宙畑 Sorabatake

ビジネス事例

データ7割・直感3割!? 漁業の“普通”を変える衛星データ利用ビジネス最前線

海洋資源計測学の第一人者であり、衛星データを用いた水産海洋情報サービス『トレダス』を中心となって開発した、北海道大学元北極域研究センター長の齊藤誠一教授にお話を伺いました。

衛星データの活用による発展が期待される分野の一つとされている漁業──その「暗黙知(=経験や勘に基づく知識)の定量観測とモデル化・デジタル化」というプロセスにおける最新事情と課題、また今後の展望を知りたい。

ということで、海洋資源計測学の第一人者であり、衛星データを用いた水産海洋情報サービス『トレダス』を中心となって開発した、北海道大学元北極域研究センター長の齊藤誠一教授にお話を伺いました。

【プロフィール】齊藤 誠一(さいとう・せいいち)

北海道大学大学院 研究推進支援教授。1981年北海道大学大学院水産学科研究科漁業学専攻博士課程単位取得の上退学、日本IBM東京サイエンティフィックセンター客員研究員。1984年日本気象協会研究所研究員。1993年北大水産学部助教授、2000年北大大学院教授。2006年有限責任事業組合スペースフィッシュ代表。2012年グリーン&ライフ・イノベーション技術顧問。2015年から2019年3月まで北海道大学大学院水産科学院教授・北極域研究センター長を務めた。

国際的な漁獲規制や担い手不足などが原因で、日本の漁業生産量は1980年代以降、減少傾向が続いており、ICT(情報通信技術。PCだけではなくスマートフォンやスマートスピーカーなど、さまざまな形状のコンピュータを使った情報処理や通信技術の通称)を活用したスマート漁業が「活性化の切り札」として期待されています。

こうしたなか、他の国内水産海洋情報サービスにはない充実したデータをユーザーへと提供しているのが、米航空宇宙局(NASA)の人工衛星「テラ」や「アクア」などの観測データを解析することで「漁場を予測」する『トレダス』です。

『トレダス(TOREDAS)』は「Traceable and Operational Resources and Environment Data Acquisition System=トレーサビリティ(追跡可能性)機能をもつ海洋の資源と環境に関するオペレーショナルなデータ収集システム」の英文略語と、「魚が獲れ出す」をかけた造語。

その実態は、衛星受信処理・衛星プロダクト解析・データベース管理・インターネットGIS(地理情報システム)・漁船端末GISの5つのサブシステムからなる“オペレーショナルなデータ収集システム”です。

将来的には、いつ、どこで獲れた魚で、漁獲された後どのような食品管理をされたか……などの情報も集約して、「食の安全・安心」にも役立てることを目指しているとのこと。

──『トレダス』は漁師さんたちにどのようなメリットを提供しているのでしょうか? 

齊藤誠一教授(以下、齊藤):魚は好みの温度、緩やかな潮の流れ、適度なエサ(プランクトン)の量……といった条件が揃う場所に集まります。

『トレダス』とは簡単に説明すれば、人工衛星によるリモートセンシング(遠隔探査)技術を使い、
・海の色やクロロフィル濃度から植物プランクトンの量
・海面からの熱放射から海水温
・海面の凹凸から潮の流れ
などを、計測するシステムのこと。

これらの情報を組み合わせて魚がいそうな場所を推定し、衛星などの無線通信網を通じて漁船に情報を伝えるわけです。

画像中央は、「テラ」や「アクア」から観測データを受信しているアンテナ

──実際にサービスを使用するにあたっての手順を教えてください。

齊藤:『トレダス』のソフトをPCにダウンロードして、衛星通信のアンテナを船につなぎ、アクセスすれば、漁場予測区の水温図などを閲覧できるようになります。

カーナビのような感覚で、GPSをつなげれば現在位置も把握でき、衛星からのデータや気象庁からのデータなどを基に作成された水温画像に、GIS(地理情報システム)を重ねて温度の線を引いたりもできます。

表示の仕方も「赤い線にしたい」だとか、ある程度、漁師さんお好みのカスタマイズもできるようになっています。

たとえば、カツオだと20度くらいの水温で、クロロフィル濃度が0.3 mgと比較的、綺麗な海水の場所が最適の環境なのですが、水温やクロロフィル濃度は毎日一定ではなく、その日ごとに変わります。

そこで、最新の温度データと、潮の流れ、さらには植物プランクトンの濃度(クロロフィル濃度)の画像を重ねてみることで、カツオの好漁場が予測できるようになるわけです。

齊藤教授が手に持つのはトレダスの操作端末

──『トレダス』が利用できる魚種は?

齊藤:今はカツオ・サンマ・ビンナガマグロ・スルメイカ・アカイカ・ブリ……ですが、メインの顧客はカツオ漁船の方々ですね。

カツオ漁船のような遠洋漁業の場合、一度海に出たら満隻になるまで一週間も二週間も帰って来られないので、行った先から次にどこへ行くかを決めるため参考にする……といった利用法が主流なのです。

サンマ船のような沿岸漁業の場合は、船を出す前にデータを確認するという活用がされています。

──『トレダス』が開発されて、なにが一番劇的に変わりましたか?

齊藤:漁に出る前にファックスで水温情報図などを調べていたのが、情報の電子化により、衛星通信を介して、いつでも好きなときに情報を得られるようになった──これが『トレダス』導入による一番の変化ではないでしょうか。

──そこまでの分析が『トレダス』でできるなら「暗黙知」、いわゆる「プロ(=漁師さん)の勘」なんてものは、もういらないのでは……と我々は考えてしまうのですが?

齊藤:漁師さんたちには『トレダス』がつくったマップを全面的に信用しているわけではなく、「温度差が大きい潮目には魚が集まりやすい」といった諸々の知識と、『トレダス』のデータを兼ね合わせて使用していただいています。

たとえば、カツオ漁船の場合は、今でも竿で釣れる大きな魚しか獲らない、つまり「小さい魚は獲らないエコな漁業法である一本釣り」がメイン。だいたい30分から1時間くらいで一か所の釣り場での漁獲をし尽くしてしまいます。

獲りつくした漁場から、次の漁場を探す際に、トレダスからの情報を参考におおよその見当をつけた後は、プロの直感を頼りに次の漁場を探していただいているのです。

漁場予測の情報は7割程度、残り3割は自身の勘と言ったところでしょうか。

──魚が集まりやすいという「潮目」についてもう少し詳しく教えてください。

齊藤:20度と10度といったように10度ほどの水温差が急激に存在する、これらの分岐線、潮壁が「潮目」と呼ばれ、そこの手前に魚は集まるのです。

その理由は2つ。一つはそのスポットに餌となる動物プランクトンや小魚が集まりやすいからと、もう一つは急に環境が変化するため、その壁を突き抜けられないからです。

そのため、同じく小魚を餌とする海鳥も潮目あたりに集まりやすい。

──鳥群を衛星データで捕らえられたら漁師さんも喜びそうですね

齊藤:よく聞かれるのですが、残念ながら解像度の問題があって案外難しいのが現状です。

宙畑メモ
鳥類を光学カメラなどで直接的にとらえることは困難ですが、バイオロギングという手法などを通して、鳥がどのような条件下で飛行しているのかデータを蓄積することは可能です。鳥類がどのような周辺環境で飛行しているのか捉えることができれば、周辺環境は衛星データから観測できる可能性が高いと思われます。この情報を反映することで、より精度よく漁場を予測することは可能になるかもしれません。

──ほかにも、現時点での衛星データシステムだと分析が困難なことはありますか?

齊藤:衛星データは雲に弱い! これは今も昔も変わりません。可視にしても赤外線にしても、熱赤外線にしても、雲があったら下が見えない。梅雨の時期などの画像分析はとくに厳しいでしょう。

ただ、今の『ひまわり』は全域を10分おきに観測を行っています。以前の『ひまわり』なら1時間おきだとか30分おきだったので……。10分おきだと、どこかのタイミングで必ず雲が動くから、その影響をある程度排除できるようにはなりました。

──SAR画像を活用して漁場は探せるのでしょうか?

齊藤:たしかに、SAR画像のマイクロ波は、雲を通過して水温画像や潮目、海が荒れているかどうか……などを解析することができます。しかし、途轍もなく高額になるし、そこに漁師さんが30万円も40万円も出資したところでペイできないわけです。

SARが一番適しているのは「不審船の探索」。これはリアルタイムに近い情報じゃないと意味がないわけで……いずれにせよ、一漁師さんがやることではなく、これは国家レベルの話です。

──そんな実状下で、齊藤教授は、漁業と衛星利用ビジネスが今後どう関わり合っていくとお考えでしょう?

齊藤:近い将来に小型衛星がどんどん打ち上げられると、時間・空間分解能が上がり、観測頻度も増えます。

漁師さんが在中している周辺へ、どのあたりの時間に衛星が来るかを計算し、その特定の場所を切り抜くことができるようになれば、オンデマンドな情報を提供できるようになる。それでカツオが何倍も獲れるならば、十分にペイできるようになるはずです。

陸域のビルなどの変化を観測するのと違って、海面の変化は小さいため、海面観測に特化した海洋観測カメラを積んだ衛星を開発することが重要です。

例えば、安価に打ち上げ可能な小型衛星にこのようなカメラ搭載し、あと5機ほど上げると、2日に1回レベルの観測が可能になり、サービス内容もかなり改良されるのではないでしょうか。

実際、今はこの実験を始めている段階です。我々が開発した海洋観測カメラが一台500万円、小型衛星が一機2億〜3億円──ただし、漁業だけでそれを打ち上げるのは現実的ではないため、農業や林業……と、他の産業との連携が必要になってきます。

──「オンデマンドな情報の提供」について、もう少々詳しくお聞かせください。

齊藤:オンデマンド、つまりは「個別のICTサービス」が必要になってくると思っています。

現在は漁業情報サービスセンサー『エビスくん』という漁師さんがみんなで使えるシステムがあります。

そのようなシステムに加えて、これからの時代は漁師個人、漁船個々だけが使えるような“あなただけ”の情報サービスが重要だと考えています。漁師さんたちは、“みんな”の情報ではなく、他の漁船が持っていないオンデマンドな情報を使ってピンポイントの漁場を狙いたいはずなのです。

「誰でも使える情報」だと、それをどう読み取るかがビジネスの勝負所となってきますが、「誰ももっていない情報」だと、より同業他社との差別化もできるようになる。そして、そうしたシステムの構築や提供は、小回りが利くベンチャー企業のほうが向いているのかもしれません。

──今後、カツオのような遠洋漁業だけではなく、沿岸漁業でも衛星データは頻繁に活用されていく可能性はありますか?

齊藤:遠洋よりも沿岸のほうが短時間での環境の変化が激しいため、沿岸に多い漁業法である「定置網」は漁獲予測のモデル化が困難です。

とは言え、最近は沿岸漁業者のほうが断然増えてきているので、衛星データ活用ビジネスとしては沿岸のほうが成立しやすい側面もある。

そのため、海洋観測を高分解能に、高頻度に観測できるようになると、沿岸漁業従事者もユーザになる可能性は十分にあると考えています。

例えば、実際に実証を進めているものをご紹介すると、定置網の場合、衛星データと実績データをかけ合わせ、あらかじめ入網量が予測できれば、毎日網起こしにいかななくても済みます。大量に魚が入網しない時期が分かれば、、網のメンテナンスをすることもできるので、より効率化も見込めます。

また、翌日の入網量予測ができれば、その魚を加工する工場も、その予測に合わせて工場の稼働状況を変えればよいため、加工業者も効率よく対応できます。

こうして、沿岸のユーザーがもっと増えれば、おのずとサービスのコストも下がます。

──なるほど! 衛星データによって漁業が発展する余地、可能性はまだまだたくさん残されている……と?

齊藤:そう思っています。

もう一つ、衛星データがより重要になっているポイントをご紹介します。

まだファックスすらなかったころは、気候も比較的落ち着いていました。毎年「何月になったらどこに行けば大漁になる」という予測もある程度成立していたのです。ただ、現在は去年と同じ場所に行っても、魚が獲れなくなっています。

温暖化などの影響で気候が年々変わってきているため、「直感」はまだしも「経験」が通用しなくなり始めているからです。昔は北海道に生息していなかったブリが、ここ数年で北海道で獲れるようになった、というのが顕著な例。

だからと言って、すべての魚が北に上がってくるとは限らない。したがって、これからの漁業は、衛星データによる海洋環境情報なしではやっていけないわけです。

宙畑メモ
近年の異常気象へと対応はもちろんのこと、今までは直感を持っていた経験豊富な漁師さんが多かった中で、世代交代を通して、経験値が浅く直感を持っていない漁師さんも今後増えていくことが考えられます。このような観点からも、今までの直感を補うような形で、衛星データ等を利用した漁場予測の需要は増していくように思われます。

──例えば、「予測が難しい魚類」というのは……?

齊藤:カツオは生息する水温帯が18度〜23度くらいの間と、生息水温が決まっているので、比較的予測は簡単だったりします。サンマもマグロも水温幅は狭い。

「予測が難しい」のは、たとえばシャケ。寿命が4〜5年と長く、生活史が複雑だからです。南で産まれて北に上がって、餌を食べる……川で産まれてオホーツク海やベーリング海、アラスカまで行って、ウロウロしてからまた帰ってくる──そういった複雑なサイクルで生活している魚を解析するのはなかなかにやっかい。カツオは単純なルートを行ったり来たりしているだけですからね。

──他の国と比べ、日本の漁業は衛星データへの取り組みに積極的なのでしょうか?

齊藤:正直、「最先端」とは言えません。一例を挙げれば、最近のインドネシアなんかは漁業情報サービスが急速に充実し始めています。じつは、インドネシアの海洋研究所の所長が僕の弟子なんですが、我々以上にいろんな試みをアグレッシブに行っています。

この研究所は76人くらいのスタッフがいて、うち23人が研究者。しかもほとんどが30代の若手。研究や不審船の探索といった政府間内の利用だけではなく、すでに民間へのサービスも始めており、『SIDIK』というインターネットを使ったGISベースの漁業情報サービスで、波や沿岸に浮いているブイから取れるデータ……ほか、さまざまなデータが収得できるんです。

現在は260ユーザーがIDパスワードを取得して、このシステムを利用していると聞きます。オンラインのレジストレーション(登録)制なので、誰が使ったかもすぐにわかる。同サービスは現状では無料で利用できますが、将来的には有料にしようという動きもあります。日本にはまだこのようなシステムはありません。

──なぜ日本の衛星データ活用ビジネスはまだ発展途上なのでしょう?

齊藤:農業に関して言えば、日本だと単純に土地面積が小さすぎてビジネスに展開しづらいからではないでしょうか。アメリカみたいに広大な畑があればいいんですけど……。ロボットのトラクター一つ取っても、北海道だとまだ辛うじて需要はあるかもしれないが、日本は狭いからあまり必要とされない。そういった面では、水産業のほうが海は広いのでビジネスチャンスは多いと、私は考えています。

──ありがとうございます。最後に、齊藤教授の研究の展望を教えてください。

齊藤:研究が進めば「狙って大きな魚だけが獲れる」ようにもなり、「資源維持」という意味でも長期的にサポートできる、漁業活動支援システムの構築にもつながるのではないでしょうか。

 

インタビューを終えて

インタビューを終えて、好物の魚料理は?とお伺いしたところ、「焼きサバ」と少し戸惑いながらも回答していただいた齊藤教授。サバは「トレダス」の次のターゲットの魚類でもあるとのことでした。

カツオ、サンマ、サバといった水産資源は「再生産資源」とも呼ばれ、資源を維持、回復するのに必要な期間と量を超過しないように管理すれば、持続的利用が可能になります。

しかし、現在は乱獲によって、地球規模でその安定供給と持続的利用が困難となりつつある──場所によっては絶滅魚種も現れており、まさに生物多様性の危機に直面しているのです。

現状、漁業において衛星データは「効率良く獲るため」に使用されていますが、「理想を申せば、永久的な資源管理にまで活用させたい」と齊藤教授は語ります。そんな“夢”を抱く齊藤教授や、そのDNAを引き継ぎ各国で活躍している、その教え子さんたちの真摯な取り組みから「新たな衛星データの価値」が発掘されれば、そのアイデアは漁業の枠組みを超え、異業種からの新規参入をも見込めるwin-winな世界規模のビジネスへと発展していくに違いありません。

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