「宇宙ビジネスはこれからが一番面白い」日本経済新聞元編集委員・小玉祥司さんに訊く、宇宙産業の転換点
日本経済新聞の編集委員として活躍された小玉祥司さんに、日本の宇宙産業が変わった瞬間、そしてこれからの展望についてお話を伺いました。
ロケットの打ち上げが国家プロジェクトだった時代から、民間企業が月面着陸に挑み、衛星データが農業や防災に使われる時代へ。宇宙開発の在り方は、この数十年で大きく変わりました。
この変化を、サイエンスとビジネスの両面から見つめてきた記者がいます。日本経済新聞の元編集委員・小玉祥司さんです。産業部でIT・半導体ビジネスの取材を約20年間担当したのち、宇宙開発の最前線も追いかけてきました。
宇宙産業はどのような転換点を経てきたのか、そしてこれからどこへ向かうのか。宇宙の話題がいまだ「ロマン」として受け止められがちな日本で、それを「ビジネス」の舞台として認識してもらうためには何が必要なのか。小玉さんにお話を伺いました。
(1)1980年代はサイエンスとビジネスの距離が近かった
宙畑:小玉さんは編集委員として宇宙開発に関わる前から、宇宙に興味を持たれていたのでしょうか。
小玉:私は1960年に鹿児島県で生まれました。アポロ11号の月面着陸が小学3年生のときの出来事で、テレビで流れた映像がとても印象に残っています。
小玉:地元の内之浦にはロケット基地があって、日本初の人工衛星「おおすみ」もそこから打ち上げられました。鹿児島の同世代の小学生はほぼ全員、遠足で基地を見学していると思います。そうした宇宙が身近な環境で育ったこと、また、父が小さな反射望遠鏡を買ってくれて星を眺めていたりしたので、私自身、自然とサイエンスや宇宙に惹かれていきました。
京都大学で宇宙物理学を専攻したあと、サイエンスを社会に伝える仕事がしたいと考えて、1985年に日本経済新聞社に入社しました。
宙畑:日経新聞には、理系向けの採用枠があるのでしょうか。
小玉:経済新聞であっても技術や科学を理解できる記者がいなければ良い産業の記事は書けないという考えのもと、「科学記者枠」という採用枠がありました。現在はなくなりましたが、それだけ当時はサイエンスとビジネスの距離が近かったということでしょう。高度成長期の余韻が残っていて、科学やものづくりで世の中がもっとよくなるという期待が社会全体にあった時代でした。
入社後は企業を取材する産業部に配属され、主にITや半導体の領域を担当しました。当時はNECや三菱電機、東芝といった電機メーカーが半導体と人工衛星の両方を手がけていたのですが、1980年代はこの両分野で米国との貿易摩擦が激しく、私が担当していた半導体の側だけでなく衛星の側でも日本メーカーが厳しい立場に置かれていたのです。同じ企業の中で起きていることとして間近で見ていたのもあり、宇宙産業への関心はその頃からずっとありました。
仕事で宇宙に関わり始めたのは、2006年にJAXAの筑波宇宙センターがあるつくば支局に赴任してからです。宇宙飛行士の記者会見を取材するなど、宇宙の現場に触れる機会が増えました。その後、2013年に東京本社に戻り、科学技術分野を専門に取材するサイエンス担当になりました。
宙畑:小玉さんの記名記事で、オンライン上で検索できる最も古い記事は「宇宙ヨットが拓く次世代探査技術」という太陽の光を使って推進するイカロスについての記事でした。
小玉:当時はまだ宇宙ビジネスが記事になるような時代ではなく、書いていたのは天文学の新しい発見やはやぶさのような探査についてが中心でした。ビジネスの話題を記事にする機会が増えてきたのは、もう少しあとのことです。
(2)日本人の宇宙開発への意識が変わった2つの転換点
宙畑:当時は宇宙ビジネスが記事にならなかったというお話でした。日本の政策としては2008年の宇宙基本法が大きな転換点であるとは思いますが、小玉さんの視点から見た転換点はどこにあったのでしょうか。
小玉:たしかに、制度面では、宇宙基本法が大きな転換点だと思います。それまで日本の宇宙開発は研究開発が中心で、政策の主導権も文部科学省を中心とした体制でした。宇宙基本法によって、産業振興や安全保障も含めた総合的な国家戦略として宇宙が位置づけられ、内閣総理大臣をトップとする宇宙開発戦略本部も設けられました。
米国では1984年の商業打ち上げ法や1998年の商業宇宙法など、1980年代から段階的に宇宙の商業利用を進める法整備が行われていましたから、日本の政治もそれを意識して早く動いたと言えます。ただ、法律ができたからといってすぐに産業が動いたわけではなく、宇宙ビジネスが実際に盛り上がり始めるまでにはそこからさらに時間がかかりました。
取材している立場からすると、世間の関心が実際に動いた転換点は別のところにあったと思います。
ひとつは、2015年末にSpaceXのファルコン9が第1段ロケットの垂直着陸に初めて成功したこと。打ち上げたロケットがそのまま降りてきて着陸するというのは、映像で見ても衝撃的でした。技術的にすごいという驚きに加えて、ロケットを再使用できれば打ち上げのコストが大幅に下がる、そうなれば宇宙ビジネスが広がるという期待が一気に高まりました。
もうひとつは、小惑星探査機はやぶさシリーズの成功です。トラブルはありながらもはやぶさによるサンプルリターンを実現したこと、そして、はやぶさ2がパーフェクトな成功を収めたことは大きかった。新聞に記事を書いていても読者の反応がとてもよくて、日本人がもう一度宇宙に目を向けるきっかけになったと感じています。
宙畑:はやぶさによる成果は、ビジネスの観点からも重要だったということですね。
小玉:月よりはるか遠くの小惑星まで往復する飛行技術、大気圏に再突入してカプセルを帰還させる技術、そして天体からサンプルを採取する技術。将来の宇宙資源開発に欠かせない基礎技術をひとつのミッションで複数獲得したという意味で、非常に大きな成果です。その点はもっと評価されていいと私は思っています。
(3)社会インフラとなった宇宙ビジネスだが……産業部記者から見たAIや半導体産業との違いは
宙畑:国も1兆円規模の宇宙戦略基金を設けて産業育成に力を入れ始めています。ただ、同じ先端技術でも半導体やAIと比べると、宇宙がビジネスとして語られる機会はまだ少ないように感じます。産業部の記者をされていたご経験もふまえて、この違いをどうご覧になっていますか。
小玉:宇宙戦略基金は、宇宙ビジネスに関わっている方々にとっては非常に大きな関心事です。ただ、それ以外の方にはまだほとんど届いていないのが現実ですね。業界の関係者同士で話しているとさまざまな話題が出てくるのですが、関係のない方に話すと「それは何ですか?」という反応になります。
小玉:半導体やAIとの最大の違いは、「儲かる」というイメージがあるかどうかだと思います。半導体であれば、エヌビディアやTSMCがあれだけの利益を上げているわけですから、日本もがんばろうという話になりやすい。宇宙産業にもSpaceXという大きな成功例はありますが、あれは世間的には同社を率いるイーロン・マスク氏個人への関心であって、宇宙ビジネス自体への関心にはまだつながっていないと感じています。
この4、5年で風向きは変わってきていて、私以外の記者も宇宙ビジネスの記事を書くようになりましたが、宇宙ビジネスの話題が取り上げられるのは上場企業の株価が動いたときか、世界初の技術が実現したときに限られがちです。
宙畑:宇宙がビジネスの舞台として広く認識されるには、何が必要でしょうか。
小玉:まずは日本からロールモデルとなる企業が出てくることだと思います。ロケット、衛星、月面探査でも何でも構いませんが、事業として成功して利益も出ているという実例が生まれれば、メディアも「宇宙ビジネスは儲かる」という文脈で取り上げるようになるでしょう。
一方で、メディア側も変わる必要があります。いまは宇宙の取材を科学部の記者が担当している会社がほとんどなので、JAXAやNASAの活動、つまりロケットの打ち上げや宇宙飛行士の話題など科学的なニュースが中心になっています。ビジネスの場としての宇宙を書くメディアが増えるには、ロールモデルの登場か、トヨタ自動車のような大手企業が宇宙領域への本格参入を表明するか、何か大きなきっかけが重要となります。
宙畑:現時点で記事にする価値があると思われやすい情報とはどのようなニュースなのでしょうか。
小玉:二つあると思います。ひとつは、世界初といえるような新しい技術を作ったということ。「月でこういうことができるのは世界で初めてです」ということもニュースになるので、新しい技術開発を積み重ねていくというのが重要です。
もうひとつは、サービスとして面白みのあるものを開発したという話題です。その意味では、現在、宇宙ビジネスの中でも低軌道衛星を活用したビジネスは今後も新しいサービスが出てくる期待があり、むしろ、出てこなければならないと思っています。面白いサービスが提供できるようになると、産業部にいるようなビジネス系の記者も興味を持ってくれるでしょう。
宙畑:日本の宇宙産業がここから成長していくために、何が鍵になると思いますか。
小玉:ブームの先を見据えることではないでしょうか。これまで多くの産業の動向を見てきましたが、ブームには必ず上がり下がりがあります。AIについては現在、第3次ブームが続き、第4次ブームと捉える向きもあります。しかし1980年代の第2次ブームでは、当時の技術が大いにもてはやされたものの、数年で限界が見えて下火になり、冬の時代を迎えました。一方、そのときに培われた技術はその後、さまざまなシステムやサービスに組み込まれて社会に根付いていきました。
宇宙もおそらく、いまのブームがどこかで落ち着くときがくると思います。「いつまで経っても儲からないじゃないか」と言われるかもしれない。しかし、現在進行形で積み重ねられている技術は、この先で必ず生きてきます。大事なのは、その技術をどう産業として取り込んでいくか。大手企業によるM&Aでもスタートアップ同士の連携でもいいので、宇宙産業に投資資金が集まっているいまのうちに、その先のことを考えておく必要があると思っています。
宙畑:参考になる類似事例というのは日本にあるのでしょうか。
小玉:参考になるのが、1970年代の半導体業界です。当時の通産省が主導した超LSI技術研究組合という国家プロジェクトがあって、半導体そのものを作るのではなく、露光装置をはじめとする製造装置の基礎技術に富士通やNEC、東芝といったメーカーが集まって集中投資しました。そしてそこで得られた技術を持ち帰って、各社がそれぞれ競争力を高めていったのです。
宇宙戦略基金も画期的な取り組みですが、あくまで技術開発への支援なので、その先のビジネスとしての産業育成にはもう一段の仕掛けが必要です。NTTとスカパーJSATがSpace Compassという合弁会社を設立して宇宙空間での通信インフラ構築に取り組んでいるように、大手企業同士が連携してSpaceXやブルーオリジンに対抗できるような枠組みができれば、日本の宇宙産業にも十分チャンスはあると考えています。
実際に、宇宙開発によって、どのようなビジネスチャンスがあるのか、アイデア自体はすでに多く出ている状態だと思っています。 だからこそ、その開発スピードを上げるために、どれだけスピードを持ってお金をつぎ込んでいけるかと言うのが大事になってくると思います。
(4)実現したSFの世界、実現が期待されるSFの世界
宙畑:小玉さんが宇宙について長年取材されてきた中で、特に印象に残っているニュースにはどんなものがありますか。それこそ昔はSFの世界でしかなかったものが実際に実現して驚いたというニュースがあったのではないでしょうか。
小玉:21世紀に入ってからの取材経験の中で挙げると、4つあります。ひとつ目はやはりSpaceXの話題です。特にファルコン9が着陸したときは、子どもの頃にアニメで見たサンダーバード1号のように、ロケットが降りてきてまた上がるということが本当にできたのかと驚きました。
2つ目は、はやぶさシリーズのプロジェクト成功です。先ほどお話ししたとおり、技術的な観点で培われた知見と経験という意味でもっと評価されるべきだと思っています。
3つ目は、第一次トランプ政権で2017年に打ち出されたアルテミス計画です。米国はそれ以前から月を経由して火星に向かう構想を進めていましたが、世間的にあらためて月面開発への関心が高まったのは、やはりあの発表がきっかけでした。
4つ目は2019年1月、中国の嫦娥(じょうが)4号が世界で初めて月の裏側に着陸したことです。技術的にもすごいのですが、何より大きいのは、中国が宇宙開発の歴史の中で「世界初」を成し遂げたということ。この成功で、中国は米国と並ぶ宇宙大国であることを示しました。
21世紀に入ってから月面に探査機を着陸させて実績を積み重ねてきたのは、2020年代に入ってインドや日本が着陸に成功するまで中国だけでした。その技術の蓄積は決して侮れません。
宙畑:これまでのお話では実際に起きた出来事を振り返っていただきましたが、ここから先、実現が近いと感じている「SF的」な未来像はありますか。
小玉:意外と早く、月や宇宙に人が住むようになるのではないでしょうか。2040年代の初め頃には、それなりの人数が宇宙で生活できるようになっているのではないかと期待しています。いままでずっと地球だけに住んでいた人間が宇宙に住むようになるというのは、SFではよくある話ですが、これもまた大きな転換点ですね。
宙畑:月面でのビジネスについてはどのような展望をお持ちですか。
小玉:地球との物資のやりとりよりも、月を拠点にしてそこから先に展開していくことに関心があります。月には水や鉄などの資源があると考えられていますし、月の近くを通る小惑星からも資源が得られる可能性がある。それらを使って月面で燃料やロボット、探査機を作ることができれば、重力の大きい地球からわざわざ打ち上げなくても、もっと効率よく火星やその先の宇宙へ探査に出ていけるようになります。
月を起点にした産業が生まれれば、そこで独立した経済圏がまわるようになるかもしれません。個人的な希望としては、むしろこちらのほうがSF的かもしれませんね。
(5)宇宙ビジネスはこれからが面白くなる
宙畑:宇宙ビジネスの今後をふまえ、重要な領域はどこだとお考えですか。
小玉:やはり低軌道の衛星利用だと思います。GPSのような測位、気象や農業に使われる地球観測、そしてスターリンクに代表される衛星インターネット。私たちの生活を支える社会インフラとして、衛星はすでに欠かせない存在になっています。
しかもこの分野は、衛星の小型化やコンステレーション技術の進歩によって、できることが急速に広がっている。基盤となる技術はかなり揃ってきているので、これからはそれを使ってどんなサービスを届けるかという、いわばインターネットの勃興期のような段階に入っていると思います。
ただ、衛星でここまでのことができるという事実が、宇宙業界の外にはまだ十分に届いていません。そこが広く知られるようになれば、さまざまな分野からアイデアを持った人たちが加わってくるはずです。とにかく情報を発信し続けることが大事で、我々メディアの人間の役割でもあると思っています。
宙畑:最後に、小玉さんご自身のこれからについて教えてください。
小玉:日経新聞は離れましたが、宇宙の領域にはまだまだ関わっていきたいと考えています。日本の宇宙ビジネスはまさに大きく伸びていく時期で、10年前にはこんな盛り上がりは想像もしていませんでした。活動できる限り話題を追いかけていきたいですし、書ける場があればどんな媒体でも積極的に記事を書いていきたい。これからがいちばん、面白くなるところだと思っています。
(6)編集後記
宇宙ビジネスは、特別な誰かのものではなく、私たちの生活や仕事と地続きの産業です。
小玉さんは宇宙産業が「これからが一番面白い」フェーズであると話されました。これまで「ロマン」や「夢」として語られてきた宇宙は、すでに「インフラ」や「ビジネスの場」として非常に早いスピードで動いています。
一方で、メディアが取り扱う情報の偏りによって、宇宙産業がまだまだロマンや夢の世界だと思われてしまっているかもしれないという課題も提示されました。
技術的な新規性だけでなく、「誰にどんな価値を届けるのか」「誰が、どのように儲けているのか」が多くの方に届けられることで、宇宙はより身近な産業として、ビジネスの場としてより認識されていくということ。宇宙ビジネスメディアとして意識すべき視点をあらためて教えていただいたインタビューでした。

