「地上から手を振ってロケットを見送りたい」航空機を愛するエンジニアが将来宇宙輸送システムに転職したワケ
非宇宙業界から宇宙業界に転職をした人に焦点を当てたインタビュー連載「Why Space」、13人目のインタビュイーは将来宇宙輸送システムのエンジニア、千葉太郎さんです。千葉さんが将来宇宙輸送システムに転職することとなったキーワードとは。
非宇宙業界から宇宙業界に転職をした人に焦点を当てたインタビュー連載「Why Space~なぜあなたは宇宙業界へ?なぜ宇宙業界はこうなってる?~」に登場いただく13人目は、9年間にわたり航空機整備の第一線で活躍し、現在は再利用可能な宇宙旅客機の開発を進める将来宇宙輸送システムでエンジニアとして活躍する千葉太郎さんです。
本連載「Why Space」では、非宇宙業界から宇宙業界に転職もしくは参入された方に「なぜ宇宙業界に転職したのか」「宇宙業界に転職してなぜ?と思ったこと」という2つの「なぜ」を問い、宇宙業界で働くリアルをお届けしてまいります。
(1)B737とERJ機は機体が透けて見えるほど勉強していた
宙畑:まずは、これまでの学校選択やキャリアについて教えてください。最初から航空宇宙分野に興味があったのでしょうか?
千葉:中学校の頃から航空宇宙の分野に行きたいなと考えていました。おそらく、就職先を意識するのは他の方より早かったと思います。実際に、どういうキャリアを踏めばいいのかを調べ、工業高校を出て航空機の専門学校に進むのが近道になるなと考えて、進路を決めました。
その後、計画した通りに航空機専門学校の航空機整備科を卒業して、日本航空の子会社で航空機整備を手がけるJALエンジニアリングに就職。羽田空港で大型機の整備士として約9年間在籍していました。
宙畑:中学時代から夢が決まっており、その通り就職するというのは素晴らしいですね。航空機に興味を持つきっかけがあったのでしょうか。
千葉:「これだ!」というきっかけはあまり覚えていないのですが、家に飛行機や戦闘機の本があり、それを見ていたら「メカメカしいな、かっこいいな」と思い、そこから飛行機に関する興味関心が沸いてきました。宇宙については、いつだったかは思い出せないのですが、ニュースでロケットの打ち上げを見て「宇宙に行くなんてすごいな」という感想を持ったのを覚えています。
宙畑:具体的な整備士の仕事内容を教えていただけますか?
千葉:最初の6年は格納庫の中で航空機を隅々まで点検、分解検査、試験などをする部署で、ドック整備士と呼ばれる仕事をしていました。
主な担当は電装系です。コックピットで操作した通りに翼が動くよね、とか、機体に張り巡らされた電線に新しくシステムつけるときにはハーネスを自分たちで作って、それを図面通りに合わせて、何かトラブルがあればトラブルの原因究明をして解決する、そんな仕事です。
その後の3年間は航空機の発着整備を担当する部署にいました。飛行機が到着してから次に出発するまでの間、短い場合は40分ぐらいですが、その中で飛行中の不具合などをパイロットや客室乗務員の方々に尋ねたり、自分たちの目で異常がないかを検査して不具合を発見するという業務です。飛行機に乗ると、ドアが閉まって動き出す飛行機に対して手を振ってる人たちを見ることがあると思うのですが、その1人が僕でした。
宙畑:事前に千葉さんについては「B737とERJ機については機体が透けて見えるほど勉強していた」と伺っています。整備士になって実際に航空機を担当するようになるまでは、どんな勉強が必要なのでしょうか。
千葉:航空整備士は国家資格で、機種ごとに資格を取る必要があります。試験は10項目程度のクリアしなければならない壁があり、全てクリアしたら資格がもらえます、という流れです。最初に基本的なボルトの締め方や航空機の材料の特性を1年ほど学び、次に資格を取る航空機の専門的なところを1年、合計で2年弱学び、試験に臨むことになります。専門学校で小型機の資格を取って、大型機については前職に入社後に取りました。
(2)再使用型ロケットであれば整備の知識や経験が不可欠と思い宇宙の世界へ
宙畑:それでは、宇宙業界への転職について伺います。将来宇宙輸送システムのことはどのようにして知ったのでしょうか。
千葉:最初に知ったのは転職サイト経由でした。宇宙業界には興味を持っていたなかで何気なく求人サイトを見ていたら、再使用型のロケットを開発していますという将来宇宙輸送システムが目にとまったのです。
千葉:再使用を目指すのであれば、必ず整備の知識や経験が不可欠になってくるし、私が今まで学んできた航空機の整備の知見が生かせるんじゃないかなと直感しました。
宙畑:他の宇宙業界ではなくて、再使用というところに整備士としてのキャリアやスキルがピンときたというのは非常に面白いですね。その後の面談を通して、千葉さんが積み上げてきた強みや活かせそうな経験が見えたという感触はあったのでしょうか。
千葉:そうですね。面談の中でも、再使用型ロケットだから整備の知識が欲しいけれど、そのスキルや経験を持っている人がいないというお話が実際にありました。
宙畑:将来宇宙輸送システムに入ろうと決断した決め手があれば教えてください。
千葉:整備士の仕事に対しては大きなやりがいを感じていましたが、キャリアを振り返って、定年を迎えたときに自分の努力の証を残していきたいなっていう思いが芽生えていました。
例えば、再使用型ロケットの開発や洋上の発射施設、宇宙港の開発について、普通ならば夢物語のようには聞こえてしまうんですけれども、将来宇宙輸送システムはそこに現実的な構想があることに共感し、その一方で自分の経験をもっと活かせるのかなっていうところを確信して、入社を決めました。
宙畑:宇宙業界に飛び込むことに不安はありませんでしたか。
千葉:やはり大企業からベンチャー企業への転職ではあったので、事業の継続性という観点で不安はありました。しかしながら、実際に働いてみると、社員全員がロケット開発を軸にしたサービス、持続可能な収益モデルを確立させて事業を成り立たせようっていう強い信念を持っていて、決断は間違っていなかったと思っています。
(3)元整備士の視点がロケットの開発にも活きた瞬間
宙畑:実際に、業務の中で整備士の経験が活かせたことはありましたか?
千葉:ありました。実際に組み立てたりするときに部品に手が届きやすかったり取り付けやすかったりすることを「整備性が良い」というのですが、設計だけをしている方だとそこまで考えが行き届かないことがあります。
例えば、「僕らが持てる重さはこのぐらいだからちょっと軽くしてください」「機器を配置するときはアクセスパネルから手が届くところに交換の可能性が高いものを集めましょう」といった内容をフィードバックしたり、実際の配置案を考えて提案することもありました。
宙畑:まさに整備士として機器を扱う方ならではの視点ですね。同様に将来宇宙輸送システムには様々なバックグラウンドの方が集まってロケット開発を進められているのでしょうか?
千葉:そうですね。他業界の方から転職される方がいらっしゃるのはもちろんのこと、様々な関連メーカーの方と協働してロケットを開発しています。
宙畑:たしかに、将来宇宙輸送システムは旭化成、荏原製作所、商船三井など、様々な企業と協業を積極的に推進されている印象があります。実際に様々なバックグラウンドの方が集まったからこそ前に進んだという経験はありますか?
千葉:例えば、私たちで機器を開発する場面もあるのですが、自分で作った機器と自分で作ったハーネスを電源に繋いでスイッチを入れた瞬間に、中で爆発音がして白い煙が出てきたことがありました。自分の知識だけではもうお手上げだったのですが、電気に精通しているメンバーや関連メーカーの方とやり取りをしながら原因を分析して、最終的にトラブルを見つけ出して解決し、正常に動作させられた時は嬉しかったですね。
宙畑:ご自身のこれまでに培ったスキルや知識を活かすだけでなく、宇宙業界に入ってから新たに学んだことはありますか?
千葉:例えば、自分でより良い設計ができるようにCADを学んだり、3Dプリンターを使って図面を書いたものが実際に作れるかどうかを試すといったことを学んでいます。
宙畑:宇宙業界あるあるとして、オーダーの仕方がだいぶざっくりしていると聞いたことがあります。実際にそのような経験もあって、CADや3Dプリンターを学ばれているのでしょうか?
千葉:最初に担当したASCA hopperというプロジェクトでもハーネスの設計を担当していたのですが、その時はざっくりとした提案しかしていなくて、僕の持っている認識と納品された品物に若干の齟齬があったっていうところが課題になっていました。
そこをASCA 1では解消しようと実際に組み上げるために必要な仕様書を作成したり、製作図ではハーネス一本一本に型番を指定したり圧着端子の指定をしました。
その図面と仕様書を持ってメーカー様にお願いをしたところ、認識の齟齬のないものが上がってきました。そのため、今は少人数で業務を回しているという観点からも、より良い設計と依頼ができるようにCADや3Dプリンターについて学んでいます。
(4)ロケット開発もチケット管理で業務を進められる?
宙畑:将来宇宙輸送システムではどのように開発が進められているのでしょうか?
千葉:将来宇宙輸送システムでは、開発すべき項目が分解され、個人のタスク別にもチケットを発行して開発を管理しています。例えば、私の所属する生産技術グループでは、まず「あるモノを組み上げる」という大きなチケットを発行し、その中で具体的な作業を小さなチケットとして分けて発行していく、という使い方をしています。
チケットの更新は毎日のミーティングで行います。各自が「昨日やった作業はチケットベースではこれです」「今日やる作業はこのチケットです」という形で管理と更新をしていますね。
宙畑:ロケット開発でもタスクを分解して進められるというのは非常に面白いですね。チケット管理をしていて助かったとか、リスク回避できたとか、そのような経験はありますか。
千葉:まず、チケット管理になることで、個人の業務負荷を簡単に可視化できます。そのうえで、自分のタスクが増え、誰かに業務を振りたいとなったときに、チケットベースで会話ができるので引継ぎもスムーズに進みます。
宙畑:他にも将来宇宙輸送システムならではと思うポイントはありますか?
千葉:異なる部署同士のコミュニケーションが活発なことですね。前職では部署内でのコミュニケーションは活発でしたが、部署外の方と会話する機会は多くありませんでした。
その点、将来宇宙輸送システムにはなかま飯という、部署や役職の壁を越えてランチに行ったり、アフターファイブに一緒にご飯を食べに行ったりすることを会社が補助してくれる制度があります。
この制度のおかげで社内の一体感が高まると思いますし、何か業務で困ったことがあったときに、他部署の方の顔が思い浮かぶので相談しやすい雰囲気が生まれ、円滑に業務が進められていると実感しています。
さらに、技術報告会というイベントがあるのですが、これはエンジニアだけじゃなくて事業部やバックオフィスの方々も参加可能です。このように、全社的に進む方向性が合わせられるような、定期的な機会が設けられているということが面白さでもあり、強みだと思っています。
(5)競争と共創が根付く宇宙業界の面白さと10年後
宙畑:宇宙業界に入ってみて、他の業界との違いを感じることはありますか。
千葉:宇宙ベンチャー同士がライバル関係にあるかとは思いきや、協調的な関係を築いているところですね。
各企業で得意分野が異なり、時には機器の開発をお願いすることや、物品調達での協力、自社開発品に関してのアドバイスをいただいたりすることもあります。日本の宇宙業界の発展のために全員が連携して、各社の事業を前に進めようとしています。
また、さまざまな業界から参入して活躍している人が多いのも特徴のひとつです。宇宙開発では、本当に幅広い分野の技術や知見が不可欠になってきています。将来宇宙輸送システムでは、私のような航空会社のほか、船舶会社、旅行会社、それに自動車の設計会社という様々なバックボーンの方々も一緒になってロケットを作り上げようとしています。
宙畑:他業界の方が集まることによって、千葉さん個人としても学べる幅も広がりそうで、非常に楽しそうですね。では、そのような素晴らしい環境があるなかで、千葉さんが考える、将来宇宙輸送システムの10年後の理想の姿について、お伺いできればと思います。
千葉:まず、会社としては、10年後には衛星を宇宙に行かせるのはもちろんのこと、人を乗せる時代になると考えています。
ただし、日本では有人宇宙飛行が実現しておらず、乗り越えるべき課題が多くあります。特に安全性や生命維持といった、人体への影響は大きいのですが、すでに紹介したように、弊社には多彩な経験を持っているメンバーが在籍しているので、この課題は解決できると思っています。世界で戦える企業になれると確信しています。
個人的な思いとしては、有人の再使用型ロケットが実現したときは確実に整備士が必要になりますから、そのとき必要なスキルを身につけておきたいですね。最初の打ち上げでは、前職で整備士として羽田空港で航空機を送り出したときのように、僕が機体に手を振って宇宙に行かせてあげたいと思っています。
(6)宇宙ビジネスに転職を迷っている方への一言
宙畑:宇宙業界へ転職しようか迷っている人にひとことお願いします。
千葉:まだ迷っている人は、気軽なところから最初の一歩を踏み出すのはどうでしょうか。まずは宇宙関連ニュースを追いかけてみるとか、博物館などで宇宙展やイベントがあったら友達や家族を連れてちょっと行ってみるとか。宇宙関連企業の株を少し買ってみるのもいいでしょう。
そうした小さな一歩を積み重ねていけば「宇宙業界いいな、入りたいな」という確信に変わるときが来るのかなって思っています。
また、宇宙業界って限られた一部の専門家や頭のいい人たちが集まってロケットを作っているんじゃないかと思う人が多いのではないでしょうか。
しかし、実際に入ってみると、それぞれが経験してきたスキルや強みを生かせる分野があるのが宇宙業界なのだと考えが変わりました。例えば通信、地上設備、サービスを企画する人、日本や外国の法律に詳しい人など、これまで全然宇宙と関わったことがなくて縁遠いなと思ったような人でも活躍できると思います。
今では宇宙業界は遠い存在じゃなくて、思ったよりずっと身近な存在になってきています。迷いを好奇心に変えて、ぜひ最初の一歩を踏み出してみてください。
(7)編集部がグッと来たポイント
整備士だからこそ「再使用型」という言葉にピンときて将来宇宙輸送システムの門戸を叩いたというエピソードは目から鱗でした。
「機体が透けて見えるほど勉強した」という整備士のプロとして真剣に業務に向き合っていたからこそ「再使用型」というほんのわずかなキーワードだけでも、宇宙業界で活躍できるかもしれないという可能性を千葉さんは見つけられたのでしょう。
そして、実際に整備士の経験が将来宇宙輸送システムの開発にも活きて、再使用型ロケットの開発が着実に進んでいます。
宇宙業界の新しいチャレンジは、他業界のスキル・経験を持つ方の転職によってその実現が早まることを期待される象徴的なエピソードを今回教えていただきました。
まさにWhy Spaceで一人でも多くの方に届けたい内容が詰まっていたインタビューでした。様々なバックグラウンドを持つ方が集い、様々なパートナーとロケット開発を進める将来宇宙輸送システムの今後に注目です。

