地上から宇宙まで~暮らしに大切な水を守る、栗田工業の技術を深堀り!~
栗田工業の研究開発拠点「Kurita Innovation Hub(以下、KIH)」の見学機会をいただきました! その施設レポートです。
「【地球の未来にも寄与する宇宙の技術革新】知られざる水の再生技術に迫る!栗田工業の宇宙を見据えた挑戦」に続き、後編では、栗田工業(以下、クリタ)の研究開発拠点「Kurita Innovation Hub(以下、KIH)」を見学し、水処理技術や設備の詳細、宇宙で実証した水処理装置についてうかがった内容を紹介します。
クリタは水に関する非常に幅広い事業と技術を培ってきており、地上では水に関わる水処理装置、水処理薬品およびメンテナンスサービスを駆使したソリューションを幅広く手掛けています。最近では、国際宇宙ステーション(ISS)での水再生技術実証システムの実証を完遂し、次は月面での水処理へと前進する様子を直接知ることができました。
将来の宇宙での暮らしを想像できるような魅力に満ちた内容となっています!ぜひ写真と合わせてお楽しみください!
クリタの系譜、宇宙を見据える次の30年はどうなるだろう?
まず案内いただいたのは、クリタの水処理技術と事業の概要について。
前編の記事でも紹介した通り、2019年にISSの日本実験棟に、クリタが開発した水再生技術実証システムが納入され、JAXAと共同での技術実証試験が行われました。プロジェクトは 2011 年から始まり、8年の期間を経て開発され、打ち上げから4年半後の2024年3 月をもって完了したそうです。3章でも紹介しますが、水再生技術実証システムでは、これまでに培ってきた技術(イオン交換や電気分解、電気透析など)を宇宙向けにカスタマイズしているそうです。
KIHでは、クリタグループの歴史を一覧で把握ができる年表が展示されています。今後、未来に築かれていく事業内容についても掲載していく予定とのことで、クリタグループのさらなる進化が期待されます!
水の大切さ、クリタの果たす役割を分かりやすく発信!
KIHにはシアタールームがあり、クリタグループの水や環境への取り組みを分かり易く紹介する動画を視聴することができます。日本語に加え、英語、韓国語、中国語の計4つの言語に対応しており、大人用と子供用の2パターンが準備されていました。
映像では、地球における水の大切さや、さまざまな分野の水処理においてクリタが果たす役割などが良く分かる動画になっていました。KIHでは地域との交流も大切にしており、地元の小中学生の見学を受け入れ、まずはこの映像を紹介して水処理やクリタについて学んでもらっているそうです。
クリタを支える9つの基礎技術とは? AR体験を通して理解を深める
シアタールームを出ると待っていたのは、クリタグループの事業を支える9つの基礎技術を分かりやすく学ぶコーナー。ここでは9つの基礎技術に関するパネルとその材料などを通した体験ができ、それぞれのパネルには小中学生でも理解できる説明も準備されていました。
KHIは研究開発やイノベーション創出だけではなく、水と環境に関する幅広い教育の役割も担っています。例えば、AR動画を使って、排水処理プロセスで水や汚れがどのように流れていくのか分かりやすく紹介する展示コーナーもありました。また実物の水処理装置を使ったトレーニング設備も備えており、若手社員などへ理論だけではなく実機に触れる機会を含むメンテナンス教育なども実施されています。
実は、私たちの街もクリタの技術に支えられている?これからは宇宙の暮らしにも
私たちの生活の中で、クリタの技術がどのように活用されているのか、仮想の街のジオラマを使って説明いただきました。海辺から市街地、山間部に至るまで、私たちの生活に身近なサービスやモノ・コトにおいて、幅広くクリタの技術が浸透している様子が見てとれました。
さらに地上だけでなく、宇宙における人の生活を支える取り組みについても動画が準備されています。動画では、宇宙は資源が限られた環境であり、物資の輸送に非常に高いコスト(1kgの物資を宇宙に運ぶには、数百万円必要)がかかることなどの説明がありました。そのような状況下で水再生技術を確立することの重要性を知ることができました。
そして、次に紹介いただいたのは、ISSで技術実証を実施した水再生技術実証システムのモックアップです。
従来の水処理と比べて水の再生率が高く、省電力、かつ、消耗品が少ないためにメンテナンスが楽な点が大きな特徴です。開発の背景については「(前編のタイトルを記載)」をご覧ください。
圧倒的な規模の排水設備!半導体には欠かせないハングリーウォーターとも呼ばれる水とは?
KIHには、実験用の排水を処理する設備があり、1日に700〜800トンもの水を処理する能力を有してます。施設を縦方向に高くすることで、コンパクトなレイアウトを実現しています。
また、使用した排水は無機系と有機系に分類され、それぞれの配管で分かれて処理されます。さらに、排水を回収する装置も備えており、水回収率は70〜80%と通常よりも一段階上の性能を持っています。
また、AR動画で紹介されていた汚泥脱水機の実物も見学できました。排水量の多い時間帯には、ローラーで汚泥を脱水処理する様子が見られるそうです。そして、水処理技術の重要な設備の1つであり、半導体の製造に欠かせない「超純水」を循環させる設備についても見せていただきました。
「超純水」は物質を溶かす能力が高く、「ハングリーウォーター」とも呼ばれています。空気に触れると空気を溶解してしまい、容器に入れると容器の素材自体を取り込もうとします。そのため、超純水は作ったらすぐに使用するか、循環させながら不純物を除去し続けないと、純度がどんどん低下してしまいます。
ちなみに、[超純水]の純度は、現在は東京ドーム1杯分の水に角砂糖の1/10を入れた程度の濃度に達するものを作れるそうです(想像もできませんね笑)。今回取材に対応いただいた方々がクリタに入社した頃は、角砂糖1個分の濃度だったそうなので、技術がものすごい進化を遂げていることを実感できます。
宇宙で実証!「軽量・コンパクト・安全」エンジニアの工夫が詰まっている
今回のKIH内の見学では、ISSで技術実証された水再生技術実証システムの地上試験用モデルの実機も紹介いただきました。
この実証システムの大きな特徴は軽量化にあります。蓋やパネル部分には金属の代わりに、宇宙用で認定された繊維で作られた生地が、装置との結合にはベルクロ(子供用の靴で使われることも多いマジックテープ)が、それぞれ採用されていました。これにより、万が一のトラブルやメンテナンスの時に、容易に開閉が可能となっています。他にも金属パネルには、パンチング加工(穴をあけて軽量化)を施すなどの工夫がなされていました。
ISS内の周辺機器へ影響を及ぼさないよう、電磁波ノイズへの配慮もなされており、ISS内で使用する際に必須である電磁適合性試験もクリアしています。また、制御装置については、従来の水処理プラントの設計方法では何十倍ものサイズが必要となるところを、奥行125mm、高さ600mm、幅450mmとし、非常にコンパクトなレイアウトに納めています。このような小型化も宇宙空間では非常に重要なポイントです。
パネル正面に配置された外部インターフェースとなる配管接続には、逆止弁構造のワンタッチジョイントを採用。これにより、宇宙飛行士による取り外しが簡単で、水の漏れも防止されます。水再生装置と制御装置を接続するケーブルも、打ち上げ前の認定試験で宇宙飛行士の操作性に問題ないかを確認するなど、実際の宇宙空間で使用する際のアクセス性にも工夫がなされています。
さらに、宇宙における安全設計では、使用する薬品によっては何重もの液漏れ対策が必要であり、この実証システムでは3重の対策を行っているそうです。プロジェクト開始当初より様々な方法を検討し、最終的には吸湿材をパネルに何層も挟むことで、筐体全体で安全を確保しつつ、軽量化とコストの両立を実現しています。設計で悩みぬかれた成果の一つだと思います。
装置の運転モードにはオートとマニュアルの2つがあるそうで、オートモードでは、カチオン吸着、電気分解、電気透析、カチオン再生を一連の処理として自動で行うことができます。ユーザーとしては、原水バックを変えるのみというコンセプトです。一方で、マニュアルモードではそれぞれの工程を個別に動かせます。トラブル時には何百個というエラーを検知してアラームで知らせてくれます。地上でもテレメトリを通して監視できるとのこと。
また、宇宙空間では、誤操作を防ぐために制御装置からボタンやスイッチを極力排除し、シンプルな設計が求められます。設計過程では「宇宙飛行士が誤ってスイッチに触れると大問題になります。またISSで警報音がなると緊急事態と認識されますので、間違ってもブザーはつけないでください。」との条件もあったそうです。
また、この実証システムは、1回の運転で1リットルの処理能力を持っています。将来的には、小型化の技術を基に、10リットル相当のフルスケールモデルへとコンパクトに拡張できるそう。軽量でコンパクト、安全性に優れたこのユニットは、今後宇宙の水処理技術を前進させてくれると、大きな期待を感じさせます。
月面でもきれいで安心な水を届けるために
最後に紹介いただいたのは、現在開発中の月面での水処理用装置です。
月面では将来、月面の極地に存在する氷を原料とし、水の電気分解によって水素ガスと酸素ガスを生成することが想定されています。これにより、ロケット燃料向けの水素ガスや人が呼吸するための酸素を 得ることができます。
この装置を検討する際に解決しなければならない最大の課題は、月面の氷を融かして得られる水が、地上では産業廃棄物とされるくらい汚れていると推定されていること。綺麗な水がなければ、電気分解の効率が低下してしまいます。
そこで、電気分解装置に送ることができる水を得るために、氷の採掘方法や水の浄化方法を工夫する必要があります。この装置には、イオン交換樹脂を用いた再生システムを搭載しており、常に綺麗な水を供給し続けることが可能です。常に電気をかけてイオン交換樹脂が再生されるため、長期間にわたり交換の必要がないそうです。物資が限られる月面での利用に適しています。
早ければ2025年1月15日には、高砂熱学工業株式会社(以下、高砂熱学工業)の月面実証用水電解装置が月面に向けて打ち上げられる予定で、高砂熱学工業の装置にはこの装置で作った超純水が充填されています。世界初の月面に送られる超純水の製造をクリタが担うだけではなく、2030年までに月面でクリタの水処理装置による実証を行うことを目指しています。
今後、月面で人類が活動する上で、きれいで安心な水が手に入ることは非常に重要です。クリタが現在開発を進めている月極地向け水処理装置の実証とその実用化の実現に期待です。
以上、前編と後編に分けてクリタの宇宙の水に関する取り組みについて紹介しました。最初は宇宙空間における水再生に関する装置についてのお話をうかがえるとワクワクして臨んだ取材でしたが、それ以上にこれほどまでに水処理というものが私たちの生活に根差しているのだとその面白さとありがたさに気づけた時間でした。
そして、宇宙空間における水再生技術実証システムの開発には、10年以上にもわたるプロジェクトを続けたグループがあり、クリタが培った水処理の技術が詰め込まれていました。
宇宙が新しいフロンティアとして、日本の産業界を盛り上げるカギとしても期待されている今、クリタのような企業が今後ますます増えることを宙畑編集部としては期待しています。