NASA予算100億ドル緊急増額の内容は?アルテミス計画救済と宇宙政策大転換の予算整理【宇宙ビジネスニュース】
トランプ大統領は2025年7月4日、「One Big Beautiful Bill」に署名し、NASAに100億ドルの追加予算を提供しました。アルテミス計画継続などに充当される一方、217億ドルの資金ギャップが残る予算構造の実態についてまとめています。
2025年7月4日、トランプ大統領は「One Big Beautiful Bill」に署名し、法律として成立させました。この法案はNASAに100億ドル(日本の2025年度予算の概算要求総額が約60億ドル)の追加予算を提供すると明らかにしました。
その内容には、アルテミス計画の継続実現、将来の火星探査基盤、国際宇宙ステーション (ISS) 運用・後継、インフラ整備を重要視する姿勢が現われています。
「One Big Beautiful Bill」で示された予算はトランプ政権の大幅予算削減提案を元にした予算案に対する追加予算です。しかし、100億ドルが追加になってもなお削減分の補填には不足しております。
以降で詳細を解説します。
(1)予算策定フローと関連ニュース
まず、今回の予算策定のプロセスを理解するために、アメリカの予算策定プロセスと関連するニュースを下記図にまとめました。
上記図で示した通り、アメリカの予算策定プロセスは複数のフェーズに分かれています。
■フェーズ1:大統領予算案の提出
2025年5月2日に「スキニーバジェット」文書が公開されました。アルテミス4・5やゲートウェイの全額削減、商業打上げへの全面移行方針が示されました。5月30日の詳細予算書発表により、科学ミッションの大幅な削減が明らかになりました。
■フェーズ2:議会での審議・交渉
■フェーズ3:大統領署名
2025年7月4日に「One Big Beautiful Bill」が成立しました。アルテミス計画の継続実現、将来の火星探査基盤等重要分野に対する予算として100億ドルを臨時増額しました (FY2025に予算計上され、一部プログラムは複数年執行)。2025年7月21日にNASA職員363名が「Voyager宣言」で抗議しました (363名は「Stand Up For Science」の記録情報 (2025年7月28日時点の情報) を流用)。政府職員による異例の公然抗議として注目され、組織内反発が拡大しました。
宙畑メモ:”スキニーバジェット”とは
大統領予算教書の簡略版。通常は詳細な予算書が発表される前の概要版として公開され、各省庁の大まかな予算配分や政権の優先事項を示すものです。
宙畑メモ:”Voyager宣言”とは
2025年7月21日に発表された、NASA職員による抗議声明。トランプ政権による予算削減、人員削減、科学ミッション中止などの政策変更に反対を表明したものです。「Stand Up For Science」と言う組織が取りまとめを行い、一般市民も支持署名に参加できるよう呼びかけています。
上記フェーズ3が完了すると、法的には予算が確定します。その後、予算の配分詳細内訳を設定し、執行する流れとなります。
(2)FY2026予算要求71億ドル削減の背景
トランプ政権の意向を反映した「スキニーバジェット」をもとに新たなNASA予算要求が設定されました。その結果、現時点ではFY2026における予算は76億ドルの削減が予定されています。
今回の予算削減は、単なる予算カットではなく、宇宙政策の根本的な転換を示しています。その核心は「選択と集中」戦略であり、「月・火星探査への極端な重点化」、「政府主導から民間主導への大転換」、「組織のスリム化と効率化」という3つの柱から成り立っています。
新たなFY2026予算要求を理解する観点で、NASAの予算割当9分野について、今回の予算要求による変動規模を下記表にまとめました。
深宇宙探査システム以外の全8分野で予算を削減しています。以下、予算変動の内訳を簡単にまとめました。
予算が削減された項目について、その背景には共通して月・火星探査への重点化による技術開発の選択と集中、また、NASA独自の技術開発よりも、民間企業の技術開発を活用するという方針転換があります。
予算増加の背景
■深宇宙探査システム
トランプ政権の「中国に先駆けて月に戻り、火星に初の人間を送る」という戦略的優先事項によるものです。NASAは従来型SLS/オリオン宇宙船およびGatewayを段階的に廃止します。また、NASAは商業月火星輸送基盤(864百万ドル新設)と火星技術開発(350百万ドル新設)へ大型投資を実施します。これらは、効率的な商業宇宙輸送への移行を図り、火星有人ミッション技術を加速する戦略的転換の現れです。
予算削減の内訳
■宇宙運用
NASAはISS関連の活動を予算を削減しています。月・火星探査への重点化に加えて、ISS退役に向けた段階的縮小と商業宇宙ステーションへの移行促進によるものです。
■宇宙技術(核熱推進ロケットや太陽電気推進システムなど)
特に、予算削減の大きい項目は、早期技術開発・技術実証プログラムの廃止 (510百万ドル) です。
■科学(宇宙望遠鏡や火星サンプルリターンなど)
特に予算削減の大きい項目は、地球観測衛星をはじめとする科学データを生産している19件の科学プロジェクトの中止です 。
■航空(超音速旅客機など)
特に予算削減の大きい項目は、先進航空機プログラム、電動推進システム飛行実証です。
■STEM教育
FY2026では予算が完全にゼロとなり、STEM関連プロジェクトすべてが廃止となる案が示されました。
■安全・保安・ミッション支援
政権の効率化優先をもとにした法的義務以外の機能排除と管理層統合によるものです。特にOSTEM(科学・技術・工学・数学教育室)の完全廃止やNESC(NASA工学安全センター)、IV&V(独立検証・妥当性確認)プログラムの大幅削減がインパクトの大きい削減項目となります。
■建設および環境遵守・復元
インフラ整備の優先度見直しによるものです。NASAは新規建設・更新プロジェクトを完全に停止し、既存インフラの重要な修理のみに限定しました。
■監察官室
政府の効率化推進によるものです。NASAは計画的な人員削減、訓練の縮小、出張制限、契約の削減による予算削減を実施します。
宙畑メモ:”SLS(Space Launch System)”とは
NASAが開発した大型ロケット。月・火星探査を目的とするアルテミス計画の中核となる超大型ロケットで、アポロ計画のサターンV以来最大の打上げ能力を持ちます。オリオン宇宙船を月軌道まで運ぶことができ、将来的には火星探査にも使用される予定です。2022年11月にアルテミス1ミッションで初飛行を成功させました。
宙畑メモ:”オリオン宇宙船”とは
NASAが開発した次世代有人宇宙船。月周辺や将来の火星探査における宇宙飛行士の輸送・滞在を目的として設計されており、最大4名の宇宙飛行士を搭載可能です。従来のスペースシャトルとは異なり、地球大気圏への高速再突入に対応した耐熱シールドを備え、深宇宙探査に適した長期間の宇宙飛行が可能な設計となっています。
宙畑メモ:”Gateway(月周回ゲートウェイ)”とは
月軌道上に建設予定の宇宙ステーション。アルテミス計画において月面へのアクセス拠点として機能し、宇宙飛行士の月面滞在をサポートする中継基地の役割を担います。
宙畑メモ:”STEM教育”とは
Science(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学)、Mathematics(数学)の4分野を統合した教育アプローチ。これらの分野を個別に学ぶのではなく、相互に関連付けて学習することで、問題解決能力や創造性を育成することを目指しています。
(3)「One Big Beautiful Bill」の詳細、7項目100億ドル増額の執行計画は
「One Big Beautiful Bill」は2025年7月4日にトランプ大統領が署名した法案です。NASAのみならず様々な機関に対する追加予算について記載されています。ちなみに、「One Big Beautiful Bill」自体は法案の正式名称ではありません。トランプ大統領が規模とインパクトを象徴的にアピールする際の呼称です。
NASAの予算構造は、FY2025とFY2026で下記のようになっています。
■FY2025の予算構造
・当初予算(議会承認済み):253億ドル
・「One Big Beautiful Bill」による追加予算:100億ドル(NASA分)
・FY2025総額:353億ドル
■FY2026の予算構造
・当初予算ベースライン:259億ドル(FY2025継続ベース)
・トランプ政権のスキニーバジェットをベースとした予算削減:▲71億ドル
・「One Big Beautiful Bill」による複数年計画からの分割執行分:詳細未確定 (条文通りの場合、FY2025計上予算から13億ドルを繰越執行可能)
・FY2026想定総額:188億ドル+「One Big Beautiful Bill」分割執行分
NASAに対する「One Big Beautiful Bill」による予算追加はFY2025となり、一部プログラムは複数年にわたって執行されます。
予算削減の背景として、アメリカの財政赤字にも紐づいていると考えられます。元々財政赤字が続いているものの、コロナ禍により歳出が増大しています。そのため、歳出を抑制する観点で、NASAの予算も大幅削減された可能性もあります。
アルテミス継続・火星基盤・ISS・インフラへの戦略投資
「One Big Beautiful Bill」による予算追加には、アルテミス計画の継続と、将来の火星ミッション基盤整備を目的とした戦略的な対応が反映されています。増額の重点は、アルテミス計画の継続実現、将来の火星探査基盤、ISS運用・後継、インフラ整備という4つの分野に集約されています。
「One Big Beautiful Bill」により増額した案件は下記7件です。
■アルテミス4・5ミッション関連 (SLS/オリオン宇宙船):総額41億ドル
アルテミス計画の4・5ミッションに必要なSLSやオリオン宇宙船の新規製造・運用。
Gateway:総額26億ドル
Gatewayの継続建設・運用に資するインフラの開発。
■ISS運用・後継 総額12億5000万ドル:
ISSの運用維持と退役後の後継商業プラットフォームの構築。
■NASA有人宇宙センター施設改修:総額10億ドル
ヒューストン、ケネディ、スタニス、マーシャル等主要有人宇宙センターの老朽化設備の改修 (スペースシャトル・ディスカバリー号の博物館移設等、歴史的宇宙船の保管・展示に関連する経費も込み)。
■火星通信衛星:総額7億ドル
火星探査に用いる火星と地球間の中継通信衛星の開発・調達。
■ISS安全廃棄船:総額3億2500万ドル
ISS退役時に安全に大気圏へ誘導・制御するための専用宇宙船(デオービットビークル)の開発。
■オリオン宇宙船追加調達:総額2000万ドル
将来のアルテミスミッションで使用するためのオリオン宇宙船の追加調達。
宙畑メモ:”ISS安全廃棄船”とは
ISSの運用終了後、ISSを安全に大気圏へ誘導して廃棄するための専用宇宙船。2030年にISSの運用が終了する予定で、SpaceXが開発を担当しています。ドラゴン宇宙船をベースに設計され、35,000ポンドの推進剤と46基のエンジンを搭載し、無人の海域上空で制御された大気圏再突入を行い、破片が人口密集地に落下しないよう確実に処理します。ISSは史上最大の宇宙構造物のため、通常の宇宙船では制御が困難で、専用の大型廃棄船が必要となります。
予算増額のタイミングは下記表の通り、案件毎に異なります。
特徴としては、FY2025の予算を100億ドル増加しました。FY2026以降については増額はないものの、一部プログラムについてはFY2025に計上した予算をもとに分割執行する形となります。そのため、今回の予算増額の影響を理解するためには、FY2025のみならず、FY2026〜FY2029も含めて予算遷移を理解する必要があります。
今回の予算増額により、最終的にNASAの予算がどのように遷移したかを把握するために、NASAの予算遷移図を作成しました。
「One Big Beautiful Bill」に記載の通り、予算が分割執行された場合のケース (図内の「複数年契約配分計画版」)と元々の予算ベースライン (図中の「FY2025議会承認予算ベースライン」) を比較すると、今回の増額があってもなお、予算が大きく削減されていることがわかります (元々の予算ベースラインに比べて217億ドル削減)。そのため、現状の体制を維持するためにはさらなる予算確保が課題となります。
(4)217億ドル削減の現実と民間宇宙セクターへの人材流動がもたらす影響
「One Big Beautiful Bill」による予算増加額は100億ドルと常識的に考えると膨大な金額ではある一方、FY2025~FY2029において今回の増加額を超える217億ドルが削減されているのが現実です。
その影響もあってか、7月25日に、約4,000人のNASA職員がNASAを退職する見込みだと様々なメディアが報じています。この削減により、NASAの人員は18,000人から14,000人に減少するとのことです。
ただし、宇宙産業の観点から見ると、この人材流動は必ずしもマイナス面だけではありません。NASA の高度な技術者や科学者が民間宇宙企業に移ることで、商業宇宙セクターの技術力向上と競争力強化に寄与する可能性もあります。
SpaceX、Blue Origin、その他の新興宇宙企業にとって、NASAで培われた専門知識と経験を持つ人材の獲得は、イノベーション加速の重要な要因となります。
また、政府から民間への人材移転は、官民連携の強化や技術移転の促進にもつながり、宇宙産業全体のエコシステム発展に貢献する可能性があります。
ただし、短期的にはNASAの機関能力低下や重要プロジェクトの遅延リスクも考慮する必要があり、バランスの取れた人材戦略が求められています。
今後もアメリカの宇宙関連予算やNASAの動向に注目です。

