宙畑 Sorabatake

宇宙ビジネス

「業界が違うと躊躇するのはもったいない」ISTに学ぶロケットの基礎とロケット開発に求められる人材とは

宇宙業界以外の業界から、小型ロケットを開発するインターステラテクノロジズに入社して活躍する人が増えているそう。同社で活躍できる可能性のあるスキル・経験を聞いてみると「宇宙業界の壁」なんてなかった!?

「宇宙開発の仕事がしたい!」と思ったことはありますか?もちろん、この記事を見ようと訪れている方なのだから、そう思ったことがある人は多いでしょう。

では、実際に「転職活動をしたことがある?」となるといかがでしょうか? その数は一気に減るかもしれません。どこかで「宇宙業界なんて遠い存在」「自分には無理」なんて思っていませんか?

筆者は30年くらい前、大学4年生のときに、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の前身である宇宙開発事業団の採用試験を受けたことがあります。結果は不合格で、結局システムエンジニアとして社会人生活をスタートさせたのですが、その後、会社の後輩がJAXAに転職し、「その手があったか」と悔しい思いをしました。

当時、宇宙への門戸は確かに狭かった。JAXAのような公的機関や、ロケット・衛星を開発している大企業など、選択肢はかなり限られていたと言えます。しかし現在は、その状況は大きく変わっています。世界的に、ロケットや衛星のベンチャーが多数誕生。人材は常に不足しており、各社とも積極的に募集をかけている状況です。

ロケット開発を手がけるインターステラテクノロジズ(IST)もその1社。ロケットの開発と聞いても、あまりピンとこないかもしれませんが、同社はどんな体制でロケットを開発しているのか。どんな人材を必要としているのか。開発部設計系ゼネラルマネージャーの中山聡氏と開発部生産系ゼネラルマネージャー兼MOMOプロジェクトマネージャーの堀尾宗平氏に話を聞きました。

■中山聡
2009年に宇宙機器メーカに入社。ロケットと人工衛星の搭載機器開発とプロジェクトマネージャーを経験。2021年1月にISTに入社し、同年9月から設計系ゼネラルマネージャーを担当。

■堀尾宗平
2016年入社。現場作業員や現場リーダーを経て2019年にMOMOプロジェクトマネージャー。2021年から生産系ゼネラルマネージャーを兼任。

(1)開発が進む新型ロケット「ZERO」とは

ISTは現在、打ち上げに成功した観測ロケット「MOMO」に次ぐロケットとして、超小型衛星用の新型ロケット「ZERO」の開発を進めています。

MOMOは、全長約10m、直径約50cmの単段式ロケットで、最大で30kgほどのペイロード(荷物)を搭載する能力があります。2019年5月、3回目の打ち上げで、初めて高度100kmの宇宙空間に到達。これは日本の民間単独としては初めての快挙で、液体ロケットとしては、世界でもベンチャー企業が開発した液体ロケットとしてはSpaceX、Blue Origin、Rocket Labに続く4社目というものでした。

MOMOは打ち上げ後、約120秒ほどで燃焼を終了し、そのさらに約120秒後に最高高度に到達し、その後は海面に落下。高層大気の観測などに使えるほか、約240秒間の微小重力状態を利用した実験なども可能です。これまでに7機が打ち上げられ、様々な企業による広告・PRなどにも活用されています。

MOMOの大きな特徴は、液体の推進剤を使う液体ロケットであること。このクラスの小さなロケットであれば、機体構造を簡単にできる固体ロケットの方がメリットが多いもの。

しかし、同社があえて液体エンジンを一貫して採用してきたのは、今後のロケットの大型化にその技術が絶対に必要だったから。

そして現在、全社のリソースを集中させ、開発しているのがZEROです。ZEROは、全長約25m、直径約1.7mの2段式ロケット。MOMOが打ち上げて数分で落ちてくる弾道飛行だったのに対し、ZEROは地球周回軌道への打ち上げとなります。

(2)「MOMO」から「ZERO」へ、新規開発の技術が目白押し!

ZEROは、打ち上げに必要なエネルギーはMOMOとは桁違いで、第1段エンジンのクラスタ化など、新規開発の技術が目白押しです。

クラスタ化とは、複数のエンジンを束ねて使うことで、ZEROの第1段には、9基のエンジンを搭載。エンジンが1基の場合、大きなエンジンが必要になりますが、クラスタ構成ならばより小型のもので良く、開発のコストや難易度が下がります。また、純粋に作る数が増えるので、ある程度量産効果のコストダウンも期待できます。

Credit : インターステラテクノロジズ

ZEROのエンジンでは、燃料を変更するという大きな違いもありますが、最も難易度が高いと考えられているのは、新たに採用するターボポンプの開発です。ターボポンプは、推進剤を燃焼室に送り込む役割を担う装置で、内部には高速に回転する部品を持ちます。共振など様々な問題が起きやすく、JAXAのH3ロケットの完成が遅れている理由もこの部分。

さらに、ロケットがMOMOの単段式から2段式に変わるため、分離機構なども必要となり、より厳しい軽量化も求められる……と、このように、幅広い技術がすぐにでも欲しい状況で、それには人材が欠かせません。同社のメンバーは、2年前はまだ30人ほどでしたが、現在では100人近くまで増えており、さらに「数10人単位で欲しい」(中山氏)と話します。

(3)ISTの組織に学ぶ、ロケットはどうやって開発する?

ISTの開発部門は大きく、設計系グループと製造系グループに分かれており、設計系には、システム、推進、アビオニクス、メカトロ、構造、設備、製造系には、製造と組立運用といった部門があります。さらにそれとは別に、MOMOとZEROの全体を管理するプロジェクトマネージャーと、技術的に補佐するシステムマネージャーが置かれているそう。

設計系グループの各部門は、それぞれ、ロケットの各機能に対応している。担当範囲の概要は以下の通り。

推進……………… ロケットの推力を発生させるエンジン部
アビオニクス…… ロケットを制御する電子機器やプログラム
メカトロ………… 噴射の向きを変えるジンバルなど可動部
構造……………… ロケットを形作るボディ
地上設備………… ランチャーなど地上側の装置
無線・管制……… ロケットに搭載するアンテナ・無線機など

そして、これら全体を取りまとめるのがシステム部門です。目標のペイロード重量を実現するためには、どのくらいの推力が必要なのか。製造や試験を考えると、エンジンの大きさはこのくらい。そういった様々な要求や制約を考慮し、システムとしてちゃんと成立するよう、全体を最適化して設計。それがシステム部門の役割です。

システム部門が大体の仕様を決め、それから各部門が詳細な設計を行うのが基本的な流れとなりますが、同社の体制の大きな特徴は、設計・製造・試験から打ち上げまで、全て社内でやっていること。仕様変更にも柔軟に対応しやすく、「アジャイル開発に近い形で、フィードバックしながらどんどん進めている」(中山氏)と話します。

同社は、北海道の大樹本社と、関東の東京支社という2か所を主要拠点に、福島支社と室蘭技術研究所(室蘭工業大学内)の4か所で開発を進めています。

大樹本社
東京支社

燃焼実験が必要な推進部門などは大樹町にありますが、アビオニクスやメカトロなどは東京がベースとのこと。これは、情報処理や電子部品などの業者は東京に多く、拠点が東京にあった方が、連携をスムーズにできるからという理由です。

大樹町/東京と拠点が遠く離れていても、社内のミーティングはオンラインで行えるので問題なし。実際に会った方が良い場合には、必要に応じて自由に行ったり来たりしているとのこと。このように、東京にいたまま北海道のロケット開発に関われるというのも、人によっては大きな魅力と感じるかもしれません。

(4)「業界が違うと躊躇するのはもったいない」様々な分野・年代の人材が強みに

では、どの部門でどのような人材が必要なのか。中山氏は「ほとんど全部の部門で」と笑いますが、実は中山氏自身が転職組。入社は2021年1月と、比較的最近で、それ以前は、従来型の宇宙産業、いわゆるレガシースペースで働いていたそう。同社には、中山氏と同様に、レガシースペースの出身者も多いようです。

ただし、宇宙分野の経験者でないと採用されないかというと、そんなことはないと言います。たとえば、中山氏がロケット開発とよく似ていると指摘するのが自動車分野。ガソリンエンジンのノウハウは、ロケットエンジンにもそのまま通じるものがあります。アビオニクスやメカトロなども、自動車との共通点が多い。

もちろん、自動車以外の分野でも全く問題は無く、実際、現在のZEROのプロジェクトマネージャーは、ロケットとは全く関係の無い製鉄業界の出身とのこと。

たしかに、宇宙空間は特殊な環境で、日向は高温で日陰は極低温になるし、真空の上に放射線も強い場所。だからこそ、特別な知識やスキルが必要であると敬遠してしまう方も多いかもしれません。しかし、「エンジニアにとっては、単に設計の制約条件が変わるだけ。宇宙だからといって大げさに考える必要はない」と中山氏は指摘します。「業界が違うと躊躇するのはもったいない。幅広い分野から来て欲しい」と期待しています。

むしろ、他分野から人材が入ってくることで、良い面もあったとのこと。「バイクに関わっていた人が来て、自動車分野の考え方でコンポーネントの筐体(電気・電子基板を収める箱)を設計していた。宇宙分野とは全く違う形のものができて、すごいなと思った」と中山氏。このように、宇宙業界には無かった発想をもたらしてくれるのは、同社にとって大きなメリットでしょう。

(5)構造部門は輸送機器の設計経験者、推進部門は流体の知識? 具体的な求める人材像とその理由

他分野からの宇宙業界に参入が重要だといっても、どんなスキルが求められているのか分からないと、ちょっと応募しにくいかもしれません。構造部門、設備部門、推進部門、アビオニクス部門、無線・管制部門、地上設備部門、システム部門、メカトロニクス部門、それぞれの部門について、それぞれお伺いし、まとめました。

構造部門は、たとえば電車や自動車、飛行機などの輸送機器の設計経験者。輸送機器の設計では、軽量化と強度のバランスを取るようなことをやっているので、それはロケットにも通用します。またタンク等の圧力容器の設計者や、航空機の生産技術や品質保証をやってきた人なども大歓迎とのこと。

推進部門は、特に流体の知識と製造設計経験を持つ人を必要としています。特に、自動車業界でエンジンを設計してきた人は技術的にも近いと思います。自動車業界には電動化の波が押し寄せてきていますが、「ロケットではエンジンは最後まで絶対に残る。将来に危機感を持っている人はぜひ来て欲しい」(中山氏)と話します。もちろん、エンジン設計経験者以外の方でも、機械設計に関わる経験を持っている方は大歓迎とのこと。

アビオニクス部門では、電気電子機器のほか、バッテリ、電線、筐体などの開発をしています。在籍しているのは組込系エンジニアが多く、リアルタイム制御が必要な機器(ロボット、自動車、輸送機械、等々)に関わった経験のある方は歓迎で、バッテリ、品質・製造技術経験者、電装部品の経験者も募集中とのこと。

無線・管制部門は、ロケットに搭載するアンテナ・無線機からロケットと通信するための地上アンテナ・無線機、ロケットの状態をモニタ表示する管制システムを開発しています。無線機、高周波を扱った経験がある方や通信ネットワーク構築の経験がある方を歓迎しているそう。

地上設備部門は、プラント(産業・石油化学・環境系問わず)、プラントに限らずEPC経験者、一般産業用機械の電気・計装系の設計、電気・計装系の施工・保守の経験者を特に歓迎。

メカトロニクス部門は、フェアリング分離機構、1/2段分離機構(ロケットは打上げ後に遠隔で分離する必要があります)、TVC(Thrust Vector Control)アクチュエータ(ロケットは、推進器にアクチュエータを付けて、噴射の向きを変えることで姿勢制御をしています)、筐体等のロケットに搭載される機構系部品、艤装品等を開発しています。ロボット等のアクチュエータ制御設計、機構系部品の試験計画作成・試験実施、筐体やワイヤハーネスの設計経験のある方を歓迎しているそうです。

システム部門は、目指すミッションを達成することができるロケットシステムを検討し、構造、推進、アビオニクス、etcの各分野に対して具体的な仕様に落とし込み、各部門と調整していく役目を担っています。ロケットや衛星のシステム開発(軌道解析、飛行安全、GNC含む)を経験している方はもちろん、航空宇宙に限らずシステム開発や仕様決定、仕様調整を経験してきた方を歓迎とのこと。

(6)宇宙業界は遠い存在ではない!

「ロケット開発」と言うと、「宇宙業界なんて遠い存在」「自分には無理」と思ってしまうかもしれませんが、各部門で求められているスキル・経験を見ると「あれ、意外と自分もできるかも?」と思った方も少なくないのではないでしょうか?

同社はベンチャー企業らしく、スタッフには若い人が多い一方で、経験者の採用を強化していることもあって、最近は平均年齢が上がりつつあるのだそう。年齢に上限はなく、最近は60代の大ベテランが入社したとのこと。

また、今回はロケット開発におけるエンジニアに焦点を当てて紹介しましたが、ISTではZEROの開発と事業化に向けて、ビジネス部門や管理部門を含めて、全部門で人材を募集中なのだそう。

新しいチャレンジが好きなのであれば、若手もベテランも「宇宙開発は自分には関係ない」と敬遠せず、宇宙業界への応募を検討してみてはいかがでしょうか?