「夢だけで社内会議は通せない」ANA・JALの宇宙事業リーダーが語る宇宙業界のリアルと参入する価値とは
異業種から宇宙業界に参入した企業に焦点を当てた対談連載「Why Space Business~異業種企業が見出した宇宙業界の可能性~」、第1回に登場いただいたのは航空業界です。なぜ今、航空会社が宇宙を目指し、事業を続けているのか、ANAホールディングスと、日本航空の2社にお話を伺いました。
現在、宇宙産業には大手企業やスタートアップに加え、他業種からの参入が増えています。その背景にあるのは、憧れではなくビジネスとしての成長性です。具体的には、金融、航空、自動車、商社、不動産、電力、エネルギー、エンタメ、ITなど、あらゆる分野で複数企業の参入が進んでいます。
宙畑では、本記事を1本目として異業種から宇宙業界に参入した企業に焦点を当てた対談連載「Why Space Business~異業種企業が見出した宇宙業界の可能性~」をはじめます。
宇宙産業に新たに参入する各社の事業を見ると、業界ごとに見出している可能性は異なり、課題やその解決方法、事業の方向性もさまざまです。
そこで“各業種の現在地”を探るため、一業種から2社以上に登場いただき、対談形式で各社の立ち位置を伺い、日本の宇宙産業の現状を紐解きます。
第1回に登場いただくのは航空業界、全日空と日本航空からのお二人です。空という共通点から「航空」と「宇宙」は親和性が高く見えますが、実は「空」と「宙」には大きな違いがあります。また、日本を代表する企業ならではの葛藤と、既存のビジネスモデルからの脱却という大きな壁がありました。
本対談では、なぜ今、航空会社が宇宙を目指し、事業を続けているのか、ANAホールディングス株式会社の児玉亮さんと、日本航空株式会社の東島誠さんの両氏にお話を伺いました。
ANAホールディングス株式会社
グループ経営戦略室 事業推進部 宇宙事業チーム リーダー
児玉亮氏
2004年に機械工学専攻修士課程修了後、前職では自動車用オートマチックトランスミッションおよび航空機用ターボファンエンジンの研究開発に従事。2019年に全日本空輸㈱に入社し、航空機の電装品に係る技術業務に従事した後、2024年よりANAホールディングス㈱に出向し、宇宙事業チームにてANAグループの知見を活かした宇宙事業開発を推進。
日本航空株式会社
事業開発部宇宙グループ グループ長
東島誠氏
九州大学にて航空宇宙工学を修了後、2006年に日本航空に入社し航空機エンジンのエンジニアを担当。その後、経営企画部門での中期経営戦略策定、海外エンジンメーカー(GE社)駐在での航空機データ分析などに従事。社内のDX推進組織立ち上げ、複数のDXプロジェクトマネジメントを経験した後、2024年4月に新設された事業開発部宇宙グループにて宇宙事業開発を推進。
(1)両社の宇宙事業のこれまでとこれから――それぞれの「宇宙」への10年
――ANAのこれまでの取り組みを教えてください。
児玉「2015年に発表された長期戦略構想をまとめた資料の裏表紙に『次は、宇宙へ。』というメッセージが記されました。
2015年の長期戦略構想の後、2017年に内閣府が主催する宇宙ビジネスアイデアコンテスト『S-Booster 2017』に協賛し、弊社社員の一人が大賞を受賞したことで、水面下で行われていた宇宙事業検討が加速し、2018年に社内横断型プロジェクトとして本格検討を開始しました。当初は『有人宇宙』『宇宙エンターテインメント』『衛星データ利活用』の3領域での事業検討を行っていました。
その後、グループが保有する知見や経営資源との整合を踏まえながら検討と検証を重ね、事業を進めています。
現在の事業領域は①宇宙機器サプライチェーンマネジメント、②衛星データ利活用、③宇宙輸送で構成されており、各領域の現状は次の通りです。
宇宙機器サプライチェーンマネジメント領域では、2025年度より全日空商事内に「宇宙ビジネス開発室」を設立し、国内ではLetara 株式会社や株式会社ワープスペース、海外ではZenno AstronauticsやDawn Aerospaceなどの宇宙関連企業との業務提携や出資などを通じて事業を本格稼働させています。
衛星データ利活用領域では、2018年から慶應義塾大学との共同研究で開発してきた乱気流AI予測は、2023年に慶應義塾大学発のベンチャー企業『BlueWX株式会社』として事業化しています」
児玉「また、2020年からJAXAと進めてきた航空機からの温室効果ガス観測も2025年から定期旅客便での自動観測を開始し、事業化の検討に入っています」
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児玉「宇宙輸送領域では、JAXA宇宙飛行士候補者への訓練提供など、グループの持つ知見の宇宙産業への転用をしながら、中長期的な視点で知見を蓄積しています」
――宇宙産業への参入当初は情報収集も難しかったのではないでしょうか?
児玉「宇宙業界にいきなり入って、誰とどのように話せば良いのかが分からないなかで、PDエアロスペースやアストロスケールへの出資、SPACETIDEやS-Boosterなどのイベントに協賛をしました。その結果、知見やネットワークが広がり、宇宙産業がどのような構図になっているか、どのようなプレイヤーがいるのかを理解しながら、仲間を増やすことができました。出資やイベントへの協賛は宇宙業界への入場切符のようなものであったと考えています」
――JALの宇宙への取り組みを教えてください。
東島「JALと宇宙産業との関わりは2014年にさかのぼります。同年発表した『チャレンジJAL』宣言のもと、ispaceが運営していた月面探査チーム「HAKUTO」への協賛を行ったことが出発点となりました。この取り組みは自社の新規事業としてだけではなく、挑戦する企業や人を応援するという姿勢からの出発でした。
その後、2017年にispaceと資本業務提携を締結し、「協賛」から「事業連携」へと関係を深めていき、2022年にはSierra Space Corporation(以下Sierra Space)と提携。大分空港を活用した宇宙機運用(スペースポート化)の検討に着手しています」
現在、大分空港は宇宙往還機「Dream Chaser」のアジア拠点としての活用を目指す取り組みが進められています。異業種間の専門知識を組み合わせた協業を行い、宇宙事業への新規参入を推進する先駆的な連携体制を構築。大分空港の宇宙港化を実現し、日本およびアジアにおける宇宙ステーションと地上のハブとして機能させることを目指しています。
2024年4月、社内公募を経て「事業開発部 宇宙グループ」が新設されたことで、点在していた活動が初めて専属組織のもとに統合され、本格的な事業開発を進めることになりました。
現在の事業は①宇宙輸送、②宇宙利用の2軸で構成されています。
宇宙輸送領域では、高度帯ごとに異なるパートナーと連携する戦略を採用しています。まず、月領域ではispaceと、JALの航空機整備技術を活用した月面ランダーの燃料配管溶接や非破壊検査、月面ランダーの組み立て施設の提供、精密機器の輸送支援など、さまざまな形で協業しています。
東島「地球低軌道領域ではSierra Spaceと大分空港を活用した宇宙機運用プロジェクトを推進。サブオービタル(宇宙空間に達するが地球を周回しない弾道飛行)領域ではJALエンジニアリングが将来宇宙輸送システムと連携しています。また、成層圏領域では岩谷技研との協業で航空機のオペレーションノウハウを高高度気球による宇宙遊覧事業開発に活かしています。
宇宙利用領域では、衛星や宇宙技術、宇宙コンテンツを利活用した我々にしかできない社会課題解決の探索を行っているところです。その一つが国内の宇宙関連施設を巡る周遊プロジェクト『JAL STAR PASSPORT』です。
各地の宇宙施設への人流を創出しながら宇宙への関心喚起を図るこの取り組みは、JALがESG戦略として掲げる『関係・つながりの創出』とも連動しており、全国への展開が進んでいます。また、お客さまのお名前を記載した特別なパスポートをJAXAのきぼう有償利用制度を活用して国際宇宙ステーション・「きぼう」日本実験棟に輸送するなど、より遠くへのモノの輸送にも挑戦しています。2025年の中期経営計画に初めて『宇宙』というワードが盛り込まれたことも、10年越しの前進として注目する一歩となりました」
(2)宇宙業界参入の決め手は成長性・事業転用可能性・人の熱意
――宇宙事業と一言で言っても、さまざまな事業を展開されている両社ですが、宇宙業界に参入する事業判断の決め手は何だったのでしょうか。
児玉「当時、私はまだANAにいなかったのですが、2021年にVirgin Orbitの航空機を利用した人工衛星打上げ事業を日本で展開しようと宇宙事業チームが作られたこと。おそらくここが宇宙業界に参入する事業判断をした明確なポイントだと考えています。当時いたメンバーに話を聞くと、当時から国内での人工衛星打上げ需要は当然伸びるはずで、それならば日本から打上げられる手段を持っておきたいと考えていたとのことでした。
また、Virgin Orbitはボーイング747のエンジンマウントの予備の部分にロケットをつけて空中発射するという衛星打上げ形式でした。ANAでは過去にボーイング747を運航した実績もありますし、空港のオペレーションや航空局との調整、国との連携などを含めて、『成長性が見込めること』『ANAの持っている知見が活かせる』という2点からチャンスがあると判断をしました。
ただ、残念ながら2023年にVirgin Orbitが経営破綻してしまい、日本での打ち上げを実現することはできませんでした。それでも、携わったメンバーに聞くと、そこで得た知見や人とのつながりというのは非常に大きく、今、全日空商事がやろうとしている人工衛星のサプライチェーン構築に非常に活きていると思っています
」
東島「結局のところは『やりたい人の熱意』が事業開発の本当の決め手だと実感しています。
ispaceへの出資も、ある担当者が長い時間をかけて経営へ説明し、ようやく漕ぎつけたものです。当時、私は整備の企画部門におり、このお話はよく耳に入っていました。JALに宇宙の話がいよいよ来るのだなと。
Sierra Spaceとの提携も、『JALの創立100周年(2051年)には宇宙事業が柱になっているはずだ』という担当者の強い想いで実現に至りました。
2024年に立ち上げた我々の宇宙事業開発専属組織も、社内公募制度を使って本気でやりたいと思ったメンバーから始まっています」
――お二人が宇宙事業に関わることになった経緯を教えてください。
東島「私は大学で航空宇宙工学を専攻し、就職時に宇宙系への進路も考えましたが、当時の宇宙はアカデミックな研究者の道しかありませんでした。そこで、航空領域でビジネスをやろうとJALに入社しました。ただ、宇宙への思いはずっと持ち続けていたんです。2人の子どもそれぞれに宇宙を連想させるような名前を名付けるくらいに(笑)。
そのため、2015年、ANAホールディングスが経営計画に宇宙という言葉を盛り込んできたのを見て、純粋に『やられた!』と思いましたね。当時はまだ民間の宇宙事業が盛り上がっているとは言えない時代でしたから、広く世の中に公開される経営計画に宇宙を盛り込んだ衝撃は今でもよく覚えています。
2024年に社内公募制度で宇宙事業の立ち上げを提案し、新設された宇宙専属組織を率いることになりましたが、このタイミングでJALも本格的に宇宙事業に参入すべきだという強い思いがありました」
児玉「前職では航空機用エンジンの開発に携わっていましたが、計画されていた開発が一通り終わった後、ANAに技術者として転職しました。当初は整備センターに配属でしたが、その時にも宇宙事業チームの相談に乗ることがあり、のちに入社面接時にいずれ宇宙事業に携わりたいというお話をしていたことを覚えていただいていたようで、求められていた人物像とマッチしたこともあり2024年春から宇宙事業チームのリーダーを務めています」
――航空会社が宇宙に参入する意義をどのようにお考えですか。
東島「現在の宇宙産業は技術開発の段階にありますが、近い将来、輸送の高頻度化や有人輸送などの商業化の段階に入ります。そこでは安全・安心と効率的なオペレーションをいかに両立させるかが問われます。その際に、航空機を長年運用してきた航空会社のノウハウや考え方、仕組みは必ず必要になる。それを広く共有し、展開していくことは社会的な責務でもあると考えています」
児玉「空と宇宙の共存という観点でも意義があります。宇宙機が増えれば、航空機が飛ぶ空域との安全な棲み分けが必要になります。その法整備や安全基準の整備にも、我々のような会社が蓄積してきたノウハウは役立ちますし、関わっていくことで加速できる部分があると思っています」
お二人の言葉に共通するのは、「人を定期的に運ぶ難しさ」を知っているからこそ未来の宇宙事業に貢献できるということ。宇宙輸送が商業化フェーズに入ったとき、安全と効率を両立させるノウハウは不可欠となります。その知見を持つ航空会社が宇宙産業に参入することは、社会的な責務でもあると話されていたことは非常に印象的でした。
(3)「夢だけで社内会議は通せない」「ノープレイ、ノーエラーをするな」10年続く宇宙事業を支えてきたもの
――大企業の中で採算性をすぐに出すことは難しい宇宙事業を続けるのは、難しいことだと思います。継続の必要性をどのように社内で説明してきましたか?
児玉「夢やロマンだけで社内会議を通すことはできません。やはり事業性と収益性、そして確実性を示すことは大前提です。宇宙はまだ産業として成熟していませんし、裏付けしようにも“何十年後に何百億円の市場になるだろう”といったコンサルティング会社が提示した試算しかない。もちろん、実現しなかったら終わりだという怖さもあります。
児玉「そのようななかで、実際に何らかの成果を出し続けているということも含め、会社側もそうした面を理解した上で見守ってくれていると感じています」
宇宙業界はこれから10年、20年と長い期間をかけて、大きな市場へ成長すると期待されています。民間企業が新規事業として取り組む場合、短期・中期の数字だけでは不十分です。一方で、長期的な視点だけで社内の合意を得ることも難しい産業です。
ANAグループでは、宇宙機器サプライチェーン領域や衛星データ利活用の一部で、すでに収益化した事業も生まれています。そのうえで、宇宙輸送領域は中長期的な視点で事業を進められていました。短期・中期・長期の視点で成果を出している点は、他業種にとっても参考になるポイントでしょう。
東島「私たちにはトライ&エラー制度があって、投資回収期間など、通常のルール外で挑戦できる制度があり、撤退基準を設けながら事業開発を行うことが可能です。トライするなかでエラーもありますが、成功する事業もあります。その制度を活用し、長期的な宇宙産業の市場性や我々のアセットやノウハウを活かした事業拡大のポテンシャルを経営に説明し事業開発が認められました。ロマンだけでなく、ビジネスのステップを示すことが重要だと思います。
JALに宇宙事業開発の専属部署ができたのは2024年4月で、それ以前はispaceとSierra Space提携のみでしたが、このようなトライ&エラー制度を活用しながら徐々に事業を拡大しています。
例えば、ispaceが2025年6月に月面着陸成功とならなかった後も、両社前向きに『挑戦を止めず、次は何をやるか』を考え次の協業を発表しています。これも社内の後押しがあったからこそです。
宇宙輸送は輸送自体が目的ではなく、輸送先の何かを使って社会課題を解決する、人の生活圏を拡げるという話につながることが重要です。その観点からも、例えば、輸送対象である衛星を使って何かできるのではないかなど、常に事業をピボットしながら進めています」
――トライ&エラーは児玉さんのチームでも数多く生まれていたのでしょうか?
児玉「そうですね。結果的に世に出ているのは成功した事例だけ。これまで考えてきたことは、今見えているものの10分の1程度かもしれません。ボツにした企画は、ジャストアイデア程度のものから、具体的に動いていたものまで、それこそ数えきれないほどありますしね。また、コロナ禍で経営状態が悪化した時期には、宇宙事業に対しても事業性や確実性という観点から他の事業同様の目線で見られることもありました。
ただ、私はチームに対して『ノープレイ、ノーエラーをするな』と言っています。仮に宇宙事業がうまくいかなくても、ANAという会社は潰れないし、飛行機が停まってお客様に迷惑がかかるようなことはない。だから変に怖がることなく、どんどん外に出ていろんな人と話してきてほしい、と伝えてきました。また予算が限られているからこそ、アイデアを徹底的に絞り出す。「資金がないなら考える」ということをチームには話しています」
宇宙ビジネス参入の難しさが語られる一方で、航空業界の両社は10年以上にわたり宇宙分野に関わり続けています。その裏側には、事業性・収益性・確実性、そして、長期的な宇宙産業の市場性を社内に示し続け、トライ&エラーを続けて今があることを教えていただきました。
――参入してみて、想定外だったことはありますか。
児玉「良い意味では、ANAグループの保有する経験や知見が、想像以上に幅広い領域で活かせると分かったことですね。また副次的な効果として、グループ会社が社内向けに持っていた資産や知見が、外部から見ると非常に価値があるものだと社員が気づいたことで、『自社の資産・知見を外部にサービスとして提供していこう』という機運が社内に生まれたと感じています。宇宙事業が、既存の資産・知見の新しい使い道を示してくれた感覚がありますね。
一方で難しいのは、日本国内だけを見ていては、事業として十分な規模に育てられないという現実です。宇宙産業の重心はどう考えてもアメリカにある。なかには特定の企業による寡占状態の領域もあって、切り込みにくい部分もあります」
東島「嬉しい誤算は、月から地球低軌道(LEO/地上から約2000㎞までの宇宙空間)、成層圏まで、様々な領域での宇宙輸送事業者と協業関係が広がったこと。また、宇宙事業を始める前からお付き合いのある非宇宙系企業の方々が『実は宇宙をやり始めた』という話を聞く機会が増え、ビジネスチャンスの広がりを肌で感じています。
一方で、法整備などのルールメイキングが追いついていないという課題もあります。ルールの有無によって進捗が左右されるケースもあり、例えばルールが無い中で複数社が絡む大型プロジェクトを進めると、計画変更や遅延も多くなりがちで、プロジェクトマネジメントの難易度が想定以上に高いと感じています」
(4)補助金頼りから、自走するビジネスへ―産業として根付くために変えるべきことの転換
――日本の宇宙産業の成長に向けて、改善すべきポイントはありますか?
児玉「私たちのような大企業が宇宙産業に入る意義とも言えますが、民間企業である以上、事業が自金で回るようなシステムの構築が必要です。
その点、今の宇宙産業は、まだまだ宇宙戦略基金やSBIRといった技術開発のための、国からの支援制度によって支えられている部分も大きい。そのようなお金は永遠にあるわけではないので、私たちのような宇宙産業をビジネス目線で見るような会社が参入し、事業としてお金が回るシステムを作ることが非常に大事なことだと考えています」
東島「2点あります。ひとつは分業化です。成長産業には必ず分業化が起こります。基礎技術の開発はスタートアップが担い、量産や運用の段階になれば大企業が得意とする領域になります。そのサイクルを視野に入れた事業構想を、各社が持っておく必要があると考えています。
もうひとつは人材の流動化で、国、投資家、大企業、スタートアップ、大学間で人材がより還流するような仕組みが必要だと感じています。大企業からスタートアップへの転職は増えてきましたが、スタートアップから大企業への転職などを筆頭にまだ流動性が十分でないと感じています。互いに得意とする技術やビジネスノウハウが還流していかないと、多様なプレイヤーで宇宙産業を支えていくには力不足になると思いますね」
児玉「宇宙戦略基金やその他補助金といった国の支援制度以外にも、アンカーテナンシー(政府や大企業が最初の顧客となり、産業を育てる仕組み)の重要性を感じています。たとえば、ロケットの話でいえば、打上げ実績のない国内企業の機体に保険をかけることは現状難しく、衛星事業者はSpaceXやRocket Labなど実績のある海外事業者を選ばざるを得ません。国がアンカーテナントとして(日本の)ロケットの枠を買い取り、衛星事業者に提供する。失敗した場合はその補償は国が行う。そういう仕組みがなければ、国内の宇宙産業は自律的に動き出せないと思っています」
そして、両氏が口を揃えて強調したのが、宇宙業界特有のコミュニティの温かさでした。
児玉「宇宙業界の人は懐が広い。人の紹介をお願いすると、嫌な顔ひとつせずにすぐにつないでくれるし、たとえ競合関係にあっても手を取り合って産業を育てようという協調性があります。それは産業がまだ成熟していない今の段階で、互いに牽制しあっていてもしょうがない。まず土台を作ろうという気持ちを産業全体が共有しているからこそ。本当に素晴らしい環境だと感じます。そして、いずれ産業として確立したその先で、正々堂々とビジネスとして競い合う時代がくればいい、そう思っています」
(5)ライバルの「ここが羨ましい」――競い合う前に、まず手を取り合う
――両社がお互いに羨ましいと感じるポイントはありますか。
東島「ANAさんのJAXA宇宙飛行士候補者への訓練受託です。実は私が宇宙事業の社内公募に際してプレゼンの中で提案した内容でもありました。またしても『やられた』と(笑)。航空会社のパイロット訓練ノウハウを宇宙飛行士に転用するというのは、まさに航空会社ならではのシナジーで、非常に優れた取り組みだと思いました」
児玉「私はJALエンジニアリング(JALの機体整備を担うグループ会社)の宇宙への積極的な姿勢を羨ましく思っています。技術部門が自発的に宇宙に関わろうとしている。技術者がモチベーションや夢を持って自ら動き出せる環境があるというのは、正直、羨望を覚えます。
そして、これからの大きな期待としてSierra Spaceと組んだJALさんには、大分空港の宇宙港化をぜひ成し遂げてほしい。2023年のVirgin Orbitの経営破綻は当時のメンバーにとってとても悔しい経験で、だからこそ、JALさんには成功させていただきたいと思っています」
(6)「ロケットは車より安全」――求められる意識の転換
――今回、両氏に共通するもうひとつの視点が見えてきました。それが有人宇宙輸送の日常化に向けた、社会全体の意識変革ではないでしょうか。
児玉「安全に関するデータを見ると、車よりも、ロケットのほうが事故率は低い。それでも日本で『人を乗せて宇宙へ行く』というと、リスクへの懸念が先に立つ。日本人のリスク許容度を変えていくことも、航空産業にて安全を作り上げてきた私たちが宇宙事業に関わる意味のひとつだと感じています」
東島「社内で有人宇宙輸送という言葉を気軽に出すのは難しい。これはリスクを取れないという意味ではなく、それだけ我々が航空機の日々の安全運航に誇りを持っているということです。ただ同時に、いずれ確実に訪れる有人宇宙輸送の時代に備えて、今から経験と知見を積んでおくことは重要だと思っています」
その象徴として、大分空港の宇宙港化があります。既存の空港が宇宙往還機の発着拠点となれば、宇宙は特別な施設にしか存在しない場所ではなくなる。そうした「いつもの場所から宇宙へ」という日常の延長線上に宇宙を位置づける取り組みを、航空会社ならではの視点で実現していきたいと、両氏は口を揃えます。
――10年後、2035年の宇宙産業はどのような姿になっていると思いますか。
東島「2035年ですと、モノの宇宙輸送高頻度化が進み、時刻表のある定期便の時代に入っているのではないかと思います。そして宇宙輸送が活発になるに伴い、輸送コスト低下で衛星コンステレーション(多数の衛星でネットワークを形成する仕組み)の構築も加速し、高精度のリアルタイム衛星データが日常的に活用できる時代になっていると思います」
児玉「宇宙産業に勝者と敗者がはっきりと見えてくる時代になっていると思います。そして、宇宙産業が真の意味で成熟すれば、宇宙系企業・非宇宙系企業という区別はなくなり、もはや意味をなさなくなると考えています。そのような世界を目指して、私たちは邁進していきます」
(7)異業種からの参入へのアドバイス――宇宙の仕事の多くは「地上」が主
――最後に、宇宙産業への参入を考える企業へのメッセージをお願いします。
児玉「宇宙と聞くと参入に対して障壁が大きいと感じる企業が多いようですが、私はそうは思っていません。宇宙産業というのは、何かを宇宙で行うことや、宇宙に送り出すものを作ることだけではない。宇宙に行く人の訓練、宇宙に送るものの物流やサプライチェーンなど、地球上でできることが山ほどあります。今この地球上で活躍している企業には、宇宙で活かせる領域があるはずです。もし最初の一歩をどう踏み出すか迷っているなら、ANAホールディングスに声をかけてください。一緒に考えさせてもらいたいです。そのくらいの気持ちでいます」
東島「インターネットが今やあらゆる産業のインフラになっているように、宇宙技術の活用も、2040年頃にはあらゆる産業のデータ基盤として欠かせない存在になると確信しています。衛星データの活用と地球低軌道の利用は、特に多くの産業と親和性が高いですし、宇宙戦略基金をはじめとした政府の支援策も充実してきていますので、参入しない手はないと思います。宇宙技術を利活用する側の企業がどんどん参入することで、宇宙産業全体が加速していく。私たちもその一翼を担っていきたいと思っています」
取材を通じて浮かび上がったのは、「宇宙業界への参入は夢だけでは動かない」という現実と、それでも前に進もうとする両社の強い意志。出発点や戦略は異なりますが、「宇宙を特別な場所ではなく、日常の延長線上に」という同じビジョンに向かっていることがわかりました。

