人工衛星自体を移動させるんです」(井上昌彦 航空宇宙グループリーダー)

なるほど、確かに。言われてみれば原理は同じかもしれません。それにしても……医療と宇宙。まるでかけ離れている分野に感じますが、どんな経緯で接点ができたのでしょうか? 浅井直也代表取締役が続けます。

「高砂電気工業の製品は基本的に分析装置。分析装置向けの売上は全体のおよそ4分の3。その中でも医療は全体の2分の1弱。医療分析は分析装置全体の半分強から3分の2弱です。たしかにシェアが取れているのはありがたいことですが、その一方で、中小企業経営としては、リスク分散のために、もう少し別の新規事業分野にも進出しておきたいという目論見があったんです。そうしたなか、ここ15年ぐらいでしょうか、これから新しく進出するにはどの産業を狙うべきかと模索を続けてきた背景があります。

正直に申し上げますと、我々が最初に狙ったのは航空分野でした。なぜかと言うと、まず1つは医療と同じように、人の命に関わる分野なので、品質管理への要求度合いが高いという共通点。もちろん、どんな製品だって品質の高さは重要ですが、やはり医療と航空はかなり近くて、我々のノウハウが活かせるだろうと。

それに我々が関わってきた血液分析分野はグローバル化が進んだ市場であり、世界トップ3が相当なシェアを持っている状況です。そうしたなか、我々も多数の輸出案件を海外の取引先とこなしてきました。これも航空分野と似ています。

最大の理由は、少量多品種。医療機器、例えば血液分析装置向けのソレノイドバルブは、多く製造する型番でも月産1,000個程度なんです。我々は年間で2,000種類程度の電磁バルブを出荷していますが、種別の個数で言うと、平均月産33個。自動車業界などではあり得ない数ですよね。桁が4つも5つも違うはずです。」

ディスプレイには、ラインごとの作業工程が表示されていました。同社は昔から多品種を作ってきた性質上、作業者の声を拾いながら、作業者が作業をしやすいように、作業者が作業工程を理解できる工夫を施してきたようです。

そうした経緯で、高砂電気工業は、航空業界へ進出する努力を重ねました。営業に出向くことはもちろん、航空関連の展示会に出展して、技術をアピールすることを続けたそうです。しかし、異常なほどに参入障壁が高い航空業界。技術的に要求事項が達成できているのに、採用実績がないという課題が立ち塞がり、なかなか契約締結に至りません。

「そうしたなか、とある方の助言で、宇宙産業について調べていたところ、宇宙産業にも私たちの技術を活かせるのではないか、と思うようになりました。そうして、宇宙産業への足掛かりとなるきっかけをもらったことと、航空分野での採用を目指して検討していたバルブの構造と、宇宙分野で必要とされるバルブの構造がほぼ一緒であることが分かりました。それならば、まずは宇宙業界での採用を目指そうと、狙いを定めたのです。」

(3)高砂電気工業が得意とする“カスタマイゼーション”

もともとは創業者がひとりで立ち上げた高砂電気工業ですが、現在に至るおよそ60年間、最も大切にしてきたのが“カスタマイゼーション”です。カタログを作って、この中から買ってください、ではなく、お客さんと一緒に、どんなものを作るべきかを考えていく。服に例えるならば、大量生産のファストファッションではなく、客に合わせて一着ずつ作っていくオーダーメイドの手法です。

もちろん、メカに強いクライアントならば、最初から仕様書ベースでやりとりがはじまるそうですが、浅井直也代表取締役いわく「再生医療系の先生方って、意外と機械には弱いんです。『何々細胞をこうしたい』という目的だけを教えられて、『でしたら、培養液のこういう循環システムを作ったらどうですか? そうするには、こういうポンプとこういうバルブをこういうふうにやって、システム構築するとできます』と説明していって」。まるでコンサルティング業務とのセット。いや、むしろその生産スタイルが、少量多品種に的確に応えていく高砂電気工業の強み、といいます。

ところで、大量生産バルブと少量多品種バルブにおける製造方法の違いとは何でしょう? 実は、ここがキモの話。

「例えば、プラスチック製品って、はじめに金型を作り、そこに射出成形(加熱溶融させた材料を金型内に注入し、冷却・固化させる事で成形品を得る手法)するじゃないですか。逆に、それ以外のプラスチック製品って、そうそう見当たらないと思うんですが、我々は樹脂を切削機で、カリカリと削っていくんです」(浅井直也代表取締役)

樹脂とはいえ、切削ですから、時間がかかります。しかし金型を作る初期投資がいらないので、コストを大幅に抑えることが可能です。金型の製作って高コストなんです(1個作るのに平気で100万円ほどするようです……)。しかも高砂電気工業では、切削のための刃を内製しています。

「金属は硬いので、刃物を頻繁に取り替えないといけません。ですので使い捨てタイプの刃物を、工作機メーカーさんから買ってくるのが常識。ところが樹脂はうんと柔らかい。それに正確な形を、なるべく短時間で作る意図を実現しようとすると、刃物は自作がベスト。しかも刃形を工夫して、形を作っていっちゃうんですよ。チーズカッターを思い浮かべていただくと、分かりやすいかもしれません」(井上昌彦 航空宇宙グループリーダー)

この刃物の内製を早くから手掛けてきたことが、樹脂加工精度と製造スピードを上げ、少ロットのバルブを精確に製造する高砂電気工業の強みが形成されていったといいます。

(4)“下町”企業同士が手を組み、新たな宇宙産業ニーズに対応

平谷治之事業部長は、高砂電気工業が宇宙事業へと参入するプロジェクトの統括役を担う人物です。

「宇宙産業は航空産業に参入する前ステップという話もしましたが、決してそれだけとは限らず、特にニュースペース勢からは、どんな技術がどう出て来るかまだまだ分からない。同時に商業需要の開拓も進んでいて、その混沌のなかで、高砂電気工業のコンサルティング能力に対するニーズがあるとも思っています」(平谷治之事業部長)

高砂電気工業は、同じく地場企業である、神奈川県の由紀精密とタッグを組み、両社でスラスタ作りに取り組んでいます。スラスタとは、今後の人工衛星には必須になっていく、推進システムの要のパーツです。

昨年、経済産業省が主催するコンステレーション研究会の席で隣り合わせた浅井直也代表取締役と由紀精密の代表取締役が意気投合し、自分たちの手で国産スラスタを作ることを決意。NEDOの宇宙産業補助金を両社で申請し、プロジェクトが動いている最中です。そして助成期間が終わった後は、具体的に事業展開を見据えているそう。

「日本の宇宙産業って、今まで常にトップを目指してきた所があり、それ以外は認められない、という風潮を感じてきました。でもそうではなくて、そこそこの性能でもニーズをクリアして、実用とコストのバランスを取ることが大切。人工衛星の打ち上げ機数がますます増えていくなかで、低コストで、そこそこの性能なスラスタが必要とされるミッションは、必ずあると信じています」(平谷治之事業部長)

研究活動だけで、決して終わらせないという、鍛えられたビジネス視点を感じます。その強い眼差し、あの小説の通りだなぁ。

(5)まとめ

宇宙への道は決してNASAとかJAXAとか、遠く隔離されたところだけで進行しているのではなく、意外と私たちの生活のすぐ隣で形作られているんだ。

取材を終えて、そんなことを思った次第ですが、それともうひとつ、浅井直也代表取締役のこの話が頭に強く残りました。

「我々は航空分野への挑戦はやっていたけれど、宇宙って全然異次元で、関係のない分野だと思っていました。それを『高砂電気工業さん、宇宙やらないんですか?』って声を掛けていただいた方がいました。あの一言がなかったら、僕らは未だに宇宙への挑戦を始めていなかったかもしれません。その方は、今でもJAXAの事業開発部門で異業種参入を促進する仕事をなさっていますが、やっぱりそういうお仕事はものすごく重要だと思うし、感謝しています。

それに助成金がなかったら、スラスタシステムへの挑戦もあり得なかった。売れる見込みが不透明というなかで、中小企業ではできないですよ。国の物心両面の支援があって、僕らみたいな企業が出て来ることができるし、後続の企業さんたちもきっと同じ思いでしょう」

宇宙に向けた先進技術、先端産業で、人と人、企業と企業が結びつく際には、とてもヒューマンなやりとりがある。ホントに小説みたいなまとめかたですが、きっかけはいつだって、個人の強い思いなんだなぁ。この取材を通じてそんなことを感じた次第です。

さらには、今回の記事がきっかけとなって、高砂電気工業のように、異業種からの宇宙業界への参入企業が増え、宇宙産業がより盛り上がる一助となれれば幸いです。

写真:溝口智彦