民間宇宙プレイヤーとの本格連携へ。NATO商業宇宙戦略の全体像と戦略的意義【宇宙ビジネスニュース】
2025年6月24日、NATO (North Atlantic Treaty Organization:北大西洋条約機構) が初の商業宇宙戦略を公表。その概要と背景をまとめました。
2025年6月24日、NATO (North Atlantic Treaty Organization:北大西洋条約機構) が初の商業宇宙戦略を公表 (同年2月13日に承認済)。この戦略により、現在急成長を遂げている民間宇宙プレイヤーとの協力拡大を見据えたNATOの戦略的目標とNATOが想定するアプローチが具体的に明示されました。
(1)民間宇宙急成長と安全保障環境激変:商業宇宙戦略誕生の必然性
商業宇宙戦略策定の背景には、下記のような複合的な要因が同時に存在します。
・民間宇宙プレイヤーの急成長:過去10年間で民間宇宙セクターが前例のない成長と技術革新を遂げ、宇宙で実施可能な活動範囲が劇的に拡大
・包括的宇宙政策の基盤確立:2019年にNATOが包括的宇宙政策を採択し宇宙を作戦領域として認定、民間宇宙プロバイダーからの補完的サービス活用の枠組みを確立
・宇宙環境の脅威拡大:商業衛星の急増による宇宙混雑化に加え、NATO潜在的敵対国の対宇宙能力成長により、宇宙が争奪・競争される領域へ変化
・官民統合の必要性:民間宇宙ソリューションのNATO訓練・演習・作戦への統合と、軍事応用における相互運用性標準化がより体系的に必要
・産業界との対話成果:2024年2月のNIAG-SPACENET創設により300社超から意見収集し、商業統合拡大の潜在性と課題が明確化
以下、商業宇宙戦略策定に至る具体的な歴史的経緯を時系列で紹介します。
商業宇宙戦略の基盤となったのは、2019年6月に採択された「包括的宇宙政策 (NATO’s Overarching Space Policy) 」でした。
この政策により宇宙が第5の作戦領域として宣言されました。また、同盟国の宇宙能力と民間プロバイダーからの補完的サービスを効果的に活用する枠組みが確立されました。これが後の商業宇宙戦略における官民連携の理論的基盤となります。
その後、民間プロバイダーが運用する多数の衛星により宇宙は混雑化に加えて、宇宙環境の急激な変化が民間宇宙セクターとの連携強化を急務とする出来事が立て続けにありました。
例えば、ロシアのウクライナ侵攻。ロシア・中国による対宇宙能力開発がさらに加速しています。2021年11月のロシアによる対衛星ミサイル実験は、民間宇宙資産も含めた宇宙システム全体の脆弱性を露呈し、官民の垣根を越えた宇宙防衛の必要性を明確化しました。
そして、重要な転換点となったのが、2024年2月のNATO産業アドバイザリーグループ (NIAG:NATO’s Industry Advisory Group) の下での「NIAG-SPACENET」創設です。この商業宇宙グループが300を超える宇宙企業から意見収集を行い、産業界との対話を通じて官民一体化に向けた課題と機会を明確化したことで、具体的な商業宇宙戦略策定となりました。
(2)NATO商業宇宙戦略の内容紹介:3つの戦略的目標と具体的アプローチ
NATOの商業宇宙戦略は、民間宇宙パートナーとの協力関係強化と、平時・危機時・紛争時における民間宇宙サービス活用能力の向上を目指し、2019年に公開された包括的宇宙政策の実施を支援し、民間宇宙セクターとの協力改善のための明確な優先事項を設定することで、民間宇宙パートナーとの協力関係を強め、状況対応能力の向上を実現することを狙いとしています。
公式発表を確認すると、以下の3つの戦略的目標を掲げられています。
・第1の目標「民間ソリューションの活用推進」:NATOの重要任務を実施するため、NATOの運用および防衛計画要件を満たし、それらに反映させるペースで、民間ソリューションを柔軟に活用できるようにする。
・第2の目標「民間宇宙サービスへの継続的なアクセス確保」:同盟国とNATOは、平和時、危機時、および紛争時において、民間宇宙サービスが容易に利用可能であることを確保できるようにする。
・第3の目標「民間宇宙セクターとの強固な関係性構築」:NATOは、同盟国内の民間宇宙セクターとの強固な関係を構築するため、ガバナンスの調整と簡素化を含む措置を講じる。
それぞれの戦略的目標に対する具体的なアプローチと内容、期待される成果を表にまとめた結果は以下の通りです(表にまとめるにあたって生成AIを利用)。
戦略的目標 | アプローチ | 内容 | 期待される成果 |
---|---|---|---|
その1:民間ソリューションの活用推進 | 未来の宇宙システム活用 | ・民間宇宙サービスの契約統合と運用分野要件の体系的整理 ・リスク軽減策の検討と特定事業者への依存回避 |
NATO及び同盟国の宇宙能力補完・強化と安定性確保 |
多国間宇宙協力 | ・宇宙分野における多国間協力機会の探求とNATO・同盟国能力要件への対応 ・他国際機関(特にEU)との職員間連絡による政策動向情報収集と重複回避 |
規模の経済によるコスト削減、相互運用性向上、民間宇宙セクターとの長期関係構築 | |
柔軟な契約と資金調達 | ・民間プロバイダープールの継続的更新と急速変化要件への対応手段構築 ・中小企業・スタートアップ向け柔軟な契約・資金調達モデルの導入 |
民間のイノベーションの迅速かつ効果的な活用による能力向上 | |
NATO演習・試験・実証 | ・NATO教育・訓練活動における宇宙分野の一貫性ある組込み推進 ・演習・試験・実証実験での商業宇宙パートナー協力の主流化と参加支援手段の模索 |
民間宇宙セクターとの連携強化によるNATO宇宙能力の向上 | |
宇宙相互運用性の推進 | ・国家兵器局長会議下での同盟国標準化専門家連携プラットフォーム提供と宇宙分野標準化活動の推進 | 同盟国ニーズに基づくイノベーション・採用速度を阻害しない効果的な宇宙標準化の実現 | |
洞察の活用 | ・NATO戦略司令部等関係機関との連携による将来作戦・防衛計画要件策定時の商業宇宙能力活用機会の模索 | 民間宇宙プレイヤーの能力を統合した効果的な将来作戦・防衛計画の策定 | |
その2:民間宇宙サービスへの継続的なアクセス確保 | 官民協定を通じたサービスアクセス | ・平和時・危機時・紛争時における民間宇宙サービス提供者プールとの迅速・継続アクセス協定設立の検討 ・同盟国ベストプラクティスに基づく運用要件・技術進歩対応の柔軟かつ適応可能な協定構築 |
商業パートナーのNATOニーズ理解深化と投資拡大・セキュリティ強化・製造能力向上の実現 |
ベストプラクティスの共有 | ・民間宇宙パートナー・各国宇宙機関・政府機関・政府間組織との協力関係構築の検討 ・民間宇宙セクター全体での協力・教訓共有の奨励 |
脆弱性・事故・脅威への準備と対応に関する業界能力の強化 | |
生存可能性と回復力の向上 | ・加盟国国家宇宙能力の有効性・回復力強化とNATO作戦要件対応能力の向上 | NATO作戦支援能力の有効性・回復力向上による同盟全体の宇宙作戦能力強化 | |
NATO宇宙領域認識 | ・同盟国の民間・安全保障宇宙運用センター及び商業パートナーとの宇宙領域認識データ迅速交換機会の模索 ・国家レベルイニシアチブとの協力拡大と民間宇宙セクター強化によるリスク・脅威情報アクセス促進 |
宇宙システム・地上インフラ運用者を中心とした効果的な宇宙状況認識能力の向上 | |
財政的・契約的リスク軽減 | ・民間宇宙パートナーの商業課題理解深化・既存支援措置検証・追加メカニズム提言のための調査実施 | 民間宇宙パートナーに対するリスク軽減と効果的な支援体制の構築 | |
行動の自由の保持 | ・包括的宇宙政策の原則・基本方針に沿った紛争全段階における多様な潜在的選択肢の理事会承認前提での検討 | 同盟宇宙システムに対する脅威・攻撃の阻止・防衛と一貫した同盟姿勢による抑止力強化 | |
その3:民間宇宙セクターとの強固な関係性構築 | 商業インターフェース | ・同盟国の民間宇宙セクター連携促進・公平アクセス実現のための一貫性・効率性を備えたインターフェース構築 ・NATO宇宙分野「玄関口」として機能する独自アクセスポイントモデルの設立による商業プロバイダー理解支援と運用連携深化 |
重複回避・官僚主義削減・民間ソリューション採用加速による同盟国の民間宇宙セクター能力追跡効率化 |
NATO宇宙能力グループ | ・国家軍備担当局長会議の下に新たな宇宙能力グループを設立し、同盟諸国間の宇宙分野協力と標準化を促進 ・調達、研究、技術、商業の各コミュニティ間における相乗効果の創出 |
NATO及び各国の運用能力開発支援と、能力・相互運用性・可用性・保守性・手頃な価格の総合的向上 |
(3)安全保障と民間宇宙の連携加速:グローバル戦略競争の新局面
NATOは、民間宇宙プレイヤーと協議しながら、戦略的目標を実現するための実施計画を策定し、戦略の見直しを継続し、必要に応じて更新していくとのこと。
ちなみに、現在、安全保障関連で具体的な商業宇宙戦略を公表しているのはNATOだけではありません。様々な国/機関が公表している安全保障に関連する商業宇宙戦略を下記にまとめました。
時期 | 国/機関 | 内容 |
---|---|---|
2018年3月 | 米国 | 国家宇宙戦略 (National Space Strategy) を公表 (公式文書リンクが辿れないが、記載があった旨の記載はあり) |
2019年7月 | 仏国 | 宇宙防衛戦略 (SPACE DEFENCE STRATEGY) を公表 |
2020年6月 | 米国国防総省 | 防衛宇宙戦略 (Defense Space Strategy) を公表 |
2021年9月 | 英国 | 国家宇宙戦略 (National Space Strategy) を公表 |
2022年2月 | 英国 | 防衛宇宙戦略 (Defence Space Strategy) を公表 |
2022年12月 | ルクセンブルク | 国家宇宙戦略2023-2027 (National Space Strategy 2023-2027) を公表 |
2023年3月 | EU | EU安全保障・防衛のための宇宙戦略 (European Union Space Strategy for Security and Defence) を公表 |
2023年6月 | 日本 | 宇宙安全保障構想を公表 |
2024年3月 | 英国 | 宇宙産業計画 (Space Industrial Plan) を公表 |
2024年4月 | 米国宇宙軍 | 商業宇宙戦略 (Commercial Space Strategy) を公表 |
2024年4月 | 米国国防総省 | 商業宇宙統合戦略 (Commercial Space Integration Strategy) を公表 |
2025年6月 | NATO | 商業宇宙戦略 (Commercial Space Strategy) を公表 |
※1:安全保障に宇宙を活用する、かつ民間宇宙との連携を重要視する旨が記載されているものを抽出
※2:戦略の内容、もしくはファクトシートをオンラインで閲覧可能であるもの、かつ具体的な戦略が記載されているものを抽出
上記表の通り、様々な国/機関自身が思い描いている姿とその姿を実現するための策を公表し始めています。それほどに、各国、各機関が民間宇宙プレイヤーの力を必要としていることでしょう。