宙畑 Sorabatake

宇宙ビジネス

各国が月軌道ゲートウェイの先に見据えるものは?【国際政治の視点からみるアルテミス計画 後編】

宇宙政策の第一人者である東京大学の鈴木教授に、国際政治学の視点からみたアルテミス計画を語っていただきました。後編となる本記事では、ロシアや欧州など、各国の姿勢を中心にお聞きします。

シリーズ「アルテミス計画を読み解く」は、有人月面着陸、そして火星着陸までの道のりを様々な視点から探る連載企画です。

第3回目となる今回のテーマは、国際政治学。月面着陸にかけるアメリカの姿勢を聞いた前編に続き、後編では各国がアルテミス計画に取り組む姿勢を、東京大学公共政策大学院の鈴木一人教授に聞きます。

お話を聞いた人 鈴木一人教授 
東京大学公共政策大学院教授。英国サセックス大学ヨーロッパ研究所博士課程修了。筑波大学大学院人文社会科学研究科准教授、北海道大学公共政策大学院教授、国連安保理イラン制裁専門家パネル委員などを経て現職。専門は、科学技術政策、宇宙政策、国際政治経済学、欧州統合、輸出管理、 グローバリゼーション等。著書に『宇宙開発と国際政治』等。

文化人類学の視点でみる、各国が宇宙開発に取り組む理由

─月周回軌道の宇宙ステーション「ゲートウェイ」の構築には、アメリカのNASAとヨーロッパ宇宙機関(ESA)、ロシアのロスコスモス、そして日本のJAXAが参画します。各国が宇宙開発に取り組むモチベーションは何なのでしょうか。

鈴木一人教授。インタビューはオンラインで実施しました

以前、各国の宇宙開発のドライビングフォースについて、文化人類学的にリサーチをしたプロジェクトに参加したことがあります。

アメリカは19世紀に、東海岸から西海岸、そしてハワイとアラスカを開拓し、領土を拡大していきました。彼らにとっては、宇宙はその延長線上です。さらに、アポロ計画に全身全霊をかけた結果、巨大な組織へと成長したNASAの雇用を維持するためにも、政府による宇宙開発を続けていく必要があります。

冬の寒さが厳しいロシアにとって、宇宙は逃げ場。「宇宙に行きたい」のではなく、「宇宙へ逃げたい」という意識が働いています。

─ロシアはゲートウェイに参画しながら、中国と月面基地開発に取り組むと発表しています。

ロシアはプーチン政権になって以来、宇宙大国の地位を取り戻そうとしています。ところがソ連崩壊後、30年以上宇宙分野に投資をしてこなかったので、技術の伝承ができていません。

ただ、国際宇宙ステーションには参加しているので、有人部門だけは、人材と技術が残っていて、強みを持っている有人部門で勝負をかけようと考えているようです。独自の宇宙ステーションを構築する意向を示しているのには、そういう背景があります。

中国の有人宇宙開発は、1992年6月に発表された「926計画」をもとに進められています。発表されたのは、天安門事件の後でした。当時、中国は国際的に非難されていて、経済成長もこれからという段階。「国際社会に認められたい」意欲が強いモチベーションとなり、最終的な行き先は月に設定されました。

しかしながら1国で月面開発に挑むのは、コスト面からしても現実的ではありません。そこで、ロシアと中国は手を組んだというわけです。

─ヨーロッパ諸国はどうですか。

ヨーロッパは、それぞれで異なります。まず、フランスは「宇宙へのアクセスが何よりも大事」だと考えていて、輸送系に力を入れています。

宙畑メモ
欧州のアリアンロケットは、フランス領のギアナにあるフランス国立宇宙センターの射場から打ち上げられています。

その根本にあるのは、衛星を製造できても、打ち上げを成功させられなければ、意味がないという考えです。1972年に通信衛星「シンフォニー」をアメリカのロケットで打ち上げる際、アメリカから大きな制約を受けて以来、トラウマになってしまっています。

宙畑メモ
当時欧州はまだ自分たちのロケットの打上げに成功しておらず、商業利用を狙った通信衛星「シンフォニー」の打ち上げは、アメリカのロケットに頼らざるをえませんでした。独占していた通信衛星市場を欧州に崩されたくなかったアメリカは、この衛星を「技術実証目的」に限って、打ち上げを認めるとしました。その結果、欧州が目指した通信衛星事業は頓挫することになるのです。(「宇宙開発と国際政治」より宙畑要約)

ドイツにとって宇宙は「特別な場所」。宇宙空間でしかできないことがあるのだから、お金をかけてでも行くべきだと考えています。工業国であることもあり、技術開発が非常に強いモチベーションになっていて、微小重力下環境での実験、そして有人宇宙飛行に意欲的です。

そのため、自国で打ち上げようとするフランスと有人宇宙飛行をやりたいドイツが手を組むと上手くいきます。

一方、イギリスをはじめとするアングロ・サクソン諸国は、「人が宇宙に行くなんて、お金ばかりかかって、バカバカしい」という考え。通信や地球観測など、宇宙利用に注力する傾向にあります。

日本にとっての宇宙開発の魅力は?

─ここまで、アメリカとロシア、ヨーロッパ、中国が、宇宙開発に取り組むモチベーションをお聞きしました。日本はゲートウェイに参画、アルテミス協定にも署名するなど、国をあげて取り組もうとしている様子が窺えますが、日本が宇宙開発に取り組むモチベーションはどこにあるのでしょうか。

日本の場合は、「宇宙飛行士」の存在が大きく、行き先は宇宙ステーションでも、月でもいい、というのが結論です。“日本人が”行くことが重要だということですね。なので、内発的に「宇宙に行きたい」と思うドライビングフォースがあるわけではありません。

むしろ、日本の政策決定は「遅れを取りたくない」「国際的に名誉あるところにいたい」という意欲が、宇宙開発のモチベーションになっているのではないかと考えています。

─宇宙基本法と宇宙基本計画で、イギリスのような「宇宙利用」側に積極的に取り組む姿勢を示していましたが、アルテミス計画への参画で再び「宇宙開発」に注力することになりました。この流れも、今のお話を聞くと分かりやすいですね。

日本がアルテミス計画に参画を決めたのは、宇宙開発から利用へと移行していて、有人宇宙飛行のプライオリティーが下がっているタイミングでした。そのようなときに、NASAとESAの間でゲートウェイの構想が始まり、ゲートウェイの参画に出遅れてしまいました。ゲートウェイの構想図を見ると、NASAとESAの間に日本が入っていますよね。

ゲートウェイの構成図 Credit : NASA

これは、意思決定の中心が内閣府に集約されたことが影響しています。

宙畑メモ
従来の日本の宇宙開発は、文部科学省や経済産業省、総務省などの関係省庁がそれぞれで進めていましたが、一元化して総合的に推進するため、2008年に内閣府に宇宙開発戦略本部が設置されました。
参考:宇宙基本法

文部科学省は、NASAの一挙手一投足を見ていましたが、科学技術の視点だけでは日本の政策を決定できなくなりました。

─2021年度の宇宙関連予算は、過去最大の4,496億円が割当てられました。その中でもアルテミス計画は514億円を占めていて、産業界からの注目も集まっていますね。

2021年度予算案 Credit : 宙畑

まず、アルテミス計画には、ゲートウェイの構築と月面着陸がありますが、この2つは話が異なります。ゲートウェイの構想を進めているところに、中国が月面に到達する前にアメリカ人宇宙飛行士をもう一度月面に送ろうと、月面着陸の計画が入れ込まれた経緯があります。

ところが、日本で考えられているアルテミス計画とアメリカが構想しているものには、ギャップがあるように感じています。

アメリカにとっては先に説明したとおり、開拓していくことに意味があるので、すでに降り立ったことのある月は通過点で、目的地は火星です。月面に降りると、余計な燃料を使うことになりますし、月面に降りることを重要視していません。

一方で日本は、現在様々な企業が参画する形で「月面で新しい活動を検討していこう」と、居住区を建設する構想など話題になっています。アメリカ政府は、月面の開発を進めるつもりはないので、もし月面での活動を推進していく場合には、日本が独自で進めなければなりません。

さらに言うと、アメリカを追って火星を目指そうとしても、貴重な火星行きの有人の枠を日本に提供することは難しいと考えられます。やはり、自国で有人輸送の能力を持っていないと、有人火星探査に取り組むのは厳しいです。

地球周回軌道を中心とした輸送系に取り組みたいフランス、微小重力環境下での実験を行いたいドイツと組むのは目的が合致せず難しいですし、ロシアと中国の月面基地構想に参加するのも政治的な状況からあまり現実的ではありません。

痒いところに手が届く、ニッチな技術で勝負する

─日本の宇宙開発の勝ち筋はどこにあるのか、鈴木教授の考えを聞かせてください。

国際宇宙ステーションに関連する技術などは、宇宙ステーションの運用が終了すれば需要がなくなってしまいますし、他国に依存するのでリスクがあります。

やはり自国で独立して進められる分野に軸足を置くのが良いと思います。勝てるところで勝つ。それはどこかと言うと、“ニッチな世界”です。限られた予算の中で、知恵を絞り、「やっぱり、わかっているね!」と言われるところを攻めるのが良いでしょう。

例えば、小惑星探査機「はやぶさ」と「はやぶさ2」のサンプルリターンは、日本が誇る成果の一つです。ベンチャー企業のアストロスケールが取り組む、スペースデブリを除去する衛星の開発も世界から注目されています。

─こういったニッチな技術やビジネスを生み出すブレイクスルーはどのように生まれるのでしょうか。

伝統的な宇宙開発の発想から離れて、ユーザー目線で、使う人のニーズに合ったビジネスや技術を生み出していくことがカギになると思います。「はやぶさ」シリーズは、宇宙科学研究所(ISAS)の中で、衛星開発メーカーとユーザーである研究者が一緒になって開発した一例ですが、宇宙分野ではまだ、メーカーとユーザーの距離が遠すぎるのが問題です。

様々な政策的ニーズを持つ政府が大口の顧客となって宇宙利用が進めば、そのうちに、今までにない面白い衛星のアイデアが出てくるはずです。それをメーカーが吸い上げながら技術開発を進められると良いでしょう。

国際的な立ち位置や他国からの信頼を追いかけて、宇宙開発に取り組んできた日本。
地球低軌道より先の月や火星となると、必要な費用がさらに大きくなるため、他国との連携が不可欠です。日本は宇宙開発に何を求め、どこの国と手を組み、どのような役割を果たすのか。先を見据えて、考えていく必要がありそうです。

さくらインターネット Source : 宙畑 ownd by Tellus

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参考

令和3年度当初予算案及び令和2年度第3次補正予算案における宇宙開発利用関係予算について

宇宙関係予算

令和3年度 文部科学省宇宙関係予算案について