富士山が見える場所はどこまで?標高データから解析!
「富士山が見える場所ってどこまでなんだろう?」そう思ったことはありませんか?今回は、以前GoogleEarthEngineの記事を書いていただいた早稲田大学の永井先生に、衛星データを使って調べられないか聞いてみました。
関東地方に住んでいる方は冬の晴れた日に富士山が遠くに見たことがある人が多いのではないでしょうか?そしてきっとこう思ったことがある人も多いはず。
「富士山が見える範囲ってどこまでなんだろう?」
日本全国の標高データがあれば富士山が見える範囲がわかるのでは?
そう思ったものの、どうやって富士山が見える範囲を可視化することができるのだろうと頭を抱えていた宙畑。
そこで今回は、以前GoogleEarthEngineの記事を書いていただいた早稲田大学の永井先生に、この疑問の答えを衛星データで出せないか聞いてみました。
宙畑:永井先生。衛星データを使って富士山が見える範囲を調べることってできませんか?
永井先生:富士山が見える範囲ですか。衛星観測から標高分布のデータが作成されているので、それを使えばわかると思いますよ。
宙畑:やっぱり標高データから調べることができそうなんですね! ぜひどれほど広い範囲から見えるのか調べてみたいです。
永井先生:そもそも各所で富士山が見えるというということは、それだけ、富士山の頂上からは広い範囲が見えているということですね。このどこまで見えるかというのは実はすごく大事なことなんです。
宙畑:大事なこと?
永井先生:1959年に東海地方に甚大な被害を与えた伊勢湾台風を教訓として、太平洋から接近する台風の動きを早期に把握することが急務となり、そのための気象レーダーをどこに設置するかは重要な問題でした。
なぜ富士山なのか?それはずばり、周辺の空を地形や障害物になるべく邪魔されずに広く見渡すことができるからです。それに、地球は丸いので標高が高いほど地平線の向こう側まで見通すことができます。
宙畑:ということはかなり広い範囲の空が観測できていたということですね。ますますどれくらい遠くの地点から富士山山頂が見えるのか気になってきました。近くの山に邪魔される可能性もありますよね?
永井先生:そうなんです。私もとても興味のある疑問です。では富士山からどこまでが見えるのか、衛星観測で得られた地形データで解析してみてみましょう。
1.衛星データを使って富士山が見える範囲を調べる方法
宙畑:どんな方法で富士山が見える範囲を調べるんでしょうか?
永井先生:手順は以下のようになります。
●ALOS全球数値地表モデル「AW3D30 (ALOS World 3D-30m)」について富士山頂上付近、標高3000 m以上の領域を抽出
●300 m間隔の格子上に約100個の代表地点を設定
●これらの点のうちいずれかが見える場所を、地理情報システム(ArcGIS)の「高度な可視領域(Visibility)」機能を使用して「AW3D30」の日本領域から探索し色付け
●見やすくするために得られた結果に100 mバッファを施し微細な欠損を補間
※30 m解像度のDSMで日本領土内全てにこのような処理をかけると6時間程度はかかります。
宙畑:AW3D30とはいったい何なのでしょう?
永井先生:森林や人工物を取り除いていない地形のデータは数値表層モデル(DSM: Digital Surface Model)と呼ばれます。AW3D30とは、陸域観測技術衛星「だいち」(ALOS)に搭載されたステレオ立体視センサ(PRISM)によって2006年から2011年までに観測された画像を、ステレオ立体視の技術によって水平解像度5 mのDSMに加工し、それを30m 間隔で全球つなぎ合わせたデータセットのことです。
宙畑:なるほど。このデータセットを使って富士山山頂付近が見える範囲を探し、色付けすると、富士山が見える地点が一目瞭然になるのですね。
永井先生:そうです。それでは早速、それぞれの地域で見える範囲、見えない範囲がどうなってるのか見てみましょうか。
2.富士山が見える範囲<静岡県周辺>
まず太平洋上の離島で富士山が見えるのは八丈島まででした(図1)。
離島の場合、地球の丸みの影響を大きく受けます。八丈島より遠くの島では富士山は水平線の下に隠れて見えないことになります。
離島ではそれほど高低差がなく四方を見渡すことができるのですが、三原山のある伊豆大島などは島の地形の影響で、本州側でのみ富士山が見えるようです(図2)。
本州に目を向けると、かなり多くのエリアで富士山が見えることがわかります(図2)。
世界文化遺産に指定された「三保の松原」をはじめ、御前崎や浜松など静岡県の太平洋側は富士山を見るには良い条件だと言えそうです。
では逆に、近いのに富士山が見えない場所はどこでしょうか?
伊豆半島は可視領域が複雑に分布していて、太平洋側では見えないエリアが比較的多いですね。複雑な地形が邪魔をしているのではないかと思われます。
富士山南麓付近には穴の空いたような不可視領域がありますね。このエリアは愛鷹山(1188 m)等があり直近でも見えないということが生じてきます。
さらに山梨県側に差し掛かる富士川流域では、南北に空白があります。ここは富士川流域がやや深い谷地形になっていて見えないのではないかと思われます。
このように富士山から近くても起伏の激しさによって見えない場所があるようで、とても興味深いですね。
3.富士山が見える範囲<関東地方>
関東平野のほとんどの部分では、富士山を見ることができます。ただしマップを見やすくするために細かな凹凸を除去したので、高層ビルや微地形の影響は反映されていない可能性が高いです。
茨城県に目を向けると、霞ヶ浦の北の方にかなり大きな範囲が空いていて、ここからは富士山がみえません。これらの範囲と富士山との間には、筑波山(876 m)があり、その影響でこのような空白が生じているようです。筑波山は比較的低い山ではありますが、富士山から遠く離れると1000 m以下の山でも大きな影響を持つことがわかります。
千葉県ではなんと最東端の銚子(犬吠埼付近愛宕山)でも富士山を確認することができます。その南には九十九里浜がありますが、広い範囲で富士山が視界に入るようです。房総半島がそれほど標高が高くなく、視界の邪魔をしていないということが読み取れますね。
一方、富士山北側の群馬県高崎や埼玉県秩父周辺では広い範囲で富士山を見ることができません。
そこからさらに南下した神奈川県相模原周辺でも同様です。
茨城県や千葉県より富士山に近い場所ではありますが、手前に1600 m級の山があるためなかなか見るのは難しいようです。
4.富士山が見える範囲<日本アルプス等>
中部地方の山岳地域では富士山はどれくらい見えるでしょうか?
北アルプスでは白馬岳(2932 m)、槍ヶ岳(3180 m)、妙高山(2454 m )などに可視領域が点在しています。
新潟方面では(越後)駒ケ岳(2133 m)などでも富士山が遠望できるようです。
いずれの場合も山頂付近の限られた場所からのみ見ることができ、中腹では周囲の山に阻まれて見えないことが、マップからわかりますね(図4)。
御嶽山(3067 m)も山頂付近まで登らないと見えないようです。
このように日本アルプス等の山脈では標高の高い場所が多く、限られた山頂付近に可視領域が点在していることが大きな特徴と言えるでしょう。
5.富士山が見える範囲<東海・近畿地方>
さて、最後に中部南部から近畿にかけてはどうでしょう?
最も遠くは、なんと和歌山県串本にある「大島」の一部で可視域に含まれる事が分かりました(図5)。クジラ漁で有名な和歌山県太地町付近からも富士山が見えるようです。
三重県ではリアス式海岸における真珠の養殖で有名な志摩市や鳥羽市などの沿岸域で見える場所がありますね。
三重県の山間部では、御在所山など鈴鹿山脈の山頂付近から見えますが、北の伊吹山からは見えないようです。
愛知県では可視領域はより限られた範囲となり、主に沿岸部の渥美半島などで見えることが分かります。
近畿・東海地方から富士山を見ることができる、というのはなかなかピンと来ないかもしれません。しかしこのマップから、点在する限られたエリアであれば眺めることができると読み取れます。「富士山隠れスポット」が点在する地方、と言えそうですね。
ただし富士山からの距離も相当遠くなり、その間に少しでも雲や霞があると簡単にさえぎられてしまいますので、広い範囲で晴れ渡っている必要があり、「運」も必要と言えるでしょう。
6.まとめ
宙畑:地域の地形によって見える範囲も限られたり、意外なところからでも見えそうなのがわかりますね!
永井先生:そうですね。まとめると以下2つのことが言えそうです。
●近ければよく見えるわけではない
●遠い地点からでも、手前に平野や海が広がっていれば見える
ちなみに、このデータは建物や森林なども考慮されているDSMというデータを使っていて、地形解析の計算では地球の曲率も考慮されています。これを応用することで、DSMから携帯電波やテレビ塔からの電波が届く範囲を地図化したりできます。
宙畑:ありがとうございます! 富士山というテーマで調べていただきましたが、東京スカイツリーやほかの高層ビルではどうなるかなども調べてみると面白そうですね!
個人的に、この富士山みえるマップを使って、実際に富士山が写真で撮れるか試しに撮りに行ってみたくなりました! 穴場の撮影スポットとか探すにも役に立ちそうです。
永井先生:気象条件やDSMに反映されていない地表面の物体によって、必ずしも見えることが保証されているわけではありません。ですが近くに立ち寄る機会があれば実際に行ってみて確かめてみるのも面白いと思います。
ということで、富士山が見える範囲を調べてみることができました。
ぜひ、みなさんも自分の住んでいる場所や旅行先から富士山が見えるか確かめてみたり、富士山以外の「〇〇見えるマップ」を作ってみるのも挑戦してみてはいかがでしょう。
参考文献:
立平良三. (2002). 富士山レーダーの設置と運用をめぐって. 地学雑誌, 111(5), 780-782.
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